まちや小(ぐわあー)

その先を曲がったら何があるのだろう、どきどきしながら歩く。そして曲がってみて気がついたこと・感じたことを書く。

大雨洪水警報

2008年08月19日 | Weblog
一番近い気象台まで5キロ以内。
ところが、実際にデータ(警報当)を使うのは、はるか90キロも離れた所にある気象台が発表のもの。
しかも、その気象台が発表するデータの元になるところまではここから30キロ以上も離れていたうえに、そこには機材だけしかない。
さあ、これ、どっちのデータを使う?

一般的には、近い方のデータを使う。
これ当たり前だけど、アホ&おばかは人たちはそんなことはしない。
遠い方のデータを使う。なぜかというと近場の5キロは他県で遠い90キロが自分たちの県だから。
そして「警報」等が発令された時に対応なども、お金をかけた分厚い冊子を業者に作らせ、そこに&マニュアルに書いてあることをそのまま使う。だから「大雨洪水警報」が発令されても、現実には地元には雨が降らないことも多い。
ところがその逆の時(近い方からの「警報」発令時)は何もしない・動かない。
でも、実際はそっちの方が近いので「警報」&実際との精度は極めて高い。

お金でマニュアルを作る。立派な冊子が出来上がる。
そこには自分たちの考えなんて何にも入っていない。
しかも出来たら出来たで、棚の中に飾っておいたりしてある。
だから、遠い方で警報が出ていないのに、近い方の気象台発表で「大雨洪水警報」が出て、実際に大雨で道路が何箇所も冠水したりしても、いろんなところで被害が出ても、遠い方にいる人たちは、遠い方を発表を気にしている人たちは何も分かっていないから「対策本部」も作らない。
大雨になって被害が一杯出た、その時に作ったのは「近くの海岸で船が転覆したから、その船の油が流出…そのために」というとんでもない理由。遠い「まち」のことはまったく相手にしなかった。

これ、地域が「まち」の大きさ(広さ)が合併によって変わったから、そういった問題ではなく、現実を見ない・把握しない、やる気がないことに問題があるのに、自覚さえないから困る。
今までのことをチェック(確認)さえしない。

また、注意しても答はいつも同じ。
「マニュアルに書いてあるから」
「じゃあ、直したら」そういうと、
何も答えない。
そう、この人たちは自分の頭で考えたものでないから、自分たちの意見も考えもないから何も答えられないのだ。





安全協会

2008年08月19日 | Weblog
免許の書き換えで
「協会に入りますか?」
と、安全協会の受付のお姉さんに尋ねられる。
これ、毎回のこと。
そして「入りますから決算書を下さい!」と毎回云う。
これ、云うたびに受付のお姉さんは困ったように置くの方に座っている人の方に行って相談する。
で、答は「ノー!」
なので「入りません」と答える。

その理由はお金の使い道。
安全協会内での飲食(安全協会仔細の大会の飲食や記念品等)などに相当のお金を使っているから。
なので「会費を払うから、会費の使途の明細を!」というのは極めて当たり前のこと。

ところが「入りません!」ってだけで
なんで「おかしい!」って云われないのか、不思議。
ほんとに必要なところに会費が使われているとしたら、
その部分だけは払っていいのだけれど。

そのためにも免許の更新のたびに決算書を渡してほしいのだ。