ヴェルソワ便り

スイスはジュネーヴのはずれヴェルソワ発、みんみん一家のつづる手紙。

「畏れ慄いて」を読んで

2010-01-25 22:41:25 | 日記
日本をテーマにした小説を読んで、こんな不愉快な思いをしたのは初めてかもしれない。

フランス人の知人から、「多くのフランス人に読まれた日本関連の小説で、アメリー・ノトンブ(Amelie Nothomb)のStupeur et tremblementsというのがあるが、あれは実話に基づいた話だと思うか。」と聞かれて、私は読んだことがないから、読んでから自分の感想を教えると約束した。

本屋さんに行って店員に、「著者の名前は忘れてしまったが、題名は”○○(ほにゃらら)と震撼”なんだけど」と伝えると「仰天と震撼だろう。」(日本では、「畏れ慄いて」と訳されているようだ)とすぐに見つけて渡してくれた。きっとこの店員もたまたま読んでいたか、読んでいなくても、東洋人が「震撼」という単語のつく本を探しているのを見てすぐにピンとくるくらい有名な本なんだろう。
本の表紙(単行本ではなくペーパーバックです)

表題からして、フランス人が日本に行って初めて地震を体験した時の恐怖体験をつづったものかと思いきや、あらすじは、日本語を話せるベルギー人女性が日本の会社「ゆみもと」に90年1月から91年1月までの1年間働いて、そこで30歳を間近に控えた女性の上司フブキ(吹雪)から酷いいじめにあい、果ては便所掃除をさせられる、という話である。

この自伝的小説の主人公である著者は、ベルギー人外交官の娘として幼少の頃大阪にいたことがあり、その後アジア各国で生活をした後にベルギーに戻って大学を出てから日本の会社(ウェブサイト情報を見るとどうやら住友商事らしい)勤めをする。
読んでいて、確かに90年当時のバブル時代の日本の会社での異常な雰囲気や、男女雇用機会均等法(1985年施行)直後のキャリアウーマン先駆時代の働く女性の”肩に力の入った感じ”からして、こんなこともあったのかもしれないと思う箇所がある反面、明らかに”日本人がこんな事を言うなんてちょっと想像できない”という誇張されたところがある。

読んでいて感じるのは、この著者が、日本の会社でいじめにあったのは確かだろうということだ。
しかし、フブキにこんな事をされた、上司からあんな事を言われたということは非常に詳しく描写している反面、なぜそんな酷いいじめにあったのかという彼女側の問題点については、(単にその場のやりとりだけが会話形式で紹介されているだけで)掘り下げられておらず、”自分は全く非がないのに一方的にいじめにあった”ということがやたらと強調され、いじめられた恨みをこの小説を書くことで晴らしているかのようなその偏向した描写振りは読んでいて腹立たしい。

それに、単に主人公と登場人物の間の個人的な諍いに過ぎないことが、ヨーロッパ人を代表する(!?)ベルギー人である主人公と、日本・日本人との乗り越え難い文化的な問題であるかのように誇張・誇大化されていることも仰々しすぎて、およそ理解に苦しむ。

二十歳そこそこで日本の会社で働いたので、ヨーロッパには会社内パワハラとかセクハラとかがとっくの昔に消滅しましたという幻想でも抱いていたのかもしれないが、欧州と日本の違いを強調する前にもう少し自分の国で何が起こっているのかも承知した上で執筆するべきではないか。

それに、この著者はそもそも日本語をどこまで理解しているのだろうか。著書の最後に、「本を出版したことに対するお祝いの手紙が、いじめられた女性フブキから届いて、その手紙の主要な部分が日本語で書いてあったから嬉しかった。」と綴っているが、自分は日本人からも日本語で手紙を書いてもらうくらい日本語ができることを読者に印象付けるという見え見えの下心を除けば、およそ無意味な記述だ。


この本はフランスで50万部も売れた上に、なんと映画化までされている。でもさすがに日本では公開されなかったようだ。
映画では日本人男性との恋愛の話も出てくるようだが、小説ではそんな話は全く出てこないで、不条理な会社の話に終始している。
また、父親が駐日大使時代に書き上げたようだが、日欧州関係に悪影響が出るのを避けるため(?)、父親の離任を待ってから出版されたという。(これも、日欧州関係のことをこれっぽっちでも本当に心配しているというなら出版をやめればいいだけの話であり、本音は単に父親に迷惑がかかるのを避けたかった(または父親から止められていた)だけであろう。)

こんな本とその映画がフランス人だけでなく多くの仏語圏の人間に読まれ、または(その映画が)観られて、そのうちのどれだけかがそれを真に受けてしまったかと思うと残念でならない。

せめて身近の知人だけでもきちんとした理解をしてもらえるよう努力したいと思う。(M)

世界一?のポルトワイン SANDEMAN 40年

2010-01-13 09:05:26 | ワイン(M氏より)
ポルトガルのポルトに来れば、やはりポルトワインを飲まねばなるまい。

ポルトワインはポルトの街を流れるドウロ川上流地域で収穫した葡萄を使用し、発酵途中に蒸留酒を添加することで葡萄の糖分がアルコールに変化するのを止めて葡萄の甘みを残す手法で作られるちょっとアルコール度の高い(20度程度)ワインである。数年間樽で熟成させるが、その樽熟成を収穫した場所でなくポルトまで持ってきて行うというのが決まりらしい。このため、ポルトの街の川沿いにはポルトワイン用の貯蔵庫が並んでいる。

ドウロ川沿いの葡萄畑を見にドライブに行った。

ポルトワイン街道の標識

葡萄の木が段々畑に植えてあり、なかなかの景色だ。Mesao Frioという小さな町からドウロ川沿いに東に向かった景色が特に美しい。

段々畑


しかし、フランスの葡萄産地と何か雰囲気が異なる気がするのはなぜだろう。ワインを造っている産地の多くは、潤っているせいで町並みは整備されて田舎なのにどことなく垢抜けたところがあるが、この地域の中心の町であるレグア(Peso da Regua)の雰囲気はちょっと寂れた感じだ。

単に、訪問した季節が冬で、かつ年末年始でほとんどの店が閉まっていたのがその理由かもしれない。
でも、もしかしたら、ポルトワインが大規模な会社で経営されていて、所有者はその辺りには住んでおらず、そこに住む多くがその使用人だからかもしれない。また、小規模な造り手があまり多くないか、あってもあまり儲からないというような事情があるのかもしれない。

そんなことを考えたのは、夏であれば観光用に機関車を走らせる最も美しいとされるレグア=ピニャオン(Pinhao)間の川沿いをドライブした時に、普通なら葡萄畑には、葡萄を収穫し、プレスし、発酵させる蔵を持つ造り手の建物が点在するのだが、ここでは時折見かける大規模ワイナリーの建物以外はあまりそうした建物が見当たらないからだ。

もしかしたら、ほとんどの葡萄畑は大規模ワイナリーの所有か、そうでなくても葡萄を育てるだけの農家が所有するもので、その葡萄は収穫されたらすぐにこれらの大規模ワイナリーに売られてしまうのかもしれない。



そんな事を考えながら、美しいピニャオンの町から山に入りSabrosaという街を経由してVila Real経由でポルトに戻った。


ポルトに戻りいろいろと街を回ってみたが、年末年始だったせいもあり、多くのレストランや店が閉まっていた。それでも橋を渡った対岸のポルトワインの倉庫がある界隈では休日でもワイナリーの見学を受け付けており、その近辺のワインバーも開いていた。

対岸から撮ったドン・ルイス1世橋の夜景

その夜は、開いている店のうちのなんとなく美味しそうな雰囲気のバーBEIRA DOUROでつまみのようなもので夕食を済ますことにした。

バーの中

でてきたオリーブ、生ハム、乳のみ豚が入った揚げ物(パステイス・デ・レイタオン)が美味い。

生ハム

干しダラと乳飲み豚のパステイス

メニューに、サンデマン(SANDEMAN)という会社の20年物のポルトワインがグラス1杯8ユーロ(1100円くらい。)とでていたので、折角だから1杯頼んでみた。

ポルトワインは、キンシャサにいるときにたまにレストランで食前酒として飲んでいたが、この20年物はそれとは異なる、甘ったるくない、熟成香のある上品な飲み物だ。
香りがこんなに楽しめるものとは思っていなかった。干したプラム、ラムレーズン、胡桃などの香りがする。飲み干した後もグラスの内側にへばりついた液体の香りだけでしばらくの間楽しむことができた。

ウェイターの若いお兄さんにとても美味しいと伝えると、「これはSANDEMAN社の20年ものだが、同じ会社の40年物は世界一のポルトワインだ。」と教えてくれた。
??・・・というか、ポルトワインはポルト以外では造れないから”ポルト一のポルトワイン”というのが正しいんだよね?と思いながらも、どれくらいの値段か尋ねると1本100ユーロそこそこだという。

これはいい話を聞いた。
リスボンに着くなり本屋に行ってポルトガルワインのガイドブックを購入したが、ポルトガル語で書かれていることと、それなりに記号化されていてどれがいいものかある程度までは理解できるものの、短期滞在の旅行者にしてみればあまり役に立たない代物で、どれが一番お勧めかという取っ掛かりが得られないでいたからだ。

サンデマンの見学用ワイナリー

早速翌朝訪れたSANDEMAN社のワイナリーで40年物を見つけることができた。(”世界一”といわれるポルトがこんなに簡単に手に入ることが少々意外だった。)ワイナリーの係員によれば、ボトルの栓を開けてから約8ヶ月は大丈夫ということだ。私にとっては問題なく賞味期限内に飲み干せられる期間だ。

川沿いを走る路面電車がかわいい

こうした20年や40年樽の中で熟成させたポルトワインのほか、当たり年の単一ブドウ品種だけで2年間樽熟成させてそのあと長期間にわたって瓶熟成させるヴィンテージポルトというのも売られている。この辺を探求し始めるとポルトワインの多様性と奥の深さも味わえるのだろうが、ポルトガル(イギリスも?)以外でそれを探求するのは難しそうだ。


いずれにしても、今回のポルトガル旅行は、私の中でポルトワインを再評価するい
い機会になった。(M)

今年もよろしくお願いします

2010-01-10 19:25:31 | 日記
明けましておめでとうございます
というにはちょっと日が過ぎましたが・・・みなさまお元気で新年をお迎えの事と思います。

この年末年始のみんみん家、ポルトガルはリスボンとポルトーに行っていました。帰りの便は直接関係ないのに、ヨーロッパ大雪の影響を受けて飛行機が遅れ、予想外のマドリッド泊。帰宅して大急ぎでお雑煮とガレット・デ・ロワを食べ、出しっぱなしだったクリスマスツリーを片付け、洗濯物の山と格闘し、今に至っております^^。あまりWifi事情のよくなかったポルトガルではアップできなかったので、間が開いてしまいました。



当たり前のことなんですけど、ヨーロッパとアジアは地続きなんですよね。まあ、日本はさらにその東側に位置していますけど。日出づる国ニッポン。

そしてユーラシア大陸の西の端っこがポルトガル。元旦の海から見えるのは初日の出、という思い込みがありましたが、朝から雨がちだった2010年元日、みんみん一家がポルトーの海岸から見たのは、初”日の入り”、でした。


水平線ぎりぎりに雲が切れて見れた、日没。海はブロンズでできたレリーフのよう。


しみじみ眺める、みんみん家の母子3人。なんだか新年っぽい華やいだ感じに欠けますね・・・。

ともかく。

2010年も、どうぞよろしくお願いいたします。





おまけ。

この旅行中雨が多かったので何回も虹を見ましたが、こちらは元旦の昼ごろ見た、ポルトの街に架かる初”虹”。




ちょっとはお正月らしく、縁起がいい感じになったかな?