たそがれオヤジのクタクタ山ある記

主に北関東の山を方向音痴で歩いています。山行計画の参考にされても責任は負いかねます。深慮せず軽く読み流してください。

小滝の里から備前楯山へ

2010年05月09日 | 足尾の山
◎2010年5月9日(日)

 小滝から文蔵沢(「文象沢」とも記すらしい)を経由して備前楯山に登るコースがあることは、足尾町商工会のホームページで大分前に知っていた。いつか歩いてみたいと思いながらも、なかなか行かれずの状態だった。たまたま、「オッサンの山旅」のホームページを拝見し、オッサンさんが先の4日に行かれたとのこと。コースはかなり荒れ果てているだろうなと気にはなっていたが、まだ歩ける様子。連休中の歩きでやや疲れてはいたが、家にいてもやることはなく、昼から酒を飲んでいるのが関の山だと出かけてみた。帰路も、オッサンさんルートの1,132mピーク経由で下る予定。つまり丸写しの歩き。

(作業道路。右下に文蔵沢)

(坑口跡)


 小滝の里を6時35分に出発。古の作業道路取り付きが分かるだろうかと心配になったが、オッサンさんの記事コピーを持参したため、すんなりとクリア。やはり、作業道路は荒れている。道を塞いでいる倒木もある。倒れた松の木を避けようと、木につかまったら、松ヤニが左手にべっとり。これがずっとベタベタして気持ちが悪かった。右下に文蔵沢。ツツジがチラホラ。やがて、塞がれた坑口。山神山と彫られた石が鎮座している。左にある穴を覗いてみると、二重に塞がれていた。鉄索が延びている。以前、南の尾根から備前楯山に入った際、鉄索を回転させている施設跡を見かけたが、ここからも鉄索がそこまで延びていたのかもしれない。下の中才には選鉱所がある。

(石積みの堰堤)

(沢は狭くなり、また広がる)

(沢が分かれ、中央の尾根を登ってみる)

(尾根の様子。正面に最初の岩場)

(そして、船石登山道に合流。備前楯山が見える)


 ここから文蔵沢に合流し涸沢を歩く。道も消えた。ここをずっと行けば、船石登山道に合流する。石積みの堰堤を越える。左側斜面の崩壊が進んでいる。水が出てきたが、またすぐに消える。やがて涸沢は二股に分岐する。黄色のプレートがあった。右の沢は備後楯山に向かうらしい。ここで、オッサンさんは左の沢を登ったが、真ん中の尾根に這い上がってみることにした。実はこれで失敗した。確かに急なのだが、岩場が2か所。最初の岩場が左右に捲けず、直登せざるを得ない。岩はポロポロで、掴める木の間隔も悪い。何とか越えはしたが、あんな危ない思いをするのだったら、最初から沢通しに歩くべきだった。2つ目の岩場は簡単に捲けた。船石登山道に合流。8時5分。すぐ左に沢が上ってきていたから、考えるに、尾根を歩いて、無駄な労力と時間を費やしてしまっただけのことのようだ。

(山頂直下のツツジ)

(大平山方面)


 これまでチラホラでしか目にしなかったツツジが、あちこちに咲いている。もうすでに、先週の田沢奥山で目にしたツツジの数を超えている。いったい、あの田沢奥山のツツジ不発は早かっただけのことだろうか。8時10分、備前楯山山頂。だれもいない。相変わらずの素晴らしい展望が広がっている。もう、どの山も雪をつけていない。改めて展望板を見る。オッサンさんの記すように、確かに、大平山が黒檜岳になっている。はたして、ここから黒檜岳が見えるのであろうか。大平山の向こう側のような気がするが。山頂付近のツツジは終わりかけだがまだ見頃。

(1,132mピークに向かう尾根を下る)

(ここは、ツツジがまだ満開)


 しばらく休憩していたが、風が強くて冷たい。我慢できず、8時25分に下山。だれも上がって来なかった。時間的に早かったためだろう。ここからは、完全にオッサンさんの記録が頼り。最初の道標の置かれた尾根を下るということだが、目の前にある小尾根は、その先でストーンと落ちているような気になる。半信半疑のまま、登ってみると、意外に緩やかな尾根が先に続いている。あとは、コンパスの矢印に合わせて下りる。部分的にヤセもあるが、歩き安い尾根だ。尾根は蛇行し、いくつか分岐もあるが、急でない尾根を選べば間違いもないようだ。ここは林業関係者には歩かれているようで、所々、木に数字を記したプレートが打ち付けられている。ツツジもこの辺はまだ満開のようだ。展望地が2か所。庚申山と巣神山が見える。いつも感じるが、庚申山の山の色は、他の山の色と違うのはなぜだろうか。

(小滝の里。後ろに双耳の象山)

(北夜半沢の社宅跡に上がってみる)

(石垣が上まで続いている。石の所々に削岩機で開けた穴が)


 尾根は下で、作業道路で分断されている。その手前を下りると、作業道路に合流した。あっけなくも9時35分に小滝の里に到着。3時間コースだった。もう大分暑くなっている。周辺を探索している車が3台。このまま帰るのは何だなぁと、夜半沢の社宅跡に入ってみる。ここから以前、小法師岳の方に歩いたことがある。薄暗い時には不気味な感じさえあった。石垣が段々になっている。せっかくだから、象山に登ってみるかと石垣の上まで登ってみる。足場がかなり悪い。何とか、象山の下まで達したが、この山は岩場で、取り付き場所がない。ぐるりと回って、何とか歩けそうなところを見つけたが、やはり急。汗もダラダラと流れ、身体もだるくなってきていた。やめにした。いずれ、機会があったらということで。

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4 コメント

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小滝の里 (オッサン)
2010-05-10 20:17:51
たそがれオヤジさん こんばんは
小滝の里から備前楯山レポ拝見しました。
画像が大きいので、見応えがありますね。
沢の二俣分岐から尾根に取り付いたようですね。オッサンもこの尾根に取り付いて登山道に飛び出そうと思っていたのですが、脆い岩場に
難儀した様子が報告されていますので、
沢通しで正解でしたね。
女房が同行していたので危険箇所は避けなければなりません。象山の岩峰は魅力がありますが、山頂へ続く道があるのでしょうかね?
オッサンさん (たそがれオヤジ)
2010-05-10 20:43:13
こんばんは。やはりそうでしたか。実は、失礼ながら、奥さんがご同行かなと思っておりました。いつもながら健脚のオッサンさんが、私が歩いた時間よりも、やけに時間がかかったものだなと、不思議でおりました。
象山は、私の浅い偵察では、北夜半沢社宅跡を上がり、西に回り込めば、何とか登れそうでした。ただ、北側は確認しておりませんし、赤土の砂漠もどこにあるのやら。
Unknown (ぶなじろう)
2010-05-10 21:45:55
掘り下げていますねぇ~。

この周辺は、全くの未知。
備前楯山は、古川さんの鉱山と関係あるのでしょうか?
岡山在住時に四国の別子銅山ゆかりの赤石山周辺を歩きまわっていました。あちらは、確か住友さん。銅山遺跡群として、山中深くまで整備されていましたので、ワイルド感には乏しかったのですが、こちらはツー好みの山のようですね。
ぶなじろうさん (たそがれオヤジ)
2010-05-10 22:12:22
こんばんは。
備前楯山ですから足尾にある山です。足尾は古川というよりも旧・古河鉱業の山ですね。日光の古河電工のお仲間ですね。
私が足尾の山に行くのが多いのは、地理的に近所の山といったところもあるのですが、父親がこの古河鉱業に勤めていた関係で、転勤で足尾にも住んでいたことがあって、その郷愁みたいなものもあるのでしょうかね。足尾に住んでいた頃は、まったく山のことなんか意識に入れることもなかったのですけど。
ですから、鉱山の遺物なんかを目にすると、つい、古い石仏やら石祠を目にするのと同じ感慨になってしまうのでしょうか。「廃れる」といった面では、共通の部分がありますから。

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