荒地の恋
ねじめ正一 文藝春秋社刊 2007年
『荒地』は1947年に鮎川信夫、田村隆一、中桐雅夫、北村太郎らによって刊行された雑誌で、T・S・エリオットの詩にちなんで名付けられたものだそうです。
荒地の恋、荒涼とした嵐が丘の舞台を連想するような魅惑的な題ですね。
この作品は、『荒地』のメンバーの一人、北村太郎の後半生を描いています。
普通に生きてきた人が、50歳を超えてから人妻と恋に落ち、妻子を捨てます。
それも相手は親友(田村隆一)の妻です。あ~、それでその後は末長く幸せに暮らしたというならまだしも、、、。人生を大きく狂わせてゆくんです。
先日観た映画コープスブライドのような若い人の恋愛ならば三角関係も哀しくも美しく感じますが、いろいろなものを背負いこんでいる年代の三角関係はやっかいなうえに見苦しいことこのうえないです。周りに深刻な波紋を広げます。読んで気が重くなりました。亭主を惚れ直すならともかく、この年になって恋なぞしたくないものだと、つくづく思わせる力作でした
* 北村太郎(1922~92年) 旧制府立三商時代に詩を始め、東大仏文科卒。29歳の時、最初の妻と息子を海難事故で亡くし、その詩には死の影が漂う作品が多い。詩集に『犬の時代』『笑いの成功』など。
* 田村隆一(1923~98年) 明治大卒。三商時代は北村と同級生だった。詩集に『四千の日と夜』『言葉のない世界』など。エッセーの名手で、生涯5度の結婚も経験した。
* T・S・エリオット 1888年ミズーリ州で生まれる。27歳で結婚。58歳の時、妻が精神病院で衰弱死。68歳で38才年下の女性と再婚。1965年、77歳で逝去。
1922年、代表作・長詩『荒地』(The Waste Land)発表。1948年、ノーベル賞受賞。
ミュージカル「キャッツ」の原作はエリオットの「Old Possum's Book of Practical Cats」だそうです。
77才時の北村太郎(左)と田村隆一
↑ 70才で亡くなってますので、67才の間違いでした m(__)m
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『うたの言葉』 北村太郎
秋の夜の商店街では、水菓子をあきなう店が格別うつくしい。ナシ、ブドウ、モモ、リンゴなどが山と積まれた店先は、人工光線のせいもあろうが、豊かな色彩にあふれ、道行く人の目をひかないではいない。
下の部屋に往む一家の奥さんから、先だってイチジクの実をいただいた。庭の片隅に植わっている木になったのである。少し冷蔵庫に入れておいてから食べたが、たいそう甘くておいしかった。子どものころ郊外に住んでいた家にもイチジクがあって、そのとき以来だったから、なんというか、この青にがいところもある果肉に、一瞬、時間を味わう思いがした。
「心のなかで」 野村英夫
陽を受けた果実が熟されてゆくやうに
心のなかで人生が熟されてくれるといい。
そうして街かどをゆく人達の
花のやうな姿が
それぞれの屋根の下に折り込まれる
人生のからくりと祝福とが
一つ残らず正しく読み取れてくれるといい。
さうして今まで微かだったものの形が
教会の塔のやうに
空を切ってはっきり見えてくれるといい。
さうして淀んでゐた繰り言が
歌のやうに明るく
金のやうに重たくなってくれるといい。
四季派の詩人の中で最年少の野村は一九四八年(昭和二十三年)、持病の肺結核で死んだ。行年三十一歳。二十六歳のとき、カトリックの洗礼を受けている。
ここにうたわれているのは四つの願いである。それにしてもなんという控えめな口調だろう。「・・・くれるといい」の繰り返しに、わたくしは願いよりも諦めを感じてしまうくらいだ。しかし、この青年詩人が願いや諦めの彼方を見ていたのは終わりの三行で分かる。「歌のやうに明るく」「金のやうに重たく」と、野村英夫は言葉自体の実相をつかんでしまったのである。
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私はこの本を読むまで北村太郎が詩人であることを知らなくて、文学者か批評家なのかと思っていました。
上記↑は新聞の古い切り抜きです。『うたの言葉』と題して、北村太郎が野村英夫の詩「心のなかで」を解説したものです。
北村太郎の「願いよりも諦めを感じる」という解説が好きでした。詩の透明感が増すように感じられて何度も繰り返し読んでいました。あ~、まさか北村太郎がこういう方だったとは、、、
北村太郎の人生を知ってから読み直すと、野村の詩の透明感の奥にある生への願いと死への恐れとを解説していたのですね。
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