枕草子 第九十一段 かたはらいたきもの
かたはらいたきもの。
まらうどなどに会ひてものいふに、奥の方に、うちとけ言などいふを、得は制せできく心ち。
想ふ人の、いたく酔ひて、おなじごとしたる。
ききゐたりけるを知らで、人のうへいひたる。それは、なにばかりならねど、使ふ人などだに、いとかたはらいたし。
旅だちたるところにて、下種どもの戯れゐたる。
憎げなる乳児を、おのが心ちの愛しきままに、うつくしみ、かなしがり、これが声のままに、いひたる言など語りたる。
才ある人の前にて、才なき人の、もの覚え声に、人の名などいひたる。
「殊によし」ともおぼえぬ我が歌を人に語りて、人の褒めなどしたる由いふも、かたはらいたし。
いたたまれない感じのもの。
来客などに会って話をしている時に、奥の方で家族の者が露骨な内輪話などしているのを、止めることも出来ないで耳にしているときの気持ち。
想いを寄せている男性が、ひどく酔って、同じように露骨な話を無遠慮にするのも、いたたまれない。
そばにいてずっと聞いていたのを知らないで、人のうわさ話をするの。それは、たいした身分の人ではなくても、自分の使用人のことでさえ、とてもいらいらする。
ちょっとした旅先で、下男たちがはめをはずしているの。
不器量な乳飲み子を、親は自分の気持ちでいとしいと思うのに任せて、大事にし、可愛がり、その子の声をまねて、その子の言った片言などを人にしゃべっているのを聞かされるのは、いらいらします。
学識豊かな人の前で、たいして才学もない人が、いかにも物知りぶった調子で、有名人の名前などを口にしている様子は、とてもいたたまれない感じです。
「とりわけて良い」とも思えない自作の歌を他人に話して、人が褒めたりした次第をしゃべっているのも、とても聞いてはいられません。
「かたはらいたきもの」とは、いたたまれない、いらいらする、勘弁してよ、といった感覚のものでしょう。
この段の少納言さま、なかなか手厳しいですよね。「憎げなる乳児」「才なき人」などは、思っていてもなかなか言えませんよ。
なお、「想ふ人の・・・」については、「酔った人がくどくどと同じことを言うこと」という取り方もあるようですが、そんなのは、想ふ人でなくてもいやなものですから、前文の「うちとけ言などいふ」を受けたものとしました。
かたはらいたきもの。
まらうどなどに会ひてものいふに、奥の方に、うちとけ言などいふを、得は制せできく心ち。
想ふ人の、いたく酔ひて、おなじごとしたる。
ききゐたりけるを知らで、人のうへいひたる。それは、なにばかりならねど、使ふ人などだに、いとかたはらいたし。
旅だちたるところにて、下種どもの戯れゐたる。
憎げなる乳児を、おのが心ちの愛しきままに、うつくしみ、かなしがり、これが声のままに、いひたる言など語りたる。
才ある人の前にて、才なき人の、もの覚え声に、人の名などいひたる。
「殊によし」ともおぼえぬ我が歌を人に語りて、人の褒めなどしたる由いふも、かたはらいたし。
いたたまれない感じのもの。
来客などに会って話をしている時に、奥の方で家族の者が露骨な内輪話などしているのを、止めることも出来ないで耳にしているときの気持ち。
想いを寄せている男性が、ひどく酔って、同じように露骨な話を無遠慮にするのも、いたたまれない。
そばにいてずっと聞いていたのを知らないで、人のうわさ話をするの。それは、たいした身分の人ではなくても、自分の使用人のことでさえ、とてもいらいらする。
ちょっとした旅先で、下男たちがはめをはずしているの。
不器量な乳飲み子を、親は自分の気持ちでいとしいと思うのに任せて、大事にし、可愛がり、その子の声をまねて、その子の言った片言などを人にしゃべっているのを聞かされるのは、いらいらします。
学識豊かな人の前で、たいして才学もない人が、いかにも物知りぶった調子で、有名人の名前などを口にしている様子は、とてもいたたまれない感じです。
「とりわけて良い」とも思えない自作の歌を他人に話して、人が褒めたりした次第をしゃべっているのも、とても聞いてはいられません。
「かたはらいたきもの」とは、いたたまれない、いらいらする、勘弁してよ、といった感覚のものでしょう。
この段の少納言さま、なかなか手厳しいですよね。「憎げなる乳児」「才なき人」などは、思っていてもなかなか言えませんよ。
なお、「想ふ人の・・・」については、「酔った人がくどくどと同じことを言うこと」という取り方もあるようですが、そんなのは、想ふ人でなくてもいやなものですから、前文の「うちとけ言などいふ」を受けたものとしました。