雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

わらはるる者

2014-11-06 11:00:18 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第百三段  わらはるる者

方弘は、いみじう人にわらはるる者かな。親など、いかにきくらむ。
供にありく者の、いと久しきを呼びよせて、
「何しに、かかる者には使はるるぞ」
「いかがおぼゆる」
など、わらふ。
     (以下割愛)


方弘(マサヒロ・源方弘、蔵人。有名な粗忽者であったらしい)は、随分世間の笑いものにされる人ですねぇ。親御さんなどはどんな思いで聞いているのでしょう。
お供している従者で、随分長く仕えている者を呼び寄せて、
「どうして、こんな者に使われているのか」
「一体どんな気がするのかね」
などと言って、人々は笑う。

方弘の家は何でもきちんとする家で、下襲の色、袍なども、人よりも立派に仕立てられたものを着ているので、
「これを他の人に着せたいものだ」なんて、世間の人は言うのですよ・・・。
まあ、確かに、方弘の言葉遣いなどは、風変りなのです。

自宅へ宮中での宿直の装束を取りに蔵人所の男を遣わすのに、
「お前たち二人で行け」と命じると、
「私一人で取ってまいります」と答えました。
「変な奴だな。一人でもって二人分の物をどうして持てるものか。一升瓶に、二升は入るか」と言ったのですが、どういう意味で言ったのか分かる人はいないけれど、皆は大笑いする。

よそからの使者が来て、
「ご返事を早く」と言うのを、
「なんて、憎らしい男なのだ。何を、そう慌てるのか。かまどに豆でもくべているのか・・・。この殿上の間の墨や筆は、いったい何者が盗んで隠したのか。飯や酒ならば、人も欲しがるだろうが」と八つ当たりするを、皆がまた笑う。

「女院がご病気でいらっしゃる」というので、方弘は天皇のお見舞いの御使として伺って、帰ってきたのに、
「院の殿上には誰と誰がいたの」と女房が尋ねると、
「その人あの人」などと、四、五人ぐらい名前をあげるので、
「その他に誰がいたの」とさらに尋ねると、
「それから、さてと、寝ている人なんかもいたよ」と答えるが、女院のことをそのように言う方もいう方ですが、それを笑う方も、怪しからんことではないですか。

人けのない時に私の部屋に立ち寄って、
「もし、あなたさま。お話したいことがあります。『何はさておき』と、さるお方がおっしゃったことなんです」と言うので、
「何事ですか」と、几帳のもとに近寄ったところ、「身体ごとこちらへお寄り下さい」とその人が言ったのを
「『五体まるごと』なんて言ったんですよ」と言って、また笑われる。

除目の二日目の夜、ともし火にさし油をする時に、方弘が灯台の下の敷物を踏んで立っていたところ、新しい油単(ユタン・ひとえの布に油を引いた敷物)なので、襪(シタウズ・足袋のようなもの)が、強くくっついてしまっていたらしい。戻ろうと歩きだしたので、とたんに灯台は倒れてしまった。襪に敷物がくっついていくものですから、まるで大地も振動するかという騒ぎだったとか。

蔵人の頭がご着席なさらないうちは、殿上の間の台盤(食卓)には誰も着席しないものです。それなのに方弘は、豆一盛りをこっそり台盤から取って、小障子の後ろで食べていたので、皆が小障子を引きのけて丸見えにして、笑うことといったら限りもないほどです。



源方弘という人物は、余程粗忽者だったらしく、少納言さまは再三登場させています。
少納言様よりは十歳ほども年下で、家柄も同程度で気安く接したりからかったり出来たのかもしれません。
少々可哀そうな気もするのですが、殿上では粗忽者としてあまり尊敬されていなかったように見えますが、後には阿波の守になっていますから、一般庶民から見れば立派な貴族だったのです。
コメント
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