ヴェルソワ便り

スイスはジュネーヴのはずれヴェルソワ発、みんみん一家のつづる手紙。

アルボワの奇才Domaine Pierre Overnoy

2010-04-02 22:56:21 | ワイン(M氏より)
アルボワのワインの造り手の中で、どうしても一度直接会って話を聞きたいと思っていたところがあった。
それはDomaine Pierre Overnoyという有機農法で有名な造り手である。

パリにいる頃、ここのワインを何かの機会で飲んだ時に「なんだこのワインは?!」と思った。

白ワインなのに、しかも、まだ熟成しているわけでもないのに、瓶の中で澱が沈殿したり、浮遊したりしているではないか。

開けて飲んでみると、それまでに飲んだどのワインとも異なるスタイルの、凝縮された液体だった。

週末に一泊でアルボワに旅行することになり、迷わずこの造り手に電話したところ、訪問を快諾してくれた。

いよいよこの興味深い造り手を訪問することが出来るのだ。

アルボワのワイン街道の看板

看板にも除草剤や化学薬品は使ってない旨明記

到着すると、すでにフランス人のグループが試飲を始めていた。

迎えてくれたのはピエールさんの娘で、当代のEmmanuel HOUILLON氏の奥さんだ(・・・と思う。明示的には確認しなかった。)。
ちなみに、ドメーヌ名になっているピエール爺さんは既に現役を引退して娘夫婦に代替わりしている。しかし、娘さんによれば、ピエール爺さんは収穫や醸造の時は一緒に見守ってアドバイスしてくれているようだ。

説明を伺っている間に、そのピエール爺さんがひょっこり顔を出して挨拶してくれた。(一緒に写真を撮ってもらえばよかった。後悔・・・。)


ここのレパートリーは、プルサール(Ploussard)という葡萄で造った赤ワインと、シャルドネ、サヴァニャンという葡萄で造った白ワイン2つの、合わせて3種類のArbois Pupillinしかない。

葡萄の木の樹齢は、シャルドネは20年、サヴァニャンは30-40年くらいということで、特段古いわけではない。

アルボワの葡萄畑。


この造り手で特筆すべきは面積当たりのワインの収穫量の少なさである。
1ヘクタール当たり15-20ヘクトリットルだという。ブルゴーニュでは同じ程度の樹齢なら40-55ヘクトリットル位の収量が平均的なのに比べると、3分の1から2分の1という恐ろしいまでの収量の少なさだ。

これも

さらに、これも。残念ながら天気が悪かったが、萌え出た下草の緑に雨にぬれたブドウの木が黒々と映えて、それはそれで美しい。



どのように収量を減らしているか聞いてみると、初夏、葡萄の実がついた頃に多く生り過ぎ実を切り落とす方法(実が緑のうちに切ってしまうので緑の収穫Vendange verteといわれる。)ではなく、初春に行う枝の剪定の段階でつぼみをごく少数しか残さない方法を採用しているという。

この方法は、「緑の収穫」と比べて木に負担をかけなくてすむ(やはりいよいよこれから実が成熟するという段階で実をいくつか切り落とすことは木にとってあまり好ましいことではない。)というメリットはあるが、収量を抑える方法としては極めてリスクが高い。
つまり、春先の開花の時期に雨が降ってしまうと受粉がうまくいかずに、当初の見込みより大幅に収穫量が減ってしまう危険があるのだ。

しかし、あえてこの方法を採用しているところがこの造り手の自然派ワイン醸造家たる所以だと思う。

あのトロトロ感のある液体はこうした方法で実現しているのだ。


発酵させた後の樽熟成の期間が、2007年のシャルドネで3年間、サヴァニャンにいたっては平均4年間という、通常の白ワインの樽熟成期間からはおよそあり得ないくらいの長さであることも、この造り手の特徴として記さねばなるまい。

しかも、黄色ワイン(vin jaune)のように蒸発によって生じる樽中のワインの目減り分をそのまま放置してワインを酸化させるのではなく、酸化を防ぐために毎週1回はワインの注ぎ足し(ouillage)を行っているという(ものすごい手間である)。

試飲させていただいた2003年のサヴァニャンは、開けた瞬間はカレーのような東洋のスパイスの香りがしたが、時間とともにより落ち着いたくるみの香りに変化していった。

前の日に開けた同じ2003年のサバニャンのワインを試飲させてくれたが、よりまろやかになり飲みやすくなってはいたものの、香りがおとなしくなっていた。

娘さん(といっても既にマダムといったほうが適切。)いわく、ワインを開けてから時間を置くと得られるものもあれば失うものもある、自分はワインをあまり事前に開けることは好きではないとのことだ。



造り手に行けば古い年のワインが購入できるかもしれないという淡い期待を抱いていたが、今売れるのは、2007年のシャルドネと2003年のサヴァニャンしかないという。
赤ワインにいたっては生産本数が少なくて既に売り切れだ。
この造り手が持っている畑は4ヘクタールしかないようだし、その多くは白ワイン用なので、赤は極少数なのであろう。

それにしても、こんなに手間をかけて作ったワインがシャルドネ(750ml)で1本10ユーロ、サバニャン(500ml)で16ユーロというから驚きだ。

きっとフランス中が偉大な年になった2005年は美味しいのではないかと勝手に推測して、「2005年はいつ頃市場に出るのか」と聞くと、来年には売りに出すと思うが、樽の中でまだ炭酸ガスが残っているという。


こういうワインの造り手がいるということ、そして新しい世代が先代の哲学を受け継いでいこうとしていることが素晴らしいと思うし、フランスのワイン文化の奥の深さを物語る一例なのではないか、と私には思えるのだ。(M)