一燈照隅

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桜田門外の変

2007年03月03日 | 今日は何の日
三月三日は「ひなまつり」桃の節句ですね。
桃の節句

また、旧暦の三月三日ですが、安政七年(万延元年)に「桜田門外の変」が起きています。
降りしきる雪の中、江戸城桜田門外で水戸藩、薩摩藩の浪士が大老の井伊直弼を殺害した事件です。
井伊直弼は「安政の大獄」が知れ渡っていますが、日米通商条約を勅許を待たずに結んだことも一つの原因と言われています。
井伊直弼は悪者扱いされることが多いようですが、舟橋聖一の「花の生涯」は逆の立場で書いています。
当時の情勢を見れば、当時の日本の国力では攘夷を貫けば国が侵略されていたでしょう。国が生き残るためには条約を結ばざるを得なかったのではないでしょうか。
西洋の軍事力の背景による他のアジア諸国の植民地化が影響していると言えます。

桜田門外の変で殺害された井伊直弼が家督を継ぐ前の、部屋住の時に詠んだ歌があります。

「世の中を よそに見つつも うもれ木の 埋もれておらむ 心なき身は」

直弼は城外の屋敷に住んでいました。ここを「埋木舎」と読んでいました。
この歌のように、いずれはと思っている人は多いと思います。
しかし、直弼はこの時文武に於いて修養に励んでいました。それが大老となったときに、何某かと役立ったのではないでしょうか。この事を忘れないことでしょう。