「原発の危険度」を評価する方法 (数値で評価する方法) を思いついたので、公開します。
ここで私のいう「原発の危険度」とは、「個々の原発の危険度」ではなく、「原発一般の危険度」です。
「ある女子大教授の つぶやき」の「原発と向き合う」( 2012.12.11 Tuesday )
一般論としていえば、技術とは、事故との闘いを通じて進歩していくものだと思います。
事故が起きた以上、その技術は「やめる」というのでは、いま、(たとえば) 飛行機は存在していないでしょう。飛行機は、墜落による死者を出しつつも、少しずつ安全性が高められてきているのではないでしょうか。
この一般論を原子力発電所にあてはめれば、事故が起こったからといって、原発をやめるのは「おかしい」ということになります。
しかしながら、原発の場合、いったん事故が起こってしまえば「被害は甚大」ですし、人々は「見えない恐怖」と闘わざるを得なくなります。
とすれば、原発はやめたほうがよいのではないか、とも考えられます。
けれども、過去数十年間、現実問題として原子力発電所での (重大な) 事故は「きわめて稀」です。
飛行機の墜落回数に比べれば、「はるかに少ない」ことは間違いないと思います。
したがって、「大きな被害」に着目すれば原発反対、「小さな確率」に着目すれば原発推進(または維持)に傾きます。
ここで「どちらを重視するか」という判断は、それぞれの人の立場 (原発近隣住民・技術者などの立場) や価値観 (安全重視・経済重視などの価値観) によって異なってきます。
したがって、これでは客観的で公平な判断は難しいと思われます。
そこで、「原発の危険度」を評価する方法が必要になってきます。
次に、私が思いついた評価方法を説明します。
おそらく高校で習う「数学の確率」には、「期待値」という概念があり、期待値は
(期待値)
= (事象の起こる確率) × (事象が起きたときに得られる利益)
という式で求められます。この発想を原発の事故に適用すると、次のようになります。ただ、「原発事故の期待値」という言いかたは事故を期待しているかのような誤解を与えかねないので、「原発の危険性」という表現にしています。
(原発の危険性)
= (事故の起こる確率) × (事故が起きたときの被害の大きさ)
さて。
この式に、「原発では(重大な)事故が起きる確率は小さい」という事実と、「いったん事故が起きれば被害は大きくなる」という事実をあてはめれば (代入すれば) 、次の結果が得られます。
(原発の危険性)
= (小さな確率) × (大きな被害)
小さい数値と大きい数値を「掛け算」した場合、値が大きくなるのか小さくなるのかは、具体的な数値がわからないと何ともいえません。「掛け算」に代入する数値次第で、結果である「原発の危険性」の値は、大きくもなれば、小さくもなります。
原発反対論は、主として「大きな被害」に着目するものであり、原発推進論は、主として「小さな確率」に着目するものだといえますが、
両者をバランスさせて考えればどうなるか、どう考えるのが適切なのか、すなわち「原発の危険性」をどう評価すべきなのかは、「掛け算」である以上、具体的な数値がわからないと何ともいえない、というのが正直なところです。
そこで、具体的な数値を得る方法を考えます。これは次のように考えればよいと思います。
「事故の起こる確率」の値としては、(すべての原発について) 過去に原発で起きた重大事故の件数を、原発が稼働している期間で割った値 (割り算) を用います。
「事故が起きたときの被害の大きさ」の値としては、福島第一原発の補償の総額 (金額) に除染費用などを加えたものを用います。いまのところ金額はまだ確定しておらず、正確にはわからないため、代わりに予想されている金額 (概算) を用います。
そして、この計算によって得られた数値を、それぞれ、「事故の起こる確率」「事故が起きたときの被害の大きさ」の値として代入し、「原発の危険性」の値 (数値) を得れば、
同様の方法によって計算した「飛行機の危険性」や「自動車の危険性」などとの比較で、「原発の危険性」が特別高いものなのか否かがわかりますから、
「原発廃止か原発維持か」を判断するうえで有益な資料・情報になるはずです。
実際に計算・比較すればどうなるか、気になりますが、
私はこれらの数値 (危険性の値) を計算するためのデータをもっていないので、私が書けるのはここまで (考えかたのみ) です。
■関連記事
「「核のゴミ」問題を解決する分離変換技術」
「原発問題の解決策」
ここで私のいう「原発の危険度」とは、「個々の原発の危険度」ではなく、「原発一般の危険度」です。
「ある女子大教授の つぶやき」の「原発と向き合う」( 2012.12.11 Tuesday )
1.この世界にリスクがゼロなどというものは存在しない。リスクは左右対称で、チャンスともなりうる。好機チャンスを掴むためには危険リスクを伴うのは当然だ。ただリスクを極限にまでゼロにすることは可 能だ。頭から原発を否定するのではなくて、どこまでも危険度をゼロに近付けることは可能だ。
(中略)
3.活断層の調査が大飯では詳細に行われているが結論を出すには至っていない。要するに地震研究最先端の日本の学者でも、何が活断層なのか分かってはいない。ただどこでも大地震は起きる可能性があると地震学会でも認めている。だから、例え起きても新幹線は止まり、原発の冷却機能が維持される仕組みこそ基本的に重要なことだ。地震発生の初期段階で新幹線も原発も停止させる技術は確立されている。新幹線は停止すればそれでいいが、原発は発電を停止すれば済む問題ではない。その後、冷却水をかけ続ける仕組みを何段階にも積み上げる必要がある。東電はこれに失敗した。
一般論としていえば、技術とは、事故との闘いを通じて進歩していくものだと思います。
事故が起きた以上、その技術は「やめる」というのでは、いま、(たとえば) 飛行機は存在していないでしょう。飛行機は、墜落による死者を出しつつも、少しずつ安全性が高められてきているのではないでしょうか。
この一般論を原子力発電所にあてはめれば、事故が起こったからといって、原発をやめるのは「おかしい」ということになります。
しかしながら、原発の場合、いったん事故が起こってしまえば「被害は甚大」ですし、人々は「見えない恐怖」と闘わざるを得なくなります。
とすれば、原発はやめたほうがよいのではないか、とも考えられます。
けれども、過去数十年間、現実問題として原子力発電所での (重大な) 事故は「きわめて稀」です。
飛行機の墜落回数に比べれば、「はるかに少ない」ことは間違いないと思います。
したがって、「大きな被害」に着目すれば原発反対、「小さな確率」に着目すれば原発推進(または維持)に傾きます。
ここで「どちらを重視するか」という判断は、それぞれの人の立場 (原発近隣住民・技術者などの立場) や価値観 (安全重視・経済重視などの価値観) によって異なってきます。
したがって、これでは客観的で公平な判断は難しいと思われます。
そこで、「原発の危険度」を評価する方法が必要になってきます。
次に、私が思いついた評価方法を説明します。
おそらく高校で習う「数学の確率」には、「期待値」という概念があり、期待値は
(期待値)
= (事象の起こる確率) × (事象が起きたときに得られる利益)
という式で求められます。この発想を原発の事故に適用すると、次のようになります。ただ、「原発事故の期待値」という言いかたは事故を期待しているかのような誤解を与えかねないので、「原発の危険性」という表現にしています。
(原発の危険性)
= (事故の起こる確率) × (事故が起きたときの被害の大きさ)
さて。
この式に、「原発では(重大な)事故が起きる確率は小さい」という事実と、「いったん事故が起きれば被害は大きくなる」という事実をあてはめれば (代入すれば) 、次の結果が得られます。
(原発の危険性)
= (小さな確率) × (大きな被害)
小さい数値と大きい数値を「掛け算」した場合、値が大きくなるのか小さくなるのかは、具体的な数値がわからないと何ともいえません。「掛け算」に代入する数値次第で、結果である「原発の危険性」の値は、大きくもなれば、小さくもなります。
原発反対論は、主として「大きな被害」に着目するものであり、原発推進論は、主として「小さな確率」に着目するものだといえますが、
両者をバランスさせて考えればどうなるか、どう考えるのが適切なのか、すなわち「原発の危険性」をどう評価すべきなのかは、「掛け算」である以上、具体的な数値がわからないと何ともいえない、というのが正直なところです。
そこで、具体的な数値を得る方法を考えます。これは次のように考えればよいと思います。
「事故の起こる確率」の値としては、(すべての原発について) 過去に原発で起きた重大事故の件数を、原発が稼働している期間で割った値 (割り算) を用います。
「事故が起きたときの被害の大きさ」の値としては、福島第一原発の補償の総額 (金額) に除染費用などを加えたものを用います。いまのところ金額はまだ確定しておらず、正確にはわからないため、代わりに予想されている金額 (概算) を用います。
そして、この計算によって得られた数値を、それぞれ、「事故の起こる確率」「事故が起きたときの被害の大きさ」の値として代入し、「原発の危険性」の値 (数値) を得れば、
同様の方法によって計算した「飛行機の危険性」や「自動車の危険性」などとの比較で、「原発の危険性」が特別高いものなのか否かがわかりますから、
「原発廃止か原発維持か」を判断するうえで有益な資料・情報になるはずです。
実際に計算・比較すればどうなるか、気になりますが、
私はこれらの数値 (危険性の値) を計算するためのデータをもっていないので、私が書けるのはここまで (考えかたのみ) です。
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