[映画紹介]
まず、断っておく。
「ヒッチコックの映画術」の題名だが、
↓の本とは無関係。
原題は「My Name Is Alfred Hitchcock」で、
配給会社が勝手に「映画術」とつけただけだ。
「映画術」は、
1962年にフランソワ・トリュフォーが
ユニバーサル・スタジオの会議室で行った、
ヒッチコックへのインタビューが収録された本。
インタビューは1週間以上、
録音テープは50時間分に及び、
本書はその音源を書き起こし、
莫大な量の写真とともに
ヒッチコックのテクニックと映画理論を解説しており、
ヒッチコック研究のバイブルとなった。
特に、「サイコ」のモテル裏の屋敷での
階段シーンでのカメラの移動のさせ方など、
なるほど、そこまで考えてやっているかと、
驚倒したものだ。
そして、この本「映画術」の正統的映画化は
既になされている↓。
この映画は、
あの伝説的インタビューの録音音声を素に、
その非凡な撮影法や演出法を
書籍では不可能な動画を使って検証していく内容。
脚本、撮影、カメラワーク、照明、編集などを
丁寧に分析、解説。
監督はケント・ジョーンズ。
それと共に、マーティン・スコセッシ、デヴィッド・フィンチャー、
ウェス・アンダーソン、ポール・シュレイダー、黒沢清ら
10人超の監督がヒッチコック映画の魅力を語る。
とにかくトリュフォーのヒッチコックに対する尊敬の念が
半端ではない。
無声映画時代を含め、
ヒッチコックの全作品を観て、
細かい部分まで詳細に記憶し、分析し、
技法に対してポイントを外さない質問をし、
その質問の的確さを喜ぶヒッチコックが
鷹揚にユーモアを交えて答えていく。
インタビュアーとしてのトリュフォーの引き出し方が完璧だ。
二人の間の師弟ともいえる関係が麗しい。
映画の題名は「ヒッチコック/トリュフォー」で、
「映画術」という言葉は使われていない。
元々「映画術」そのものが、
書籍の原題(「Hitchcock/Truffaut」)ではなく、
日本の出版社がつけたものなので、
映画配給会社は、
映画の原題(これも「Hitchcock/Truffaut」)を尊重して、
その名前を付けるの避けたのだと思われる。
そこへ、本作はぬけぬけと「映画術」と付けた。
しかも、似ても似つかない内容で。
映画批評の役割は二つ。
「観た方がいい映画と観なくていい映画」を峻別して
読者に提供すること。
もう一つは、埋もれた良い映画を掘り起こして紹介すること。
本ブログでは、「批評」や「感想」ではなく、
「映画紹介」と謙虚に表記しているが、
その映画批評の姿勢は貫いているつもりだ。
だだ、悪い映画は紹介しない。
というのは、
わざわざ映画の観客を減らすようなことはしない、
という基本姿勢があるからだ。
だが、たまに、
「こんな映画は観ない方がいい」
と警鐘を鳴らしたくなる作品が時々出て来る。
本作「ヒッチコックの映画術」がそれ。
1922年の初監督作「第十三番」から
100周年にあたる2022年に企画された
英国発のドキュメンタリー。
監督は「ストーリー・オブ・フィルム111の映画旅行」のマーク・カズンズ。
サイレント時代の初期作品の映像をふんだんに使用しているのはいいが、
「逃避」「欲望」「孤独」「時間」「充実」「高さ」
という6章構成がまず意味不明であるだけでなく、
深く踏み入ったとはいえない。
なにより、
語り手がヒッチコックであるということが問題。
もちろん故人であるから、
本人であるはずがなく、
物真似が得意な俳優アリステア・マクゴーワンがナレーションを務めている。
だが、“ヒッチコック自身が語る”テイで作られているのは、誤解を与える。
ヒッチコックの著作から引用しているのなら
まだ許せるが、
語る内容は、マーク・カズンズの偏った独断、
もっといえば「ご託宣」の内容に過ぎない。
そのご託宣をヒッチコックに語らせるとは、
どうかしている。
いや、あくどいと言った方がいい。
そして、素材が少ないせいか、
ヒッチコックの同じ画像が何度も使われる。
ヒッチコックの写真などいくらでもあるのに、
集める努力さえしていないとしか思えない。
ヒッチコックが語るとされるナレーションも
ユーモアのかけらもない。
監督は「ヒッチコック劇場」のユーモアあふれる解説を
観ていないのだろうか?
なによりヒッチコックに対するリスペクトが感じられない。
これが一番問題だ。
非凡な監督の手法を分析するには、
この監督は平凡すぎた。
いや、平凡以下の“才能なし”だ。
ただ、本作を観て分かるのは、
ヒッチコックという人は
俳優に恵まれていたんだな、ということ。
イングリッド・バーグマン、
ジェイムズ・スチュアート、キム・ノヴァク、
ジャネット・リー、アンソニー・パーキンス
ケーリー・グラント、グレース・ケリー、
モンゴメリー・クリフト、ショーン・コネリー
ドリス・デイ、ヘンリー・フォンダ、
ティッピ・ヘドレン、エヴァ・マリー・セイント、
ポール・ニューマン、ジュリー・アンドリュース、など
きら星のごとくスターたちがヒッチコックの映画には登場するのだ。
それも若い頃の。
それだけは眼福だった。
5段階評価の「2」。