北嶋誠のブログ
私の考えていること、言いたいことなどなど。
 



日々の生活にも四苦八苦している身では、正直言って国政のことを考えるのも億劫な
ことだ。もう、いい加減にしてほしいのだが、主権者たる国民が不断の努力を怠ると、
現政権のような国民不在の政治を許すことになってしまうのだ。
 それにしても、このところの安倍首相の周辺の動きが慌ただしくなってきた。
 5月18日に、政府与党によって強行採決も予想されていた検察庁改正法案は、世論
の予想以上の反発もあって断念した。
 21日には、黒川検事長の麻雀賭博が発覚し、国会では安倍首相が、国家公務員定年
法案の見直しを表明した。
 22日には、黒川検事長が辞職した。
 そして、27日の毎日新聞の世論調査では、安倍内閣支持率が27%に急落
し、不支持が64%に上昇した。
 この一週間の急展開は、自粛生活の中での世論の高まりが影響していることは間違い
なく、安倍内閣の終焉が近いことをも予感させる。
 従順で忍耐強く、寄らば大樹の陰、長い物には巻かれろという日本国民が、ついに安
倍首相を見限ったのだろうか。
 これまでも何度か内閣支持率が急落したことはあったが、「国会が終われば変わる」
、「お盆が過ぎれば忘れる」などと、国民は常に甘く見られてきた。そして、その通り
になっていた。だが、今度ばかりはそうさせてはならない。
 長期政権を許してしまったことで、長く暴走の限りを尽くしてきた安倍暴走車だが、
とうとうガードレールにぶつかり、路肩に乗り上げ大破寸前になりながら、ついに最後
の凶暴走の段階に来ている。
 一般の車の運転でも、最も危険な行為は、高速道路の逆走ではないだろうか。
 安倍首相の最終目的地は、あくまでも憲法改正だ。日本国憲法から大日本帝国憲法の
時代に後戻りさせ、人権や民主主義そして平和を押しつぶす、歴史の進歩の流れに逆行
するような、最悪の暴走はストップさせよう。

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 5月18日、安倍内閣は国民の理解を得られないとして、検察庁改正法案の今国会で
の成立を断念した。
 ただ廃案ではなく継続審議なので、秋の国会でまた議論再燃ということになるだろう
が、取りあえずはこの国の民主主義がまだ存在していることを示せたと思う。
 国民には、営業経済活動はおろか、人間らしく生きていくために必要緊急な社会活動
や文化活動まで自粛させておきながら、政府は不要不急な法案を恐慌成立させようとし
てきた。
 政府による後手後手、場当たり、ケチケチ、お粗末なコロナ対策の下で、コロナウィ
ルスの感染拡大防止と一刻も早い終息に向けて国民は懸命にたたかってきた。
 その陰で、権力支配強化汚狙って、まさに火事場泥棒のようにごり押ししてきたこと
が、政府も想定外の国民世論の高まりを招くことになったと思う。
 これまで政府与党が、議会制民主主義を踏みにじり、数の力に任せて、ろくな審議も
せずに悪法を強行採決してきたことが何度もあった。
 その度に、国内メディアのありかたにいつも疑問を持ってきたが、与党の横暴を批難
するより、野党のふがいなさを指摘するという、第三者的な立場での報道が目立つこと
だ。
 メディアの役割は、与党と野党或いは政府と国民の間で、中立という立場で報道する
ことではないと思う。
 特に世論形成に大きな影響力を持つ大手メディアは、主権者国民の立場で情報を収集
し、国民の判断材料となる報道に努めるべきだと思う。
 ところが現状は、大手メディアの幹部が、安倍首相と頻繁に会食をしているようでは
、国民目線どころか、国家権力となれあっているとしか見られない。これこそふがいな
いことで、御用メディアとかマスゴミなどと揶揄されるゆえんである。
 だが、今度ばかりはそんなメディアをよそに、国会内における野党共闘の徹底抗戦と
、インターネット上での世論の高揚が、悪法強行を阻止する大きな共同の力となった。
 コロナ対策で、経済活動二とどまらず、社会、文化、政治活動に至るまで、自粛
を余儀なくされ、メーデーや憲法記念日の集会は軒並み中止、様々な野外での活動は困
難な状態にあった。
 それでも国民の言論の自由や表現の自由は委縮することはなかった。
 屋外での集会、デモ、街宣、署名などの活動は困難なため、自宅にいながらのオン
ライン会議、学習、交流、そしてオンライン飲み会など、新たな手法での活動が広がっ
た。
 国民がコロナ対応で翻弄され、事由が抑制されているこのタイミングに、政府与党が
不要不急の法案をごり押ししてきた。これが、国民の怒りを読んで、ツイッター運動と
もいわれる大きな世論形成に結びついたのだと思う。
 この国の民主主義は、まだ生きている。

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5月14日、政府は新型コロナ対応の特措法による緊急事態宣言を一部解除した。だ
が、感染再拡大の不安はぬぐいきれない。また、医療、検査体制、経済補償が十分でな
い限り、国民の命と暮らしの危機はまだまだ続く。
 この茨城県も解除にはなったが、私自身も、家族の健康や酪農経営への影響なども考
慮すると、まだ外出にはためらいがある。
 このこともそうだが、私が今一番憤っているのは、国民が新型コロナとの闘いの苦難
の中にあるのに、そんなことはよそにして、安倍内閣が暴走政治をやめないことだ。
 森友学園、桜を見る会、コロナ対策のお粗末と、今や八方ふさがりの状態になっても
、権力維持と憲法改悪に最後の執念を燃やしているのか、それとも破れかぶれなのか、
どうにも止まらない。
 しかも、それはヒトラーとスターリンという二大独裁者の手口と同じではないのか。
 その一つは、以前にも書いたが、ナチスのヒトラーは、当時のドイツで民主的と言わ
れていたワイマール憲法を、大統領緊急礼を乱発させることで形骸化し、独裁体制を確
立した。
 権力を掌握したヒトラーがしたことは、先ず障害者の大虐殺、次いでユダヤ人の大虐
殺、そして世界大戦へと突入していった。
 3日の憲法記念日の改憲団体の集会で、安倍首相が憲法に、緊急事態条項の創設を提
唱したことは、まさにこのヒトラーの手口をまねようとしているのではないか。
 また今の国会では、検察庁法改正案の与党による強行採決が狙われている。
 改正案の問題点は、内閣の都合で検察幹部の定年延長ができることだ。これでは、内
閣のご機嫌を覗いながらの仕事になってくる。ましてや、政府与党の犯罪を追及するこ
となどもってのほかだということになる。
 不偏不党、自主独立の検察であればこそ、権力の犯罪にも厳正に対処できるし、国民
の信頼も厚くなる。この検察のあり方に、政府が関与することは民主主義の破壊であり
、あってはならないことだと思う。
 旧ソ連首相のスターリンは、レーニン後の最高権力者になるべく、検察と秘密警察を
使って、ロシア革命を担った同志や共産党の幹部などを、犯罪者にでっち上げて粛清し
、78万人以上を処刑したという。
 このスターリンが、権力を掌握してからしたことは、国内では専制政治、外交では覇
権主義で、米国との冷戦に突入していった。
 ヒトラーとスターリン、この二人の共通点は、独裁者、専制政治、大量殺戮、戦争と
いったところか。だからここでは、法の支配、人権、民主主義、三件分率、平和などは
否定される。
 新型コロナ非常事態の裏で、独裁者の手口に倣って、悪法をごり押しし、さらに憲法
改悪を狙う安倍内閣こそ不要不急で、立憲野党と市民の共闘でストップさせることこそ
必要緊急である。



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今年の憲法記念日は、新型コロナウィルス感染症の大流行に対応しての緊急事態宣言
下で、恒例の茨城県憲法フェスティバルが中止になるなど、予定が大幅に変更になって
しまった。
 例年のヒューマン・ファーマーズは、憲法フェスティバルに参加して、うたごえコー
ナーやメインステージで、「平和の暦」や「ピースナイン」などを演奏してきた。
 生まれてから73年 戦争をせずに73年 … と歌う「平和の暦」は、あの無残な
戦争を体験したフォークシンガーの笠木透が、戦争の放棄を規定した憲法九条がいつま
でも生き続けるようにと願って2014年に作詞した。
 笠木透は、この年の12月にこの世を去ったが、彼の願いも受け継いでこの歌を歌い
続けてきた。
 今年はヒューマン・ファーマーズとしての表現の場を奪われたことになるが、仮にも
表現の自由を規定した日本国憲法施行73年のこの記念日にあって、このまま何もしな
いわけにはいかないと、一人ギターを捕って、自宅で「平和の暦」を歌った。
 それからパソコンを開いて、2015年に雑花塾が演奏した「平和の暦」をユーチュ
ーブで拝聴した。この演奏に私も参加していると思うのだが、これからも歌い続け、九
条を守り続けよう。
 その後、視覚障害者用音声パソコンでヒューマン・ファーマーズの掲示板への投稿と
北嶋誠のブログの原稿作りをした。
 さらに午後1時からは、国会前で行われた「平和・いのち・人権 憲法集会」の代表
者による集会の模様をユーチューブで聴くことで、これに参加した。この集会も本来は
、例年通りに有明で大規模に実施される予定であった。決して不要不急ではないのだが
、新型コロナ対策で自粛せざるを得なかったために、このような形で全国に発信した。
 その一方で安倍首相は、国民には三密の回避を求め、不要不急の外出や大規模イベン
トの自粛や事業の休業などを要請しておきながら、必要緊急の補償は後手後手でお粗末
である。また国会では、検察官の定年延長に関する法案や種苗法改正など、不要不急の
法案恐慌を狙っている。
 そしてこの憲法記念日の記者会見でも、まさにコロナここにあらずで、緊急事態条項
の創設など、不要不急の憲法改悪への野望をあらわにしている。
 だからこそ、軍事費を削ってコロナ対策に回せ、と唱える主権者国民による憲法集会
こそ必要緊急である。
 そんなことも思いながら、再びヒューマン・ファーマーズの掲示板に投稿した。
 緊急事態宣言下の憲法記念日は、このように過ごした。毎日、朝夕の酪農の仕事があ
るが、搾乳と一般管理の作業の時間以外は、自宅での最低限の活動はできたと思う。

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4月後半は、私が出席予定であった全ての用件が中止となった。特に、視覚障害者に
関わるものとして、結城視覚障害者協会総会、結城市障害者福祉団体連合会役員会、パ
ソボラ結城音声パソコン交流会、茨城県視覚障害者の生活と権利を守る会総会、などが
あった。
 コロナ対策として、密閉、密集、密接のいわゆる三密を回避するために止むを得ない
こととはいえ、これはとても残念なことである。
 確かに、視覚障害者が外出する場合には、手すりやドア等に触れる機会が多いし、ガ
イドヘルパーなどの介助者の腕や肩を借りて、密接状態で移動しなければならない。
 また、移動のための乗り物の中や、集合場所の建物や部屋の中でも、視覚障害者の三
密回避は困難である。
 移動歩行の不自由は、もともと視覚障害者の三大不自由の一つに挙げられるほど耐え
難いものだが、外出による感染のリスクが大きいことは事実なので、新型コロナの一刻
も早い終息に向けて、ここは協力し合って行動していかなければと思う。
 ただ、上記した用件は、どれも視覚障害者にとって決して不要不急なものではない。
 社会参加を促進し、毎日を人間らしく生きていくために、これはむしろ必要緊急なも
のである。ましてや、社会活動に旺盛に参加してきた障害者たちにとっては、人間社会
からの隔離監禁状態とさえ感じるのだ。
 それでも、孤立し、座したままではいられないので、先ずできることとして、個人メ
ールや障害者グループのメーリングリストなど、インターネットによる情報交換を行な
っている。
 また、スカイプなどをでのオンライン会議やオンライン宴会なども検討してはいるが
、これには熟知した協力者が必要で、障害者だけでは、準備から実行までに何かと手間
暇がかかってしまう。
 とにかく、コロナ終息まで挑み続けるしかない。

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新型コロナウィルス感染症流行への対策として、安倍内閣による緊急事態宣言下にあ
るが、言論の自由や表現の自由を封殺された状態に甘んじてはいられない。
 と、意気込んではみたが、乏しい才能で多少は発信に努めてはいるものの、思うほ
どには書けてはいない。
 そこで、ストレスのたまっている方も多いかと察するので、気分転換に、過去二度ほ
ど掲載したことがあるのだが、「あの頃のフォークシンガー」の増補版を発信してみよ
う。
 かつての日本のフォークシンガーを覚えているだろうか。
その主だったところを網羅してみたのだが、評判が良かった反面、そんな氏名ではない
とか、もっと他にもいるだろうとか、様々な意見が寄せられたので、ここで改めて掲載
したい。
 ただしこの頃は、認知症とまではいかないまでも記憶力も衰えて、若干の誤りもある
かもしれません。またその人はフォークシンガーなのかとの疑問もあるかもしれません
が、もともとこの国には、プロのフォークシンガーと呼べる人は少ないので、多少のと
ころはご了承ください。

 おばかやし信康 はか石よもや おなか川五郎 たかだか渡 加川不良 おいわい宏
 さいてい徹夫 めんどう賢次 みかんみかん 吉田へたくろう ねずみ谷しげる
 井上ろうすい なんぎなけんいち 西岡茶化し ちんぴら和彦 ソバ ケム
 西岡凶暴 大塚マッサージ 小室ふんどし 及川不公平 加藤かずのこ
 はしたないひと 北ままおしむ 南こっせつ いしせいじょう じゃま田パンダ
 ですぎ田二郎 やもめとコータロー あなたむりお みんなにらんぼう さなだむし
 やまんばひろふみ たけだけてつや ながもち剛 松山いばる 穴場あきら
 できすぎたかお ずりおちたかお 谷村珍事 いまわのきわしぼう たわしま英五
 もぐらけい おかまやつひろし もらした小僧 いくつも赤い風疹 ゆかい鳥
 ビリー・バカボン アラス つきまとう ショーベンツ オクライマックス
 ハゲ&ワズカ ハゲとムザンナ 災難&かーちゃんくる

 *取りあえず、今日はここまで。またいつか再増補版を掲載しよう。
  尚、笠木透と雑花塾メンバーは除いた。

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今日4月21日は、ヒューマン・ファーマーズのボーカリストとして活躍してきた、
吉川路子の命日である。
 20年以上も一緒に活動をしてきただけに、こんなことを書く日が来るとは想像だに
できなかったが、あれからもう一年もたつという現実は受け入れざるを得ない。
 彼女の没後一年にあたって、吉川路子をしのぶ会が計画されていたのだが、この新型
コロナウィルス流行のあおりで、特別な企画は行われないことになった。
 この日を挟んでの4月後半は、結城視覚障害者協会の総会、九条の会・ゆうき運営委
員会、パソボラ結城の例会、結城市文化協会理事会、茨城視生会総会、菜の花の森コン
サートなど、9つの用件すべてが中止になっている。
 新型コロナの感染拡大防止と、一刻も早い終息に向けての、三密を避ける対策は、一
定の理解はできる。
 だが、不要不急の外出は自粛をとの、この不要不急とは一体何だろうか。
 緊急事態宣言下の安倍首相によるこの言葉は、全く初耳だった。調べてみたのだが重
要ではなく、急ぎでもないこと。という文字通りの意味であった。
 だがどうやらこれは、明治時代の朝鮮侵略に始まり、1945年(昭和20年)の太
平洋戦争の敗北に至るまで、長年にわたり戦争を続けてきた、大日本帝国政府や軍隊上
層部による、言わば戦時用語だったようである。
 例えば、「不要不急の金属は、お国のために供出を。」とか、「不要不急の用事より
、お国のために勤労奉仕を。」などと、使用されてきたのではないだろうか。
 だとしたら、政府にとっては都合の良い不要不急との認識になるのだろう。
 前述した九つの用件は、私や各当事者にとっては、決して不要不急ではなく、まさに
必要緊急なものである。それでも、三密を回避するため自粛を選択した。もし決行した
ら、周囲の批判を浴びて非国民扱いをされるのではないだろうか。
 これは事実上、表現の自由、言論の自由、集会の自由などの制限になるだろう。
 かつてはこうして、戦争遂行のための国家総動員体制が取られていった。
 それにしても、不要不急などという言葉を持ち出すなど、九条改憲で戦争をする国作
りを狙う安倍首相らしいなと思った。
 安倍内閣が現在進めている沖縄での米軍基地建設や、米国からの武器の爆買いなどの
軍事予算は、まさに不要不急の税金の浪費であり、これを国民の生命と暮らしを守るた
めのコロナ対策費に回すことこそ必要緊急、重要至急ではないだろうか。

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今日4月14日、ある市民団体の総会を中止する旨の通知が届いた。私の関係するとこ
ろでは、これで七団体目である。
 新型コロナウィルス感染症に対応してとの理由で、緊急時代宣言が出されたが、これ
から5月中旬までの一か月間の、文化、農業、障害者、そして平和団体などの、総会、
集会、学習会、交流会、役員会など、ほとんどの用件が中止または延期になった。
 当然のことながら、菜の花の森コンサート、Hananaライブ、憲法フェスティバル、憲
法フォークジャンボリーなど、文化でたたかうヒューマン・ファーマーズとしては、表
現の機会を軒並みなくしてしまった。
 このような重大事態にあっては、コロナウィルスの蔓延と一刻も早い終息に向けて、
密集・密閉・密接を避けることの、いわゆる三密対策など、社会全体がっ協力し合って
いくことが大切だと思う。
 だが、この緊急事態宣言は多くの問題を含んでいる。国民への十分な説明や補償のな
いままに、三密会費の営業やイベントの自粛要請は、精神的不安や経済損失をもたらし
、自粛しないものへのバッシングなどの国民間の分断も起こる。そして表現の自由や生
存権などの人権侵害の恐れもある。
 特に、国家権力が恣意的にこれを悪用することが最も怖い。実際にナチスドイツのヒ
トラーは、緊急事態令を連発して憲法を機能停止させて、独裁体制を確立した。
 安倍内閣の麻生副首相は、「ナチスの手口をまねて」などと言ってはばからないが、
これは決して失言ではなく、本音の暴言だ。
 もちろん、憲法で規定された表現の自由には、自粛も委縮もあり得ない。ヒューマン
・ファーマーズとしては、ただ手をこまねいてはいられない。先を見据えての創作やレ
ッスン、インターネットを活用しての表現活動など、緊急事態宣言とコロナ対応生活の
中でもできることをしていく。

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世界中に蔓延している新型コロナウィルス感染症は、身近なところはもとより、世界
的規模でも様々な影響を及ぼしている。
 世界的な経済活動の抑制は、企業の経営や労働者の生活を圧迫している。
 経済活動の停滞は原油の消費を減少させ、燃料価格を下落させている。
 また皮肉なことに、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出が減少したことによって、
大気が近年になく綺麗になっているとのことである。
 そして4月1日、これは決してエイプリルフールではないが、新型コロナウィルス危機
への適切な対応が行われなければ、世界的な食料不足を招く恐れがあると、FAO(国
連食糧農業機関)、WHO(世界保健機関)、WTO(世界貿易機関)が連名で、共同声明
を出して警告した。
 各国政府が対応を誤ることになると、食料品の入手可能性への懸念から、輸出規制の
うねりが起きて、国際市場で食料不足が起きかねない。と述べた。
 共同声明では、世界の多くの人々の食卓や安全保障が国際貿易に依存しており、各国
の新型コロナによるパンデミック(世界的大流行)封じ込めのための行動が、世界貿易
と安全保障に影響を与えないよう、輸出制限などの措置をとらず協調していく必要があ
るとしている。
 現実に、ヨーロッパでは、消費者による食料の買い占めが起こり、ロシアでは備蓄の
小麦を放出し、インドではコメの輸出制限を始めているとの情報もある。
 共同声明はこれら各国政府を意識してのことだと思うが、同時に、すでに飢餓が広が
り、バッタの大量発生によって食糧不足を引き起こしているアフリカ諸国など、発展途
上国を意識してのことだとも思う。
 だが、これらの国々以前に、世界最大の食糧輸入国で、食料自給率が先進国最低の37
%にまで低落している日本国政府と国民こそが、最も深刻にそして真剣に受け止めなけ
ればならないことだと思う。
 コロナ危機の後に来るかもしれない食料危機に備えて、やはりこの国の食糧農業政策
を問い直していかなければならない。

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今日は、鶯と環境問題などについては何も言うつもりはないが、ウグイスの鳴き声を
聞いて気分一新したことを言いたい。
 今年のウグイスの鳴き声は、3月13日に確認した。屋敷林の中で、例年になく歯切れ
がよく鮮やかな鳴き声だ。
 毎年3月上旬には訪れているのだが、今年は1月から暖かい日が多かった割には遅かっ
たように思う。
 これだけ明快な鳴き声だから、もっと前に来ていたなら聞き逃すことはないだろう。
 ウグイスの存在などどうでもよいことなのだろうが、コロナウィルス流行の影響で、
ほとんどの用件が中止となっていく中で、これから何をしていけばいいのかと思案に暮
れていたところに、さわやかなさえずりが私に冷静な?平常心をとり戻させてくれた。
 一人では何もできない私だが、新型コロナウィルスの拡大というこの異常事態の中で
も、何かをしながら生きていかなければならない。友人たちとも連絡を取り合いながら
、何ができるのか模索し少しでも実行していきたい。

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