[書籍紹介]
藤沢周平が直木三十五賞を受賞した少し後の短編集。
1973年発表のものが1本、
74年のものが2本、
75年のものが3本、
76年のものが2本。
他の短編集に収録されたものが多い。
武家ものと市井ものが半々の構成。
恐喝
竹二郎は、ゆすりたかりで飯を食っているやくざ者だ。
今は結城屋の若旦那を、借金返済の催促で脅している。
若旦那が借金の形に連れてきた女は、
足を痛めた竹二郎に肩を貸し、
手当をしてくれた女・おそのだった。
おそのを見ると、竹二郎の胸には、
幼い頃自分を庇ってくれた従姉おたかの姿がよみがえる。
おそのだけはどうしても救いたくなり、
竹二郎は、体を張って助けるが・・・
入墨
お島の営む一杯飲み屋の前に
一人のみすぼらしい格好の年寄りが立つようになった。
お島を売り飛ばし、女と行方をくらました父親だった。
妹おりつは、物心つく前にいなくなった父親の姿を見て、
哀れだと思い、店に入れて酒を飲ませるようになるが、
お島は反対する。
島送りから帰ってきた姉の昔の男がやってきた。
お島をゆする男の前に立ちはだかった父親が・・・
このことを通じ、
父親がどんな暮らしをしていたかが分かって、悲しい。
潮田伝五郎置文
潮田伝五郎は、伊沢勝弥との果し合いに決着がつくと、
自らの腹に刀を突き刺した。
河原に二個の骸が残り、母の元に伝五郎の書き置きが残る。
その置文で、それまでの経緯が語られていく。
伝五郎には、少年の頃から女神のように崇拝した女性・七重がいた。
七重が嫁いでも、恋情は変わらなかった。
しかし、その七重に醜聞の噂が立つ。
その名誉を守るために、
伝五郎は、井沢勝弥と剣を交えたのだ。
しかし、最後に、皮肉な結末が。
七重の心には浮気相手の勝弥が生きており、
伝五郎の行為に恨みを抱いていたのだ。
穴熊
夜逃げした経師屋の娘お弓を探す博徒の浅次郎。
女を売っている場所で、お弓に似た女性と会う。
しかし、別人で、武家の者だと感じ、素性を知りたがる。
いかさま賭博で損をしてしまった浅次郎は、
仕返しのため、浪人・塚本伊織を誘い、
賭場のいかさまを暴いて大金をせしめる。
実は、塚本の妻が、あのお弓に似た女で、
病気の子どもを抱えての生活苦を助けるつもりだったのだ。
しかし、金が入ったのに、あの女はまだ男に身を売っている。
そして、夫の塚本は・・・
冤罪
堀源次郎は、部屋住みの身で、
散歩のたびに庭で畑仕事をしている娘を見るのを楽しみにしている。
しかし、ある日、娘の家は材木で釘付けにされていた。
父親は死に、娘は行方不明だという。
源次郎の耳に、
娘の父親が藩金横領の咎で腹を切ったという噂が入った。
不審に思った源次郎は、真相解明に動き、
娘の父親が冤罪で殺されたことを突き止める。
しかし、真相が表に出ることはなかった。
苦い思いの源次郎の前に、あの娘が現れて・・・
暁のひかり
壺振りの市蔵は、町で一人の娘と出会って、
かたぎになろうかと思う。
その少女・おことは病から立ち直ろうと必死に闘っていたのだ。
しかし、娘に絡んだ男をぶちのめしたことから、
逆におことに恐れられてしまう。
やがて、おことが死んだことを聞いた市蔵は、
前から誘われていたいかさまに手を染めるが・・・
遠方より来る
足軽の三崎甚平の家に、一人の男が訪ねて来た。
はるか昔、大坂冬の陣で敵の首を獲ったおり、
証拠の見届け書き付けを書いてくれた曾我平九郎だ。
見届け書は奉公の役に立たなかったため何の義理もない男だったが、
言い出せず、平九郎は図々しくも居候を始めた。
甚平は、平九郎の仕官の道を探って苦労するが・・・
突然やってきたそれほど親しくもない男に、
図々しく居候されて戸惑い、
小さな諍いを始める家族の様子がユーモラスに描かれ、
胸に残る。
雪明かり
高禄の家に婿入りし、
禄の低い実家との交流を絶たれる菊四郎。
血のつながらない妹・由乃の嫁ぎ先での不遇をほっておけなく、
手を差し延べた時、姑と許婚者から非難を受ける。
最後に兄がした決断は・・・
血のつながらない妹との愛情を描く、心に残る作品。
江戸時代の市井の人々や下級武士の、
悲喜こもごもを描いた短編集。
歴史的な事件や有名人物とは無縁の物語。
それだけに、江戸時代に生きた人々の
価値観や人生観や情感がにじみ出る。
他の本を読んでいる中、
藤沢周平の作品に触れると、
ああ、こういう物語を読みたかったんだ、
とほっとする。
そういう意味で、
時々立ち戻りたくなる藤沢周平の世界だ。