こんにちは亀さんです

住民の願いが政治に届くようにと日本共産党石川1区(金沢市内)で活動しています。

いのちの平等を拓くー莇先生

2013-10-27 20:22:51 | 日記

城北病院名誉院長・元全日本民医連会長の莇昭三先生は今年86歳になら

れる、私の母と同じ年、現在も診療所などで診察をつづけ、住民に声をかけて

おられる。先生の60年にわたる数多くの業績をみなさんにわかるようにと、

実行委員の方々がお世話され、このたび刊行されることになり、26日記念会

に参加の機会を得た。

「権力は無法だ!何でもありだ!」と出版された本の小タイトルに書かれてある。

「患者の立場に立つこと」を医療活動の中心にすえる民医連運動への繰り返され

る圧力・攻撃、でも地域の患者が診療所を支持し、この圧力に勝つことができた。

朝鮮戦争開始とともに米軍の試射場建設が押し付けられ、村民ぐるみで反対

運動がおきた内灘。ここで住民の要求によってつくられた診療所に若き莇医師が

就任。しかし権力は旧来の500m以内に医療機関をつくらないルールを無視

て「赤い」診療所は許さんと30cm横に官制の診療所を建設。チェックが

厳しい中住民たちは、独自にたまりをつくり、そこに往診する形で自分たちの

診療所を守った。

現代の介護の時代を見越して、1980年代に、特養ホーム建設運動をすすめる。

当初は知事や政治家など「名士」と呼ばれる方の力も得てと考えたが、絶対に認

めないという自民党県連の方針をしり、反省の上に住民・大衆に依拠する方針に

転換。しかし高齢の患者は自分が入れるなら募金に協力するが・・。繰り返しの

話の中で、やがてあの世に行く方も、同じ世代の人が入れるならと協力、そして

自分のわずかな金が生きる・運動に参加できることが生きがい、その生きがい

れた先生ありがとうと言ってくれる高齢者に感動する莇先生。すべての運動に

住民と共に、住民のためにが貫かれている。

ソ連貿易時代に受診すると「亀田君、ソ連はどうかね?」と世間話が多かった。

石川県の日ソ協会運動でも特筆すべきポリオ生ワクチン輸入運動。青森と並び

石川でも輸入への母親運動が熱心だった。ソ連で効果があったが、誰が始める

か?先生は自分の子どもたち(長男は現在診療所所長)に投与し、大丈夫とな

ってから、他のこどもたちにひろげた。友の会事務局長時代にも絶えず患者・

住民との結びつきの大切さを示唆された。私など、人が造った道を自分なりに

歩んだが、先生は違う。どんな困難があっても、切り拓いていかれる。正確

な情勢分析と方針、深い住民・大衆への信頼、そして強い信念があったから

だと思う。この日、列席された各位の祝辞はいずれも共感できるものだった。

いい集会に参加させてもらった。そしてお酒も。

本とDVD早く読み・観なきゃ。