久し振りに谷根千に行ったら、前からあった魚屋さんや花屋さんがなくなって、色んな種類のカフェが増えてたー通いはじめた10年前とは、大分街の雰囲気変わったなー
もい!日本でも大人気のフィンランド人映画監督アキ・カウリスマキ。彼をはじめ、4人の天才監督がメガホンをとったオムニバス映画、「ポルトガル、ここに誕生す」が全国で公開中だよ。それぞれの個性が輝る作品で、カウリスマキワールドも健在!
guimaraes-movie.jp
マーサさんがリツイート | 46 RT
夕方になると電話をかけてくる変なおじさんが、いきなりチェッカーズのギザギザハートの子守唄を電話口で熱唱し始めてびっくりした!この歌の様に青春を取り戻すそうだ。
隣の若者は、ギザギザハートの子守唄を知らなかった…思わず熱くチェッカーズについて語ってしまった、ファンじゃないけど。
今日は、課外活動も他活動も順調だったのに、ラストでバスの時間間違えたー!最近、ローカル路線バス旅見直してたのに、こんな調子じゃゴールは無理(苦笑)
東京駅八重洲口が近未来的な建物できれいになっててびっくり。八重地下も。昔の昭和な風情は無し。何気に昭和な八重洲に思い出深いのになー。
渋谷シネマヴェーラにて、『怒りのキューバ』『火の馬』を鑑賞しました
怒りのキューバ
ソビエトとキューバの合作という珍しい作品です。
オムニバスになっており、プロパガンダ色が強い作品です
あらすじ
○(わたしはキューバ、アメリカ人よ!)高層ビルとスラムが同居し、街は毒々しいネオンに彩られ、賭博場と夜の女が氾濫し、キューバの首都ハバナは、キューバ人のものではなく、支配者のものだった。マリアは、その歓楽街のクラブで、生活のため身を売っていた。ある日、アメリカ人観光客の一人がマリアに目をとめ名前をきいた。マリアは店で呼ばれている名前「ベティ」と答えた。その夜、アメリカ人はマリアの貧しい小屋にとまった。翌朝、アメリカ人は早々に身仕度をすますとマリアの十字架を買いたいと言った。その時、マリアの恋人で果物行商をしているルネが入ってきた。彼はそこではじめてマリアの職業を知った。「さよなら、ベティ」アメリカ人は逃げるようにして去っていった。屈辱と悲しみをかみしめるようにルネは呟いた。「ベティ?……俺は君のことをマリアだと思っていた」と。
○(だれがこたえる、これらの涙に)働いても働いても借金がふえ、いつの間にか士地は全部地主のものになりペドロはすっかり老いこんでしまった。それでも老人は砂糖キビ畑で働いていた。灼熱の太陽の下で汗をながして働く時だけ悲しみを忘れることができた。ある日、地主の使いが、「この土地はアメリカ人に売り渡した。すぐに出て行け!」という、不意な、そして残酷な命令を持ってきた。老人は、心をこめて育てた畑に、住みなれた小屋に、火を放った。炎と黒煙は老人の絶望を嘲笑するかのように天に立ちのぼっていった。
○(革命の書はインキで書かれない)ハバナ大学の学生運動家エンリケは警視総監暗殺を計画した。だが、家族と食事をする善良そうな、あまりにも平和な警視総監の姿に、ライフルの引金を引くことができなかった。しかし、家庭から一歩足をふみだし、施政者となった警視総監は一変した。アジビラを印刷していた学生を警官隊が急襲し、捕えられながら叫ぶ学生を、警視総監は、顔色一つ変えず射殺した。「闘わなければ!」エンリケは立ちあがり、校庭で集会を開いた。そしてその集会は、警察の威嚇射撃が、一羽の白い鳩を殺したことから、怒りのデモに変った。激しいデモの人垣に向つて、ホースの水が飛び、射撃の音が響き、その中でエンリケは警視総監のピストルに射殺された。しかし、革命は死ななかった。
○(マノロよ、あなたの来ることを私は知っていた)貧しい暮しではあったが、妻と子供たちにかこまれ、マノロは農民として、ささやかながら幸せな生活を送っていた。ある日、銃を待った男が、マノロの家に立ちよった。恐らく、その男はシエラ・マエストラに立ちこもったカストロのゲリラ部隊に加わるために長い道を歩いてきたものらしかった。銃を持った男の嫌いなマノロは食物を与えると、その男をすぐに追い出した。男が去って間もなく、政府軍の飛行機が現われ、爆撃を開始、マノロの家は破壊され子供は殺された。ここで初めてマノロは敵を知り、戦いの必要をさとった。彼はカストロのゲリラの一員に加わるためにシエラ・マエストラに向った。
キューバ革命前夜のキューバの生活を描いており、いかにアメリカの傀儡国家に成り下がり国民が虐げられているかを
キューバの山々や農村、都会の町並み、貧困層が住む街を舞台にしながら描いていました。
今現在、なかなかキューバの映像を見ることはでませんが、
当時は街の風景はリゾート地風のおしゃれな街で、建設中の建物も多く発展途中の様にも見えました。
ローアングルでワンカット、主人公達の表情のアップ、怒り悲しみの深さが伝わる迫力の映像でした。
火の馬
あらすじ
ウクライナの南、カルパチア山地に住むペトリュクとグデニュクの二つの氏族は、何世代にもわたっていがみあいが続いていた。ある日、両家の車軸がふれあったことから、グデニュクはペトリュクを斧で殺してしまった。悲しみにくれるペトリュクの妻。しかし、敵同志であるはずの両家の子供たち、イワンコ・ペトリュクとマリチカ・グデニュクの二人は幼い時から兄弟のように遊びたわむれ、大人になったいま、互いに愛し合うようになっていた。
イワンコは母親を説きふせ、山の家にマリチカを連れて行って、二人で暮そうと考えていたが、そのためには金が必要だった。イワンコは出稼ぎに出た。
イワンコが村を去って、しばらくたった霧の深いある日、羊を追っていたマリチカは足を踏みはずし、高い崖から落ちて死ぬ。
マリチカを失い、生きる望みもないイワンコ。やがて母親は死に、家畜は売り払われ、家は崩れるにまかせられた。見かねて村人たちは美人のパラグーナをイワンコの嫁にと世話をしたが・・・
ロシア版ロミオとジュリエットというところでしょうか。
しかし、後半は主人公イワンコに訪れる不幸の連続。
ラストも救い無く終了しました。
寓話のような不思議なお話。
ただ、民族の生活と風習や音楽、踊りなど、色彩豊かで克明に描かれいて、
興味深い部分でもありました。
怒りのキューバ
ソビエトとキューバの合作という珍しい作品です。
オムニバスになっており、プロパガンダ色が強い作品です
あらすじ
○(わたしはキューバ、アメリカ人よ!)高層ビルとスラムが同居し、街は毒々しいネオンに彩られ、賭博場と夜の女が氾濫し、キューバの首都ハバナは、キューバ人のものではなく、支配者のものだった。マリアは、その歓楽街のクラブで、生活のため身を売っていた。ある日、アメリカ人観光客の一人がマリアに目をとめ名前をきいた。マリアは店で呼ばれている名前「ベティ」と答えた。その夜、アメリカ人はマリアの貧しい小屋にとまった。翌朝、アメリカ人は早々に身仕度をすますとマリアの十字架を買いたいと言った。その時、マリアの恋人で果物行商をしているルネが入ってきた。彼はそこではじめてマリアの職業を知った。「さよなら、ベティ」アメリカ人は逃げるようにして去っていった。屈辱と悲しみをかみしめるようにルネは呟いた。「ベティ?……俺は君のことをマリアだと思っていた」と。
○(だれがこたえる、これらの涙に)働いても働いても借金がふえ、いつの間にか士地は全部地主のものになりペドロはすっかり老いこんでしまった。それでも老人は砂糖キビ畑で働いていた。灼熱の太陽の下で汗をながして働く時だけ悲しみを忘れることができた。ある日、地主の使いが、「この土地はアメリカ人に売り渡した。すぐに出て行け!」という、不意な、そして残酷な命令を持ってきた。老人は、心をこめて育てた畑に、住みなれた小屋に、火を放った。炎と黒煙は老人の絶望を嘲笑するかのように天に立ちのぼっていった。
○(革命の書はインキで書かれない)ハバナ大学の学生運動家エンリケは警視総監暗殺を計画した。だが、家族と食事をする善良そうな、あまりにも平和な警視総監の姿に、ライフルの引金を引くことができなかった。しかし、家庭から一歩足をふみだし、施政者となった警視総監は一変した。アジビラを印刷していた学生を警官隊が急襲し、捕えられながら叫ぶ学生を、警視総監は、顔色一つ変えず射殺した。「闘わなければ!」エンリケは立ちあがり、校庭で集会を開いた。そしてその集会は、警察の威嚇射撃が、一羽の白い鳩を殺したことから、怒りのデモに変った。激しいデモの人垣に向つて、ホースの水が飛び、射撃の音が響き、その中でエンリケは警視総監のピストルに射殺された。しかし、革命は死ななかった。
○(マノロよ、あなたの来ることを私は知っていた)貧しい暮しではあったが、妻と子供たちにかこまれ、マノロは農民として、ささやかながら幸せな生活を送っていた。ある日、銃を待った男が、マノロの家に立ちよった。恐らく、その男はシエラ・マエストラに立ちこもったカストロのゲリラ部隊に加わるために長い道を歩いてきたものらしかった。銃を持った男の嫌いなマノロは食物を与えると、その男をすぐに追い出した。男が去って間もなく、政府軍の飛行機が現われ、爆撃を開始、マノロの家は破壊され子供は殺された。ここで初めてマノロは敵を知り、戦いの必要をさとった。彼はカストロのゲリラの一員に加わるためにシエラ・マエストラに向った。
キューバ革命前夜のキューバの生活を描いており、いかにアメリカの傀儡国家に成り下がり国民が虐げられているかを
キューバの山々や農村、都会の町並み、貧困層が住む街を舞台にしながら描いていました。
今現在、なかなかキューバの映像を見ることはでませんが、
当時は街の風景はリゾート地風のおしゃれな街で、建設中の建物も多く発展途中の様にも見えました。
ローアングルでワンカット、主人公達の表情のアップ、怒り悲しみの深さが伝わる迫力の映像でした。
火の馬
あらすじ
ウクライナの南、カルパチア山地に住むペトリュクとグデニュクの二つの氏族は、何世代にもわたっていがみあいが続いていた。ある日、両家の車軸がふれあったことから、グデニュクはペトリュクを斧で殺してしまった。悲しみにくれるペトリュクの妻。しかし、敵同志であるはずの両家の子供たち、イワンコ・ペトリュクとマリチカ・グデニュクの二人は幼い時から兄弟のように遊びたわむれ、大人になったいま、互いに愛し合うようになっていた。
イワンコは母親を説きふせ、山の家にマリチカを連れて行って、二人で暮そうと考えていたが、そのためには金が必要だった。イワンコは出稼ぎに出た。
イワンコが村を去って、しばらくたった霧の深いある日、羊を追っていたマリチカは足を踏みはずし、高い崖から落ちて死ぬ。
マリチカを失い、生きる望みもないイワンコ。やがて母親は死に、家畜は売り払われ、家は崩れるにまかせられた。見かねて村人たちは美人のパラグーナをイワンコの嫁にと世話をしたが・・・
ロシア版ロミオとジュリエットというところでしょうか。
しかし、後半は主人公イワンコに訪れる不幸の連続。
ラストも救い無く終了しました。
寓話のような不思議なお話。
ただ、民族の生活と風習や音楽、踊りなど、色彩豊かで克明に描かれいて、
興味深い部分でもありました。
まさか自分が脱線事故に巻き込まれるとはなー、まー直接巻き込まれた訳じゃないし、修正きいたから全然マシかなー。
思いもよらぬ形で甲府駅前を散策することに
電車で通過するばかりで、車窓から見えて気になっていた場所に行ってみました
駅からお城が見えるので、何かな~って思っていたら"甲府城"でした~
そこから線路を渡ると、レトロな作りのお店が
しかし、まだまだお店の数は少なく空き店舗も
また、ローター脇には信玄公の銅像
秋の味覚のぶどうや梨は、まだあまり見かけず・・・
正直、あんまりお土産屋さんもなく・・・
富士山が世界遺産になったばかりだから、これからかな~
甲府駅前から、富士山行きの路線バスっぽいのも出ていたし。
どのくらいで行けるんだろう~気になる
電車で通過するばかりで、車窓から見えて気になっていた場所に行ってみました
駅からお城が見えるので、何かな~って思っていたら"甲府城"でした~
そこから線路を渡ると、レトロな作りのお店が
しかし、まだまだお店の数は少なく空き店舗も
また、ローター脇には信玄公の銅像
秋の味覚のぶどうや梨は、まだあまり見かけず・・・
正直、あんまりお土産屋さんもなく・・・
富士山が世界遺産になったばかりだから、これからかな~
甲府駅前から、富士山行きの路線バスっぽいのも出ていたし。
どのくらいで行けるんだろう~気になる
火曜に渋谷シネマヴェーラにて、『炎628』『短編集(『殺し屋』『エレジー』『ピロスマニのアラベスク』)』を鑑賞しました
短編集(HPより)
『殺し屋 Ubiytsy』
タルコフスキーが大学時代に同級生と共同で撮った習作。原作は、アメリカの田舎の食堂にやってきた二人の殺し屋を描いたヘミングウェイの短篇小説。本人も脇役として出演している。
『エレジー Elegiya』
偉大なロシア人歌手シャリアピンに捧げた映像詩。1984年、シャリアピンの墓が、フランスからモスクワの墓地に移されることになった。再埋葬の儀式のため、シャリアピンの娘たちはソ連を訪れる。
『ピロスマニのアラベスク Arabeskebi Pirosmanis temaze』
ナイーヴ派の天才画家・ピロスマニにオマージュを捧げたセミ・ドキュメンタリー。作品中の人物を模した俳優たちがパフォーマンスを演じる斬新な試みの中に、まぎれもないパラジャーノフの映画世界が垣間見える。
シャリアピンとピロスマニの事を知らなかったので、へ~って感じで鑑賞でした。
殺し屋は、緊迫感と寂寥感を感じる作品でした。特に前半の客が一人一人入ってくるところが、ドキドキ。
『炎628 Idi i smotri』(HPより)
第二次大戦下、白ロシアの村を占領したドイツ軍は、住民達を押し込めた納屋に機関銃を乱射すると火を放ち…。徹底したリアリズムで大虐殺を描き、戦争という極限状態であらわになる人間のすさまじい残虐性をあぶり出した、悪夢のような傑作。628とは、ドイツ軍に蹂躙された村の数である。
この作品は・・・言葉に出来ないほど重い作品。
前半の、悲惨ながらも詩的で子供らしく森の美しい景色から、
教会に詰め込まれた人々を笑いながら焼き尽くすシーン。
前半は、美しい森の映像や少年の錯乱放心状態を抽象的に描き
後半は、リアルにナチスの残虐さを描いている。
主人公の少年が、ラストでは老人のようになっていく姿がいたましい。
民族粛正のもと、子供や女性が犠牲になっていき、こんな悲惨な事が繰り返されているのに
今現在でも世界のどこかで同じような事が行われている事にむなしくなった。
この作品は、芸術性からみても戦争映画としても傑作だな~、私ごときが言うのもなんだけど。
短編集(HPより)
『殺し屋 Ubiytsy』
タルコフスキーが大学時代に同級生と共同で撮った習作。原作は、アメリカの田舎の食堂にやってきた二人の殺し屋を描いたヘミングウェイの短篇小説。本人も脇役として出演している。
『エレジー Elegiya』
偉大なロシア人歌手シャリアピンに捧げた映像詩。1984年、シャリアピンの墓が、フランスからモスクワの墓地に移されることになった。再埋葬の儀式のため、シャリアピンの娘たちはソ連を訪れる。
『ピロスマニのアラベスク Arabeskebi Pirosmanis temaze』
ナイーヴ派の天才画家・ピロスマニにオマージュを捧げたセミ・ドキュメンタリー。作品中の人物を模した俳優たちがパフォーマンスを演じる斬新な試みの中に、まぎれもないパラジャーノフの映画世界が垣間見える。
シャリアピンとピロスマニの事を知らなかったので、へ~って感じで鑑賞でした。
殺し屋は、緊迫感と寂寥感を感じる作品でした。特に前半の客が一人一人入ってくるところが、ドキドキ。
『炎628 Idi i smotri』(HPより)
第二次大戦下、白ロシアの村を占領したドイツ軍は、住民達を押し込めた納屋に機関銃を乱射すると火を放ち…。徹底したリアリズムで大虐殺を描き、戦争という極限状態であらわになる人間のすさまじい残虐性をあぶり出した、悪夢のような傑作。628とは、ドイツ軍に蹂躙された村の数である。
この作品は・・・言葉に出来ないほど重い作品。
前半の、悲惨ながらも詩的で子供らしく森の美しい景色から、
教会に詰め込まれた人々を笑いながら焼き尽くすシーン。
前半は、美しい森の映像や少年の錯乱放心状態を抽象的に描き
後半は、リアルにナチスの残虐さを描いている。
主人公の少年が、ラストでは老人のようになっていく姿がいたましい。
民族粛正のもと、子供や女性が犠牲になっていき、こんな悲惨な事が繰り返されているのに
今現在でも世界のどこかで同じような事が行われている事にむなしくなった。
この作品は、芸術性からみても戦争映画としても傑作だな~、私ごときが言うのもなんだけど。