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飾釦(かざりぼたん)とは意匠を施されたお洒落な釦。生活に飾釦をと、もがきつつも綴るブログです。

精神の冬へ、ベルイマンの視点#4・・・映画「叫びとささやき」(1972年)

2010-05-20 | イングマール・ベルイマン
■製作年:1972年
■製作国:スウェーデン
■監督:イングマール・ベルイマン
■出演:イングリッド・チューリン、ハリエット・アンデルソン、リヴ・ウルマン、カリ・シルバン、他

とにかく『赤』が印象的な映画です。見終わった後のこの映画の記憶を探ってみれば、強烈な赤い壁の部屋、それによる赤と白のコントラスト、4人の女のエゴとやさしさ、胸が痛くなるような病魔の叫び、病んだ精神の苦悩…、脳裏に焼き付いたイメージは実はそんなに多くはありません。にもかかわらず、一つ一つの重厚な演出は深みと重さを感じさせ一瞬たりとも目が離せない緊張感が漂っています。魂が静かに揺さぶられたようなじわっとくる深みのある感動をおぼえた映画でした。このベルイマンの映画のタイトルは、彼の代表作として知っていましたが、見たのは今回が初めてでした。もし多感な20代前半(学生時代とか)に、大きな画面の映画館で見たとしたら自分の思考に対して大きな影響を与えていたかもしれません。そんなことを考えてしまうほと、ある意味インパクトのあった映画でした。

この映画でまず一等引き付けられるのは末期の子宮癌に侵されている次女のアグネスの様子です。癌の痛みによる彼女の悲痛な叫び声は何とも言えない気持ちにさせられます。ボクの父親は癌で数年前に亡くなったのですが、その時の様子を思い出さざるには得ませんでした。ここまでの入魂の演技はなかなかみることはできません。演技で引き付けるとはこのようなことをさすのでしょう。それを演じた女優は素晴らしいの一言です。

そしてその癌の苦しみに対して真に献身的なのが、身内の姉妹ではなく家政婦のアンナです。アグネスの苦しみに対してアンナは豊満な胸をあらわにして、まるで母が子を癒すように抱きしめそれを緩和させようとします。アグネスも平安を求めるかのようにアンナにすがります。この女性同士の様子は一見不自然に見えてしまうのですが、エピソードとして、アグネスは子供のころ母親に対して近づけず母の愛に飢えていたというトラウマがあることと、一方のアンナも自分の子供を亡くしており毎日祈りを捧げているということから、その場面を驚きながらもすんなり納得して見ることができるのです。

驚愕すべきは、精神が病んでいるとしか見えない長女カリーンの行為。割れたガラスの破片を自身の性器の部分に突き刺し傷つける。そのままベッドに横たわり足を広げ、血で塗れた女陰に手をやりついた血を顔に塗りたくり夫を誘う。不能な夫に対する自虐的な復讐行為なのか?逆に次女のアグネスを挟んで三女のマリアは、かかりつけの医者と自分の欲望に忠実に白昼堂々と不倫の関係にあります。気の弱い彼女の夫は自殺行為でしかアピールできません。声に出せない分、体で表現をしたのです。それらの行為を見る限り、長女と次女は、次女を真ん中にして(この次女の魂は成仏できず浮遊している)裏と表の相似の関係にあるかのように描かれているんじゃないのかなと思いました。
やがて次女のアグネスが癌で絶命しますが、霊的存在になっても先ほど書いたように成仏できず、この姉妹が住む屋敷に執着を持ち、姉や妹に語りかけます。そのあたりの部分は、ホラーの趣もあるのですが、さすがにベルイマンはどこまでも思索的な世界を崩さずに保持しています。(だから尚更ベルイマンの演出がすごいと思う)そのように展開がオカルトチックになってしまっても人間ドラマのレベルは高いままで、最後までアグネスの面倒をみるのは母性的な愛情を本来的に持っている家政婦のアンナに割り当てられます。アグネスが死んで神父が訪れた時、残された者達の苦しみをあの世に持って行ってくれというようなことを言ってましたが、彼女は上と下の姉妹の間に挟まれエゴの犠牲者であったのかも知れません。アグネスは結局、神父の言葉では成仏できず、彼女の魂を救ったのはアンナという皮肉、アンナはここでは聖母マリア的なの目を果たしているのでしょうか?

この映画に登場する三人姉妹の世界はそれぞれの立場でお互いあくまで世界は自分中心に回っているという都合のいい価値観がぶつかり合っています。とはいいながら三人姉妹のみならず誰でも自己の価値観、世界観からは抜け出すことができないので、その世界は我々の世界を反映していると言えるのです。少なくとも肉体的、物質的側面のみでは人生は救われないことをこの映画は語っていました。



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