先日ハーバードの他施設の共同研究をするために、いくつかの手続きをしたところ、ヒト検体を使わないにもかかわらず、臨床試験に関する倫理的問題のe-larningを受けることになった(*)。
e-larningなんでわかりやすいスライドが提供され、サクサクやれば終わるのかと思いきや、十数項目からなる各トピックに関し、細かい字で書いたインターネットサイトの文章を2-3ページ分読み、その後で問題に解答し、60%以上取れていないといけないというもので、結構大変であった。それはさておき、本場アメリカだけあって、臨床試験に関する倫理的問題も日本で行われているものよりかなり突っ込んだ内容になっている。
一番の違いは、日本の場合原則論のみが議論されていて、原則から外れるようなケースに関しては別途相談くださいとなっていることが多い印象であるが(**)、アメリカの場合、原則から外れることは一つ一つ具体的なニーズに即した例外規定が事細かに設定されているのが興味深い。
中でもすごいのが、
倫理審査委員会(IRB)の緊急時の例外規定(FDA: Emergency Exemption from Prospective IRB Approval for Investigational Test Articles)である。
これは
1)ヒトに応用するための試料(薬剤もしくは機器)であること
2)対象患者に生命の危機がある状況であること
3)不可逆的にADLが極端に障害をうけるような病気の状況であること
4)ほかに患者の状況を改善する方法がないこと
5)IRBの審査を受ける時間的余裕がないこと
の場合には、IRBの審査をうけることなく、その試料(薬剤など)を患者さんに投与してよいということになっているらしい。
もちろん
薬剤の詳細な情報提供書(IND)の準備
やインフォームドコンセントはとらないといけない(****)ことに原則上はなっている。
そういえばiPSの森口さんの事件の時に、森口さんが、「を受けてiPS細胞を治療につかった。「暫定承認」制度が日本にないので駄目だ」といっていた。
事件は基本的には森口さんのでっち上げだったのだろうが、「暫定承認」の部分は
当時の新聞記事を載せたサイトをあらためてみると、
「米国では緊急時であれば、治療法が当局の承認を得ていない段階でも患者への応用が認められている点だ。読売によると、今回はハーバード大内部に設けられた倫理委員会による「暫定承認」が決め手となった。患者は新たに臓器移植を受けられない状態で、かつ危険性の高い症状だった。緊急事態と判断した研究チームは、弁護士立ち会いの下で患者に治療法を説明し、承諾を得たうえで心筋細胞の移植を実施したという。
多少のリスク覚悟でゴーサインを出す独自の考え方
米国で「暫定承認」に基づく臨床応用を実施する場合は、米食品医薬品局(FDA)へ届け出る。前出の医療ジャーナリストによると、FDAは、治療後に患者の様子などデータの提出を条件に承認する。ただ緊急時の対応だけに、届け出自体は煩雑な手続きではない。
米国では柔軟な対応ができる理由として、医療ジャーナリストは「iPS細胞のように画期的な『発明』の場合、多少のリスクを覚悟してでも、より多くの命を救えるのであれば早く成果を出そうという米国独自の考え方があるのでは」と話す。ハーバード大のケースでは、人間と近いブタを使った実験まで進んでいた。ある程度の安全性が担保されたうえでの「例外措置」。通常は安易に認めないが、生死がかかった究極の場面で「その方法しかない」となればゴーサインを出す、というのが米国式というわけだ。」
という話だったらしい。これからするとたぶんEmergency Exemptionのことを言っていたのではないかと思う。もともとの森口さんのデーターがトンデモだったのでどうしようもないが、この新聞記事この部分の論評自体はあながち間違っていないのかもしれない。
この記事にもあるように「iPS細胞のように画期的な『発明』の場合、多少のリスクを覚悟してでも、より多くの命を救えるのであれば早く成果を出そうという米国独自の考え方があるのでは」という部分はありうる気がする。事なかれ主義の日本と、リスクを取って成果を出すアメリカの違いなのかもしれない(****)(*****)
(*)Biomedical Reseachを行う人は、いつ何時ヒト検体を扱うことになるやもしれないので、全員受講が必要とのことであった。
(**)このあたりの事情はよくわからないが、「極力原則から外れたやらないでね」とか「前例にないことは極力やらないでね」ということかもしれない。
(***)これにも例外規定があって、そもそもその薬の治験に関与していない研究者および医師が、その薬が効くという何らかの情報を得て患者を究明する場合に、どうやっても患者およびその家族等などとの意思疎通が取れないようなときには必ずしてもとらないでよいというケースもあるらしい。詳しくはノースウエスタン大のサイトを参考に。
Written informed consent does not have to be obtained if both the investigator and a physician who is not otherwise participating in the clinical investigation certify in writing all of the following [21 CFR 50.23(a)]:
The subject is confronted by a life-threatening situation necessitating the use of the test article.
Informed consent cannot be obtained because of an inability to communicate with, or obtain legally effective consent from, the subject.
Time is not sufficient to obtain consent from the subject's legal representative.
No alternative method of approved or generally recognized therapy is available that provides an equal or greater likelihood of saving the subject's life.
If, in the investigator's opinion, immediate use of the test article is required to preserve the subject'slife, and if time is not sufficient to obtain an independent physician's determination that the four conditions above apply, the clinical investigator should make the determination and, within 5 working days after the use of the article, have the determination reviewed and evaluated in writing by a physician who is not participating in the clinical investigation.
(****)そのほかにも例外規定として興味深いのが、社会的弱者「小児、妊婦、囚人」の治験参加の問題。これも日本では「原則やめてくださいね。」で終わってしまうが、アメリカでも原則社会的弱者については配慮して治験は難しくなっているが、きちんと例外規定を設けて、どうしても治験しなくてはいけない場合の対応を考えている。
例えば妊婦の場合、基本的には胎児への影響を少なくするためもちろん一般的な治験に関しては、妊娠可能性のある年代の女性は治験に入れないということになっている。しかしたとえば妊娠中毒症の治療薬のような妊婦をどうしても使わないといけないような場合には行ってよいことになっている。また妊婦と胎児に影響がある場合は、妊婦のインフォームドコンセントだけでなく胎児の父親(夫でない)のインフォームドコンセントをとることが必要と事細かに決められている。
また囚人の場合も興味深い。これもどうしても治験が必要な場合(例えばドラッグ中毒治療施設でドラッグ中毒患者の治療法の研究)に行ってよいことになっている。またそれを行う場合のIRBには一人以上の囚人または囚人の代表者が入っているとする規定があってこれも事細かである。
(*****)ちなみにアメリカの臨床研究制度は、治験に関する事件を契機に整備されていった。
その要点をまとめてみると
関連法規&制度としては
1)ベルモントレポート
2)1974 National Research Act
3)45 CFR 46 (被験者の保護の原則)は被験者
保護のCommon Rule。NIHの規定であり、連邦予算を使っている研究には適応される。
Common Rule(45CFR 46)については
4)神戸大学資料(臨床研究ーアメリカの場合)
や
5)厚生省資料「臨床研究に関する国内の指針と諸外国制度の比較」にも詳しい
6)アメリカ版個人情報保護法であるHIPAAは医療記録やデーターベースを使った研究のやり方を規定する。
ここでは守秘義務違反とプライバシーの侵害(Breach of Confidence VS Violation of Privacy)が問題となってくる。一番多いリスクはBreach of Confidence。たとえば患者情報の入ったUSBが噴出した場合はBreach of Confidenceとなるらしい。
また既存のデーターベースを使った研究に関しては、臨床研究からの例外規定があるExemption(4)(45 CFR46.101(b)(4))
Research involving the collection or study of existing data, documents, records, pathological specimens, or diagnostic specimens, if these sources are publicly available or if the information is recorded by theinvestigator in such a manner that subjects cannot be identified, directly or through identifiers linked to the subjects.
というのが規定で
説明としては以下のように、NIHのFAQが詳しい。Clinical researchとHuman Sujects Reasarchとは違うということか(日本でも臨床研究と疫学研究の二本立ての指針がありますね。今「疫学研究に関する倫理指針の見直しに係る専門委員会臨床研究に関する倫理指針の見直しに係る専門委員会合同委員会」なるものがあって議論されていて、今後日本でもこのあたりが整理されるのかもしれませんが。。)
Research that meets the criteria for Exemption 4 is Human Subjects Research.
Exemption 4 includes research involving the collection or study of existing data, documents, records, pathological specimens, or diagnostic specimens, if these sources are publicly available or if the information is recorded by the investigator in such a manner that subjects cannot be identified, directly or through identifiers linked to the subjects.
Please note: human subjects research that meets the criteria for Exemption 4 is not considered “clinicalresearch” as defined by NIH; therefore, the NIH policies for addressing inclusion of women, minorities and children do not apply to research that is determined to meet the criteria for Exemption 4.
関連部局の一つ
7)被験者研究局 (The Office for Human Research Protections (OHRP) )とその役割が注目されたJesse Gelsinger事件(1999年に起こったペンシルバニア大学で行われていたアデノウィルスベクターによる遺伝子治療での18歳の少年の死亡事件)も重要な問題である。
そして
8)HIV/AIDS short-course AZT testing in Zimbabwe(インフォームドコンセントが十分でないままプラセボ薬(既存薬でもなかった)が使われ、多数の新生児HIV感染がでた)などに代表されるinternational researchの問題などが重要なトピックであるようである。
こういうの一つ一つ見ていくと、よくよく知っているはずの内容ではあるが、ヒトを対象とした研究は難しいこと、奥が深いことを改めて認識させられる。
e-larningなんでわかりやすいスライドが提供され、サクサクやれば終わるのかと思いきや、十数項目からなる各トピックに関し、細かい字で書いたインターネットサイトの文章を2-3ページ分読み、その後で問題に解答し、60%以上取れていないといけないというもので、結構大変であった。それはさておき、本場アメリカだけあって、臨床試験に関する倫理的問題も日本で行われているものよりかなり突っ込んだ内容になっている。
一番の違いは、日本の場合原則論のみが議論されていて、原則から外れるようなケースに関しては別途相談くださいとなっていることが多い印象であるが(**)、アメリカの場合、原則から外れることは一つ一つ具体的なニーズに即した例外規定が事細かに設定されているのが興味深い。
中でもすごいのが、
倫理審査委員会(IRB)の緊急時の例外規定(FDA: Emergency Exemption from Prospective IRB Approval for Investigational Test Articles)である。
これは
1)ヒトに応用するための試料(薬剤もしくは機器)であること
2)対象患者に生命の危機がある状況であること
3)不可逆的にADLが極端に障害をうけるような病気の状況であること
4)ほかに患者の状況を改善する方法がないこと
5)IRBの審査を受ける時間的余裕がないこと
の場合には、IRBの審査をうけることなく、その試料(薬剤など)を患者さんに投与してよいということになっているらしい。
もちろん
薬剤の詳細な情報提供書(IND)の準備
やインフォームドコンセントはとらないといけない(****)ことに原則上はなっている。
そういえばiPSの森口さんの事件の時に、森口さんが、「を受けてiPS細胞を治療につかった。「暫定承認」制度が日本にないので駄目だ」といっていた。
事件は基本的には森口さんのでっち上げだったのだろうが、「暫定承認」の部分は
当時の新聞記事を載せたサイトをあらためてみると、
「米国では緊急時であれば、治療法が当局の承認を得ていない段階でも患者への応用が認められている点だ。読売によると、今回はハーバード大内部に設けられた倫理委員会による「暫定承認」が決め手となった。患者は新たに臓器移植を受けられない状態で、かつ危険性の高い症状だった。緊急事態と判断した研究チームは、弁護士立ち会いの下で患者に治療法を説明し、承諾を得たうえで心筋細胞の移植を実施したという。
多少のリスク覚悟でゴーサインを出す独自の考え方
米国で「暫定承認」に基づく臨床応用を実施する場合は、米食品医薬品局(FDA)へ届け出る。前出の医療ジャーナリストによると、FDAは、治療後に患者の様子などデータの提出を条件に承認する。ただ緊急時の対応だけに、届け出自体は煩雑な手続きではない。
米国では柔軟な対応ができる理由として、医療ジャーナリストは「iPS細胞のように画期的な『発明』の場合、多少のリスクを覚悟してでも、より多くの命を救えるのであれば早く成果を出そうという米国独自の考え方があるのでは」と話す。ハーバード大のケースでは、人間と近いブタを使った実験まで進んでいた。ある程度の安全性が担保されたうえでの「例外措置」。通常は安易に認めないが、生死がかかった究極の場面で「その方法しかない」となればゴーサインを出す、というのが米国式というわけだ。」
という話だったらしい。これからするとたぶんEmergency Exemptionのことを言っていたのではないかと思う。もともとの森口さんのデーターがトンデモだったのでどうしようもないが、この新聞記事この部分の論評自体はあながち間違っていないのかもしれない。
この記事にもあるように「iPS細胞のように画期的な『発明』の場合、多少のリスクを覚悟してでも、より多くの命を救えるのであれば早く成果を出そうという米国独自の考え方があるのでは」という部分はありうる気がする。事なかれ主義の日本と、リスクを取って成果を出すアメリカの違いなのかもしれない(****)(*****)
(*)Biomedical Reseachを行う人は、いつ何時ヒト検体を扱うことになるやもしれないので、全員受講が必要とのことであった。
(**)このあたりの事情はよくわからないが、「極力原則から外れたやらないでね」とか「前例にないことは極力やらないでね」ということかもしれない。
(***)これにも例外規定があって、そもそもその薬の治験に関与していない研究者および医師が、その薬が効くという何らかの情報を得て患者を究明する場合に、どうやっても患者およびその家族等などとの意思疎通が取れないようなときには必ずしてもとらないでよいというケースもあるらしい。詳しくはノースウエスタン大のサイトを参考に。
Written informed consent does not have to be obtained if both the investigator and a physician who is not otherwise participating in the clinical investigation certify in writing all of the following [21 CFR 50.23(a)]:
The subject is confronted by a life-threatening situation necessitating the use of the test article.
Informed consent cannot be obtained because of an inability to communicate with, or obtain legally effective consent from, the subject.
Time is not sufficient to obtain consent from the subject's legal representative.
No alternative method of approved or generally recognized therapy is available that provides an equal or greater likelihood of saving the subject's life.
If, in the investigator's opinion, immediate use of the test article is required to preserve the subject'slife, and if time is not sufficient to obtain an independent physician's determination that the four conditions above apply, the clinical investigator should make the determination and, within 5 working days after the use of the article, have the determination reviewed and evaluated in writing by a physician who is not participating in the clinical investigation.
(****)そのほかにも例外規定として興味深いのが、社会的弱者「小児、妊婦、囚人」の治験参加の問題。これも日本では「原則やめてくださいね。」で終わってしまうが、アメリカでも原則社会的弱者については配慮して治験は難しくなっているが、きちんと例外規定を設けて、どうしても治験しなくてはいけない場合の対応を考えている。
例えば妊婦の場合、基本的には胎児への影響を少なくするためもちろん一般的な治験に関しては、妊娠可能性のある年代の女性は治験に入れないということになっている。しかしたとえば妊娠中毒症の治療薬のような妊婦をどうしても使わないといけないような場合には行ってよいことになっている。また妊婦と胎児に影響がある場合は、妊婦のインフォームドコンセントだけでなく胎児の父親(夫でない)のインフォームドコンセントをとることが必要と事細かに決められている。
また囚人の場合も興味深い。これもどうしても治験が必要な場合(例えばドラッグ中毒治療施設でドラッグ中毒患者の治療法の研究)に行ってよいことになっている。またそれを行う場合のIRBには一人以上の囚人または囚人の代表者が入っているとする規定があってこれも事細かである。
(*****)ちなみにアメリカの臨床研究制度は、治験に関する事件を契機に整備されていった。
その要点をまとめてみると
関連法規&制度としては
1)ベルモントレポート
2)1974 National Research Act
3)45 CFR 46 (被験者の保護の原則)は被験者
保護のCommon Rule。NIHの規定であり、連邦予算を使っている研究には適応される。
Common Rule(45CFR 46)については
4)神戸大学資料(臨床研究ーアメリカの場合)
や
5)厚生省資料「臨床研究に関する国内の指針と諸外国制度の比較」にも詳しい
6)アメリカ版個人情報保護法であるHIPAAは医療記録やデーターベースを使った研究のやり方を規定する。
ここでは守秘義務違反とプライバシーの侵害(Breach of Confidence VS Violation of Privacy)が問題となってくる。一番多いリスクはBreach of Confidence。たとえば患者情報の入ったUSBが噴出した場合はBreach of Confidenceとなるらしい。
また既存のデーターベースを使った研究に関しては、臨床研究からの例外規定があるExemption(4)(45 CFR46.101(b)(4))
Research involving the collection or study of existing data, documents, records, pathological specimens, or diagnostic specimens, if these sources are publicly available or if the information is recorded by theinvestigator in such a manner that subjects cannot be identified, directly or through identifiers linked to the subjects.
というのが規定で
説明としては以下のように、NIHのFAQが詳しい。Clinical researchとHuman Sujects Reasarchとは違うということか(日本でも臨床研究と疫学研究の二本立ての指針がありますね。今「疫学研究に関する倫理指針の見直しに係る専門委員会臨床研究に関する倫理指針の見直しに係る専門委員会合同委員会」なるものがあって議論されていて、今後日本でもこのあたりが整理されるのかもしれませんが。。)
Research that meets the criteria for Exemption 4 is Human Subjects Research.
Exemption 4 includes research involving the collection or study of existing data, documents, records, pathological specimens, or diagnostic specimens, if these sources are publicly available or if the information is recorded by the investigator in such a manner that subjects cannot be identified, directly or through identifiers linked to the subjects.
Please note: human subjects research that meets the criteria for Exemption 4 is not considered “clinicalresearch” as defined by NIH; therefore, the NIH policies for addressing inclusion of women, minorities and children do not apply to research that is determined to meet the criteria for Exemption 4.
関連部局の一つ
7)被験者研究局 (The Office for Human Research Protections (OHRP) )とその役割が注目されたJesse Gelsinger事件(1999年に起こったペンシルバニア大学で行われていたアデノウィルスベクターによる遺伝子治療での18歳の少年の死亡事件)も重要な問題である。
そして
8)HIV/AIDS short-course AZT testing in Zimbabwe(インフォームドコンセントが十分でないままプラセボ薬(既存薬でもなかった)が使われ、多数の新生児HIV感染がでた)などに代表されるinternational researchの問題などが重要なトピックであるようである。
こういうの一つ一つ見ていくと、よくよく知っているはずの内容ではあるが、ヒトを対象とした研究は難しいこと、奥が深いことを改めて認識させられる。