みゆみゆの徒然日記

日本の伝統芸能から映画や本などの感想、
心に留まった風景など
私の好きなことを綴っているブログです♪

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狩野川能

2012年08月26日 | 能・狂言
 今日は伊豆の国市(旧伊豆長岡町)にある、長岡総合会館アクシスかつらぎというホールで行われた狩野川能を鑑賞しに行きました。この催しのことを知ったのがつい先週の日曜日(笑)ネットをさまよっていて、ふと見つけた「能」の文字。一応チェックしてみたら、萬斎さんの狂言がある。しかも1000円!!!これは!!ということで、すぐに電話。1階は全部売り切れで、2階席でしたが、2階席は・・な・・・なんと入場料が500円!!!!萬斎さん(たち)が500円!!!!ということで、2階席ですが、楽しんで参りました。ちなみに、公演名は能がつきますが、狂言のみです。狂言のみですが、あくまで狂言も「能楽」ですからね、これでもいいと思います!!

手話狂言 『墨塗』
 先日も熱海で拝見した三宅家の『墨塗』ですが、今日は日本ろう者劇団の方たちによる手話狂言です。演じるのは、ろう者劇団の方たちで、手話で狂言の台詞を表現します。そして、三宅右近家の方たちが役者さんの動きに合わせて影で台詞をあてます。この手話狂言は、右近さんが中学生の頃からの舞台を見ていた狂言にも造詣の深い黒柳徹子さん(そうだったんだ!)の発案で企画されました。和泉家の問題で苦労していた右近さんのことを(こちらについては・・・お察し申し上げます・・・・)「人の辛さ、苦しさが分かる人。指導者として、素晴らしい人」ということで、右近さんに協力をお願いし、始まったそうです。1983年からということですので、歴史があるんですね!!私は手話は分かりませんが、表現豊かに演じていらっしゃっていました。もちろん、台詞が合わせてというのもあるかもしれませんけどね。狂言は室町~江戸の口語ですので、当然言葉も古いです。その古い言葉のニュアンスを表現するのに、古い形の手話を使って表現しているらしいです。私は手話は全く分かりませんので、そこのところを楽しむには至りませんでしたが、狂言師さんたちの台詞もちゃんとあるので、耳の不自由な人も健聴の人も楽しめる狂言ですね。

シテ(大名)井崎哲也、アド(太郎冠者)江副悟史、小アド(女)小泉文子
声の出演・三宅右近、三宅右矩、三宅近成


狂言『舟渡聟』
 多分(笑)、初めて見る狂言です。舅に挨拶に行くために、聟が酒と肴を持って渡し舟に乗るが、船頭に酒を脅し半分でねだられ、酒を飲ませるが、実はこの船頭が舅だったという話です。今日は和泉流ですが、大蔵流になると話が違うのですね。こちらも見てみたいです。
 さて、この船頭が脅し半分で酒をねだるところが面白いです。舟が船頭の嫌がらせでものすごい勢いで揺れたり、逆に進まなかったり(笑)セットは何もないけれど、だからこそ狂言は面白いのだと思いました!

シテ(船頭)三宅右近、アド(聟)三宅右矩、小アド(女)高澤祐介


『那須与市語』
 能『屋島』の間語りで、狂言の大曲です。なんでも今回の公演が、近成さんの披きだそうです。なぜに長岡で披きなのかは・・・不明ですが、一生に一度の狂言師のキャリアの節目を拝見できるということで、こちらも楽しみにしていました。そういえば、私は『屋島』は見たことがありますが、小書きがないとこの「那須与市語」はないので、こちらは初めてです。
 有名な屋島の合戦の那須与市の活躍を、義経や与市など3役で一人で語り(もちろん動きはありますが)演じます。なるほど、これは狂言師にとっての関門のひとつだろうなと納得。那須与市の話は、もちろんなじみがありますので、情景が目に浮かびます。そして、立ち位置をかえ、扇などの動きで、いろいろと表現します。あるときは扇が弓、あるときは海面に落ちる扇。この扇の柄が波で、雰囲気がありました。
 他の方(たとえばもっとベテランの方)による与市語を見ていないので、なんともいえませんが、披き公演ということで、緊張感の中にもフレッシュさがあった与市語でした。



狂言『小傘(こがらがさ)』
 久しぶりの萬斎さんの狂言です!しかも今日は息子さんの裕基くんもご出演!!大きくなりましたね!!初舞台のお猿のドキュメントが放送されたのがつい昨日のようです。いや~、気分は「初舞台のころから知ってるわよ~」と話しかける親戚のおばちゃんです(笑)

 で、やっぱり萬斎さんの狂言は面白い!と感じました。萬斎さんはインチキにわか坊主で、新発意(裕基くん演じる見習い坊主)と一緒に、インチキお経で人々から施物を捧げさせ、持ち逃げしようとします。このインチキお経が面白い!!!「~~~よっ!!」という語尾が、今日のツボです!二人でインチキお経を練習しているのも面白かったですが、本番(?)になって、みんながマネしてしまうのも面白いです。まあ、最後はおなじみの「やるまいぞ、やるまいぞ!!」という狂言おなじみの終わり方ですが、これは萬斎さんも面白いですが、陰のMVPは腰をずっと曲げていたおばあちゃん(尼)役の月崎さんですね!最後もおばあちゃんがもっていった感がありました!

シテ(僧)野村萬斎、アド(田舎者)深田博治、小アド(新発意)野村裕基、
立ち衆(参詣人)村井一之、内藤連、岡聡史、小アド(尼)月崎晴夫


 こちらのホールには初めてお邪魔しました。ホール自体は、一般的なふつうのホールでしたが、外には温泉の町らしく足湯があったり(開演前に見つけて、浸かりたかったけど・・場所がいっぱいで入れませんでした)、頼朝挙兵830年を記念したイベントもあり、こんな顔はめパネルがありました。

 

 左は、源氏ボタルよりともくん。このイベントのゆるキャラなんでしょうか?ホタルの一種の源氏蛍と源氏をかけているのでしょうね。なんとなく「おじゃる丸」に出てくる宇宙人一家に似ている(笑)そして、頼朝&政子の顔はめパネル。長岡同様に伊豆の国市になった旧韮山町に頼朝が流され、政子と出会いました。この手のものって好きですが、一人だと、いろいろな意味で顔はめは、できません(笑)
 それから、伊豆の国は、「能のまち」として、子ども創作能などにも力を入れているそうで、先週の頼朝イベントでは小学生による仕舞も行われたそうです。能楽鑑賞講座など、いろいろやっているな~とは思いましたが、こうやって子どもたちの指導などに力を入れている自治体もそうないですよね。こうして能が広がっていくといいな~と思いました。
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第28回MOA美術館 薪能1日目

2012年08月02日 | 能・狂言
 毎年8月1日・2日に行われるMOA美術館の薪能に行ってきました。昨年は東日本大震災のために自粛(電力の関係もあるみたいです)、一昨年は行かなかったので、3年ぶり久しぶりのMOA薪能となりました。天気は微妙な感じでちょっと心配でしたが、無事決行です。18時開演でしたが、まだ明るく、海が綺麗に見えました。

能『田村』
 後場のお稽古はしたし、自分は舞台で打っているのですが・・・そういえばちゃんと見るのは初めての気がする(笑)

 前半と後半は全く違う雰囲気ですが、前半も後半もよかったです。清水寺も何度も行ったところですし、お稽古をしたときに予習もしているので、情景も目に浮かびますし、謡が分かると理解度も上がると思います。
 銕之丞さんのお能は、今回と『石橋』くらいしか拝見した記憶がありませんが、謡がとても素敵でした!!前の童子もよかったですが、後場が銕之丞さんのお声にぴったりで、格好よかったですもの!!今まで『田村』は後場しかご縁がありませんでしたが、前場の謡もとても素敵だなと思いました。


シテ:観世銕之丞 ワキ:殿田謙吉
笛:松田弘之 小鼓:曽和正弘 大鼓:大倉慶之助
(主な出演者のみ記載させていただきました。)

狂言 『墨塗』
 初めて見ましたが、面白かったです!!遠国の大名が、なじみの女に帰郷を告げると、女は別れを惜しんで泣くのですが、女が鬢水入れの水をつけて嘘泣きしていたのを太郎冠者が目撃して、水と墨を入れ替える・・・というお話です。
 これも単純ですが、面白かったです。墨はまさか本物を使っているとは!でも、これ女の人は逆ギレですよねぇ・・・(苦笑)

シテ(大名)三宅右近  アド(太郎冠者)三宅右矩 小アド(女)三宅近成


能『舎利』
 これも初めて拝見。話も単純ですし、動きも派手なので、眠くならない能だと思います(笑)

 舎利=お釈迦様のお骨を盗んだ足疾鬼を、韋駄天が追いかけて取り戻すというあらすじです。鬼系の曲は結構好きなワタシ。楽しませていただきました♪

シテ(足疾鬼):清水寛二 ツレ(韋駄天)長山桂三 ワキ(僧侶)殿田謙吉
笛:松田弘之 小鼓:曽和正弘 大鼓:大倉慶之助 太鼓:桜井均

 
 普段はお能にあまり親しみがない方も多数いらっしゃるかと思う(特に地方の)薪能ですが、どれも見やすかったと思います。また、見やすかったけれど、見ごたえもあったと思います。久しぶりのお能を堪能させていただきました。また、途中でとても綺麗なお月様に気が付きました。帰り、海側を見ると、海に月明かりが・・・とても綺麗でした。人ごみでしたし、慌てて写真を撮ったので、あまりよい写真ではありませんが・・・。



 音響面では、薪能はお能鑑賞という環境としては、決して良いものではないかもしれませんが、自然の演出というものがとても素敵ですね。なお、本日(2日)は宝生流の演能が行われています。
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野村万作 狂言の会

2010年07月31日 | 能・狂言
 今日は当日券がまだあったので、長泉町文化センターベルフォーレで行われた万作さんの狂言の会に行ってきました。ここのホールは何度か訪れていますが、小さいながらもオーケストラから古典まで良質の公演が催されますし、舞台もアレンジができるので能や狂言の公演の時は張り出し舞台を作り、能楽堂の能舞台に近い(柱や屋根はないけれど)舞台が作られるので、結構気に入っています。ただ寸法は本来は三間四方ですがこちらは四間四方とちょっと大きめです。ということで、まだ余っていたので、能楽堂でいうところの脇正面席からの鑑賞となりました。

 まずは万作ファミリー(?)のベテランさん石田幸雄さんの解説がありました。この手の地方の能・狂言(古典芸能)公演に解説がつく場合によくある客席挙手アンケート「今日、初めて生で狂言を見る方」というのがありました。過半数の方が手を挙げられていました。(私がみたところほとんどかな。)ということで、石田さんは初心者の方でも楽しく分かりやすく、狂言や能のことや舞台について、今日の演目の解説などを解説されていました。最後には今回は舞や謡がないということで、こういうスタイルもありますよということで小舞がありました。(スミマセン曲名失念・・・)

『萩大名』
 都へ上っていた大名(といっても江戸時代の大名とは違い、地方の地主といったところ)が都で有名な庭のある茶屋を訪れます。しかしそこの主人はたくさんの萩がある庭を見せる代わりに歌を所望することで有名なのです。無教養な大名は歌を詠むことができないので、家来の太郎冠者は「七重八重九重とこそ思いしに十重咲き出づる萩の花かな」という歌を教えるのですが、大名は覚えることができません。そこで太郎冠者は扇のを使って、その本数で七重八重九重、十重の部分を、むこうずねから萩(すねはぎ)を思い出させるようにします。(いわゆるカンニングですね~)
 言葉のユーモアもそうですが、人間らしいユーモアもまた狂言ならではですよね。時代が違えど、日本人が感じるおかしさというものは変わらないと思います。

大名:野村万之介 太郎冠者:竹山悠樹 主人:深田博治 後見:岡 聡史

『六地蔵』
 地蔵堂を作った田舎者が肝心の地蔵がないので都に仏師を探しに行くと、そこですっぱ(詐欺師)に出会います。自分が仏師であり、明日の今頃までに地蔵を六体作ろうと田舎物と約束して別れます。しかし、もちろん仏像など作ることができないすっぱは3人の仲間に頼み、地蔵に化けてもらい、お金をもらってから逃げようと考えます。
 6体なくてはならないのに、3人が地蔵に化けなくてはならず、あちらで3人が化け、急いで移動してまた別の地蔵に化け・・・。能舞台一杯使った楽しいお話しです。3人のすっぱが地蔵ポーズをするのですが、段々違うポーズになっちゃったり、すっぱ(万作さん)が慌てる様子とか面白いですね。

すっぱ:野村万作 田舎者:石田幸雄 すっぱ仲間:月咲晴夫、高野和憲、岡 聡史 
後見;深田博治

 
 狂言のみの会に出かけるのは一昨年の茂山狂言以来で久しぶりでした。最近はずっと「お能」メインの会の「狂言」を楽しんでいましたので。この1週間、いろいろな事情で寝不足続きだったり仕事を終えてからの観劇で、正直ウトウトしちゃったところもありました(^^;。が、久しぶりに万作さんの狂言を楽しむことができました。萬斎さんの狂言も好きですけれど、やっぱりまだまだ・・・お父様の狂言の方が好きです~(笑)
 この日が狂言が初めてという方もこれがきっかけで少しでもファンになってくれたり、敷居が低くなったと感じてくださる方が増えれば幸いです!私も、いつまでも避けていないで、機会があればまた能楽堂へ足を運びたいと思います。
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今日は落ちてます・・・

2010年06月26日 | 能・狂言
 今日は2時間しか寝ていない。W杯の寝不足もあるし、完璧に睡眠不足のはずなのに、眠くもなんともない。ただ呆然としている。移動中もボーっとして車にぶつからないようにしなくちゃって気をつけていた。でも財布を忘れた。楽しいことも楽しさ半減。笑えることがあって、そのときは笑っているけれど、ふとした瞬間に暗くなっている自分がいる。

 だめだ、昨日の記事にも書いたように、祥人さんの突然すぎる訃報にショックを受けた自分ですが、あまりにもショック度が大きすぎる・・・・。

 でも、残されたご家族、お弟子さんたちのことを考えたら、こんな風になってはいけない。落ちている割にはこんなことを書いていますが、昨日(25日)の閑能会に行かれた方と今日電話したので、その方に伺った閑能会のお話を書こうと思います。

 昨日の閑能会に行かれた方は、同じく祥人さんおっかけ仲間であったお稽古仲間のおばさま。関根家主催の閑能会六月例会の番組は舞囃子数番、お能2番。そのうち祥人さんのご子息である祥丸君の舞囃子『田村』、お父上祥六先生の能『花月』が予定されていましたが、さすがに祥六先生はお能を舞えない・・・ということで休演。上田さんの代役だったそうです。ロビーには気丈に振舞う奥様、お母様(祥六夫人)のお姿もあったそうです。
 最初に祥丸君の『田村』が・・・。辛いでしょう、きっと辛いでしょう・・・・。でもそれが舞台に立つ者の宿命でしょう。きっとお父さんに習ったんでしょうね・・・。でも、立派に舞われたそうです。でも時々声が掠れるところもあったりして、見ているおばさまはもう思わず泣いちゃったそうです・・・。
 祥六先生はこう申し上げては失礼ですが、ただでさえ年齢からくる心配事も多々・・・。さらに、祥人さんの死という精神的に多大なるショックを受けられているでしょう・・・。もしかしたら自分が変わってあげたいなんて思っていらっしゃるかもしれない。もっともっと伝えたいことがたくさんあったでしょう。

 でも、舞台では他の知孝さんをはじめ、皆が「祥丸君を守っていく!」という気持ちに溢れていたとか・・・。最後は附祝言ではなく、故人を送る謡が謡われたそうです。観客の皆も口に出して祥人さんのことを話したりはしなかったそうだけど、でもやっぱりいつもとは違う雰囲気に包まれていたそうです。

 おばさまともお話ししていたけれど、祥人さんは祥六さん祥丸君とともに、上海万博ジャパンデー(だったかな?)の催しで中国公演を行われたり、オーバーワークだったのかもしれませんね。でも、過ぎ去ったことを言っても、もう祥人さんは戻ってきません。もう二度と彼の姿を舞台で観ることはできません。
 昨年の5月に横浜で行われた関根家三代の『石橋』はチケットを取っていましたが、自身の体調不良で断念。その断念したものを来週見ることができると思っていたのに・・・。順番からして、三代で見ることができるのも、祥六さんが元気なうち・・・と・・・。なのに、なんで・・・・。這ってでも、倒れてでも見に行けばよかった。1年前の自分に「這ってでも横浜に行って来い!」と言いたい。でも1年前の自分はこう思っていた。「祥人さんの能はまだこれからも30年くらいは見られるでしょ?」って・・・・。
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ショック・・・・祥人さんが・・・

2010年06月25日 | 能・狂言
 私が一番好きで、というか好きを超えて心から尊敬している能楽師、関根祥人師が亡くなられた・・・。不謹慎ながらも一瞬、祥違いでお父上かと思ってしまった・・・。しかし祥人師だった・・・。まだ若い、お父上の祥六師もご健在だし、ご子息の祥丸君も将来期待大で伸び盛り。これからの能楽界を担う人だし、今が一番脂の乗っている時期だろうし、これから歳を重ねていっても、今とはまた違う魅力的な祥人さんの舞台に出会えるはず。そう思っていました。謡、舞、お人柄・・・すべてにおいて好きでした。お稽古場では「祥人の追っかけ」と認定されていた私だけでなく、周りにもファンが大勢いました。そしてこのブログにも祥人さんファンの方からコメントをいただくこともしばしばありました。4月に舞台を見たばかりだし、来週土曜日の祥人師主催の会に行くのを楽しみに待っていました。だから信じられない。

 このブログの「能狂言」カテゴリをご覧になったらお分かりになるかと思いますが、ここ数年のお能鑑賞は、祥人師目当てで、祥人師の記事だらけです。初めてお能を見に行った時もお父上の関根祥六師の舞台で、解説が祥人さんでした。それがとても分かりやすくて、「お能って意外と面白いじゃん」と思えたからこそ今の私があります。その数年後、たまたまお能帰りに熱海駅でばったり会って(後ろにいらして)ご挨拶することができたり・・・。そんな思い出もありました。
 いつもご自身の会ではPCで手作りであろうチラシ、そして花祥会の後はわざわざお礼状まで送ってくださったり、さらには電話予約も自ら対応。ああ、先月チケット予約のためにご自宅にお電話した際にお話ししたのが最後になってしまった。事務的な話ですが電話を切る前に「楽しみにしていますね」と言う私に「ありがとうございます」と仰ってくださった・・・。謡ではなく、「ありがとうございます」という言葉が私にとっては最後の言葉になってしまいった・・・。でも、もう今日は当日が楽しみではなくなってしまった・・・。こんなに悲しい「見に行けない公演」はない。そういえば、花祥会では帰りにお客さんにお花のプレゼントもあったなぁ・・・・。そんな素敵な会は他にはなかった・・・。

 もちろん、お能に関しても思い出ばかり・・・。テクニック的なことだけでなく、見ているだけで、その曲の物語、主人公の想いが心に伝わってくる人だった・・・。ものすごく魅力的な舞台だった・・・。何度も涙した・・・惚れ惚れした・・・。彼の舞台に恋しているといってもよかった・・・。

 思い出すと涙が溢れる・・信じられない・・・信じたくない・・・。なんでこんな記事を書かなくてはいけないのか・・・。誰か、悪い冗談だと言ってください。夢なら私を起こしてください。なんで、こんなに才能に溢れ、かつ人柄もすばらしい方が早く亡くならなくてはいけないのか・・・。神様、不公平です・・・。

 祥人さんが亡くなられたら、私はもうお能を見ないかもしれない・・・見たくないというか、落ち着くまでは見られない・・・。祥人さんのお能のDVDもドキュメンタリ映画のDVD、本も当分は見られないよ・・・・。でも・・・祥丸君のことは見守って行きたいから、見に行く日もくるでしょう・・・。でも、でも・・・・。

 楽しみにしていた「花祥会」は中止となり、この日は祥人さんの葬儀になってしまいました・・・。自らの会がこんな形になってしまったことは、ご本人が一番悔しいと思います。

 祥人さん、本当は絶対に『景清』を演じたかったでしょうね。お父さん、息子さんと『石橋』を舞いたかったでしょうね・・・。素人さんのお稽古後に自宅で倒れられ、そのまま・・・だったらしいです。

 観世流だけでなく能楽界にとっても大きな損失ですが、同じく私が尊敬するお父上の祥六師、祥丸君や娘さん、そして素敵な奥様のことも考えると・・・。もうだめです・・・・。

 心にぽっかりと穴が開いてしまい、しばらく、私は落ち込んでいると思います。

 信じられないし、信じたくないけれど、ここまで私をお能に夢中にさせてくださった祥人さんに感謝したいです。そして、祥人さん、貴方の舞台に出会えたこと、何度も立ち会えたことは私の誇りです。ありがとうございました。

 今はただただ、祥人さんのご冥福をお祈り申し上げるばかりです・・・・。

 でも、今日は泣きます。

 以下、ニュースサイトより引用します。
関根 祥人氏(せきね・よしと=能楽観世流シテ方)22日午後11時52分、急性大動脈解離のため東京都新宿区の病院で死去、50歳。東京都出身。葬儀・告別式は7月3日午後1時から東京都文京区大塚5の40の1、護国寺桂昌殿で。葬儀委員長は26世観世宗家の観世清和氏。喪主は妻治美(はるみ)さん。
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閑能会 『高砂』『西行桜』

2010年04月24日 | 能・狂言
 4月23日、観世能楽堂にて鑑賞。

 遅くなりましたが、今年初の能鑑賞となりました。

能 『高砂』
 以前より注目していた若手の高梨万里さんのシテによる『高砂』です。ツレは祥丸君と、とても若い二人が演じる老夫婦です。
 『高砂』は私が説明するまでもなく、お能ファンでなくても、「高砂や、この浦舟に帆をあげて~」という謡の一部を聴いたことがあるくらい有名ですし、おめでたい曲ですね。
 お囃子も若手(?)だからなのか、安定感というよりも、若さはじける舞台という感じでしたね。神舞はやっぱり早いですねぇ・・・。いつか自分もやってみたい曲の一つです。(まだ無理って言われるんですけどね・・・)

シテ:高梨万里 ツレ:関根祥丸 ワキ:村瀬堤 間:善竹大二郎
笛:一噌隆之 小鼓:鳥山直也 大鼓:大倉栄太郎 太鼓:助川治


能 『西行桜』
 桜は散ってしまいましたが、心の眼でまた桜を見ることができたような気がします。でも、この日は冬のような寒さになってしまった東京でした。
 不勉強なので、西行についてもあまり詳しく知らないし、初見でしたので、予習しなくては・・・と思ったのですが、ちょっとお稽古関連の雑務などで忙しくて行くのやめようかと思ったくらい・・・(泣)ということで、ざっとあらすじのみを頭に入れての鑑賞となりました。
 ジャンルは三番目物となっていますし、シテが桜の精というと、シテは女性だろうか?と思ってしまいがちですが、これは老桜の精が主人公です。(三番目ものは女性だけでなく、草木の精などが主人公の曲もあります。)といっても祥人さんが演じると、老桜という感じはまだしませんが(苦笑)、老桜だけあって華々しい美しさではなく、渋い美しさというものを感じました。

 「花見んと群れつつ人の来るのみぞあたら桜の咎にはありける」

 と西行はこの歌を詠みますが、そこに桜の精が現れ、「桜の咎とは何とぞ?」「桜はただ咲いているだけで咎はない。」と西行を諭し、桜の名所を教えます。

 奥深いですが、確かにそうなんですよね・・・。人がどう思おうと桜はただ咲いているだけ・・・。哲学的ですよね。またこれは見てみたいです。そして、もう少し、この曲のことを深読みしたいですね。

 この曲は世阿弥の作ですが、この時代も、今も、日本人の桜を愛でる気持ちというのは変わらないのだな・・・と思うのです。

シテ:関根祥人 ワキ:宝生欣也 間:善竹十郎
笛:一噌庸二 小鼓:亀井俊一 大鼓:柿原弘和 太鼓:金春国和

 この日も、他に狂言、素謡、仕舞がありました。祥人さんももちろんですが祥六さんの謡も堪能した一日となりました。

 さて、この日も帰り道は祥人さんファン仲間と一緒に「今日も素敵でしたね~」とお話ししながら渋谷駅へ。次は7月のお舞台に行こうかなと予定しています。関根家の『景清』は私にとって、とても思い入れのある曲なので・・・。

(4月28日、主な出演者を追記。)
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閑能会 『白鬚』 『猩々』

2009年12月19日 | 能・狂言
 今年最後のお能鑑賞も関根家主催の閑能会12月例会。今日もお稽古仲間で同じく関根家ファンの方とご一緒させていただきました。この会は自由席なので、この日も良い席ゲットのために開場時間より早く並びました~。寒かったですが天気が良かったのが救いかな(笑)


能 『白鬚』 道者
 今年の閑能会の番組予定表を見て初めて知った曲。恥ずかしながらそれまで見たこともなければ、曲名すら知らなかった曲です。でも、師匠に伺ったらあまりやらない珍しい曲とのことです。さらに事前にお仲間さんから頂いた番組を見ると、出演者がたくさんですし、時間が140分!ということも伺って、どんな曲だろうか?そしてシテは祥人師ですから、いろんな意味で楽しみにしていました。ただ、予習したくても手がかりがなく・・・(^^;それだけ稀曲ということですね・・・。
 内容は、琵琶湖畔の白鬚明神という神様がシテの脇能です。さて、前シテは脇能によくあるようなパターンで、老人というか漁夫(実は神様)なのですが、今回は後も含めて、能面が非常に印象的でした。特に後シテの面(鼻瘤悪尉)は彫が深くて、神様だけどあまり神様らしさというよりも、おどろおどろしさというか異様さも感じ・・・。

 そして、替の間狂言「道者(どうじゃ)」もこれだけ単体の狂言として演じられることもあるということ。確かにこれだけでも面白いお話です。『船弁慶』に出てくるような作り物の舟が2つあり、勧進聖が乗っている船と道者(巡礼者?)たちが乗っています。寄進を「一銭もない」と断る道者たちの前に鮒の精が現れて、慌てて着物を脱いで寄進する・・・というもの。この鮒の精がお能に出てくるような龍神のようでした。演じるのは山本凛太郎さん。高1ということで、若々しく、飛んだり跳ねたり、凛々しい動きでした!!

 後場は、白鬚明神の楽。『天鼓』のように唐扇ではなく神扇。祥人さんの舞はやはりいつ見てもうっとりしてしまいますが、やっぱり面が怖い(笑)力強くも優雅な舞はやはりというかさすが祥人師というところでしょうか。
 そして舞を舞い終わると、天女と龍神が天燈龍燈を捧げにやってきます。龍神の出が早笛(12月20日訂正、「出端」と書いてアップしてしまいましたが、早笛の間違いです。)、そして舞働もあり、颯爽としてかっこよかったです。そして、自分も舞働などはお稽古をしているところでもありますので、こういう風に玄人のようにできるのは無理にしろ・・・近づきたい!と思うようになってきました。

 さて内容は白鬚神社の縁起を語るというもの・・・予習不足ですと完璧に内容を理解するところまではいきませんが、なんだか凄いものを見てしまったと・・・2時間20分という長い上演時間もあっという間に感じました。(とはいえ、正直に申しますと前半は少しウトウトしてしまったのですが・・・)


シテ:関根祥人 ワキ:宝生欣哉 前ツレ:清水義也
天女:武田友志 龍神:岡庭祥大
間:(勧進聖)山本東次郎、(道者)山本泰太郎、山本則孝、加藤孝典、若松孝
  (鮒の精)山本凛太郎、(船頭)山本則重
  (地謡)山本則俊、平田悦生、山本則秀
笛:松田弘之 小鼓:観世新九郎 大鼓:亀井広忠 太鼓:観世元伯
地謡:関根知孝、武田尚浩、浅見重好、坂井音雅
   武田文志、武田宗典、高梨万里、関根祥丸
後見:武田宗和、上田公威
                      

狂言 『柿山伏』
 教科書にも載ってるような作品ですが(『附子』も定番ですが)、意外にも実は初めて見るんですよねー(笑)道端で見つけた柿を取って食べてしまう山伏。それを見つけた柿の木の持ち主が腹を立てて、あれは猿だの鳶だの・・・とうそぶき、山伏は言われた動物の鳴き真似を・・・というこれも狂言によくあるパターン。
 長時間のお能の後に見るは気軽に楽しめた狂言でした。

シテ:山本則俊 アド:山本則秀


能 『猩々』
 会の締めは祥六先生の『猩々』です。こちらは『白鬚』に比べると、というか、比べなくても短いお能ですが、1年を締めくくるのにふさわしいおめでたい曲でしょう。シテの祥六先生は、少しおみ足が・・・と感じてしまう箇所もあり、キリでは途中ヒヤッとしてしまう箇所がありましたが・・・こういう事態になったときのご本人の対応ももちろんですが、周囲の冷静な対応などは舞台に立つ上での先生方の舞台への心というものを感じました。
 余談ですが、私はお酒に弱いのでお酒を少し飲むだけで顔がすぐに赤くなります。お酒の席で、師匠に「猩々の面みたい」と言われたことがあります(笑)新年会でもキリを謡うので、練習しておこう・・・(笑)

シテ:関根祥六 ワキ:殿田謙吉
笛:寺井宏明 小鼓:大倉源次郎 大鼓:亀井実 太鼓:助川治
地謡:高梨良一、関根祥人、上田公威、岡庭祥大
   斉藤剛、岡本九十九、長宗敦子、関根はな恵
後見:関根知孝、関根祥丸 


 そのほかに、素謡『菊慈童』、仕舞『清経』キリ、『班女』クセ、『芭蕉』『鵜飼』がありました。

 さて、この1年は自身の体調不良により見逃してしまった会もありましたが、いずれもすばらしいものばかりでとてもよかったです。気がつけば、関根さんちの会にばかり伺っておりますが・・・本当に良いお能に出会えたことに感謝します。そして、この1年は、源次郎先生の鼓で始まり、源次郎先生の鼓で終わった能楽イヤーでした(笑)そして、今日は、珍しい曲がかかるからというのもあるのでしょうか?客席にはお忍びでいらしたと思しき某家当主の能楽師さんたちなど著名な方たちがいらっしゃいました。
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研究会 『小督』 『山姥』

2009年10月23日 | 能・狂言
10月21日(水) 於、観世能楽堂 

 歌舞伎座で幕見観劇の後は、銀座を少しぶらぶらしてから、地下鉄で渋谷へ移動。7月の『花祥会』以来の松涛です。今日の番組は『小督』と『山姥』。2曲とも今の季節にぴったりの曲です。そして狂言は萬斎さんの『柑子』。狂言のことは何も知らずにチケットを取り、萬斎さんが出るということはつい数日前に知ったので、ちょっとラッキー♪と思いながら(笑)今日は自由席でしたので、開場時間より早くに来て並んでいたのですが、「今日は若い人も多いわねぇ、萬斎が出ているかしら」という話し声がちらほら聞こえてきましたが・・・自分もそう思われているんだろうなぁ(笑)萬斎さんも好きだけど、お目当ては別の御方です~と心の中で返事をしましたが(笑)


能 『小督』 替装束
 先日の十五夜でも書きましたように、今日はこの日のような月をイメージして鑑賞してみました。シテは関根祥人。今日のシテは生身の男性の役なので、能面をつけず、直面(ひためん)で演じられます。これは「駒之段」と後半の舞囃子部分をお稽古したことがありましたが、お能をきちんと鑑賞するのは初めてです(^^;。
 前場は勅使(ワキ)と仲国(シテ)のやりとり。シテは揚幕の付近にずっといるのね。すぐに中入りして、舞台上に片折戸の作り物が置かれます。この戸により、隠れ家の中と外という区別がはっきりとつきます。お能でこのようなリアルな歌舞伎の舞台セットみたいな戸の作り物もあるんだなぁと思いました。と、リアルな作り物とは対照的に、仲国が乗る馬は出てきません。けれど、馬に乗っているという動きというか所作も、お能にしてはリアルな表現というか所作でしょうか?生きている男性で直面というのも、いつもとは違う不思議な感じ・・・。
 
 さて、本日も祥人師の謡は相変わらず素敵すぎる。声の質が素敵というのもありますが、彼が声を発するだけで、能舞台の雰囲気ががらっと変わると申しましょうか・・・惚れ惚れしながら聴いてしまいます。面をかけていないからというのもあるでしょうか、祥人師の声のよさというものをいつも以上に強く感じました。男舞も力強さというよりも、優雅な感じ。でも、作り物があるので、少し狭そうではあるのですが(苦笑)帰っていくときの所作も面白かったです。

 お稽古を実際にしていましたが、意外と自分にとっては新鮮に感じたお能になりました。

 それにしても、小督という女性はすごいと思う・・・・。清盛の二人の娘婿の愛人であったのだから・・・。しかも高倉帝に関しては、中宮徳子が高倉帝を慰めるために紹介したのだから。(現代的感覚とは違うのは重々承知していますが)それだけ美しい女性だったのでしょうけど、清盛を貶めるために誰かが裏で何かしていたのだろうか・・・と思ってしまいました(苦笑)
 あと、あの片折戸は開け閉めとかくぐるのがちょっと大変そうと思ってしまいました(苦笑)

シテ:関根祥人 ツレ:藤波重孝 トモ:角幸二郎 
ワキ:舘田善博 間:破石晋照
笛:一噌隆之 小鼓:森澤勇司 大鼓:国川純

 
狂言 『柑子』
 1月以来の萬斎さんの狂言です。これも初見です。柑子(こうじ)は蜜柑のこと。珍しい三つ成りの蜜柑を主人(破石晋照)から預かった太郎冠者(野村萬斎)が食べちゃったというのは、よくある狂言のお決まりパターン(笑)でも、その言い訳が見所ですね。取り残された3つめの蜜柑と鬼界ヶ島に残された俊寛を重ねて・・・・「“六波羅”の中」という落ち。こういうの私は好きだな~。お間抜けというかいい加減な太郎冠者の出来心の盗み食いとは対照的な、知的な洒落のある言い訳が面白いのです。こんな言い訳されたら私なら許しちゃうな(笑)

 それはおいておいて、狂言で食べ物を盗み食いしたり、この狂言にはないけれどお酒をおいしそうに飲んだりする所作は、本当においしそうに見えますよね。そして、萬斎さんの太郎冠者は飄々とした感じが良いですね!
 
 時間も短い小品ですが、上品にまとまっていて、私好みの作品でした!
 


能 『山姥』 白頭、長杖之伝
 さて、こちらも舞囃子や仕舞などで耳にする(?)ことはよくありましたが、お能として拝見するのは初めてです。

 このお能のあらすじは、山姥の曲舞が得意な遊女が善光寺参りの途中、日が暮れてしまい途方に暮れていると、山の女が宿を貸そうと申し出ます。その女は実は自分は山姥だと告げて、月の夜に謡うならば本当の正体を現そうと言い消えます。やがて、遊女が謡いはじめると、山姥が現れて舞い始め、山姥の山廻りをみせます・・。
 
 後半の山姥の山廻りが見所です。全体的にお囃子も謡も面白く満足。シテの声が若干気になるものの、前シテの面や後シテもこの世のものとは少しかけ離れている存在という感じだと思いました。かなり仏教的観念が盛り込まれていましたので、もう少し予習してくればよかったなと思ってしまいました・・・(^^;。どうしても「やまんば」と言うと、おどろおどろしいおばあさんのイメージがあります。けれど、そういうのとはちょっと違う・・・。山や自然への畏怖とかもあるのだと思う・・・。思ったよりも、ずっと奥が深い・・・。今度再見することがあれば、もっと感じ取れれば・・・と思いました。お稽古もする機会があるかもしれませんしね。

 ところでこの山姥は足柄山で金太郎を育てたという伝説もあるそうです。足柄山ではありませんが、金時山には金時娘がいます。娘といっても・・・なのですが。ふと思い出してしまいました(^^;

シテ:武田宗和 ツレ:坂口貴信 ワキ:宝生欣也 間:高野和憲
笛:寺井宏明 小鼓:曽和正博 大鼓:亀井忠雄 太鼓:助川治

 狂言の後には仕舞『道明寺』『玉鬘』『鵜之段』がありました。

 能二番も狂言とも初見でしたが、それ以上に新たな発見と課題も見つかった充実した舞台となりました。ただ、完全に睡眠していたという状態まではいきませんでしたが、疲れていたこともあるのでしょうか、久しぶりに睡魔と闘っていました・・・(^^;気持ちは見たい・・・と思っても、どうしようもなく(苦笑)心地よいモードになってしまうのも能楽の魅力なのでしょうか?というのは言い訳?!

 『山姥』は季節が不定となっていますが、お能は二番とも「月」がキーワード。残念ながらこの日は月夜ではありませんでしたが、たまには心の眼で見るということもしてみましょうか。
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『Next Generation!』

2009年10月04日 | 能・狂言
 小鼓方幸流の成田達志師と大鼓方大倉流の山本哲也師によるユニットTTR能プロジェクトのCDが届いたのでさっそく聴いてみました。関西圏でご活躍されているお二方をはじめ、他のメンバーの方たちも関西圏でご活躍される方ばかり!!普段関西圏でお能を見る機会がない私が拝見したことある方たちばかりというのもポイントです(笑)

1.ライブ能
 笛・竹市学、小鼓・成田達志、大鼓・山本哲也、太鼓・前川光範
2・一調『景清』
 謡・片山清司、大鼓・山本哲也
3・一調『松虫』
 謡・浦田保親、小鼓・成田達志
4能『望月』より
 謡・片山清司、浦田保親
 笛・竹市学、小鼓・成田達志、大鼓・山本哲也、太鼓・前川光範


 スタジオ録音ということもあるのでしょうか、小鼓のポンというよりも「ポワン」という感じ(残響?)、謡や掛け声の響き具合などが少し気になりましたが、小鼓の音も成田さんのような方でないとあんな風に響かないでしょう・・・・。でも、それが故に心地よくなって眠くなるかも(^^;あ、でもつまらないから眠くなるとかじゃないですよ~。私の鼓では眠れないと思いますので(苦笑) 

 それはおいておいて、ヘッドホンで聴くとよく分かりますけれど、単に“楽器の音”だけでなく、掛け声の息遣いや気迫を感じることができます。もちろん謡もね!!ついつい眠くなってしまう心地よい部分ももちろんよいけれど、最後の『望月』なんて超カッコイイですよ!!!
 
 CDだけでなく、TTRさんの公演も実際に見たいです。
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第25回MOA美術館 薪能 1日目

2009年08月01日 | 能・狂言
 毎年8月1・2日に行われるMOA美術館の薪能に今年も行ってきました。無料で楽しめるというイベントですので、ここ数年毎年足を運んでおります。でも雨天だと無料の一般客はモニター鑑賞。今年は祥人さんのお能がかかるので、モニターは嫌だなぁ・・と思っていたし、雨女の私はいつも以上に当日の天気予報を気にしていました。数日前は確率は80%だったけど、今日は良い天気で開催決定!でも開演前にちょっと雨が降って・・・やっぱり私は雨女~と思ったけど、大丈夫でした。今までこれほど「雨降るな!」と念じたことはなかったかも(爆)


能 『熊野』 読次之伝、村雨留
 舞囃子の部分も道行の部分のお稽古もしたり、熊野のご当地とご縁がある関係で勝手に親しみを感じている曲のひとつですが・・・意外にも生の舞台でちゃんとお能として見るのは初めてでした。
 平宗盛の寵愛を受けている熊野(ゆや)は、故郷池田の宿の母親が重病だという知らせを受けるも、宗盛の許しを得ることができず故郷に帰ることができません。清水寺の花見の席で舞を舞うように命じられた熊野は、舞の途中で降ってきた村雨が散らした桜の花に、母の命を重ね「いかにせん都の花も惜しけれど、馴れし東の花や散るらん」という歌を詠みます。その歌に心を打たれた宗盛は熊野を故郷に返してやります。というお話。
 中之舞も村雨留という小書きがつくと、中之舞が常よりも早く終わります。なので余計に熊野の早く帰りたい・・という気持ちが伝わってきますね。でもこういうものは幽霊が出てきてどうこうというお話ではないし、綺麗だし、わかりやすいですよね。だからこそ人気曲なんでしょうけど。でも、サシ・クセの部分がカットされていたのが残念。ここの詞章が綺麗で好きなんだけどな~・・。そういう演出もあるんでしょうか?勉強不足ですみません。
 ちなみに『熊野』関連の謡跡の記事がありますので、よろしければご覧ください→熊野の長藤

シテ:山階彌右衛門
ツレ:武田友志、ワキ:村瀬純 ワキツレ:村瀬堤
笛:槻宅聡 小鼓:大倉源次郎、大鼓:亀井広忠


狂言 『成上り』
 鞍馬寺に参詣するために主人が太郎冠者に太刀を持たせていると、太郎冠者は太刀を持ったまま寝てしまいます。そこへすっぱ(泥棒)が現れて、青竹と変えてしまい、いつの間にか太刀が青竹に変わっていて・・・というストーリー。いろいろなものが成り上がることを主人に話して、太刀も青竹になる・・・なんてばかげた言い訳をする太郎冠者のアホらしさ(?)が狂言にでてくる太郎冠者のよいところでしょうか。

シテ:野村万蔵 アド:吉住講 小アド:野村扇丞


能 『葵上』 梓之出
 はい、今日はこのために熱海に参りました(笑)つい2週間前にも祥人さんの舞台を見たばかりですが、今日の祥人さんも執念深く怖い女性の役で、後シテは般若です。ですが、『道成寺』よりも、こちらはより高貴な身分ですからやっぱり違いますけど。
 『葵上』の題名である葵上は『源氏物語』の登場人物で光源氏の正妻。ですが、この曲のシテ(主人公)は六条御息所です。葵上という登場人物は出てこず、物怪に憑かれ病床に臥している葵上の象徴として小袖が正先に置かれます。物怪の正体を暴こうと照日の巫女が梓弓を弾くと、元皇太子妃でかつて源氏の愛人であった六条御息所の生霊が現れます。
 このときは辺りも暗くて、薪能は音がスピーカーから伝わってきますからね、そういうのが嫌だな~とついつい思ってしまうのですが(無料で見ているくせに偉そうなことをいうな!ですが・・・)、でも雰囲気はこのシーンにぴったりですね。暗闇に光るかがり火が加持祈祷を彷彿とさせて、さらに御息所の心情にぴったりのような。普段の能楽堂とは違う自然の織り成す演出効果を感じることができました。(まあ、能楽堂が一番適した環境だとは思いますが。)源氏の心変わり、葵上の妊娠、車争いで破れたことなどいろいろなことが重なり、嫉妬と恨みのために生霊となってしまうのです。そして、葵上の枕元で後妻打ち(うわなりうち)をする枕之段は物語性も高く好きなのですが、やっぱり祥人さんの表現力はすごいですね。小袖に扇を打ち付けるのが怖い!でも、教養深い元皇太子妃としてのプライドもあるのでしょう・・・そんな自分を恥じる一面もあるのが、この曲がというか御息所の生霊が怖いだけではなく哀れでもある点。「枕に立てる破れ車、うち乗せ隠れ行かうよ、うち乗せ隠れ行かうよ」で、着ていた唐織を外して担ぎ自分の姿を隠しながら去っていくのは、葵上も破れ車に乗せて連れて行く・・のだけれど、自分の恥ずかしい姿も隠したいのかな・・・と思ってしまいます。
 後シテは般若の面をつけて、鬼の形相となった御息所の生霊が現れます。『道成寺』とは違い、こちらは鬼の形相といえど、まだ人間ですからね、横川の聖とのバトルは迫力満点ですし、怖いのですが、その怖さの中にもどこか人間ぽさも感じるのです・・・。これは以前見たときにも感じたことですけれど・・・。今回すごいなとうなってしまったことがあります・・・。祈り伏せられて、成仏した生霊。その瞬間、それまで怖い表情だった般若の面の表情が、安堵感に包まれたように見えたのです。(遠いからオペラグラスで観察していました・・・^^;)生霊となった自分を恥じてはいるのでしょうけれど、救われた感を感じました。やっぱり祥人さんってすごい・・・そう思わざるを得ない舞台でした。


 以前、前半のクライマックス部分の「枕之段」のお稽古をしたことがありました。ちょうどそのときに初めて『葵上』を見て、能っておもしろい!と強く思ったのです。物語性にも富んでいるし、打っていて楽しかった曲です。また久々に打ちたくなってしまいました。葵上を打つ・・のではなく鼓をね(笑)


シテ:関根祥人
ツレ:角幸二郎 ワキ:村瀬純 ワキツレ:村瀬慧
笛:槻宅聡  小鼓:大倉源次郎 大鼓:亀井広忠 太鼓:金春国和

 でも今日はお天気がよくて本当よかったです。『熊野』『葵上』のどちらもお稽古をしたり、好きな曲だったので、充実した1日でした。もちろん今日も関根祥人師の舞台に酔いしれることができたことに感謝します。あ、自分もお稽古がんばらなくては・・・。
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第15回記念 花祥会

2009年07月18日 | 能・狂言
 今日は関根祥人師主催の花祥会を鑑賞するために観世能楽堂まで行ってきました。5月に横浜で行われた関根家の会は体調不良は断念してしまったので、今日はその分も楽しんでまいりました。祥人さんの『道成寺』や祥人さんのご子息・祥丸君の初面もありますしね。同じ曲はまた見られるかもしれないけど、今日はまた特別なのです。それにしても最近の私の観能傾向は思いっきり偏っていますねぇ・・・(苦笑)いけない・・と思いつつも同じお金と時間をかけるなら・・・と思うと偏ってしまうのです・・・。


能 『俊成忠度』
 16歳になった祥丸君の記念すべき初面の舞台です。子方は能面をつけることができないので、初めて面をつけて舞うということは、大人の能楽師の第一歩という一生に一度の機会。祥丸君も緊張いているのだろうけれど(お父さまやおじいさまはもっと!なんでしょうけど)、客席も緊張に包まれていました。子方時代の祥丸君の舞台もいくつか拝見していますが、ついに初面かぁ・・と感慨深くなってしまいます。やっぱり緊張気味?ということを感じた出でしたが、凛としていてまっすぐで・・・若者らしい舞でしたね。カケリやキリの刀を持っての舞は一つ一つが決まっていて、こういうところがお父様と似ていらして、“血”を感じました。謡は声がまだ安定していないのかな?ということも思いましたが・・・これからがとても楽しみです。
 曲自体はまったく初めて見ました。同じ忠度をシテとした『忠度』も未見ですので比較はできないのですが、和歌に秀でた一面と武将の一面との二面性のうちでもとくに修羅物としての一面の方がかなり強いなと感じました。
 ですが、今回は一人の若い能楽師の新たなる出発といった爽やかさも感じた舞台でした。祥丸君、これからもがんばってください!!
 
 

シテ:関根祥丸 ツレ:山階彌右衛門  トモ:清水義也 ワキ:村瀬純
笛:松田弘之  小鼓:鵜沢洋太郎  大鼓:柿原弘和
地謡:岡久広、高梨良一、津田和忠、上田公威
   岡庭祥大、坂井音隆、斉藤剛、高梨万里
後見:寺井栄、観世清和


能 『道成寺』 赤頭、中之段数躙、無躙之崩、五段之舞
 やっと祥人さんの『道成寺』を見る機会ができました。今回は小書き(特殊演出)を全部つけての上演となります。入場時にいただいたパンフレットを読むと、足拍子や急之舞への入り方、また急之舞も常の三段から五段に、後の装束が違う・・などの変更点があるそうです。といっても常の道成寺もあまり見慣れておりませんので、比較があまりできないのが残念ですが・・・。歌舞伎の道成寺ものは華やかな舞踊ですが、こちらは歌舞伎のような華やかさとは対極の心地よい緊張感が漂っています。道成寺の鐘が狂言方によって舞台に運ばれ吊るされる・・・シテ方などは登場いていなくてもそこから舞台は始まっている・・・。この心地よい緊張感を感じることができるお能の世界が私は好きなのかもしれません・・・。(歌舞伎も好きですけど、また別腹なので・・・。)


 まず最初の見せ場は乱拍子。烏帽子をつけて舞を始め、大鼓の気迫がかったところから、一気に長時間に渡る小鼓とシテの一騎打ちの乱拍子。鼓方の掛け声(大倉と違って鋭く短い掛け声でした)や鼓に合わせて・・派手な動きではないけれど、ひとつひとつの型、動き、足裁きがとても印象的でした。一見、動きも少なく音も鼓の音と掛け声と笛のみで、見る人によっては・・・いや演じる方によってもかもしれませんけれど退屈に感じてしまうこともあるかもしれませんが・・・その動きがこの白拍子の女の情念、恨みなどを表す粘り気を感じまして、飽きることなく見ていた・・・いや・・・祥人さんの作り出す空間に吸い込まれていたといってよいでしょう・・・。ただ、とても残念だったのが・・・・急之舞に入ってから、小鼓の音も間も調子がおかしかったこと・・・。恐らく皮か調べ緒のどちらかにトラブルが起きたのだと思いますけれど、音が抜けていなかったので妙に気になってしまいました。亀井さん(忠雄さんの方)の大鼓のキレと掛け声がとってもよかっただけにかなり残念・・・。でも祥人さんの舞はすごかったですし、鐘に入る前に烏帽子を振り落とすところなんか・・・鳥肌ものでした!!もちろん鐘入りもドキドキ・・・。後場ももちろん凄かったです。(あ、後場は鼓の音は普通でした。なので、たぶん乱拍子の後でいろいろ辛かったのだと思います・・・)
 本当、今日はとてもよかったです。ええ、ますます関根祥人ファンになってしまいました。終わってほしくない、ずっと見ていたい・・・と思う能楽師さんです。

シテ:関根祥人  
ワキ:宝生閑 ワキツレ:高井松男、殿田謙吉 間:山本東次郎、山本則俊
笛:一噌庸二 小鼓:亀井俊一 大鼓:亀井忠雄 太鼓:助川治
地謡:関根祥六、関根知孝、浅見重好、木原康之
   岡庭祥大、野村昌司、木月宣行、坂口貴信
後見:武田宗和、観世芳伸、高梨良一
鐘後見;武田尚浩、角幸二郎、藤波重彦、上田公威、関根祥丸


 今日も狂言がありましたが、ごめんなさい・・・疲れていてほとんど意識を失っていました・・・。その他は一調『勧進帳』シテ:観世清和、大鼓:亀井忠雄や仕舞『姨捨』シテ:関根祥六がありました。上手な人の仕舞というものは本当に面白いということを今回も感じました。舞台の上で月の光がイメージできる・・・そんな仕舞でした。



 終演後、ロビーで花束が配られていたので、遠慮なく(笑)頂きました。帰宅後、早速玄関に飾りました。
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閑能会 『隅田川』『昭君』

2009年04月27日 | 能・狂言
4月24日観世能楽堂にて鑑賞。
 
 私が心惹かれる数少ない能楽師のうちの一人である関根祥人師の『隅田川』を鑑賞するために観世能楽堂へ。同じく関根家ファンのお稽古仲間の方と鑑賞しました。自由席なので早めに並びに行きました。おかげで良い席で鑑賞することができました。

能 『隅田川』
 悲しいお話です。我が子梅若丸を人買いに連れ去られ、狂女(といっても今で言う狂人とは違う)となった母親が都から子供を探し求めて、東国までやってきたのに、救いようがない結果に終わってしまうのですから・・・。季節は春でちょうど今の時期。子を捜し求める母親の姿が悲しいです・・・これは終始そうといいますか・・他の狂女物は子供と再会できるのに、これは再会できない・・・。塚に向かい弔っている様子・・鉦鼓を鳴らし、「南無阿弥陀仏」と念仏を唱え始める母の姿に涙ですが・・・やがて塚から梅若丸の霊が現れても、我が子に触れることはできない・・・・曲が終わってシテの退場を見て・・・この母親は救われずにこれからもずっとこの悲しみを背負っていくの?と思ってしまいました。
 そして、囃子が作り出す音楽というものが、心情も伝えていくのだな・・・ということを感じました。そして、この日も祥人師の舞台に感動をしました。また来月も見にいきます!!

 あと・・・子方は塚の中にどういう体勢でずっといたのかな?ということや、玄人も正座は大変なんだなぁ・・・という余計なことも考えてしまいました(^^;

シテ:関根祥人  子方:藤波重紀 ワキ:森常好
笛:一噌仙幸 小鼓:大倉源次郎 大鼓:柿原弘和
地頭:関根祥六


狂言 『寝音曲』
 以前にも見たことがありましたが、その時は好きなおシテさんでしたが、その時は超がつく初心者でしたからね・・・この日は、その時よりも少しは分かるようになったからまた別の楽しみ方というか発見があり、かなり面白く見ることができました。あらすじは、主人に謡えと命じられた太郎冠者は酒を飲むか、女に膝枕をされないと謡えないといい・・・主人が膝枕をすると、寝ながら謡いますが、体を起すと謡えなくなってしまいますが・・・ついには!!とお決まりのパターンが待っています。ついついそんな嘘も忘れて謡って舞を舞い始めてしまう太郎冠者ですが、そこで舞うのが玉之段!!最初は普通に謡ったり、変に謡ったり・・・とするのですが、途中から本格的に謡いながら舞っていて・・・。以前よりも楽しめたのがこの点。なぜなら『玉之段』をお稽古もして、知っているから(笑)こうして段々ともっと楽しめるようになったというのは、ちょっと嬉しいです。

シテ:三宅近成  アド:前田晃一


能 『昭君』
 こちらはちょっと予習不足(^^;。話のあらすじは番組にも書いてありましたからなんとなく話のおおまかな筋は分かったのですがね・・・。
 久々に知孝師のシテを拝見しましたが、素敵でした。後シテのあの迫力!!すごかったです!!!もっと予習してくればよかったな~。あらすじだけ読んでも少し不思議な感じがしますよね。中国が舞台の物って稀にというかよくありますけれど・・・。
 
シテ:関根知孝 ツレ:高梨万里 後ツレ:渡辺洋子
ワキ:村瀬純  間:三宅近成
笛:一噌隆之 小鼓:鵜澤洋太郎 大鼓:佃良太郎 太鼓:観世元伯
地頭:岡久広

この日はその他、素謡『吉野天人』、仕舞『兼平』シテ:岡久広、仕舞『江口』キリ シテ:関根祥六がありました。仕舞もやっぱり良い人ので見るのは面白いな~と思いました。
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第十八回 研究会別会

2009年01月21日 | 能・狂言
1月18日 於・観世能楽堂

 今年初のお能鑑賞。研究会別会に行ってきました。こちらの会は初めてですが、入場時に当日の番組だけでなく、「観能のしおり」をいただきました。演目の説明だけでなく、小書きの説明などが詳しく書いてあり、特に『采女』の小書きによる詞章変更なども丁寧に変更部分の詞章つき解説があり、なかなか良いな~と思いました。

能 『高砂』 八段之舞
 自分の中では『高砂』という曲にはかなりなじみがあります。が、舞台で何度も見たことあるものは舞囃子部分なので、お能として見るのは意外にも初めてだったりします。私は大倉流でお稽古しているので、今日はお家元の源次郎先生が鼓ということで、ただ観るだけでなく、舞台から何か得たいというか参考にさせていただこうと思いながら鑑賞。もちろん「楽しむ」ということも大事ですが。これから稽古することにもなるかもしれませんしね・・・。(今は「神舞」は無理だと重々承知しておりますが・・・いずれやってみたいですし・・・。)

 それはさておき、やはりこういう「おめでたい!」曲は、颯爽としていることが大事なのでしょうね。神舞は常は五段ですが、八段は緩急もつき、さらに颯爽かつ優雅な感じになります。いただいた解説によると「八」は「末広がりの八」で、こう変化するそうです。お囃子も心地よく、こう打てたらいいなと思いました。お家元レベルに到達するのは到底無理ですが~(^^;。


シテ:津田和忠、ツレ:林宗一郎、ワキ:村瀬純、間:深田博治
笛:杉信太朗、小鼓:大倉源次郎、大鼓:柿原弘和、太鼓:観世元伯


狂言 『三本柱』
 久しぶりに万作さん萬斎さんの狂言を拝見。主人が家を新築するので、柱を山から取ってくるように太郎冠者、次郎冠者、三郎冠者に言いつけます。しかし、三本の柱を三人が二本ずつ持ってくるようにという謎解きつき。主人が万作さんで、太郎冠者が萬斎さん。謎解きの答えは考えていたのと同じでしたが、それでも面白いのが狂言ですね~。三人で二本ずつ持って主人のところにもって行く時の謡がとても楽しかったです♪

シテ:野村万作 アド:野村萬斎、高野和憲、月崎晴夫


能 『采女』 美奈保之伝
 全くの初見。采女(うねめ)とは地方豪族出身者から選ばれた帝の身の回りの世話をする女性のこと。旅の僧が女に出会い猿沢の池に案内される。女は、帝の寵愛を受けていたが、帝の心変わりを嘆き池に入水自殺した女のことを語り、自分はその霊であると僧に告げて池に消えていく。僧が菩提を弔うと、男子に変成した采女が現れ舞を舞い再び池に消えていくというお話。
 今日の小書き(特殊演出)である美奈保之伝の後シテは、池の中から現れて水に濡れていることを表現するために舞の中で袖をかけない、足拍子を踏まないなどの演出があります。(by解説。)まあ、全くの初見の曲ですので、違いはまだ分かりませんが・・・。 
 さて、祥人さんの采女良かったです!池に沈んだり・・・池から現れる様、そしてまた沈んでいく様などは物悲しかった。そして序之舞は“重い”という印象でした。でもそれは悪い意味での“重い舞”なのではなく、池に身を投げて死んだ采女そのものというか・・・。なんと表現していいのかわかりませんが、お能に出てくる女性は悲しい美しさというものを感じますけれど、これは悲しさというものが強かったです。とてもよかったです。

シテ:関根祥人、ワキ:森 常好、間:石田幸雄
笛:一噌仙幸、小鼓:曽和正博、大鼓:亀井忠雄


能 『安宅』 勧進帳・瀧流之伝

 『安宅』を以前に見たときは薪能でしたので能舞台で見るのは初めて。あと昨年5月に発表した思い出の曲でもあります!さて、これが思っていたよりもとっても良かったです!浅見重好師の弁慶は小柄ではあるけれど、とても思慮深く落ち着いた感じが良かったです。この曲を元にした歌舞伎の『勧進帳』も良いけれど、歌舞伎は山伏が4人ですが、お能は山伏が9人ですからね。迫力もありますし、狭い能舞台を移動&集合・・・などは迫力はあるけれど、動きに無駄がなく。その分、勢いで関所を突破という感じもしなくはないけれど(苦笑)関守富樫の宝生閑師が作り出す緊迫感も見事でした。そして強力は萬斎さん!
 幽玄美とはまた違った、お能の迫力というもう一つの魅力も感じました。

シテ:浅見重好、ワキ:宝生閑、子方:藤波重紀
同山;上田公威、藤波重孝、松木千俊、武田祥照、北浪貴裕
   木月宣行、大西礼久、高梨万里、坂口貴信
間:野村萬斎、高野和憲
笛:寺井宏明、小鼓:観世新九郎、大鼓:国川純


 そのほか
『巻絹』『敦盛』『胡蝶』『国栖』『老松』『東北』『富士太鼓』『邯鄲』の仕舞がありました。休憩も入れて午前11時から17時20分くらいまで・・・盛りだくさんすぎて、体力的には少し疲れましたが、とても充実した会でした!なので長文になってしまいました。なので地謡方のお名前は割愛させていただきました。ご了承ください。
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お友達のお舞台

2009年01月18日 | 能・狂言
 今日は観世能楽堂でお能・・・の前に観世にも近い都内某所に寄って来ました。お友達が出演の素人会にお邪魔しました。こちらも朝から夕方までという長丁場でしたが、時間の都合ですぐに失礼してしまったので、かえって申し訳なかったかもしれませんが・・・。連吟の地謡を拝聴して失礼しましたが、舞台姿がとても素敵だな~と思いましたし、自分もいろいろと勉強させていただきました。自分もお稽古がんばらなくちゃ!という気持ちになりました!!

 観世の研究会別会も豪華かつ長丁場で。休憩含みますが、11時から17時20分まで。お能3番、狂言1番、仕舞も何番も。でも出演者も好きな方たちばかりでしたし、豪華でした。(だから行ったのですが。)詳しい感想はまた後で・・・。
 とても良い舞台で、堪能しましたが・・・さすがに疲れました・・・(^^;
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閑能会 『清経』 『海士』

2008年12月23日 | 能・狂言
 12月19日 於 観世能楽堂

 少し日が経ってしまいましたが19日、観世能楽堂で行われた閑能会へ行ってきました。自由席なので少し早めに行って脇正面にて鑑賞。超満員で立ち見はおろか、中に入れなかった人もいるらしいです・・・。

 能 『清経』 替之形
 『清経』は以前「恋之音取」の小書きで見たことがありますが、こちらは初めて。「替之型」は位が高い演出ということです。清経は好きなお能なのですが、妻の気持ちなどを考えると少し複雑にもなります。
 シテは祥六師。最初の謡い出しが少し掠れ気味だったりして、正直少し不安になってしまいましたが、徐々にそういうことは感じなくなりましたし、修羅道に落ちた様を語る場面はや圧巻。ツレの高梨万里さんも良かったです。曽和正博師の鼓も印象的でした。

シテ:関根祥六 ツレ:高梨万里 ワキ:森常好
後見:関根祥丸、武田尚弘
笛:松田弘之 小鼓:曽和正博 大鼓:国川純
地謡:関根知孝、高梨良一、上田公威、岡庭祥大
   長宗一雄、山崎佑二、古橋美香、関根はな恵


能 『海士』
 以前、この曲の見所である「玉之段」を舞台で打たせていただいたり、四国に行った時に縁の地である志度寺を訪れたことはありますが、お能を見るのは初めてです。しかも祥人師のシテで見ることができたのは、とてもよかったです。
 特に海士が海底に潜り竜宮から玉を取る場面「玉之段」は圧巻。上手く表現できないのが残念なので「凄い」としか言えないのですが、哀れさ、子への思いが伝わってきて、本当にその情景が浮かんでくるような・・そんな舞台でした。
 後場は一転して龍女姿となった母の霊の登場。前場の海士とは違いかなり派手な出で立ちです。
 しかし、祥人師の舞台は拝見する度に「凄いな~」と思うばかり。ご一緒させていただいた方も祥人師のファンの方で、帰り道はそのことばかり話していました(笑)


シテ:関根祥人 子方:藤波重紀 ワキ:村瀬純 間:高澤祐介
後見:藤波時昭、関根知孝
笛:一噌仙幸 小鼓:観世新九郎 大鼓;大倉栄太郎 太鼓:小寺佐七

地謡:浅見重好、上田公威、藤波重孝、清水義也
   斉藤剛、柴田孝昭、渡辺洋子、関根祥丸


 順番は逆になってしまいましたが、年末にふさわしい狂言『福の神』も上演されました。福の神様の笑い声だけでもおかしいですね。その他、仕舞5番、舞囃子1番がありました。久々に能の会に行ったのですが、1年の締めくくりがこのようなすばらしい会でとてもよかったです。来年はもっとお能を見たいと思っています。
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