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10月1日(金)タバコ大幅値上げ

2010-11-08 20:23:39 | ★⑤★レンタルDVD映画の記録
10月1日(金)タバコ大幅値上げ

今日の話題の筆頭は国際情勢でも政局でもない。何といってもタバコの大幅値上げであろう。怪我の功名と言おうか小生は去年の入院が切っ掛けで、60年余り付き合っていたタバコをきっぱり止めることが出来て幸いだった。

愛煙家は昨日の夜まで値上げ前の買いだめに走る風景が見られる一方で、大幅値上げを機会に禁煙に踏み切ろうと決意を固めた人も多かったようである。でもタバコと縁を切るのは簡単ではないと言う。自分の場合はもともと吸う本数が少なかったうえに、病院ではタバコを吸うことができないので、強制的に禁煙させられたわけであるが、たいした抵抗もなくすんなりやめることができた。

しかしヘビースモーカーの中には自分の決意だけでは止めることが出来ず、医者の助けを借りて悪戦苦闘している人もいるようである。処方された薬を医者の指示通り継続して服用すること自体がかなりの忍耐を必要とするらしく、途中で脱落する人も多いそうだ。経験者の話では吐き気を催すことがあるらしい。

今度の値上げは税収目当ての小幅値上げと違って、税収は減っても国民の健康が大事だという政策に梶を切り替えたのだろう。紀元前から中央アメリカのインディオが吸っていたと言われるタバコは南蛮船によって日本に伝えられ、天正年間(1573-92)ころには喫煙習慣の端緒が開かれたと言う。それから400年あまり経った今喫煙は健康の敵と考えられるようになり大きな転機を迎えようとしている。

タバコの功罪を論じたら切がないけれども、百害あって一利なしといわれる喫煙だからこの世からなくなった方がいいのだろうが、人間は有史以来戦争をやめられない愚かな存在だから、いくら値段が上がっても喫煙者はなくならないのかもしれない。1年後ぐらいに調査したら果たして何㌫ぐらい喫煙者が減っているだろうか。


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10月2日(土)失われた信頼

大阪地検特捜部は予測どおり組織ぐるみの不正をしていたようである。その容疑が濃くなったから最高検は大阪地検前特捜部長の大坪弘道容疑者と同副部長の佐賀元明容疑者逮捕に踏み切ったのだろう。二人は先に逮捕された前田検事がフロッピーディスクを改ざんしたのを知りながら、データの改変を故意ではなく過失であるように事実をすり替える隠蔽工作をした容疑である。

真実を追究し不正を暴き正義を貫く助けをする立場の特捜部のトップ二人が不正を働いていたとは開いた口がふさがらない。取調べに当たっている最高検が「国民の皆様に深くお詫び申し上げます」と頭をさげて済む問題ではない。失われた信頼はあまりにも大きい。

東京・大阪・名古屋の3箇所にしかない特捜部は、権力中枢部の犯罪など重大な事件に切り込むために設けられた組織である。捜査権と起訴権を同時に持つ強大な権限がありロッキード事件やリクルート事件などを手がけてきた。

そのような強大な組織そのものに今回の不正を生む原因があったとすれば、特捜部を一度解体して不正を生まない組織に改変する必要がある。9月24日の本欄でも指摘したように、見立て捜査とそれに沿う証拠集めは日常的に行われている。そして集めた証拠が見立てに合わなければ、何とか辻褄を合わせようと言う誘惑に駆られる。前田検事はその誘惑に負けてFDのデータを改ざんした。

本来ならば上司である副部長・部長がデータ改ざんの疑いが出た時点で、証拠の洗い直しと命じるべきだった。それなのに直属の上司である副部長も部長も身内の恥を外部に曝すまいと体面を繕うことに走り、地検トップと次席にうその報告をしたのだから悪質である。

地に落ちた検察の信頼を回復するために検察組織の改変は避けて通れないだろう。その際はぜひ組織外部にいる第三者の意見も参考にして不正を防止できる組織を構築して欲しい。


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10月3日(日)敬老乗車証

仙台市が高齢者用に発行しているカード式の敬老乗車証の色が10月1日から変わった。従来は男女とも濃い青の地に水玉模様をあしらった磁気カードであったが、今度は男がグリーン、女が濃い紫の地色になった。市から特段の説明はないけれども、不正使用防止の目的があるようだ。

カードにはその人の生年月日、名前などが印刷されているけれども、地下鉄もバスも機械が読み取る方式なので他人が借りて使用しても咎められることはまずない。それに付け込んで本来なら料金を払って乗車しなければならない人が他人のカードでただ乗りしていたのだろう。

その損害がいくらになるか知らないが、万年赤字の市営交通機関にとっては無視できない金額に違いない。男女の色を変えれば、少なくとも女が男のカードを借りる、あるいは男が女のカードを利用することが難しくなる。それでも運転手のそばを通る必要がない地下鉄では効果がないかもしれない。だが周囲の目があるから無言の圧力にはなるだろう。

それでは同じ性の人同士で他人のカードを利用した場合はどうか。これは機械はもちろん人間の目でも不正を見破ることは難しい。不正使用がなくならないのは悲しいことであるが、そこは使用者の倫理観に頼る以外にないだろう。

残された方法として顔写真入りのカードにして抜き打ち的に検査する手が考えられる。そうすれば不正使用はぐっと少なくなるに違いない。しかし、そこまで人間を信用しない仕組みを導入するのはどうかと思う。寝たきり老人の名前で申請して取得したカードを意図的に不正使用するようなケースはなくならないだろうが、交付を受けた本人の自覚と家族の協力があれば不正使用の大半は防げるはずだ。


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10月4日(月)モクセイの花

庭がキンモクセイの清澄な香りで満たされている。今日のように曇りか小雨の日にはなおさら濃い香りが漂う。空気がよどんで香りが拡散しないからだろう。春先のジンチョウゲの香りも好きであるが、何となくまとわり着くような媚びるような香りであるのに対して、キンモクセイの香りはさらりとして清々しくいかにも秋の空気になじむ。

モクセイは漢字で木犀と書く。木肌が動物の犀の皮膚に似ているからだと言う。原産地の中国では桂花または九里香とも言われている。後者は香りが九里四方にまで匂うという意味である。確かにいい香りで遠くまで匂うから自分の庭に植えていなくても風に乗って流れてくる香りを楽しむことが出来る。

西宮に住んでいたとき阪急電車の駅までの途中にキンモクセイを刈り込んで生垣にしたお屋敷があった。花の時期には辺りがすっぽり花の香りに満たされた。しかし集団で発する香りはあまりにも強烈で辟易したのを覚えている。

桂花茶と言ってこの花の香りを中国茶に移したものがあるらしい。お茶で楽しめるなら紹興酒に入れても良いのではないかと思って試したことがあるけれども、思ったより香りもしないし失敗であった。あの香りを封じ込めようなんて考えないで、自然の花の香りを楽しんだ方がよさそうだ。


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10月5日(火)小沢氏強制起訴

小沢一郎・元民主党代表が強制起訴されることになった。容疑は政治資金規正法違反(虚偽記載)である。検察は小沢氏本人から何度も事情聴取をしたが起訴を見送った。それを一般市民で構成する検察審査会が2度目の決議で強制起訴に持ち込んだのである。

これによって今後は法廷で黒白が争われることになる。結論が出るまでには長い時間がかかるだろうが、もやもやした部分を洗い出し胸のつかえが取れるような結論を導き出してもらいたい。

小沢氏は疑惑を真っ向から否定している。政治資金の動きはもらさず記載しており、かつ公表していて何らやましいことはないと主張してきた。しかし公の場で納得できるような説明は一度もしていない。本人は鳩山前代表とともに幹事長を辞任したことで「政治とカネ」の問題に責任を取ったつもりでいたのだろうが、国民の目は厳しかった。

その結果、市民の判断によって政治家が強制起訴される初めてのケースとなった。このことは裁判員制度で市民が裁判に参画できるようになったことと合わせて画期的な出来事である。検察が起訴に踏み切れない事件でも、国民の目線で見て納得できなければ検察の壁を越えて起訴できることの意義は大きい。

強制起訴と言う今回の決定を受けて、小沢氏は法廷で徹底的に争う姿勢を見せているが、今後の身の振り方はどうするのだろう。周辺がとやかく言うよりも、党にとどまるのか離党の道を選ぶのか、国会議員を続けるか否かを含めて最終的には本人が決めることである。しかし、野党にとっては格好の攻撃材料であり民主党はまた新たな難問を抱えることになった。


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10月6日(水)ゼロ金利復活

日銀がゼロ金利を復活した。小生はお金とは縁が薄いので直接の影響はないけれども、これで少しは景気が上向くのだろうか。家を新築しようとする人や運転資金を必要とする企業はお金を借りやすくなるから、確かに景気刺激にはなるだろう。

日銀はそのほか物価が安定するまでこの政策を続けることと、5兆円規模で金融機関から国債や社債を買い上げることも同時に明らかにした。このことで暫くは低金利のお金を安心して借りられるし、株や不動産が値上がりして投資意欲がわくと言う効果も期待できる。

日銀がこのような包括的金融緩和策を打ち出したのは、それだけ日本経済が危機的状態にあると言うことに外ならない。円高圧力、輸出不振、企業の海外逃避など企業を取り巻く環境の悪化、そのとばっちりを食って失業者の増加、就職難、消費の低迷と悪循環に陥っていた。

その流れを何とか食い止めて、緩やかな成長路線に乗せようとするのが日銀の狙いであろう。しかしその目的は政府の景気刺激策、とりわけ来年度予算編成と密接に連動してこそ効果が期待できる性質のものだと思う。

もう一つ世界的に観れば、ドルを機軸とするアメリカ、ユーロ圏のヨーロッパとも景気浮揚・輸出振興策としてドル安・ユーロ安を目指している状況下では、円買いが持続する傾向は収まらず、したがって円高、輸出不振など日本経済の足かせは容易に外せないような氣がする。

日銀は打つべき手は打った。あとは民間の奮起を期待すると言いたいのだろうが、しがない年金生活者は情けないことに何も出来ず指をくわえて見守るしかない。


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10月7日(木)日本人2氏にノーベル賞

日本人の化学者二人がノーベル賞に輝いた。鈴木章・北海道大学名誉教授と根岸英一・米パデュー大学特別教授である。日本人のノーベル賞受賞者はこれで18人になる。

「有機合成におけるパラジウム触媒クロスカップリング」の業績が評価されたものだという。そう言われても何のことやらまったく分からないが、平たく言えば炭素同士を効率的に結合させる方法の一つだそうだ。まだよく分からない。多くの有機化合物の骨格は炭素の結合によって出来ている。その骨格を作るための合成方法に根岸さんが亜鉛化合物やアルミニウム化合物を使う方法を考案し、鈴木さんがそれを汎用性の高い形に改良し実用化に結びつけた。

その結果、多くの医薬品や農薬がこの方法の応用で作り出され、いまやテレビの主流になった液晶テレビに欠かせない液晶生産にも使われている。このように両氏の業績は応用範囲がきわめて広いのが特徴で、世界中の化学メーカーが恩恵を受けている。

お二人に心から「おめでとうございます」と申し上げたい。昨夜から今朝のかけてお二人の喜びの声を聞いた。根岸さんは「ある目標を立てそれに向かって50年も努力すればたいていの夢は叶う」と喜びの中にも努力継続の大切さを説いた。鈴木さんもアンビリーバボーと素直に喜びを語ると同時に「資源がないわが国で世界に貢献するには頭を使うこと以外にない」と指摘し、独創的な後継者が続くことに期待を寄せられた。

確かにお二人の業績は1970年代のお若いうちに確立されたもので、このところ若い日本人による世界の注目を集める研究が少ないのではないかと危惧しておられるのかも知れない。お二人の受賞が刺激になって未来のノーベル賞候補者が続々あとに続くことを期待したい。


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10月8日(金)イチジクとアケビ

果物屋やスーパーの果物売り場にイチジク、アケビなど季節の果物が並んでいる。懐かしいから買おうかとも思うが値段を見て諦める。それほど高いのである。イチジクは庭の木でどっさり採れたし、アケビは山でただで手に入れるものだった。

イチジクは完熟すれば生で食べるのがおいしいが、砂糖を加えて甘く煮たもの、あるいはジャムに加工したものもうまい。イチゴと同じように噛めばプチプチと種を感じる。もぎ取ったときに出る白い液は皮膚に出来たイボを取る特効薬である。おそらくイチジクに含まれるたんぱく質消化酵素が効くのだろう。

イチジクはクワ科の落葉中高木でアラビア半島南部が原産地といわれる。有史以前から栽培され紀元前14世紀以前にはフェニキア人の交易ですでにギリシャに伝わった。そこを拠点としてヨーロッパ各地に広まり聖書にも出てくる楽園の植物として親しまれるようになる。

日本へは中国経由とヨーロッパから直接の2ルートで徳川時代初期に渡ってきた。アメリカに伝わったのも同じころである。

一方アケビはほとんどが野生のものであろう。表皮が茶色のものと紫のものがある。たまに長さか15cmほどもある巨大なものを見かけるが、あれは栽培ものだろうか。種を多く含んだ半透明の果肉は甘くて食用になるが、調理して食べるならむしろ表皮の方が量もあるしうまい。

果肉を食べたあと表皮の汚れを取り、短冊状に切ったものを油炒めして味噌で味を調えたものはほろ苦くて酒の肴にもってこいだ。また挽肉とタケノコ・シイタケ・クルミなどのみじん切りに味噌を加えて練ったものを皮に詰め、口が開かないように楊枝でとめるか糸で縛ってからフライパンに並べて焦がさないように蒸し炒めしたものは立派なご馳走になる。


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10月9日(土)劉氏へノーベル平和賞

ノルウェーのノーベル賞委員会は今年のノーベル平和賞を獄中の中国人権活動家・劉暁波(リウシアオポー)氏に贈ると発表した。まだ言論の自由が実質的に認められていない国で、弾圧をものともせず人権擁護の論陣を張った劉氏の業績を評価したもので、普通の国なら国を挙げて喜ぶはずなのに、やっぱり中国の反応は違っていた。

中国外務省は授与は「平和賞を汚すものだ」と激しく反発し、ノルウェー大使を呼びつけて両国関係を悪化させると抗議した。中国にしてみれば犯罪人に平和賞とは受け入れ難いのだろうが、ノルウェーという国まで非難するのは行き過ぎだろう。

ノーベル平和賞はノルウェー政府が決めるものではない。ノルウェー議会内に設置された政府の息がかかっていない独立の委員会が選考して決定するものだから、ノルウェー政府を攻撃するのは筋違いである。ましてや制裁措置をちらつかせて脅すとはもってのほかだと思う。

中国在住の中国人初のノーベル賞対象者が中国の法律を犯した罪人だと言うことに、中国政府が反発する気持ちは分からないでもないが、中国に注がれる世界の目は違うと思う。「まだ中国は言論統制をしないとやっていけない国なのだ」というマイナス評価につながるるのではなかろうか。

中国の憲法は言論・報道・集会・デモなどの自由を認めている。けれども国家体制を危うくするような言論や報道の自由は厳しく制限されている。そうでもしないと一党独裁政権を維持できないのかもしれないが、思想の面でも「改革解放」を推し進めないと、本当の意味での大国にはなれないような気がする。

劉氏へのノーベル平和賞授与決定は、中国政府に対してその決断を促すシグナルを送ったものでもあると言えよう。


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10月110日(日)紅葉の季節

そろそろ紅葉のシーズンである。標高が高い山ではもう見ごろを迎えたところもあるようだ。樹種にもよるが紅葉は高いところから始まり徐々に里へ降りてくる。地域的に言えば桜前線と反対に北から南への道をたどる。書斎の窓から見える裏山の木にも色づいてきたものがある。早いのはヤマザクラのようだ。

日本の紅葉ほど美しい紅葉は他にないといわれる。紅葉の季節に外国旅行をしたことがないので自分の目で確かめたことはないけれども、写真やテレビの映像で知る限り黄色なら黄色一色で変化に乏しいようである。日本の紅葉が美しいのは多様な落葉広葉樹がモザイク状に生えていて、それぞれ違った色を見せてくれるからだ。

日本人はむかしから紅葉を楽しんできた。春の花見と並んで紅葉狩りは秋の行楽の重要な要素である。仙台近郊にも紅葉の名所がたくさんある。名所とまで行かなくても街路樹など歩いて楽しめるところなら仙台市内至るところにある。ケヤキ・トウカエデ・ユリノキ・イチョウなど時期を変えてさまざまな色彩を見せてくれる。松の緑と断崖に生えているカエデの赤が美しい穴場は仙台城址裏の辰ノ口である。車で通り過ぎたのではあっという間であるが、徒歩で断崖をまたぐ橋の上から眺めると絶景である。

秋になると葉が色づく過程は大別すると二通りある。一つは気温が下がると葉柄基部に葉を落とすための離層ができ、葉で合成された糖類が枝の方に移動できなくなって葉に蓄積される。それがアントシアンやフラボン酸化物になって紅色を発色するのである。

もう一つは落葉前に葉緑体のクロロフィルが分解されて葉の緑が消えてしまうために、残ったカロチノイドの色が現れて黄色になる仕組みである。その代表的なものはイチョウである。

紅葉をちゃっかり商売に結びつけることも行われている。安芸の宮島土産の「紅葉饅頭」が代表的なものだろう。また季節限定で赤や黄色のカエデの葉のてんぷらを売り物にしているところもある。

9月21日(火)キイロスズメバチ

2010-11-08 20:22:29 | ★③(は)お父さんの閑話365日(転載)
9月21日(火)キイロスズメバチ

今年はキイロスズメバチの姿を見ないと昨日書いたところ、今朝のNHKテレビがそれに関連したことを報じていた。それによるとキイロスズメバチはこれからが繁殖シーズンで攻撃的になるので注意が必要であることが第一点。第二に餌となる昆虫や甘いものなどが容易に手に入る住宅地への進出が目立つこと。そして場所にもよるが今年は猛暑の関係で出現が減ったところもあることが特徴だと言う。

わが家の近辺でキイロスズメバチが減ったのは例年にない暑さで巣の中の温度が上がり、幼虫が死滅したことと関係があるようだ。巣の中の温度が37℃を越すと幼虫は死んでしまうらしい。

キイロスズメバチに襲われそうになったときの対処方法も参考になった。慌てて逃げたり追い払おうとしないで身をかがめて静かにする。キイロスズメバチは動くものに敏感に反応するから、低い姿勢でじっとしていれば飛び去る。その隙に危険な場所から遠ざかればよい。

万一刺された場合は逆に一目散に屋内など安全な場所まで逃げる。なぜかと言うとキイロスズメバチは一刺しと同時に仲間を呼び寄せるフェロモンを出すので、もたもたしていると集団で攻撃されるからだと言う。安全な場所まで逃げたら刺された針の穴から毒液を指で絞りり出してからお医者さんに診てもらうのが賢明だと言う。毒液を口で吸い出そうとするのはもし口内に傷がある場合危険だからしない方がいい。

秋の行楽シーズンを迎え、ハイキングなどでハチに遭遇する機会が増えるから、慌てないで対処する方法を覚えておくと役立ちそうだ。


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9月22日(水)中秋の名月

今日は中秋の名月だが天気が悪くて観られそうもない。予報で今日の天候を知っていたので昨夜街に出た序に一日早いお月見をした。少しいびつで傘をかぶった月であったが、頭の中で形をまん丸に補正し、輪郭をぼやけさせている傘を取り払って、煌々と輝く月を観た。

中秋の名月は旧暦8月15日の月である。都会では月見だんごとススキの穂を供えて月見するのが一般的な慣わしとなっている。しかし農村部では稲の収穫祭と祖霊祭祀が結びついた行事を行うところが多い。

また「芋名月」の別名があるように本来は里芋など芋類の収穫祭だったようである。稲作が普及する前の日本人の主食は芋類だったから、こちらの方が稲を結びついた月見より歴史は古い。仙台近辺では里芋や栗を供えることが行われているので、古い形態の名残を引きずっているようである。

子どものころの記憶をたどってみると、月の光が差し込む縁側が月見の舞台だった。ススキの穂を飾るのは今と同じであるが、お供え物は手に入るものは何でもという感じであった。

茎と葉の部分を切り落とした親芋と小芋が主役だったことは言うまでもないが、そのほかにサツマイモ、ブドウ、ナシ、クリなど秋に出回る産物を何でもお供えしていた。月見だんごの記憶がないのは、わが家ではその習慣がなかったのではないか。

種が多くて酸っぱいブドウ、仙台近郊で採れる古いタイプの長十郎ナシ、小粒で虫食いが多いヤマグリなどの味が記憶の中に蘇る。


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9月23日(木)おお寒い

今朝目覚めてびっくり。この信じられないような寒さは何だと思った。ガラス窓の内側の障子を開けるとガラスが冬と同じように結露していて外が見えない。結露は外気が冷え込んでいる証拠である。市街地より標高が高い場所とはいえ、仙台市内でこの季節これほど冷え込むことは珍しい。天気予報によると日中の気温は14℃までしか上がらないという。10月を飛び越えて11月上旬の気温ではないか。

この急激な寒気は、本州南岸に停滞する前線に向かって北の高気圧から一時的に冷たい空気が流れ込んでいるためで、また平年並みの気温に戻るそうだが、風邪をひいてはたまらないので慌てて厚着した。どうやら今年の冬は日本列島に寒気が押し寄せるらしい。

そのメカニズムはよく理解できないが、何でも南米の赤道付近の海水温が低く、そのために暖かい海水温が西に偏る。そこで発生した空気の流れが北極圏に存在する高気圧のを発達を促し、巡り巡って冷たい空気が日本に向かって吹き込むらしい。

空気は地球をすっぽり包み込んでいるから、南半球で起こった海水温の変化が世界規模で気候の変化をもたらすことは理解できるけれども寒い冬は苦手である。冬が寒ければ暖房にカネがかかる。わが家では灯油で暖房しているが、その灯油の値段が高くなる傾向にある。

それは周辺諸国の暮らし向きが豊かになるにつれて灯油の需要が増えているためで、特別な事情の変化がない限り高値傾向は続くと見なければならない。宮城県内の標準的な今冬の小売価格は18リットル当たり千4百円台になるらしい。昨日から雨粒を撒き散らしている灰色の空を見上げながら、今日は朝から憂鬱な気分である。


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9月24日(金)検事の改ざん

大阪地検特捜部の前田検事が押収したフロッピーディスクのデータを改ざんした疑いで逮捕された事件は、どうやら大阪地検上層部を巻き込んだ組織ぐるみの犯罪の様相を帯びてきた。前田検事は逮捕後テータを「誤って書き換えた」としていた供述を翻し「故意にデータを改ざんした」と認める趣旨の供述を始めたという。

だいたいFDのデータを「誤って」書き換えるなんてことはまずあり得ない。前田検事はFDを扱ったことがある人なら誰だって知っているこの常識に反する供述をししたこと自体意図的である。その直属の上司だった大坪前部長もデータ改ざんのうわさが出たとき「意図的な変更は考えられず問題ない」と上部に報告している。したがって返却された問題のFDは精査されることはなかった。

呆れるのは動かぬ証拠を積み重ねて事件の真相に迫るはずの検察が、身内の問題はろくに調べもしないで闇から闇へ葬り去ろうと言うその姿勢である。うわさにせよ改ざんの疑いが提起されたら、内部のことであってもそれを徹底的に調べるのが検察本来のあるべき姿であろう。

もっと遡って言えば、前田検事がFDのデータ改ざんをしてまで郵政不正事件に執念を燃やしたのはなぜかと言う問題が浮上してくる。前田検事の頭の中には「厚生労働省の村上元係長の単独犯行とは考えにくい、上司も絡んでいるに違いないし、大物政治家も介在している」というストーリーが出来上がったのかもしれない。

その予断を元に事件を立証するための証拠集めが進められ、厚生労働省元局長の村木厚子氏逮捕まで行き着いた。しかし村上元係長が作成したFDの最終更新日時が村木元局長の指示と符合しないことが分かった。そこで前田検事が考えたストーリーに矛盾なく合わせるためにデータ改ざんに走ったのだろう。

このようなやり口はもとより邪道で許されることではない。それを上司まで容認したとあっては組織ぐるみの隠ぺい工作、犯罪と言われても申し開きできないのではないか。検察の威信地に落ちたりである。同じ穴のムジナに頼るもどかしさはあるが、最高検の徹底的な事件解明を期待する。


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9月25日(土)中国人船長釈放

那覇地検は公務執行妨害の疑いで逮捕・拘留中の中国漁船船長を拘留期限が切れる前に処分保留のまま突然釈放した。釈放の理由を那覇地検は「わが国国民への影響と今後の日中関係を考慮」した結果だと説明した。でも日本が中国の圧力に屈した印象が強く、何とも釈然としない幕引きである。

いったい今回の決定は地検独自の判断だったのだろうか。検察当局が公務執行妨害で逮捕した人間を起訴できないと判断したから釈放すると言うなら話の筋は通る。その判断の背景に今後の日中関係という政治判断を絡ませるのは検察のあり方としては邪道だと言わざるを得ない。

唐突な釈放の裏には那覇地検に対する政府の働きかけがあったような気がする。レアアースの輸入が断たれれば産業界は大打撃を受ける。中国要人の日本訪問が相次いで取りやめになった。中国側の規制緩和で増加傾向にあった観光客が途絶えた影響もばかにならない。河北省石家荘市で拘束されたゼネコン社員のことも心配である。日本からの上海万博訪問団は土壇場で拒否された。

あれやこれや考えると巡視船の損害が軽微だったこともあるし、この際船長釈放でギクシャクした関係を修復できるなら安上がりだと、政府が那覇地検を動かしたのではないか。いわば政府は表面に出ないコスイやり方だ。

しかしこれで一件落着と行くだろうか。一筋縄ではいかないのが中国である。中国は船長の拘束は不当だと言う主張を繰り返し損害賠償を請求すると言っている。事件発生以来矢継ぎ早に発動した日本に対する制裁措置を解除する動きも見られない。むしろ国民の支持を背景に暫くは日本バッシングを続けるのではなかろうか。

あやふやな態度で尖閣諸島が日本固有の領土であると言うことまで揺らぐことがあってはならない。日中関係は極東全体の安全保障の構図の中で、中国を牽制しながら辛抱強く再構築する以外に道は開けないようだ。中国はアメリカと仲良くしようとしている。日本もアメリカの力を上手に日中関係に利用する外交努力も必要だと思う。


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9月26日(日)行商

むかしはたくさんあった行商がめったに見られなくなって久しい。子どものころは毎朝納豆売りや豆腐売りが来た。納豆売りは「なっと、なっとう」と声を張り上げ、豆腐売りは「とーふー」と聞こえる真鍮製のラッパを吹いて客を集めた。

納豆は今みたいな化学製品の容器に入ったものではない。ワラで作った「つと」か経木で三角形に包んだものだった。豆腐は器を持って買いに行った客の求めに応じて一丁単位で売った。豆腐のほかに同じ店で作る油揚げも商っていた。

リヤカーを曳いた野菜の行商、魚の行商もあった。仙台特有のものとしては、中を何段かに仕切った縦長の籠をリュックのように背負ってやってくる「おばちゃん部隊」も居た。仙台市郊外の名取川河口に開けた閖上(ゆりあげ)漁港の漁師のおかみさんたちが、水揚げされたばかりの鮮魚や焼き魚を持って来るのだった。

行商は食べ物ばかりではない。今はトラックに積んでスピーカーで宣伝するのが普通になった物干し竿売りも、かつては肩に担いだり荷車に積んで本物の竹竿を売り歩いた。ステンレスや鋼製の竿を売っているのに、スピーカーから流れる売り声が「竹やー、竿竹。竿竹、布団竿」とむかしの真似をしているのは滑稽である。

煙管掃除や羅宇(らう)すげ替えの行商もあった。戦前はキセルで刻みタバコを吸う人が大勢居たので成り立った商売だったのだろう。このようなむかしの商売を思い出したのは、数日前珍しく行商がわが家に現れたからである。玄関のチャイムが鳴ったので出てみると、立っていたのは箒売りだった。長い柄の座敷箒と短い柄で箒の先端がやや斜めになっているものを数本ずつ背負っていた。

わが家では久しく箒を使っていないのでお引取り願ったが、何とも懐かしい気分になった。あれは自分で作ったものを小遣い稼ぎに売りに来たのだろ。箒の原料は竹と稲藁だと思う。箒作りには脱穀したばかりだばかりの新しい稲藁を使うとすれば、今が新箒作りのシーズンなのだろう。


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9月27日(月)白鵬を手本に

横綱・白鵬が4場所連続全勝優勝を果たし連勝記録を62にまで伸ばした。これはたいした記録である。日本人の横綱が土俵を去ってから久しい。弟子に対する暴行事件や野球賭博などでファンを失望させ、ガタガタになった相撲界をモンゴル出身の一人横綱が重圧に耐えて支えてきた。そして日本人よりも日本人らしい横綱に成長した。

優勝インタビューでは「私は決して、力強い人間ではありません。ただ、運があった。運は努力をしている人間にしかこない」と謙虚な中にも努力の大切さを訴えた。これは自分と互角に戦える力士が早く出てきて欲しいという願いと稽古不足をたしなめる言葉と受け止めよう。

次なる目標は昭和の大横綱・双葉山が昭和14年1月14日に達成した69連勝を更新することである。気力・技ともに充実している今の白鵬なら達成できると思うけれども、その一方で不世出の横綱・双葉山の記録は無傷のまま残しておきたい気もする。また白鵬の進撃を阻止するのは誰だろうと言う興味もある。

白鵬はたいそうな勉強家のようである。相撲の歴史にも詳しいようだ。日本人でも忘れている人が多い江戸時代の名横綱・谷風梶之助(1750-95)の名をあげた。第4代横綱谷風は陸奥国七郷村霞目(現仙台市)出身の名横綱である。

62連勝まで達した白鵬は来場所、63連勝の記録を持つ谷風を追い越し、さらに双葉山の69連勝を乗り越えようとしている。ところが谷風は京阪場所を含めると98連勝と言うとてつもない大記録保持者なのだ。白鵬はおそらくそのことも知っているのだろう。

白鵬を乗り越える日本人横綱はいつ出てくるのだろう。それまでは相撲の精神を体得し日本人以上に日本人らしい横綱になった白鵬をお手本として精進を続けることが肝心だと思う。


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9月28日(火)粛々

今朝の朝日新聞の報道によると、25日の本欄に書いたように尖閣諸島海域で逮捕した中国漁船船長の釈放には政治介入があったようである。報道でも動かぬ証拠を挙げているわけではないけれども、検察に対する働きかけがあったと見られる状況証拠は十分ある。

となると、仙谷官房長官がこの件に関して「検察当局が国内法にのっとり粛々と判断して行ったと理解している」と発言したのはウソになる。粛々には1、つつしみ敬うさま、2、静かにひっそりしたさま、3、ひきしまったさま、4、おごそかなさまの意味がある(広辞苑・岩波書店)が、外部から圧力がかかったのではとても粛々と事を運ぶことは出来ないからだ。

政治家は粛々という言葉がよほど好きと見受けられる。日常会話ではほとんど使うことがない言葉を頻繁に使うのは何か効用を期待してのことだろう。困難にぶち当たったとき、面倒なことが起きそうなとき、野党から攻撃されたときなどに「粛々と対処する」と言えば、どんな難問でも慌てず騒がず冷静に対応できる大物政治家らしく見えると言う計算があるのかもしれない。

でも国民の目はそう甘いものではない。平静を装っていても「粛々」の陰に隠れている発言者の自信のなさ、おののき、とまどいなどを見抜くことは容易である。国民をなめてはいけない。不用意に粛々を多用するのは粛々と言う言葉に失礼だからやめた方がいい。


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9月29日(水)ジョンウン大将

北朝鮮のキムジョンイル総書記が昨日、3男のジョンウン氏に大将の称号をあたえた。ジョンウン氏の名前が北朝鮮の公式メディアに登場したのは初めてで、いよいよキム総書記の後継作業が本格化したとみられている。

よその国のことだから、とやこう言うべき問題ではないけれども、一国の指導者が3代にわたって世襲とは「変な国」だと思う。君主制など世襲体制をとっている国は他にもあるが、それは象徴的な存在で実際に国を動かしているわけではない。

しかし、北朝鮮の総書記は自分の意思で何でも動かせる絶大な権力者だから、日本の天皇やイギリスの王室とは訳が違う。一人の人間に権力が集中するのはある意味では効率的である。みんなが集まってああでもないこうでもないと論議を交わすよりも意思決定が早い。

そして決めたことをピラミッド型の組織に号令をかければ末端まで迅速に伝わる。けれども独裁的な権力者が誤った意思決定をすればいちばん苦しむのは末端の民衆である。経済不振、食糧難、言論統制、渡航制限など苦しい生活を強いられているのはキム総書記一人の責任ではないにしろ、グローバルナ付き合いを拒否し鎖国にも似た孤立政策を長年続けてきた国のあり方と無縁ではないだろう。

ジョンウン氏が3代目の後継者になれば、社会主義国としては稀有な世襲権力者が「君臨」する体制が続くことになる。それとも若い指導者の下で新しい国の運営が始まるのだろうか。日本に近い隣国だから核武装した怖い国よりはごく普通の国になって欲しいものである。


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9月30日(木)キノコ

暑くて放ったらかしにしたせいで荒れていた東側の庭の雑草を鎌で刈った。腰の辺りまで伸びたミヤマイラクサ、ワラビなど山菜から雑草までバッサバッサとなぎ倒すのは痛快であった。鎌の一振りで草とともに砕けたキノコの傘が飛んだ。拾ってみるとムラサキシメジである。数年前にもその近辺に出たことがあるので間違いない。

涼しくなり適度なお湿りもあったので出てきたのだろう。まだ傘が開かない幼いキノコも混じっていたが踏みつけて壊れたのもあったので収穫した。両手に山盛りになるくらいの量である。この分なら裏山にもキノコが生えているかもしれないと思って行ってみた。

間違いなく食用と分かるのはロクショウハツタケだけで、あとは毒とも食用とも分からないけれどもサンプルを摘んで近所のキノコ博士に鑑定してもらうことにした。博士は一目見てロクショウハツタケだけを取り出し「あとはダメだね」と言った。

多分そんなことだろうと予想していたが、大部分がゴミ箱行きになったのを気の毒に思ったのか、自分が採ってきたシロシメジを「うめーがら食ってみさいん」とくれてよこした。これは庭で採ったムラサキシメジと一緒に煮て保存した。

ハツタケは夕餉のお吸い物にした。ハツダケはゴソゴソした感じで口当たりは褒められないが良い出汁がでる。短冊に切ったナスと一緒に煮て火からおろす間際に薄切りミョウガを散らした一品はいかにも秋らしい味がした。

ホダ木に菌を植え付けたシイタケはまだ出てこない。夏の暑さの影響がどうなのか気がかりであるが、去年出始めたのはもっと秋が深まってからだったような氣がする。

9月11日(土)二つのニュース

2010-11-08 20:21:28 | ★③(は)お父さんの閑話365日(転載)
9月11日(土)二つのニュース

昨日二つの大きなニュースが日本中を駆け抜けた。一つは日本振興銀行の経営破たん、もう一つは郵便割引制度をめぐる不正で罪に問われた厚生労働省の元局長・村木厚子さんに対する無罪判決である。前者は日本初のペイオフ発動で注目され、後者は検察の強引で杜撰な取調べ・調書のでっち上げを暴き出した。

日本振興銀行は定期預金専門の銀行で一般にはなじみが薄いが仙台市にも二つの営業所がある。問題のペイオフとは銀行が経営破たんしたとき、預金者一人について預金元本1千万円とその利息までを保護する制度である。それを超える預金は銀行の資産を整理したうえで払い戻されるが減額される可能性が高い。小生は1千万円はおろか預金がほとんどないので関係ないけれども、お金持ちにとっては重大関心事に違いない。

それよりずっと恐ろしいのが検察の横暴と調書のでっち上げ、それに基づく罪状で罪に問われることである。村木元局長は終始罪状を否認し、裁判を通じて検察の立証を覆す事実が次々明るみに出て無罪を勝ち取った。それにしても、検察が自分たちに都合がいいようにシナリオ通りに物語を捏造するテクニックには恐れ入った。村木元局長は検事の執拗な追及に「魔術にかけられそうな怖さがあった」と述懐しているが、よほど意志堅固な人でない限り検察の作文に署名させられてしまうだろう。

今回は裁判を通じての証拠調べで検察側の虚構が暴かれたから良かったけれども、まかり間違えば冤罪を生みかねない危険をはらんでいた。裁判後「これ以上私の時間を奪わないで欲しい」と述べた村木元局長の言葉が重く響いた。


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9月12日(日)9.11から9年

アメリカで同時多発テロが起きてから9年経った。あの日、旅客機が突っ込み黒煙を上げる世界貿易センタービルに、さらにもう1機が突入するさまをリアルタイムのテレビ中継で観た鮮烈な印象を忘れることが出来ない。多くのアメリカ人があの日を忘れることが出来ないのは当然である。

けれども同時多発テロを計画し実行に移したのがイスラム教徒だったという理由だけで、関係のないイスラム教徒のアメリカ人が白い目で見られ差別されて苦しんでいるのは理不尽である。それに追い討ちをかけるようにイスラム教の聖典であるコーランを焼却すると言い出す牧師が現れたり、WTC跡地に近いところに予定されているモスク(イスラム教礼拝所)建設に反対運動が起き、イスラム教徒に対する風当たりが強まっている。

アメリカはいつからこんなに非寛容な国になってしまったのだろう。肌の色、宗教の違いなどを乗り越えて自由と平等を旗印に掲げていたのに、一部の人とは思うが自分たちの考えと違う人々を暴力で排除しようとする風潮が目立つようになった。

このような傾向についてオバマ大統領が危惧の念を強め、同日のテレビ演説で「我々は共通の理想によって結ばれた一つの国であり、一つの国民だ]と述べ、警鐘を鳴らした。こんな分かりきったことを大統領が改めて言わなければならないほどアメリカ社会は病んでいるのだろう。

同時多発テロが起こったときブッシュ大統領は「これは戦争だ」と怒りをあらわにした。そしてイスラム世界へ報復の派兵に踏み切った。その結果は見ての通り、アフガニスタンでもイラクでもアメリカは思うような成果を挙げ得ずテロも根絶出来なかった。

その行き詰まりと自らが招いた不況の嵐から抜け出せないあせりが、今度は内に向かって異教徒弾圧の動きとなって現れているとしたら問題の根は深い。アメリカはとかく揺れの大きい社会であるが、バランスが取れた良識が勢いを盛り返して欲しいものである。


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9月13日(月)秋場所始まる

大相撲秋場所が始まった。NHKの中継が復活し、呼び出しが着る半纏が従来どおりスポンサーのロゴ入りになった。でも初日の入りはもう一つ。千七百の座席が売れ残り空席が目立った。相撲界がファンに与えた負のイメージはそう簡単に消えるものではなさそうである。

相撲界の改革は緒に着いたばかりである。相撲協会は部屋と言う個性がそれぞれ違う株式会社の集合体みたいなものである。これを束ねて意識改革を徹底し、過ちを繰り返さないために払う努力は並大抵ではないだろう。

不祥事を起こさないだけでは相撲人気は復活しない。言うまでもなく相撲は興行であり、お金を払って足を運ぶお客様に観てもらい喜んでもらうスポーツだから、取り口が面白くなくては話にならない。観客は手に汗握る力相撲、胸のすくような技の冴え、水入りの大相撲などわくわくするような場面を期待しているのだ。

横綱、大関をはじめ上位力士は強いのが当たり前である。それなのに最近の相撲は緒戦で負けてしまう上位力士が多すぎる。少なくとも前半戦ぐらいは誰が優勝争いに残るか分からないくらいの勝負を繰り広げて欲しい。

そうでなければ一人横綱がいくら連勝記録を伸ばしても個人記録にとどまり、相撲界全体の人気回復にはつながらないと思う。力士の頂点に立つ横綱の座を脅かす強いライバルが常にいてこそ相撲は面白くなる。追われる立場の白鵬も同じ思いでいるのではなかろうか。


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9月14日(火)高温の影響

変なこともあるものである。緑陰を作ろうとプランターに植えて網に這わせたアサガオが今頃になってやっと咲き出した。例年なら真夏が花盛りのはずなのに、暑すぎた夏はアサガオの体調も崩してしまったのだろうか。日中の気温はまだ高いこともあるが朝夕めっきり涼しくなって、しおれていたアサガオもやっと元気を取り戻したらしい。

ヘブンリーブルーという澄んだ青空を思わせる花をたくさん咲かせる種類である。葉がいわゆるアサガオ型ではなくサツマイモの葉に似た形で、分類上はヒルガオ科に属する。地下に出来る太く大きい根茎はサツマイモそっくりである。だからサツマイモの苗にヘブンリーブルーを接木して育てたら、花を愛でると同時にサツマイモも収穫できるかも知れないと思ったが、まだ試したことはない。

秋を代表する花の一つであるシュウカイドウ(秋海棠)にも異変が起きている。今年は生えてきた数が少なく薄ピンクの花も疎らでさびしい。湿ったところが好きな植物だから晴天続きの乾燥と高温が影響したのだろう。もともと派手な花ではないけれども、邪魔になって鎌で刈るほど繁茂する勢いはどこへやら、今年は絶滅危惧種みたいに貴重な存在になってしまった。

シオン(紫苑)は開花が遅れそうだ。毎年彼岸の墓参りに持って行く花だが、今年はまだ蕾が小さく間に合いそうもない。キク科の植物だから日が短くなれば気温とは関係なしに咲くものと思っていたけれども、夏の高温が花芽の生育に影響したのかもしれない。

こんなわけで夏の高温続きは植物の生理にもいろいろな異変を引き起こしているようだ。裏庭のカキの葉やタラの葉の一部が早くも紅葉を始めたのもその影響かもしれない。


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9月15日(水)菅首相大差で再選

菅首相が対立候補の小沢氏に大差をつけて民主党代表に再選された。今朝の各紙はそのニュースで埋め尽くされた感がある。それだけの大ニュースではあろうが、ちょっと騒ぎ過ぎの感じもする。

まあそれでも首相がころころ変わるよりはいい。菅氏には腰を落ち着けて景気浮揚、雇用創出など差し迫った難題に取り組んでもらいたい。とはいっても政権の前途は厳しいに違いない。国会議員は菅支持と小沢支持とに真っ二つに割れた。この関係を修復して一つにまとめ挙党体制を構築するのは至難の業だろう。

さしあたり党内人事で誰を幹事長に据えるかだ。小沢氏を支持した議員にも協力をしてもらえるようなはまり役はいったい誰なのだろう。小沢氏の処遇も焦点の一つである。どんなポストを考えているのだろう。提示したポストを小沢氏が受けるかどうかも分からない。

内閣改造では政府のスポークスマンである官房長官は仙谷氏の留任が固まったと報じられているが、新しい閣僚に小沢氏に近い人たちをどれだけ起用するかも頭が痛い問題だろう。自民党がしてきたような派閥均衡人事に近いことは避けて欲しい。多少の波風は立っても菅カラーを前面に押し出した内閣改造をしてもらいたい。

とにかくもたもたしている暇はない。今週中には一連の人事を片付けて第二次菅内閣が動き出すことになろうが、国民に仕事振りが見える内閣であって欲しい。ねじれ国会をどう乗り切るかも難題である。「国民の生活に直結する重大案件ほど野党の協力を得やすい」と菅首相は楽観的な発言をしているが、果たしてそうだろうか。


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9月16日(木)クリーンヒット

菅さん、やるじゃないか。意表をつく円売り介入はクリーンヒットだ。民主党代表に菅氏が再選されたことで、円高がもう少し進むまで円売り介入は遠のいたと金融筋が思っていたタイミングを見計らっての為替介入だっただけに衝撃が走り効果が大きかった。

アメリカもヨーロッパも念頭にあるのは輸出振興による景気浮揚で、ドルとユーロを意識的に安く保とうとしているから、比較的に安定度が高い円が買い進まれて円高傾向が続いていた。そういう環境の中で政府・日銀が為替介入に踏み切っても、他の主要通貨国の協調介入が得られないから、効果は出にくいと見られていた。その心理の裏をついた作戦が見事に当たったということだろう。

ただし、この効果がいつまで続くかは分からない。1ドル85円台の水準が続けば日本の輸出産業も一息つけるのだろうが、先行きの見通しはついていない。菅内閣には国内の景気浮揚策を急いでもらいたい。デフレ傾向が続いている。先ずはこれに歯止めをかけなければならない。

安売り競争で物価が下落傾向にあるのは年金生活者には嬉しいけれども、行過ぎた価格競争は個々の企業の元気を奪う。そのことが巡りめぐって産業界全体の活力を失わせ景気低迷からなかなか脱出できないでいる。その悪循環を断ち切る施策は何なのか分からないけれども、金融・税制面でのてこ入れが必要なことは明らかである。

同時に国民の購買意欲を刺激する施策の継続も必要な気がする。自動車や家電のエコポイント制度は一定の効果が見られたけれども、終わってしまえば反動で需要が落ち込む。そうならないように需要を下支えする他の方法はあるのだろうか。

失業、未曾有の就職難、ちっとも上がらない賃金など暗いニュースばかりでは需要喚起はできない。菅内閣には明るい展望が開ける政治を是非実行してもらいたい。


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9月17日(金)おでん

昨日の仙台は最高気温が20℃、涼しさを通り越して肌寒さを感じた。今日は一転して27℃ぐらいになるそうだ。人間は体温を一定に保つ必要があるから暑いときは薄着をし、寒ければ重ね着して調節している。けれども急に気温が変わると衣類の準備が出来ていないし、からだも急な変化に順応できないからあわててしまう。

昨日は夏物の重ね着でしのいだが、もっと暖かい衣類の準備が必要になった。このような季節の変わり目をうまく乗り越えることが肝心である。夏の暑さで弱っているところへ急に寒さがやってくると、抵抗力がが弱っている老人は体調を崩す人が多い。

からだを温めるには衣類のほかに食べ物の効果が大きい。今月に入ってからコンビでおでんを売り始めた。月初はまだ暑さが続いていたが生協の売り場にもおでんの具がならんだ。ちょっと気が早いと思っていたら、何とおでんがいちばん売れるのは冬ではなくて9月だと言うから驚きである。そのような統計があるからコンビニも生協もおでんを用意したのだろう。

人間は寒いと感じ始めた時期にもっともおでんが恋しくなるらしい。からだが徐々に寒さに慣れてしまうと切実におでんを食べたいと思わなくなるのだろうか。

いつも懐がさびしくて精神的飢餓状態にあった若いころ、たまに食べるおでんはことのほかうまかった。金欠でおでんが食べられないときは、丼飯におでんの汁をかけてもらってかきこんだ。そんなわがままを許してくれたおでん屋のおやじは疾うに亡くなり、今そのおやじそっくりの顔立ちになった倅があとを継いでいる。肌寒くなるとおでんの味とおやじの顔を思い出す。


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9月18日(土)菅改造内閣

菅改造内閣が昨日発足した。この内閣の力量は正直言って分からない。代表の座を争った小沢氏を支持した人で入閣したのは大畠経済産業相と海江田経済財政・科学技術相の二人だけだから、挙党一致内閣とは言いがたいことは確かである。

また幹事長をはじめ党の要職も小沢氏から距離を置く人物で固めている。小沢氏は結党の原点に帰り一兵卒として政権党の責任を果たすと言っているけれども、党内に不満要因を抱えた前途多難の船出と思われる。

国民が待ち望んでいるのは長い間続いている経済低迷をはじめとする閉塞感の打破である。その期待に具体的にどう応えることが出来るかに新内閣、党運営の成否がかかっている。本当に政治主導でメリハリが利いた予算編成が出来るのか。閣僚が自民党時代と代わり映えのしない予算分捕り合戦を卒業できるのかなど課題は大きい。

民主党政権になってから手をつけた無駄の排除を目的とした事業仕分けはまだ道半ばである。手を緩めると元の木阿弥になる恐れがあるから監視を続け、新たな仕分けを推進することも大切である。公開の場で予算の使い方にメスを入れる試みは、多くの国民の関心を集めた。大向こうを狙ったショー化は望ましくないけれども、ぜひ継続してもらいたい。

消費税の問題も臆することなく議論する場を作ってもらいたい。誰しも今以上にカネを取られるのはいやであるが、高齢化が進む社会の福祉を考えたらこの問題は避けて通られない。野党も含めた幅広い論議の場を設けることは民主党が掲げるマニフェストと矛盾するものではない。新内閣に勇気を持って取り組んでもらいたい仕事の一つだと思う。


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9月19日(日)秋野菜の準備

菜園の夏野菜の収穫が終わった。キュウリやインゲンなど猛暑で品薄になり高値を呼んだ時期に大変役立ったが、今はパセリとシソ、バジルなど香りを楽しむ野菜しか残っていない。急いでキュウリやインゲンの支柱を片付けて秋野菜に転換しなければならない。

そのためには土を耕して施肥してから2週間ほど間をおかないと、土と肥料が馴染まないので播種も出来ない。その間さて何を育てようかと毎年考えるが、いつも同じようなものに落ち着いてしまう。寒さに強く長い期間収穫できるものとなると品種が限られるからだ。

去年はセンダイユキナ、ホウレンソウ、アスパラナを作ったが、3者とも暮れから春先まで収穫が楽しめる。今年はこのほかにキャベツとハクサイも苗を買ってきて育ててみよう。それが食べられるようになるころには値段が安くなっているだろうから、大して家計の助けにはならないかもしれない。でも育てる楽しみがある。

キャベツやハクサイなど結球する野菜は植えていて面白い。両者とも苗のうちは葉が横に広がってばかりいるが気温が下がり日が短くなると結球が始まる。その過程は栽培してみないと分からない。農薬は使いたくないので毎日見回って虫退治をしなければならないし、生長期間が長いから追肥もしなければならない。

硬く結球したハクサイは外側の葉を防寒用に利用して頂上をワラで縛っておくと路地で冬越しできる。キャベツは植えたことがないので分からないが、おそらくハクサイと同じように外で冬越しできると思う。今日は気温が低く畑仕事をしても汗をかくことはなさそうだ。支柱片付けは今日中に済ませてしまおう。


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9月20日(月)暑さのせい?

昨日キュウリとインゲンの支柱を撤去して土を耕す準備が整った。小雨が降っていたが思いついたときに実行しないと一日延ばしになる恐れがあるので踏み切ったのである。その決心に対するご褒美でもあるまいが、キュウリの蔓に出来損ないのへぼキュウリが2本、インゲンの蔓にはこれまたちびたインゲンが数本残っていた。たいして腹の足しにもならないが何だか儲けたような気がした。

ミョウガタケの林の中をのぞくと、まだ花が咲かないミョウガの子が出ている。だいぶ涼しくなったが例年に比べたらまだ気温が高いので生ミョウガを利用できる期間が長くなっているようだ。それは嬉しいのだが、厄介者の蚊が元気一杯なのは困ったものだ。手や顔など露出部分に虫よけスプレーをかけて外へ出るにもかかわらず、隙あらば刺してやろうと群がってくる。入念にスプレーしたつもりでも、どこかを刺されて悔しい思いをする。

戦後まもなく亡くなった祖母は、秋の彼岸になると「蚊の口が曲がる」と言っていた。つまり刺さなくなると言う意味である。事実戦後間もないころの秋分の日前後は今よりずっと気温が低く蚊の活動が鈍くなっていたのだろう。だが近年は気候が暖かくなったせいか蚊の活動期間がぐっと長くなった。今年はとくに元気なようである。

昆虫で思い出したが、今年は恐ろしいキイロスズメバチの姿をほとんど見かけなかった。肉食性の蜂であるが甘いものも大好きでブルーベリーに良く集まる。例年ハチを刺激しないように氣をつけながら実を収穫していたが、今年はまったく心配無用だった。今夏の桁外れの暑さが何か関係しているのかもしれない。

ところで一昨昨日、近所でニホンカモシカを目撃したと言う話を聞いた。利用したタクシー運転手の話であるが仙台日赤病院前の幅広い道を横切って病院裏の山に入って行ったという。と言うことはわが家の裏に続く山である。カモシカが何で人里に出てきたのか分からないが、これも暑さのなせるいたずらか。

9月1日(水)菅・小沢の決戦

2010-11-08 20:20:11 | ★③(は)お父さんの閑話365日(転載)
9月1日(水)菅・小沢の決戦

菅氏か小沢氏か。この二人が民主党党首の座を争うことになった。密室の話し合いで小沢氏が立候補を辞退するシナリオよりは、この方がすっきりしてよろしい。寄り合い所帯で政権交代を実現したけれども、その後目標を見失ったかに見える民主党を、今後どのような党にしたいのか、どんな政策を重点的に行おうとしているのかを鮮明にして戦って欲しい。

投票権がないから結果を見守るしかないけれども、私的には菅氏に勝って欲しいと思う。小沢氏は疑惑のカネについて説明責任を果たしていない。このことだけでも党首・首相にはさせたくない人物である。自分は政治の表舞台に立たず、配下の戦闘集団を率いて党内に睨みをきかす。そのような自民党時代から引きずっている古い体質は開かれた党のイメージにはほど遠い。

一方の菅氏はと言えば、これまた頼りない感じは拭えない。首相になってから言い出した消費税引き上げは説明不足で有権者の反発を招いた。鳩山内閣が不用意な取り組みで混乱に陥れた沖縄・普天間基地問題をどう決着させようといているのか。また限られた財源で、マニフェストに掲げた国民への約束を果たせるのかどうかもはっきりしない。

民主党の党首選びは即首相選びだから、投票権を持たない一般国民も重大な関心を寄せている。だからお二人には国民に分かりやすい論戦を14日の投票日まで展開してもらいたい。


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9月2日(木)イラク戦争と日本

アメリカは2003年から続いていたイラクでの戦闘任務が終わったとして約5万人の治安部隊を除いた兵力を撤退する。残った部隊もイラク軍の治安維持訓練が終わり次第引き上げる予定である。これでアメリカのイラク戦争は終わるにしても、イラクには破壊と混乱と先が見えない苦悩だけが残った。いったいイラク戦争とは何だったのだろう。

そもそもの始まりは、当時のブッシュ政権がイラクは大量破壊兵器を持っておりテロ組織の巣窟だと決め付けて、悪の根源フセイン政権打倒のためと称して侵攻したことである。圧倒的なアメリカ軍の前にフセイン政権はあっけなく倒れた。

ところがアメリカが戦争を始める大儀として掲げた大量破壊兵器はどこを探しても出てこなかった。結果的にブッシュ政権は偽情報をつかませられて、あるいは故意に偽情報をでっち上げて戦争を始めたわけである。その後の経過はご承知の通り、アメリカは泥沼にはまり4千4百人もの兵力を失いながら、未だにテロ組織の根絶ができないありさまだ。

この戦争でいちばん被害と迷惑をこうむったのはふつうの生活を営んでいた一般人である。多くの人が家や職を失い生活基盤がめちゃめちゃにされた。都市部の破壊と混乱は正規軍同士の戦闘によるものよりも、戦闘終結いらい今日まで続いているテロ組織の攻撃によるものが多いのかも知れない。

いずれにせよアメリカ軍は戦闘任務が終わったと引き上げれば済むだろうが、祖国を離れることができない民衆はどうしたら良いのだろう。これまでアメリカがイラクに投じてきた戦費を同国の復興に役立てる気はないようだ。この戦争が始まったとき真っ先にアメリカ支持を表明したのは日本政府だったことも忘れてはならない。民主党内のコップの中の嵐よりは日本国の責任と言う意味ではこちらの方がはるかに重みのある問題である。


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9月3日(金)党首候補の討論会

昨日、日本記者クラブ主催で行われた菅首相と小沢前幹事長の討論会が面白かった。二人は民主党党首・首相の座を争っている。どんなことを論じるのかと注目して見守った。誹謗に当たらないように言葉を選んでの発言であったが、お互い言うべきことは言った。そして政治姿勢の違いが浮き彫りにされた討論会だった。

菅首相の「カネにまみれた政治文化を変える」という発言はとりもなおさず小沢氏に対する強烈な批判である。それに対して小沢氏は「捜査で犯罪事実はないことが証明された」と応じたが、この点に関しては菅首相の方に分があったように思う。

当面の重要課題である普天間問題については、言い方は違うが突き詰めれば鳩山内閣が苦し紛れに作り上げた現在の日米合意を出発点とすることでは一致している。また両者とも沖縄の負担を軽減し同時にアメリカも納得させうる具体的な案を持っていない点で痛み分けと言えようか。

税制改革についての両者の姿勢はかなり違う。菅氏が先の消費税発言を念頭に社会保障と税制全般を与野党で議論するとしたのに対して、小沢氏の方は先ず無駄の排除が先決で、その上で所得税、住民税の大幅減税を考えると主張した。無駄の排除だけで減税の財源を確保することは困難であり、将来にわたる社会保障のあり方に触れない点で小沢氏は説明不足であった。

このほか挙党体制、党運営のあり方などでも火花を散らしたが、これは党内のことだから外野の人間が論評すべき問題ではない。総じて言えることは時間をかけた割には具体的な政策に踏み込む事が少なかったのは物足りなかった。国民が聞きたい問題点を整理したうえで、もう一度両者の言い分を聞きたいものである。


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9月4日(土)秋の出番

しつこい残暑がまだ頑張っているけれども、秋の気配が日一日と強まっている。8月半ばまで声を張り上げていたウグイスが鳴かなくなりセミの声もやんだ。かわりにコオロギやスイッチョなど、秋の虫が音楽を奏で始めた。まだ数は少ないがアカトンボも避暑地の山から里へ下りてきた。

「秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞ驚かれぬる」と古の人が詠んだように、裏山を渡る風の音も心なしか変わってきたように感じられる。水蒸気を含んで白っぽかった空が青く澄んで高くなった。そして遠い山並みの稜線がくっきり見えてきた。

庭の植物の主役も交代の時期を迎えている。紫や白のギボウシが花盛りになりシュウカイドウが咲き始めた。かつて子どもがままごと遊びで使ったアカマンマも色づいてきた。まもなくシオンも開花するだろう。つい先ごろまで頑張って咲いていたアジサイは枝先に着いたままドライフラワーになりかけている。いつの間にかススキの穂が出て22日の中秋の名月を待っている。

今朝のテレビは芋煮会シーズンの到来を告げていた。主役のサトイモの出来はどうだったのだろう。サトイモはもともと暖かい地方の作物だから今年のような暑さも平気なのかもしれないが、一部では葉焼けを起こして小芋に十分栄養が回らなかったところもあると聞いた。

わが家でもかつては友人を招いて庭で芋煮会を催したものだが、夫婦だけの生活になってからは遠ざかっている。あれは大きな鍋でどっさり作らないとおいしくない。かつては鍋を火にかけてから裏山へキノコ探しに行っても鍋に入れるくらいはすぐ採れたものだが、最近はどうなのだろう。こう暑くては藪こぎをする勇気もわかない。年をとるとすべてが億劫になる。


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9月5日(日)分解掃除

ミンミンゼミ、アブラゼミ、ツクツクホウシなど地上に現れて短い命を終えたセミの亡骸が、庭のあちらこちらに落ちている。それにいろいろな種類のアリがたかっている。炎天下で長い間観察しているわけには行かないが、彼らは硬いキチン質の部分を除いて餌になる部分だけを上手に運び去っているようだ。

残された羽や胴体の硬い部分もいつの間にか消えてなくなるところを見ると、自然界には別の掃除屋もいるらしい。おそらくその掃除屋は肉眼では見えない細菌やバクテリアのようなものではなかろうか。セミの亡骸は彼らにとっては貴重な栄養源になり無駄なく使われる。その結果自然界は清潔に保たれているのだろう。

ゴミ捨て場に捨てた野菜くずなども程なく分解されて土にかえってゆく。それを人間は畑に鋤き込んで肥料として作物栽培に利用する。魚の頭や骨などはその日のうちになくなる。多分うろついているネコや山からやってくる小動物のご馳走になっているのだろう。

このように自然界には用済みになった動植物を食料としてそのまま利用し、あるいは分解吸収して栄養源とする多様な掃除屋が存在する。嫌われ者のゴキブリやダンゴムシだって環境浄化に役立っている。という訳で人間が作り出したもの以外でこの世に不要なものは一つもないのは事実である。

暑さにもめげず黙々と働く小さな生き物やバクテリアから見たら、炎天下に声をからしている民主党党首候補の姿はどのように写るのだろうか。どちらが党首・首相になっても地球全体に与える影響はたかがしれている。それに比べたら日ごろ人間が無視している虫けらやバクテリアの働きの方が、ずっと大きな役目を担っていると言えよう。セミの肉団子を口にくわえて巣へと急ぐアリを見てそんなことを思った。


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9月6日(月)高嶺のサンマ

目黒の「さんま祭り」と山形の「芋煮会」が昨日行われた。両方とも初秋の風物詩としてすっかり定着した感がある。今年は不漁で宮古市はサンマの確保に苦労したが、手を尽くして集めた7千匹を無料で振舞った。江戸っ子顔負けの気風(きっぷ)の良さである。片や芋煮会の方は3万食を用意したけれども、34.4℃の暑さのせいか2万食しか売れなかったそうだ。目黒は無料、山形は有料という違いはあったにせよ明暗を分けた形になった。

サンマはまだ太平洋岸から遠く離れた沖合いにいて、例年漁場となる海域まで寄ってこない。沿岸の海水温が高いことが原因と見られていたが、海水温が下がってきたにもかかわらず沖合いにとどまっているのは、他にも何か原因がありそうだという。

漁獲量が少ないから今年のサンマは値が高い。けれども季節の魚だから一度は食べてみたい。そこで絶対間違いないおいしいサンマの見分け方をおさらいして置こう。「おさらい」と書いたのは拙著「ダチョウの丸焼き」のサンマの項に書いたものを再録するからである。

「目がきれいに澄んでいて、背側が青く光沢があり、腹側が銀色に輝いていることが第一点。2番目は体形で頭のすぐ後ろから背中が盛り上がって太っていること。3番目が口の先端と尾ビレの付け根が黄色味を帯びていること。この三つのポイントをつかんでサンマを選べばまず間違いない。」

抜群の鮮度のものなら刺身がお薦めである。次が塩ふり焼き、鮮度にやや難があるものは、ぶつ切りにして生姜と一緒に甘辛く炊くと良い。圧力鍋を用いれば簡単に骨ごと食べられるようになる。

それにしても今年のサンマは高い。東北地方の港ではネコも見向きもしないという意味で「ネコまたぎ」と言われるのがサンマ本来の姿なのに。


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9月7日(火)偽物芋煮

昨日「芋煮会」のことを書いていたら急に食べたくなった。大量に作らないとおいしくないことは分かっているけれども、紛(まが)いものなら誤魔化せると思った。定番の材料を思い浮かべて手元にあるかないかを確かめた。

主役のサトイモはある。皮をむいて形をそろえ袋詰めしてカチンカチンに凍らせたものなので、土つきの新しいサトイモの味は期待できないけれども我慢しよう。出汁をとる肉は全然ないので買わねばならない。キノコも買い置きがない。ゴボウもない。あと使えそうなものは長ネギ、ニンジンと糸こんにゃく、ナス、サツマイモぐらいなものである。

遠雷の音が聞こえ今にも降り出しそうな空模様だった。家内は所用で不在だから頼めないし、食いたい一心で蒸し暑いのを我慢して買い物に出た。肉は宮城県伝統の豚肉にした。伝統にこだわっていないから牛肉でもいいのだが、たまたまアメリカ産豚肉の安売りをしていたのでそれに決めた。

キノコはマイタケ、ブナシメジ、エリンギ、ナメコ、シイタケなど栽培物しか売っていない。芋煮の鍋に入れるのはオリミキ、ハツタケ、ホンシメジなどの天然物でなければ本来の味がでない。でもないものは仕方がないのでマイタケとナメコを仕入れた。

幸い雷雨は店にいる間に通り過ぎて濡れずに済んだ。帰宅して汗を鎮めてから調理に取り掛かる。材料をぶち込んで煮て味を調えるだけだから調理と言える代物ではないけれども、丸ごと入れるサトイモ以外はニンジンもゴボウもサツマイモも大きさをそろえて切るぐらいのことはした。

材料に火が通ったころあいをみて味付けをする。伝統を言うならば宮城県は味噌である。なぜそうなったは知らないが豚肉と味噌の相性が良いからではなかろうか。だが昨日は趣向を変えてほとんど色がない出し汁と塩、酒だけにした。その方が材料の彩(いろどり)が冴えると考えたからである。

味付けしたものを一度冷ます。そうすると味が滲みこむからである。食べる前にもう一度加熱して火を止める間際にザク切りの長ネギを入れて出来上がりだ。芋煮風煮物は野趣には欠けるけれども、どこか都会風の乙な味がした。


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9月8日(水)つかの間の涼しさ

今朝は涼しい。日中の気温も24℃どまりだと言う。やっと暑さから解放されるのかと思ったら涼しいのは今日一日限りで、明日からまた暑さがぶり返すそうだ。今年の猛暑の原因はエルニーニョの影響と偏西風が北に偏っているのが原因だそうだが、来年はどうなるか分からないという。

来年のことを言えば鬼が笑うというから、分からなくて当然だと思うけれども、出来ることなら予測がついた方が何かと好都合だろう。来年も今年のように暑い夏になるなら、農家は暑さに強い作物の作付けを検討したり、工業製品のメーカーなら暑い夏に売れる商品の増産体制を考えたりする時間的余裕ができる。

でも未来の予測は外れることが多いから失敗しないように気をつけねばならない。「来(らい)を知らんと欲する者は往(おう)を察せよ」と言うではないか。さしあたりは今年の経験を来年に生かす工夫をした方が堅実だと思う。

わが家に即して言えば、ネットにアサガオとニガウリの蔓を這わせて作った人工緑陰の規模を広げるのが効果的だと思う。直射日光を遮って室内の気温を下げるばかりか見た目にも涼しさを届けてくれる。肥培管理をうまくやってニガウリを何個か収穫できれば一石二鳥である。

ニガウリに含まれるビタミンCは加熱してもほとんど壊れない特徴があるそうなので、夏の食品としては理想的だ。アサガオはやめてニガウリだけにしてもいい。小さいけれども黄色のかわいい花が咲く。


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9月9日(木)遠い思い出

人間とはまったく勝手なものだと思う。人間はと一般化するのは間違いで、勝手なのは小生だけかもしれないが、早く猛暑から逃れたいと願っていたくせに、昨日は涼しさを通り越して肌寒いと感じた。この心変わりは何だ。加齢に伴って暑さにも寒さにも耐性がなくなったせいかもしれない。暑さに慣れたからだは急に気温が下がると体温調節がついて行けないようである。

そう言えば昨日は二十四節気の一つ「白露」だった。草に露が降りツバメが去るころと言われる。暑い暑いといっても季節はちゃんと節目を心得ているようである。そして迎えた今日は「重陽」の節供。陽数字の9が重なるめでたい日である。

古く中国から日本に伝えられた風習で、小高い丘や高楼に登って菊酒を酌み交わし、邪気をはらい無病息災を祈った。菊は霊薬と信じられ延寿の効能があるといわれていた。今の季節、路地ではまだ菊が咲かないが、重陽の節供は本来旧暦の9月に行われていたから、そのころには菊が咲いていたのだろう。

重陽の節供で思い出したことがある。仙台は旧陸軍の第二師団司令部が置かれたところで、現在の東北大学川内キャンパスや文化会館辺りには砲兵隊や工兵隊が、また宮城野原に騎兵隊、榴ヶ岡には歩兵第4連隊が駐屯していた。

小生が子ども時代をすごした家の隣に、その4連隊の中尉殿が住んでいて、毎朝馬を曳いた従卒が迎えに来た。中尉殿はそれにまたがって出勤するわけだが、格好よくて憧れの的だった。ある年、憧れの中尉殿から4連隊の「軍旗祭」に招待された。それが9月9日だったのである。小学校に上がる前だったから誰かに連れて行ってもらったのだろう。

兵舎2階の観覧席からぼろぼろに破れた軍旗を先頭に一糸乱れぬ見事な分列行進や、匍匐前進、銃剣術などを眺めた記憶がある。そしてなぜか軍旗を称える歌の一節も覚えている。「明治8年重陽に、われらの軍旗はかしこくも、親しく授けられしより云々」という歌いだしだった。あの軍旗は明治天皇から親しく授けられた尊いものなのだと教えられた。遠い昔の思い出である。


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9月10日(金)心拍数検査は白

8月27日朝から翌朝まで24時間計測した心拍数検査の結果が出た。結論から言うと異常なしである。医者は1分間の心拍数が40台と少ないことが多いのは何か病気が隠れているせいではないかと疑ったらしい。しかし歩行、階段昇降、仕事、休憩、就寝など1日の行動パターンと心拍数変化の相関関係を専門機関で解析した結果は白と出た。先ずはめでたしめでたしである。

医者がいちばん気がかりだったのは心筋梗塞の恐れだったのではないか。これは単なる憶測に過ぎないが、医者が真っ先に言ったのは「心筋梗塞の兆候はありません」だったからである。その後に「不整脈は少ないし、脈の欠滞もありません」と続けた。つまり心拍数は普通の人より少ないが、病的な兆候はないと言うことらしい。

検査項目の自覚症状の欄に動悸、めまい、息切れなどがあげられていたが、そのいずれもないので最初から心配はしていなかったが、わが心臓はのんびり屋で人騒がせだ。医者は念のため来年も検査したい意向のようだが、また同じ結果が出るのではなかろうか。出来ることなら8千円余かかる検査はパスしたい。でも近所の医者とは仲良くしておいた方がいいし、来年のことでもあるので断りはしなかった。

人間80歳も過ぎれば五臓六腑に故障か起きても不思議はない。いわば何十万キロも走ったポンコツ車みたいなものだから、保守点検怠りなくだましだまし使うのが賢明だろう。

8月21日(土)蚊の総攻撃

2010-11-08 20:18:59 | ★③(は)お父さんの閑話365日(転載)
8月21日(土)蚊の総攻撃

昨日、一昨日と過ごしやすい日を経験したあとの暑さのぶり返しは辛い。空気が淀んで朝から蒸し暑い。今日は仙台でも30℃を越すそうだ。暑さを満喫しているのは蚊であろう。背後に山が迫り、庭の外れに池もある環境は蚊にとって住みやすい場所に違いない。ちょっと外に出ただけでどこからともなく蚊が寄ってくる。

家の周辺にいる蚊はヒトスジシマカが多いようだ。いわゆるヤブカの代表選手である。プーンという蚊独特の羽音はほとんど聞こえない。老人になって耳が遠くなったせいもあるだろうが、気づいたときにはもう血を吸われている。憎らしいのは刺したばかりはちっとも痒みを感じないことだ。たっぷり血をいただいて飛び去った頃に痒くなる。

オスは悪さをしないが、メスは卵を育てるのに動物の血がどうしても必要なので、人間は格好の攻撃目標なのだろう。山にはネズミやリス、鳥などの動物が棲んでいるけれども、どれも毛や羽毛に覆われているから、大きくて裸に近い人間の方がはるかに刺しやすいのだろう。

今朝、ミョウガの子を採るために露出部を極力少なくし防虫スプレーを顔や手にかけてミョウガ林に潜り込んだら、途端に蚊の集団に包囲された。それでも防虫スプレーのお陰で初めのうちは刺されずに済んでいたが、夜露でスプレーが洗い流されて効果が落ちたのか、笊を持っていて動きが少ない左手に蚊の集中砲火を浴びた。さらに顔の数箇所にも被弾し、痒くて痒くて発狂しそうになって家に逃げ帰った。

産卵時期が終わりに近づいたせいか蚊も必死なのだろう。ものすごい攻撃力だった。早速痒み止めの薬を塗布したものの、顔も手も刺されたところはボコボコと赤くはれ、しばらく痒みが収まらなかった。ミョウガの子に花が咲き始めたので、残りを急いで摘んでしまわなければならない。蚊を絶対寄せ付けないスプレーはないものだろうか。


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8月22日(日)むかしの智恵

今日の仙台は33℃まで気温が上がるそうだ。今年の夏が異常なのだろうが地球は温暖化に向かっており、異常が普通になるのかもしれない。そうなると地域全体で夏を涼しく過ごす工夫が必要になる。日本人はむかしからいろいろな工夫をしていた。それを思い出してみよう。

先ず思い浮かぶのは打ち水と簾(すだれ)である。夏の午後いちばん気温が高くなるころ、商店街でも一般家庭でも打ち水が盛んに行われていた。家の前の道路や庭にバケツに汲んだ水を柄杓(ひしゃく)で撒き、気化熱で温度を下げる工夫である。慣れた人の撒き水は、柄杓の操作一つで水が扇状に均一に広がり芸術的な美しさがあった。子どものころ真似てみたが思うように行かず悔しい思いをした。

自動車の往来が激しいところでは打ち水も命がけであるが、歩道など可能なところところだけでもあの習慣を復活させたい。撒く水は風呂の残り水や雨水を貯めたもので十分だからカネはかからない。

簾の効用も大きかった。おもに直射日光が差し込むのを防ぐために用いられていたが、揺れる簾に風を感じ、風鈴の涼しげな音が気分的にも涼を誘った。部屋を仕切っている襖を外して夏の間だけ簾障子に替える家庭も多かった。動かない壁で仕切られている今の住宅では出来ないことであるが、直接窓に当たる太陽光を防ぐためにもっと活用していい生活用品だと思う。

町全体の温度を考えるならばビルからの反射光を減らす工夫や屋上緑化などの手立ても並行して行えば効果的だと思う。暑いから冷房する、冷房の屋外機の放熱で外の暑さが増すと言う悪循環はどこかで断ち切らなければならない。


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8月23日(月)暑さの中にも秋

厳しい残暑の中で「処暑」を迎えた。中国生まれの二十四節気の一つで穀物が実ころ、暑さがようやく収まるころと言われている。穀物は順調に実っているようであるが暑さはまだ収まりそうにない。今年ほど熱射病で亡くなった人が多い年は近年なかったのではないか。

暑いとは言っても秋の気配は確実に濃くなってきている。ミョウガタケの林の中にひっそり咲いているナツズイセンの花を見つけた。薄紅紫色の美しい花だ。秋の彼岸のころ真っ赤な花を咲かせるヒガンバナの仲間である。この花は実を結ばないと言うし植えた覚えもないのにどうして生えてきたのか分からない。最初は葉ばかり茂っていたが数年前から花が開くようになった。

そしてハギの蕾が目立つようになった。家を建てる前から生えていたものだから野生のヤマハギだろう。園芸種のように艶やかではないが野趣溢れる素朴は姿に惹かれる。ハギは草冠に秋と書くように秋を代表する花である。仙台野草園のハギのトンネルは見事で何回か見に行ったことがある。

ワレモコウの蕾も膨らんできた。これも以前から自生していたもので目立たないが好きな花である。ワレモコウは「吾亦紅」、「吾木香」、「我毛香」などの漢字が当てられているが、なぜこのような漢字表記になったのかは不明である。一つの花と見えるのは実は花びらがない小さな花の集合体である。生け花に使われることもあるが栽培はされていないというから、自生地から採って来れば花屋丸儲けの花である。


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8月24日(火)ナス料理

野菜が高騰しているが、その中でナスの値段は安定している方だろう。ナスは油と相性が良く炒め物をするとどんどん油を吸い取って、油断すると油のとり過ぎになるから要注意である。ナスの果肉がスポンジ状になっていて、それが油を吸い取るらしい。

先日の料理番組で、ナスの油吸収を抑える方法を放映していた。それは調理する前の下ごしらえの段階で、切ったナスに塩を振ってしばらく寝かせておくのだそうだ。そうすると塩がナスの水分を吸出し同時にアク抜きをすると言う。

そうしんh言われたとおりにしてみると、茶色っぽい水が滲み出てきた。その水気を拭き取ってから炒め物に使うと余分な油を吸い込まないばかりか、鮮やかな皮の色も変色せずに残る。しかも水分が減っただけナスの味が濃くなるようだ。

焼ナスもうまい。皮が焦げるほど焼いてから熱いうちに皮を剥き、適当に裂いて皿に盛り付け花カツオと醤油をかけて食べる。料理ともいえないようなものであるが、凝縮されたナスの味がする。同じような発想だろうがトルコにも焼ナスのサラダがある。

先ずナスを丸ごとガスか炭火でこんがり焼く。身が柔らかくなったらヘタの部分を持って水道水で冷やしながら皮を剥く。ヘタを落とした身をフォークで潰す。それを予めオリーブオイルとレモン汁で作っておいた合わ汁と混ぜ合わせ、塩と酢適宜で味を調え皿に盛り、スライストマト、オリーブの実、西洋パセリなどでトッピングして供する。同じようにして作った潰しナスをニンニクと塩を加えたヨーグルトで和えたものも夏向きの一品である。


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8月25日(水)テスト送信

これまで使っていたPCがいかれたので、昨日友人のHさんにお願いして新しいPCへ古いPCの中身をそっくり移し変えていただきました。ついでにホームページビルダーも本日新しいものに換えたので、今日の「閑話」の送信は夕方になってしまいました。明日からは午前中に送信できるでしょう。これはいわばテスト送信です。


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8月26日(木)新しいPC

新しいPCになって戸惑うことがいくつかある。キーボードが変わったことがその一つだ。基本的なキーの配列は同じなのだが、Deleteキーのある位置などこれまで使っていたものと違うところがある。そのうち違和感がなくなるのだろうが、慣れるまで時間がかかりそうである。

この文章を作成しているホームページビルダーも最新版に換えたら使い勝手がだいぶ違う。いろいろ改善されて使いやすくなっているはずなのに、こちらが思うようにすんなり動いてくれない。頭が固くなって新しいものに適応するのが難しくなったせいもあるだろうが、かえって使いにくくなった面もあるような気がする。

まあ例えて言うなら、駄馬の歩みに似たこれまでのPCが突然サラブレットに変わったようなものである。駿馬は優れた騎手が乗らない限り本来の力を発揮できない。そういう意味では今度のPCは小生にとってネコに小判みたいなものである。気息奄々のこれまでのPCを見るに見かねて娘が送ってくれた駿馬である。せいぜい落馬しないようにしなければと自戒している。

ホームページビルダーもガイドブックを読んでみると、写真やイラストを入れた洒落たデザインのページを簡単に作れるような事が書いてある。しかし、ごてごてしたページ構成はもともと嫌いだし、写真やイラストを多用するとPCへの負担が大きくなるので敬遠してきた。でもソフトにせっかく付いている機能だから、文章で説明するより効果的な場合には写真も使ってみようかと思い始めた。

とにかく鈍い動きにイライラしないで済むようになったのはうれしい。出来上がったページをサーバへ転送するのに1時間以上費やすなんて馬鹿げたこととはおさらばだ。


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8月27日(金)心拍数

去年の脳梗塞いらい1日に4回血圧を測って記録している。その記録を2週間に1度近所の医院に行くときに見てもらっている。血圧は大体最高が120前後、最低が60~70ぐらいで安定している。医者もその点は問題視していないが、脈拍数が少ないのが気がかりらしい。

特に起床したばかりの時間帯の脈拍数は1分間に45~50である。眠っているときは30数回しか脈打っていないのではないかと医者は心配する。本人は別に異常を感じないけれども、24時間連続で心拍数を記録してみましょうと、胸にペタペタ計測のためのシール状のものを貼られ、記録用のマイクロチップが入ったマッチ箱ほどの箱を首からぶら下げさせられた。幸い今日は涼しいからいいようなものの、風呂に入ってはいけないという。

そのうえ行動の変化と心拍数の関係を見るためだと思うが、トイレに行った、バス・電車に乗った、階段昇降、運動、食事など事細かな行動パターンの変化とその時刻を記録する用紙を渡された。

仕事を持っていて出歩く人なら記録するだけで大変だろう。そのほかに動悸、息切れ、めまいと言った症状が起こった時刻を記入する欄もある。まあ明日の朝までで、しかも就寝中は記録する必要はないからたいした作業ではないけれども面倒くさい。

ふとこれを計測してどうするのだろうと疑問がわいた。心拍数は人それぞれに違うのが当たり前ではないか。仮に正常範囲と言うものがあったとしても、その範囲からはみ出した人間の心拍数を人為的に矯正できるものなのだろうか。あした医者に聞いてみよう。


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8月28日(土)検査結果待ち

心拍数について近所の医者に聞いてみた。人間の心拍数は1分間に60回ぐらいが標準的なところだそうだ。それに比べると小生の心拍数は確かに少ない。医者は朝方に現れる45~50ぐらいの心拍数を心配しているらしい。昨日から今朝までつけていた24時間計測器は外してもらった。それを専門の解析機関に送り、分析の結果は約1週間後に分かるそうだ。

もし病的なものであればどうするのかと尋ねたら、そのときはペースメーカーが必要になるかも知れないという。冗談じゃない、心臓の鼓動が遅くても日常生活になんら支障がないばかりか、少々運動しても心臓が早鐘を突くようにならなくて、むしろいいと思っているくらいだ。いずれにせよ結果を待つことだ。何でもなければそれで良し。異常があれば別の専門医の診断も受けてから判断しようと思っている。

医療の進歩でいろいろな病気が早期に発見されるようになり、そのお陰で命拾いする人が増えたのは喜ばしい。けれども多額の設備投資を早く償却しようと要らざる検査をする病院が増えているのではないかと疑っている。かかりつけの近所の医院の心拍数検査もその類ではないかと言うのは失礼だろう。しかし、心臓専門医でもない医者が検査を熱心に薦め、聞きもしないのにマッチ箱ほどの計測器に50万円も投資したと言うのを聞くと、ひょっとしたら早く元を取りたいのではないかと思ってしまった。


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8月29日(日)エルニーニョ

長期予報によると今年はこの先も異常気候が続くらしい。大雑把に言うと秋から年内いっぱいは気温が高めに推移し、その後一変して厳寒の冬になると予想されるそうだ。この予想は地球の裏側・南米ペルー沖の海水温と関係しているという。

ペルー沖の海域は通常の状態だと、深海からプランクトンなど栄養分に富む冷たい海水が昇ってきて常に冷たく保たれている。ところが数年に一度赤道の方から暖かい水が流れ込んできて海の状態が一変する。この状態をエルニーニョと呼び、いったんそうなると数ヶ月も続いてプランクトンを死滅させ、世界最大の漁場であるペルー沖の漁獲量を激減させるばかりか、地球規模の気候にも大きな影響を与える。

エルニーニョがなぜ起こるかはまだ解明されていない。ちなみにエルニーニョとは幼児(キリスト)を意味するスペイン語で、同現象がクリスマス後に発生することが多いことに由来している。たまたま今年はエルニーニョが発生していて、それが日本の猛暑とも関係しているのではないかと言われている。

それが今年の年末あたりには元の状態に戻り、ペルー沖海域の水温は冷たくなる。そうなると北半球の気候も影響を受け、日本は寒い冬になるのではないかという。もしそうだとすると、夏は冷房のために電力を多く使い、冬は冬で暖房に灯油をたくさん使わざるを得ないので家計にも影響が及ぶ。

自然現象には逆らえないけれども、暑さも寒さもほどほどに願いたいものである。


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8月30日(月)民主党党首選

民主党の党首選びでゴタゴタが続いている。菅氏を支持していたはずの鳩山氏が「ご恩返し」と小沢氏支持に回り、その結果菅・小沢の全面対決で党分裂の恐れが高まると、今度は当の鳩山氏が両者の調停に乗り出すという。調停の中身は菅氏が小沢氏に頭を下げて協力を求めるという筋書きらしい。

でも菅氏はそれで納得するだろうか。小沢氏の影響力を極力排除しようとしてきた菅氏が、党分裂回避のためとはいえ、「党運営はおれに任せろ」という小沢氏の意向を受け入れるとは思われない。この調停がうまく行かなかったら鳩山氏は徹底的に小沢氏を支持すると言っているので、菅・小沢対決は避けられないと思う。

そもそも小沢氏を党首選に駆り立てたのは鳩山氏である。その鳩山氏と小沢氏は政治とカネの問題で責任を取り首相と幹事長を辞任した。国民はそのことを忘れてはいない。そして二人とも疑惑が晴れたわけではなく、とくに小沢氏は起訴される可能性が大きい。そのような人が仮に党首になったらどうなるか。

与党の党首になることは首相になることである。起訴するか否かは司法の判断であるが、起訴と決まった場合でも首相ならば在任中は起訴を回避できる。そうなったら由々しき問題ではないか。民主党員でもない小生には何の力もないが、疑惑の人はそもそも党首選に出るべきではなかったのだ。

消費税発言で躓き、とかく腰が定まらぬ菅氏も問題を抱えているが、カネの疑惑にまみれていないだけましである。首相がころころ変わるのは好ましくない。民主党党首選が菅氏続投で決着がつくことが望ましい。


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8月31日(火)小沢氏の動向

民主党の党首選挙を巡って鳩山氏の仲介で菅・小沢両氏と鳩山氏、それに輿石参院議員会長を加えた4氏の話し合いが持たれることになった。昨日の夜行われた鳩山氏と菅首相の会談で、今後の政権運営を小沢前幹事長を含めたトロイカ体制重視で進めることで一致したことを受けてのことである。

今日の会談でどんな結論が出るのか。党首選挙で菅・小沢両氏の激突を避けるために小沢氏が立候補を見送るのではないかという見方が有力である。。しかし、海千山千の小沢氏が「トロイカ体制重視」といういわば党結成の原点に帰る約束だけで、すんなり立候補を断念するだろうか。小沢外しに動いてきた菅氏に対して小沢氏は不快感を示している。だから小沢氏は立候補を断念する代わりに、党人事などでいろいろと注文をつけるのではないかと思う。

ただしこのことは今日の会談では表立った議題にはならないだろう。菅氏と小沢氏の両方が面子を失わないような形でこの場は納め、やばっちい話は後でと言うことで幕引きとなるのではないか。その結果菅氏が党首に再選され引き続き内閣を率いることになれば、それはそれでいいと思う。

ただし、党運営の面で小沢氏が院政を敷く恐れは十分あるとみなければならない。おそらく枝野幹事長は更迭の対象になるだろう。また内閣改造も当然行われるだろうから、小沢氏の影響力が強まれば組閣は菅氏の思うようには行かなくなる。

ともあれ国民としては党内のことはさっさと片付けて景気対策など喫緊の問題に早く手をつけてもらいたい。散々見せつけられてうんざりした自民党内のゴタゴタと同じようなことを民主党にはして欲しくない。

8月11日(水)近づくお盆

2010-11-08 20:17:46 | ★③(は)お父さんの閑話365日(転載)
8月11日(水)近づくお盆

久しぶりの曇り空である。毎日入道雲がそそり立ち一雨来そうな気配を見せながら空振りに終わってきた。菜園も鉢物もカラカラでお湿りが欲しいところである。台風4号が朝鮮半島南部付近にあり今後の進路如何によって東北地方にまとまった雨を降らせる可能性がある。被害が出ない程度に降って欲しいものである。

緑陰を作ろうとネットを張って植えたゴーヤ(ニガウリ)に花が咲いて実がいくつかなった。大部分は大きくならなかったが二個だけが10cmほどの大きさになった。果たして食べられるほどまで成長するかどうか分からないけれども毎朝水遣りのたびに眺めるのが楽しみである。

家内が農協系のスーパーから盆棚に敷く茣蓙と蓮の葉に包んだお供え物一式を買ってきた。2個ずつ入っている野菜やホウズキなどを糸で結んで、ヤナギの棒に吊るした子供のころの記憶がある。今は蓮の包みを開いてお供えするだけで誤魔化しているが、まだ小さいゴーヤもこのお供えの一員に加えようか。

その蓮の葉の器に、祖霊に差し上げたご馳走と同じものの一部を供える。これはお盆になっても帰る場所がない無縁仏のためだと母に教わった。この時期各地のお寺で営まれる施餓鬼法要も同様の考えで行われるものだろう。

所在不明の100歳以上の高齢者が増え続けている。おそらくその多くは誰に見取られることもなく亡くなって無縁仏になるのだろう。福祉国家を標榜する日本らしからぬ現実であるが、ささやかではあるが無縁仏のためのご馳走を用意してお待ちすることにしよう。


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8月12日(木)御巣鷹から25年

日航ジャンボ機が尾翼を失って迷走の挙句、御巣鷹の嶺に墜落して520人の犠牲者を出した大惨事から25年の歳月が流れた。ときは過ぎ去っても犠牲者の遺族、関係者の心の傷は癒されることがない。遺族の多くは高齢になった。それでも杖を片手に今年も現場へ供養登山をした人、麓の川で灯篭を流して故人を偲ぶ人たちの姿が放映された。

コントロールを失った大型機を必至に操ったコックピットの人々、乗客がパニックにならないように最善を尽くした客室乗務員、そして絶望と淡い期待の中で家族に残すメモを認めた犠牲者の気持ちを想像すると言葉を失う。何がなんだか分からないうちに一瞬にして命を失うのと違って、どんなに辛い思いをしたかと思う。

航空機の発達は多くの乗客をより早く遠くまで運ぶことを可能にした。けれども安全については万全とは言えなかった。日航ジャンボ機墜落事故のような大事故は稀有とはいえ、国内だけでも多くの事故を記録している。

速さは飛行機に敵わないけれども多くの乗客を運べる点では新幹線の方が上である。東海道新幹線が開通したのは昭和39年10月1日だった。10日に始まる東京オリンピックにようやく間に合った。それいらい新幹線は路線を伸ばし続け東北も青森まで新幹線で行けるようになった。

この高速鉄道が開業以来脱線・転覆と言った人身に関わる大事故を一度も起こしていないことは世界に誇れることだと思う。自動車事故で毎年1万人を越える死者を記録していることを思えば、死者ゼロは如何に偉大な記録かが分かる。

新幹線はこの記録をさらに伸ばして欲しいし、航空機も安売り競争よりは安全を売り物にして競争することを願っている。


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8月13日(金)よっこらしょ

昨日台風4号の影響で怪しい空模様だったが墓参りに行った。両親が眠る郊外の墓地でポツポツ降りだした雨は2番目に訪れた市内のお寺で本降りになり、これは困ったことになったと空を見上げた。ところが3番目のお寺に着くころには小止みとなり、お参りを終えるのと符節を合わせるように雨はピタリと止んだ。最初の墓地から最後までおよそ40分ぐらいだった。

天気予報では台風4号は夜から今日未明にかけて東北地方を通過するということだったので、一度止んでもまた降り出すと覚悟していたのに家に帰り着くころには青空ものぞいてきた。夕方別の会合に出席するために傘を用意して出かけたが、それ以後は結局傘の出番なし。台風は夕方秋田県に上陸し青森県を経て太平洋に抜けたと言う。

仙台は今回の台風に関しては最も影響が少ないラッキーなところに位地していたことになる。仙台は大きな都市にしては自然災害の少ないところだとかねがね思っている。九州や四国のような台風常襲地帯ではないから大雨や強風の被害はほとんどない。今年の夏は特別暑いけれども、概して気候が温和で冬もさほど寒くはないし雪もほとんど降らない。

という訳で、仙台は地震の心配さえなければ安心して住める都市の一つだと思う。地震ばかりは予知が難しくどうしようもない。身を守るためには家屋の耐震化といざと言うときの身の処し方だけが頼りであるが、すたこら逃げ出そうにも年々素早い動作が出来なくなってきた。

立ち上がろうとするとき、ともすると「よっこらしょ」とか「どっこいしょ」などと掛け声をかけたくなる。声に出すのはいかにもじじむさいから言わないようにしているけれども、無意識に口をついて出るかもしれない。106歳で亡くなった母が晩年「何でからだが言うこと聞かなくなったんだか」と言っていたが、小生は80歳にして既にその心境である。お盆になると早く亡くなった父よりも、なぜか母のことを思い出す。


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8月14日(土)「おくずかけ」

お盆の2日目。今朝は「おくずかけ」をつくって仏前にお供えした。「おくずかけ」は仙台地方でお盆の定番料理である。「お葛かけ」と書くのだろうか、夏野菜各種とうーめん(温麺)を薄い醤油味で煮て水溶き片栗粉でとろみをつけたものである。

作り方は家庭によっていろいろあるのだろう。しかし具に夏野菜と温麺は不可欠である。仏様にお供えするに当たって失礼がないように、使った材料を確かめながらお椀に盛った。野菜はインゲン・ミョウガ・オクラ・ニンジン・ゴボウ・ナス・サトイモ・ジャガイモ・サツマイモである。麺は製造過程で油を使わない白石温麺。以上のメイン素材のほかに糸こんにゃく、高野豆腐、豆麩、油揚げ、シイタケが加わる。以上で15種類だ。

この煮物が何時ころから仙台地方で行われるようになったのか分からない。とにかく手に入るものは何でも使ってご先祖様にご馳走しようと始めたものではなかろうか。精進料理だから煮干など生臭物の出汁は使わない。干しシイタケと昆布だけの出汁だからあっさりしている。

この煮物は深鍋にどっさり作る。ある程度の量がないとおいしくないのだ。一度には食べきれないので当然残る。残って冷めたものがまたうまいのである。冷める段階で素材に味が満遍なくしみこむからだろう。

盆棚はリンゴ、ナシ、カキ、メロン、バナナ、グレープフルーツなど内外の果物で賑やかだ。今日はその他に仙台長ナス漬け、ベルギー産チョコレートまで加わった。ご先祖さまも供え物の国際化に驚いていることだろう。


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8月15日(日)敗戦の日

日本が連合軍に白旗を掲げ太平洋戦争が終わった日である。65年も前のことだ。今では記憶が薄れその日のことは断片的にしか覚えていない。

真夏の太陽が照りつける暑い日だった。正午に重大放送があるというのでラジオの前で待った。流れてきたのは昭和天皇の「玉音」だった。独特の抑揚で伝えられた内容は、15歳の少年には理解できないところもあったが、戦争が終わったと言うことだけは分かった。

勝つと思っていた戦争に負けた悔しさよりも、これからは空襲に怯える心配がない、灯火管制もなくなると思うと無性に嬉しかったのを覚えている。恥ずかしながら何と単純な少年だったのだろう。その先に待っている食糧難、インフレなどの混乱など考えもしなかった。

軍需工場で働く必要がなくなり再び学校に通いだしたのは何時からだったのか。たぶん9月になってからだったと思う。軍事教練をするために学校に派遣されていた軍人の姿がなくなり、連合軍の命令で剣道と柔道が禁止されて、職を失った武道の先生方が校庭の草むしりなどをしていた風景を思い出す。

焼け残った校舎は窓ガラスが壊れたまま、教室が足りず講堂を三つに仕切って急場を凌いでいた。しかし陸軍士官学校、陸軍幼年学校、海軍兵学校、海軍予科練習生など軍関係の学校からの復学者で生徒数が膨れ上がり、一部は少し離れた別校舎へ分散せざるを得なかった。

敵性語として禁じられていた英語の授業が再開されたのもそのころである。民主主義と言う聞きなれない言葉が大手を振って登場してきた。今思えば昭和20年はまさに天地がひっくり返るような激動の年だった。


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8月16日(月)働き蜂

13日からわが家に滞在なさったご先祖さまは、今日送り火に乗ってお帰りになる。たいしたおもてなしも出来なかったが、今年は歩き始めた初孫をお見せすることが出来た。秋の彼岸までしばしのお別れである。

今日・盆の16日と正月16日は、むかしから「地獄の釜の蓋が開く」と言われてきた。現在のように労働基準法で労働者に最低限の休日を与えることが義務付けられていなかった時代、奉公人には休む権利などはなかった。でも正月16日と盆の16日だけは仕事をしてはならない日とされ、年中無休で罪人を釜茹でにしている閻魔庁の役人もこの両日だけは休業で、釜の蓋を開けて使わない日とされていた。

娑婆でもこの日は「薮入り」と称して使用人に休暇を与え、お小遣いをやる風習があった。たった1日の休みでは何もできなかったと思うが、うまい物を食べたり芝居小屋を覗いたり、天下晴れてつかの間の自由と休息を楽しんだのだろう。

週に一度の休みが商店やサービス業まで普及したのは戦後のことで、戦前はろくに休みも与えられない奉公人が圧倒的に多かった。働き蜂といわれる日本人の気質はそうした長年の労働慣行で培われたのかもしれない。

有給休暇という当然の権利を使い残す人が多く、育児休暇の取得率も極端に低いのは、休みを取りにくい職場の雰囲気がそうさせている面もあるが、働き蜂遺伝子、働いていないと落ち着かないと言う悲しい習性のせいでもあるような気がする。

つかの間のお盆休みは今日で終わり、また明日から働き蜂がせわしなく動き回る日常が戻ってくる。


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8月17日(火)ラッキョウ

久しぶりにラッキョウを食べた。小粒の花ラッキョウの甘酢漬けではなく、普通サイズのものをヨーグルトに漬け込んだものである。甘酢に漬けたものより匂わないと聞いた家内が試しに作ってみたのだそうだ。小生は元々ラッキョウが好きで匂いを含めてうまいと思っているから、匂いを気にしたことはない。噛めばカリカリと音がする独特の食感がいい。

ラッキョウは中国原産でインドシナ半島やヒマラヤにも野生種が分布しているそうだ。日本へは9世紀に渡来した古い野菜である。食用にするのは地下に出来る鱗茎の部分で、繁殖も鱗茎で行われる。ヨーロッパへは日本を介して紹介されたらしく、英名はrakkyouである。

しかしヨーロッパやアメリカでは全く利用されていない野菜である。エシャロットという良く似た植物があるからだろうか。因みに日本でエシャロットとして売られているものの大部分はラッキョウを若取りしたもので本物ではない。

カレーライスには甘酢ラッキョウが付き物である。その他に福神漬けや刻みショウガなどをつけるところもある。カレー発症の地・インドではカレー料理にラッキョウを添える習慣はないようだから、おそらく日本人の発明であろう。

ラッキョウは激辛カレーで焼けるように熱くなった口中を冷やしてくれる。そして次の一口がまたおいしくなるのだ。インド料理に添える香辛料・チャツネ(正式にはチャトニー)の代用品だと思うが相性をよく考えた添えものである。


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8月18日(水)ミョウガの保存法

ミョウガの子がたくさん出てきた。薬味に重宝しているが使う量はたかが知れている。残ったミョウガを保存して年中使えるようにするにはどうすれば良いか。甘酢漬けにしたこともあるが長く置くと変色してどす黒くなり味も悪くなる。

もっと良い保存法はないものかと探したら塩漬けと冷凍保存に行き着いた。塩漬けは洗ったミョウガの子を底に塩を敷いた容器に隙間なく並べて塩を振り、またミョウガを並べて塩を振ることを繰り返して漬け込むのだそうだ。いわばハクサイなど野菜を漬物にして保存するのと同じである。使うときは塩抜きして使うのだそうだが、生のときの美しいピンク色と香りも変らず保存できるのかどうか分からない。おそらくこれは商売人が大量に保存する方法であろう。

家庭で使うだけ、しかも新鮮なまま保存するのに簡単で最もいいやり方は、薬味として使うように刻んでから保存袋に小分けして冷凍することだそうだ。これなら色も香りも損なうことなく長期間保存できると言う。冷凍すると組織が壊れて味も香りも違ったものになる野菜もある。でもミョウガにはそのようなことは起こらないようだ。夏場傷み易い万能ネギなどを刻んで冷凍保存するのと同じようにすればいいらしい。

ミョウガの子は来月まで出てくるので、それまでは新鮮な取立てを使える。余ったものは順次冷凍保存に回せば年中ミョウガに不自由しなくなるだろう。こんな簡単なことにもっと早く気づけばよかったと悔やまれる。シソの葉も使いきれないほど茂っている。実は塩漬けにして保存するが、葉も新鮮なまま保存できれば嬉しい。何かいい方法がないものだろうか。


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8月19日(木)暑さ一服

今日は曇り、日中の気温は27℃ぐらいまでしか上がらないそうだ。連日30℃を越す暑さが続いていたので一息つけそうだ。しかし安心するのはまだ早く、土曜日ころからまた暑さがぶり返すと言う。

この暑さ続きでいろいろな異変が起きている。大衆魚のサンマが不漁なのもそのせいだ。海水温が高いのでサンマの群れが日本沿岸に寄ってこないのだそうだ。今朝見た生協の新聞折り込みチラシには北海道沖で獲れたサンマ1匹148円とある。今日1日限りのサービス品という謳い文句だからいつもはもっと高いのだろう。

鮮度が良い生のサンマは魅力的だが気軽に食べられる値段ではない。安売りの卵なら10個買える値段である。解凍サンマを開いて一夜干しに加工したものの方がはるかに安い。手間隙かけた方が安いという値段のからくりはどうしてなのか分からないけれども、懐と相談したら一夜干しの方に軍配が上がるだろう。

野菜も高温続きで被害を受け値段が上がっている。レタスやキャベツが葉焼けして売り物にならなくなり、地上部が暑さにやられたサトイモの生育に障害が出ていると言う。今年の秋のイモ煮会にも影響が及びそうだ。魚や野菜ばかりではない。乳牛も夏バテ気味で乳の出が悪くなり、長引けば乳製品に影響するかもしれない。

それやこれやで庶民は生活防衛に追われるが、容赦なく出費を強いられるものもある。わが家の場合はエアコンの使用が例年になく多く電気代の請求が気がかりである。熱射病にやられるよりは電気代がかさんでも冷房のお世話になることにしているが、早く秋風が吹いてくれないかなあ。暑さは人間を愚痴っぽくさせる。勤めがないだけ本当は楽なのだが。


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8月20日(金)キュウリの干物

昨日の仙台は日中の気温が27℃台で凌ぎやすかった。東北地方の北に高気圧があって、そこから冷たい空気を伴った風が吹き込んだためだと言う。この暑さの中休みは今日で終わり明日はまた30℃を越す暑さが戻ってくる。

この暑さをものともせず菜園に植えた「夏元気」と言う勇ましい名前のキュウリが文字通り元気に育っている。3本しか植えていないのに、夫婦二人では食べるのが追いつかず、取り残したものは巨大キュウリになってしまう。

長さ40cm、直径5cmぐらいの大きさで皮が黄色みを帯びたものは、皮を剥いてワタを除いてから煮て食べるとトウガンの煮つけのようでうまい。熱々のものよりも自然にさまして煮汁をしみこませて冷やしたものの方がおいしい。トウガンは漢字で冬瓜と書く。夏野菜なのに変だと思っていたら、熟したものは半年も貯蔵できるそうだから冬にも食べられる瓜、つまり冬瓜になったのではないか。

そこで考えた。わが家のキュウリも皮が茶色になるまで蔓にならせておいて完熟させたら長期間貯蔵できないだろうか。ダメで元々だ。1個だけ残しておいて試してみよう。若いキュウリより肉質に噛み応えが出ておいしくなるかもしれない。

それとも干瓢のように果肉をひも状にそいで天日干しにしたらいいかも知れぬ。キュウリの干物なんて聞いたことがないけれども、今年のような天候ならうまく干せるような気がする。

8月1日(日)熱中症に気をつけよう

2010-11-08 20:16:39 | ★③(は)お父さんの閑話365日(転載)

また月が改まって8月を迎えた。東北地方は青森ねぶた、仙台七夕など夏祭りのシーズンで観光客で賑わう。今年は雨の心配もなさそうなので昨年を上回る人出が期待されているが、猛暑が続くから熱中症ににはくれぐれも注意して欲しい。

熱中症予防には体温の調整と水分の補給が欠かせない。また室内にいても熱中症になることがあるそうだから用心しなければならない。炎天下を歩いて疲れたと思ったら、先ず涼しい場所で休憩するのがいちばんだ。街中なら冷房の効いたデパートや大型店など逃げ込む場所に困らないけれども、そのような場所がないところなら木陰や家の軒先など日陰を探すしかない。

そして一息ついたら忘れずに水分を補給すること。水分は一度にたくさん飲むよりは30分に1度くらいの割で一口飲むのが効果的だという。それも真水よりはスポーツドリンクのように多少塩分を含んだものの方がいいそうだ。

ビールのようなアルコール飲料は水分補給には役立たないことも知っておく必要がある。体内に入ったアルコールを分解するには、アルコール飲料に含まれている水分以上の水を必要とするからである。

昨日テレビで見た熱中症対策では老人への注意を繰り返していた。家の中で熱中症になる老人が多いのだそうだ。その原因は老人が暑さや喉の渇きに鈍感になっていることが挙げられると言う。小生は元々暑がり屋で今もそうだし、しょっちゅう水も飲んでいるから心配していないけれども、独りで家の中に閉じこもりがちな老人は要注意で、周りの人が見守ってあげる必要がある。

ところが、独り暮らしの老人が増えたにも関わらず、周囲の人が注意を払ってあげる仕組みが出来ていないところに落とし穴がある。地域社会の相互扶助に頼るしかないと思うが、急速に進む高齢化に社会の仕組みがついて行けないところに問題があるようだ。


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8月2日(月)花ミョウガ

このごろは毎朝ミョウガ畑を見回るのが日課になっている。花ミョウガが出始めたからだ。1個の蕾から数個咲く薄クリーム色の花は目立たないが繊細で美しい。おそらくミョウガを植えていない人は見たことがないだろう。

でも花が咲いてしまうと食用にする蕾の部分がスカスカになってしまう。つまり花ミョウガと言いながら実際に食べるのは花が咲く前の蕾の状態なのである。だから毎朝の見回りが欠かせないのである。ズボンに長靴、長袖のシャツを着て帽子を被り、虫除けスプレーをかけて1.5m~2mに伸びたミョウガタケを掻き分けながら花ミョウガが出る地際を見て回るのは楽ではない。

今朝は固く実が締った花ミョウガを30個ほど収穫した。味噌汁、漬物、薬味などに使っても使いきれるものではないから、わが家では酢漬けにして保存する。自分で漬け込んだことがないから分からないが、さっと湯通ししてから酢漬けにするとピンク色が長く保てるようだ。

花ミョウガは長い間収穫できるので新鮮なものも長期間楽しめる。刻んで夏野菜のナスやキュウリと一緒に浅漬けにするとうまい。去年塩蔵しておいたシソの実を塩代わりに使うとミョウガとシソの香りを同時に楽しめる。

近年はハーブと称して西洋伝来の香りに注目が集っているけれども、サンショウ、シソ、ミョウガと言った日本に古くからあった香味を上手に使いこなすことも大事だと思う。


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8月3日(火)オニグモの巣

先日アブラゼミとミンミンゼミの声がしないのは不思議だと書いたが、実は小生が気づかなかっただけで例年通り盛大に鳴いていたらしい。実際一昨日外出したとき家の近所でミンミンゼミの声を聞いたし遠くでアブラゼミも鳴いていた。

昨日玄関近くのキンモクセイと電話の引込み線を利用して張った大きなクモの巣に、アブラゼミ、ヒグラシ、ツクツクホウシが捕らえられていた。昆虫にしてはかなり力が強いセミを3匹も同時に捕らえても網がそれほど痛んでいない。よほど丈夫に出来ているようだ。

垂直・円形の巣の形からみてオニグモの巣である。オニグモは昼間物陰に潜んでいて姿を見せない。巣に絡めとられた獲物は夜になってからゆっくり味わうのだろう。オニグモは夜型のクモである。

今朝同じ巣を見たら、まだセミがぶら下がったままになっている。クモは獲物の体液を吸うからセミの外観は変らないけれども、おそらく中は空っぽになっているのだろう。目立つ食いかすをそのままにしておいたら、次の獲物が網にかからないだろうに、網が大きく壊れないかぎりそのままにしておくのだろうか。

そう思ってオニグモの習性を本で調べたら、たいへん興味深いことが書いてあった。要約するとこうである。オニグモは夕方から夜にかけて網を張り獲物を待つ。このことは共通しているが、大阪以西に棲むオニグモのほとんどは翌朝物陰に隠れる際に網を壊して片付けてしまう。それに対して東北以北のオニグモはほとんど網を壊すことがないのだそうだ。それでは東京と大阪の間にいるオニグモはその中間型かと想像したが、何も書いてないので分からない。要するに東北のオニグモは怠け者なのか良く言えば節約指向型なのだろう。

どうしてこのような地域差が生まれたのだろう。暖かい地域に棲むクモは糸の原料の生産が活発なので網を毎日張りかえるが、寒い地域のクモは原料不足に対応しているのかもしれない。あるいは昼も網を残しておかないと十分な餌にあるつけないのだろうか。


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8月4日(水)コンピュータ重体

わが家のコンピュータが瀕死の重症になった。辛うじて命は永らえているが気息奄々、何時あの世へ旅立つか分からない状態である。立ち上がりも終了ものろのろと時間がかかるようになり、昨日はついに「閑話」を送信できなくなった。

宥めすかしてご機嫌をとりながら使ってきたけれども、もう限界かもしれない。それほど短気な性格ではないし、時間に追われて仕事をしているわけでもないから、コンピュータの動作がのろくてもたいした支障はないけれどもイライラすることもある。この文章を書いていて文字変換に時間がかかったりすると悪態のひとつもつきたくなる。

なぜこのような状態になったのか。おそらくコンピュータにいろいろな情報を詰め込みすぎて、空き容量が足りなくなったせいではないかと思うけれども素人だから当たっているかどうか分からない。ともかく専門家にお願いして診断を仰ぐ必要がありそうだ。

この原稿を送信できるかどうか、その結果をみてから判断しよう。だが待てよ。要らないファイルを片っ端から削除したら空き容量が増えて息を吹き返すかもしれない。まずそれを試してみよう。


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8月5日(木)所在不明の100歳超

東京・足立区の111歳の男子最高齢者が実は30年も前に自宅で死亡しミイラ化していた。この事件をきっかけに全国で100歳以上の高齢者の所在を確かめたところ、不明者が続々出て昨日現在で30人を越えたと言う。調べが進めばもっと増えるのではないか。

このニュースは日本人が驚いたばかりか諸外国でも関心を集め「世界1の長寿国」と言う日本の統計は怪しいものだと疑問を投げかける報道も現れた。外国から指摘されるまでもなく、これは由々しき問題である。ではどうしてこんな事態が起きたのだろう。

まず住民登録を受け付けている自治体が実態を調べていなかったことが問題だ。家族と一緒に暮らしている人、施設に入居している人などは比較的把握しやすいであろうが、家出をしたり転居届けをしないで住所を変えたりすると追跡は難しくなる。個人情報保護の観点から立ち入った調査が出来ない事情もあるだろう。だから自治体に100%所在確認を期待するのは無理な話である。

とは言っても、所在不明をこのまま放置するわけには行かない。この機会に全国共通の基準を作って所在不明者の整理をする必要があると思う。先ず手を尽くして調べても所在が分からない人の住民登録を抹消することから始めてもらいたい。

高齢者の所在不明が増えた原因の一つに、人間関係の希薄化もあげられるだろう。町内に100歳を越えるような高齢者がいれば当然関心を集め、姿を見かけなくなれば話題に上るような環境がなくなってしまった。隣で何が起きようが無関心の世の中では高齢者の存在感は薄れるばかりである。

長寿と老人が大事にされることは別問題である。寿命が延びても社会から忘れ去られた高齢者は不幸である。身寄りがなくなっても老人が所在不明にならず、最後まで社会の一員として生きられる環境であって欲しい。


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8月6日(金)核がない世界へ

広島に原爆が投下されてから65年が過ぎた。被爆者の高齢化が進み原爆を体験した人は年々少なくなり、やがて1人もいなくなることは確かだ。けれども世界で初めて投下された原爆が一瞬にして広島市を廃墟と化し、多くの犠牲者を出し、生き残った者も原爆症に苛まれて来た記憶を風化させてはならない。

今年の「原爆の日」は核廃絶への歩みが一つの転機を迎えたような気がする。広島に原爆を投下したアメリカから初めて駐日大使が、また国連からは事務総長が式典に参列した。その背景には核がない世界を実現すると言ったオバマ米大統領のプラハ宣言がある。

その意思を世界に向かってさらに発信するためにルース駐日大使を式典に参加させたのだろう。オバマ大統領自身も在任中に被爆地を訪れたいといっている。核廃絶に向かっては他の核保有国も異を唱えるはずもなく、その話し合いをする場を代表する形で国連事務総長が式典に参列するのも自然の成り行きだったと思う。

冷戦を前提とし、その抑止力としての核を信奉する限り核兵器削減すら言い出すのが難しかった時代にこらべれば隔世の感がある。とは言っても核兵器を根絶するためにはまだ越えなければならないハードルがいくつもある。その困難を乗り越えて前に進もうとする意思を広島での式典に託したと見るのは甘すぎるだろうか。

人類は戦争のためにいろいろな殺傷兵器を開発した。そしてその頂点に核兵器がある。はっきりしていることは、どの兵器も人間が考えて造りだしたものである。人間が造りだしたものなら人間が抹消することだってできるはずではないか。


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8月7日(土)立秋ではあるが

小鳥に餌をやろうと一歩外へ出たら蝉時雨が降り注いできた。ジー…と切れ目なく続いているのはマツゼミであろうか。これは主として裏の松林から聞こえてくる。その通奏低音を背景に、鼻を摘んで声を出しているようなミンミンゼミ、油が煮えたぎっているようなアブラゼミの声、せわしないツクツクホウシの甲高い鳴き声などが入り混じって頭上に降り注ぎ暑苦しさを掻き立てる。

今日は暦の上では立秋であるが秋風が立つのはまだ先のようである。最終日を迎えた青森ねぶた、2日目の仙台七夕など東北の夏祭りは、いずこも晴天に恵まれて盛り上がった。稲の生育も順調のようである。ただこのままの暑さが続くと米の品質が落ちると心配する農家もある。何ごとも「過ぎたるは及ばざるが如し」か。

東北の夏祭りと入れ替わるように高校野球の祭典が始まった。この時期ばかりは、さほど野球に関心がない人までがにわか野球ファンになって、郷土を代表する高校球児の応援をする。炎天下の甲子園球場はことのほか暑い。西宮市に住んでいた5年間欠かさず高校野球を観に行ったが、聞きしに勝る猛暑だった。

屋根がある内野席の上段はそれほどでもないが、擂鉢状の球場は下に行くほど熱がこもる。スコアボードの上の旗を揺らす濱風もグラウンドには届かない。今年は例年にも増して炎暑が球児たちを苦しめるだろう。熱中症にならないように気をつけて熱戦を繰り広げて欲しい。

もうすぐお盆の時期でもある。迎え火送り火、祖霊へのお供え物など、昔ながらの行事は曲がりなりにも絶やさないでいるが、両親が生きていた頃に比べればだいぶ手抜きが目立って申し訳なく思っている。お盆が終わるころには今年の猛暑も穏やかになり秋を感じるようになるのだろうか。


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8月8日(日)喉の渇き

朝の涼しいうちに芝生を刈ろうと思い立った。伸び放題の芝生は暑苦しくていけない。涼しいうちと言っても今日の最低気温は26℃を上回っていたから、ちょっと体を動かしただけで汗ばむ。暖かいと蚊の活動も活発で、刺されるのが嫌だからズボンに長靴、長袖シャツの完全武装で臨んだので、10坪にも満たない芝生を刈り終えるころには汗だくになった。

汗となって失われた水分は補給しなければならない。夏場は普通の運動量でも成人は1日に約2リットルの水分補給が必要だと言う。2リットルの中には味噌汁やご飯の水分も含まれるのだろうから、全部水の形で補給する必要はないのだろう。それでも必要量の半分1リットルを水で補うとして、果たしてそれだけの水を飲んでいるだろうかと不安になった。

食事に伴って体内に入る水分のほかには、朝に決まって飲む緑茶以外はあまり水を飲む習慣がない。それでは少なすぎると思って500ミリリットルのペットボトルに水を汲んでそばに置いておき、時折飲むように心がけているが、全部飲み干したところでまだ1リットルには達しないようだ。

それでも喉が渇いたと感じないところに実は落とし穴があるのだと言う。以前にも書いたとおり高齢になると喉の渇きに鈍感になるのだそうだ。ペットボトルの水やお茶、炭酸水などを持ち歩いている若者を良く見かける。彼らは喉が渇くからそうしているに違いない。老人と言えども体の維持に必要な水分は似たようなものだろうから、もっと意識して水分をとる工夫をしなければいけないようである。

体内の水分を検知して補給が必要か否かを知らせてくれる装置があれば便利である。そんなセンサーを乾きに対する感度が落ちた老人用に開発してくれたらありがたいと思う。


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8月9日(月)放射能の怖さ

今日は長崎「原爆の日」。広島・長崎と立て続けに原爆が投下された65年前、小生は動員学生として軍需工場で働いていた。当時は軍部が報道管制をしていたので、原爆だとはすぐには分からなかったけれども「特殊爆弾」という表現で、これまでの通常爆弾とは違う被害を齎したことを伝えていた。

仙台は7月10日のB29による爆撃で市中心部が焼け野が原となり、釜石などの港湾都市に対する艦砲射撃や艦載機による攻撃が繰り返されるようになり、日本の敗色は日一日と濃くなっていた。仙台にも「特殊爆弾」が投下される恐れがあると思ったかどうか知らないが自宅待機を命じられ、敗戦は自宅で迎えた。

広島・長崎の惨状を知ったのは敗戦後しばらく経ってからだった。新聞とラジオしかマスコミと言えるものがない時代で、それすら占領軍の検閲の元に置かれていたから、日本国民に知らされたのは事実のごく一部に過ぎなかった。

一般国民は放射能の恐ろしさを知る術もなかった。もしそのような知識が行き渡っていたら、後から原爆被災地に入って放射能を浴び、長い間苦しむことになる犠牲者はより少なくて済んだだろうにと思われる。敗戦の混乱でとてもそれどころではなかったと思うが残念なことである。

広島・長崎は原爆投下から65年経って放射能に怯えることもなく平和な暮らしが営まれているが、世界的にみればまだ放射能の危険に曝されているところがある。その地域の一つがイラクである。アメリカ軍はイラク軍を壊滅させるための攻撃で劣化ウラン弾を多用した。鋼鈑の貫通力に優れていて敵の戦車破壊に威力を発揮したからである。

被弾した戦車の残骸からは今でも強い放射能で出ている。それに汚染されたチリやホコリを吸い込んだ住民、特に子どもに白血病や奇形児など放射能による病気が多発している。アメリカは科学的な根拠がないと反論しているけれども、劣化ウラン弾と病気の多発には深い因果関係があると見るのが自然であろう。

核廃絶のなかには核兵器製造の過程でできた、いわば核のカスを利用した兵器の廃棄も含めて考えるべきだと思っている。


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8月10日(火)臓器移植の新事例

改正臓器移植法に基づく最初の臓器移植が行われることになった。臓器を提供することになったのは交通事故で入院していた若い男性で、書面で提供の意思を残していなかったが、、万が一の時は提供していいと言っていたことを家族が尊重した結果である。

これによって臓器提供を待っていた難病患者の幾人かの命が救われることになる。臓器移植を外国に頼ることが多かった日本で国内移植の道が広がるならば待機患者にとっては大きな前進、福音に違いない。

けれども本人の意思表示が書面でなされなくても家族が認めれば臓器移植が出来ることに抵抗を感じる人もいる。また本人が提供の意思を書面で残していても、子どもの遺体から臓器を取り出すことを忍びないと思う人もいるだろう。さらに脳死は本当に人の死だろうかと訝る人もいる。このように改正臓器提供法に基づく臓器提供は改めて脳死について考える機会にもなった。

さて、お前さんはどう考えるのだと聞かれると、即座に明確な答えを出すことは困難である。難病患者を救うと言う観点からすれば改正臓器移植法に基づく臓器移植は大いに結構であるが、提供者がわが子だったらどうしよう。人工呼吸器なしでは死んでしまうことは分かっていても、心臓は脈打っていて温かい。話すことは出来なくても目の前にいるのはまさに生きている人間ではないか。

回復の望みは全くないと理性では分かっても、臓器提供には大きな家族の決断が必要だ。臓器移植は時間との勝負である。提供側の決断を促す心のケアが大事だと思う。今回の事例はうまくことが運んだけれども無理は禁物だ。焦らず新しい制度が国民の理解を得られるような啓発運動と地道な努力が不可欠だと思う。

7月21日(水)オクラ納豆

2010-11-08 20:15:36 | ★③(は)お父さんの閑話365日(転載)
7月21日(水)オクラ納豆

食べ物に嫌いなものはほとんどない。大概のものはおいしくいただけるので助かっている。積極的に食べたいと思わないものがあるだろうかと考えても思い浮かばない。前世はよほど飢えていたようで何でも食べてしまう。

中でもネバネバ食品が好きである。納豆、とろろ、オクラ、とろろ昆布は良く食べる。例えば納豆。パックに添えられている辛子と出汁醤油で食べるのが普通かもしれないが、小生は辛子も出汁醤油もついていないものを買って来る。その方が自分好みの食べ方ができるからだ。

いちばんオーソドックスな食べ方は、刻みネギをたくさん入れ良くかき混ぜる。混ぜているうちに糸と豆とネギが絡み合い、ネバネバの糸で真っ白になるまで根気良くかき混ぜる。そうすることによって納豆本来の旨味が引き出せるのだそうだ。

食通で知られた北大路魯山人の著書で知ったことであるが、腕が疲れるほどかき混ぜると確かに旨くなる。仕上げに花かつおと醤油を少々入れてもう一度かき混ぜてから食卓に運ぶ。塩味はほとんど感じないくらいに控えた方が納豆の旨さを純粋に味わえる。

最近嵌っているのが納豆にネギの代わりに刻んだオクラを混ぜることである。オクラは生でも良いが軽く湯がいた方が緑が鮮やかになる。納豆にオクラのネバネバが加勢して、いやがうえにも粘っこい納豆になる。団子状になるから生卵を加えて味を整えるることもある。

それを熱々のご飯にかけて食べればあとは何も要らない。ヌルヌル、ネバネバで納豆粒は口の中を逃げ回り、噛むに噛めないからいい加減で飲み込んでしまうけれども別に支障はない。とろろ飯を掻き込む要領でいいのだ。


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7月22日(木)ユリの花盛り

庭のヤマユリが真っ盛りである。その濃厚な匂いで庭が満たされている。1個の花でも屋内に持ち込めないほど強い匂いである。今朝数えてみたら、開いていたのが47個、まだ蕾があるから最終的には50個を越すだろう。

こんなにたくさん咲いたのは初めてである。ヤマユリは日本特産のユリである。花の直径は20cmを越すものがザラで、豪華さでは他の追随を許さない。大輪の白い花と優雅な香りで人気のカサブランカという品種はヤマユリの改良で作り出されたと聞く。

ヤマユリは花を愛でるばかりでなく地下の鱗片は和食の高級食材である。一般家庭ではおせち料理でお目にかかるぐらいのものだが、ほくほくした食感と独特のほろ苦さが好きだと言う人も多い。

ヤマユリの花が終わるころ、オニユリが咲き始める。オニユリという名称は橙色が赤鬼に似ているからだと思っていたら、実は強壮な性質にちなんでつけられたと言う。葉腋に出来るムカゴでどんどん繁殖し他の植物を駆逐する勢いである。この鱗片も食用になる。

ひところ庭に侵入して始末に困るほどだったテッポウユリの仲間のタカサゴユリは、見つけ次第引き抜いてほとんど根絶した。このユリはわが家の西に隣接する研究施設の広大な敷地に野生化しているもので、タネが風に飛ばされて来たらしい。庭に数輪咲く分にはかまわないが旺盛な繁殖力が災いして嫌われているようだ。


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7月23日(金)暑い

「言うまいと思えどけふの暑さかな」。この暑さの連続は尋常でない。太平洋高気圧が本州上空に居座っているからだと分かっていても、文句の一つもつけたくなる。家の中にじっとしていれば凌げない事もないが、家内が上京しているので昨日の夕方食料を仕入れに外出した。

歩いて5分ほどの距離にあるバス停まで行くだけでもう汗ばんできた。バスの中はクーラーが効いていて快適だったが、降りた途端に熱い空気がズボンの裾から流れ込んできた。うーむ、これはたまらん。アイスでも買って食べようかとも思ったが、また汗になって出てくるばかりだから我慢した。

買い物を済ませての帰り道がもっとからだに応えた。家にいちばん近い停留所を通るバスの時間まで間があるので、家まで歩いて15分ほどかかるバス停経由の路線に乗ったのがいけなかった。食料で重くなったリュックを背負い家に向かって歩き出した途端、西日が真正面から照りつけた。風はそよとも吹かない。

夕凪の中を太陽を呪いつつ、緩やかではあるが長い坂道をのろのろと上った。ゆっくり歩いても汗が噴出す。団地にたどり着いてやれやれと思ったが家までの急な坂道でとどめを刺された。玄関にリュックを放り出し、冷房が効いている居間に駆け込んだ。

涼しい部屋に入っても汗は簡単に収まらない。冷たい水をゴクゴク飲んでやっと人心地がついた。老人になると寒さばかりか暑さにも弱くなるようである。外出して帰宅するまで約1時間であったが、その間水分を補給しなかった。これが老人には危険なことらしい。老人は喉の渇きに鈍感になっているので熱中症に陥る危険性が高いのだそうだ。今後炎天下の外出には忘れずに水のボトルを持参しよう。


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7月24日(土)「氷河特急」

スイスのサンモリッツとマッターホルンのふもとの町・ツェルマットを結ぶ観光列車「氷河特急」が脱線転覆し、日本人観光客1人が死亡、多数の負傷者が出たそうだ。6両編成の後3両が事故にあったそうだが、特急といってものんびり走るいわば鈍行列車がなぜ脱線転覆したのか分からない。

この列車にはかなり前に一度乗ったことがある。途中標高2,033mのオーベルアルプ峠越えなどがあり、谷間をのろのろと這うように進む列車だからこそ、周囲の景色をゆっくり楽しむことが出来るわけだ。小生が乗ったのはクールからツェルマットまでの約180kmだったが7時間もかかっているから時速約26kmに過ぎない。

食堂車でゆっくりワインと食事を楽しみ、緑のアルプ(牧場)と放牧されている家畜を眺め、はるか下方の谷間を流れる小川やハイジのお爺さんの家のような家畜番小屋を望むのんびりした列車の旅だった。

勾配がきつい線路を上ったり下ったりだからスピードは出ないのは当たり前で、テーブルに置いたグラスに注いだワインが斜めになるので、わざわざグラスの脚を傾けて作ったワイングラスを乗車土産に売っていた。そんな懐かしい思い出がある「氷河特急」だから、事故の原因究明をして再び安全運行で観光客を楽しませて欲しい。

それから1週間滞在したツェルマットでは朝夕マッターホルンを仰ぎ、電車で3,130mの展望台まで上ってマッターホルンの雄姿を間近に眺め、ゴルナーグラート氷河、フィンデルン氷河などの迫力に圧倒されたのを昨日のできごとのように鮮やかに思い出す。

展望台からに帰途、途中で電車を降りて、お花畑の中を宿舎のシャレー(貸し別荘)まで歩いて下ったのも忘れえぬ思い出である。「氷河特急」事故のお陰で10数年前のスイス旅行を思い出した。


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7月25日(日)偏西風大蛇行

世界中が異常気象に見舞われている。日本はこのところ猛暑続きであるが、猛暑は日本ばかりでなく夏を迎えた北半球随所に起こっている。イタリアからロシア西部、シベリア東部、中国北部、アメリカ南西部などが顕著である。

モスクワでは市民が水辺に殺到し、エアコンがない地下鉄では死者も出る騒ぎ。旱魃で小麦が立ち枯れるなど農産物にも被害が出ている。この高温は中国南部から日本の西部に大量の湿った空気を齎し、各地に大雨被害を引き起こした。

一方、真冬を迎えた南半球は異常寒波に見舞われている。寒波による被害はとくに南米で著しく、ブラジル西部で家畜2万7千頭が死に、チリでは吹雪で停電し交通機関が麻痺している。この寒さで南米全体で2百人もの死者が出ていると言う。

これらの異常気象は偏西風の大蛇行が一つの原因という。偏西風は地球の上空を西から東に向かって常に吹いている風であるが、その流れが何らかの加減で大きく蛇行することがある。蛇行は赤道付近と極の間の温度差のために熱の南北輸送が起こることと、地球の自転が関係している。普通の偏西風の流れで温度差輸送のバランスが保たれなくなると蛇行が始まり、南北の温度差が大きいほどそれを埋めるために蛇行が大きくなるらしい。

今年の異常気象はその一つの現われと考えられるけれども、それでは南と北の空気の温度差を大きくした原因は何なのか。それが良く言われる地球温暖化と関わっているのかどうかとなると、解明されていない部分が多いようだ。ともあれこの暑さ、いい加減に夏休みを取ってもらいたいものである。


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7月26日(月)土用丑の日

今日は土用丑の日。ウナギにとってはご難の日である。もっとも当日割いて焼かれるウナギはごく少数で、前もって下ごしらえしたものや、かば焼きにして冷凍保存したものが大部分だ。

年々日本の河川にやってくるシラスウナギ(ウナギの稚魚)の数が減っている。そのためウナギの養殖もピンチだというが、冷凍保存したものがあるから今年は例年並の値段で出回ると言う。

それでもスーパーのチラシを見ると1匹1,300円ぐらいするから決して安くはない。ウナギ屋でうな重を注文したら2千数百円はするだろう。こうなるとサラリーマンの昼飯代では足りない。同じスタミナをつけるなら牛丼屋の方が安上がりである。スーパーのチラシには牛丼セット2人前・タレつき480円と言うのが目玉商品で出ていた。これなら貧乏人でも食えそうである。

ヨーロッパ諸国でもウナギは食べられている。日本のようにウナギ料理専門店もあるけれども一度も入ったことはない。店先の水槽に飼われているウナギがどれも日本のに比べると大型で、どうも食欲がそそられないからである。

ぶつ切りしたウナギを煮て味付けしゼラチンで固めたものをマッシュポテトなどを添えて食べるらしい。タレをつけて焼いた香ばしいかば焼きに慣れている日本人は二の足を踏む食べ方である。身をほぐしてパイ皮に詰めオーブンでこんがり焼き上げたロンドン名物なら食べてみたいものである。決してきれいとは言いがたいテムズ川に結構ウナギが遡上して来るそうだ。

はるか彼方の南海で生まれ日本にやってくるシラスウナギを日本国内で完全養殖することに成功したという。その技術が実用化されるまでにはまだ時間がかかりそうであるが、国内でウナギの稚魚を安定供給出来るようになればウナギの値段がもっと安くなる可能性がある。それまで生きていたら出盛のサンマ並みの値段でウナギが食べられるようになるのだろうか。


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7月27日(火)夕立

昨日の夕方、仙台で局地的に降った夕立はすさまじかった。雷鳴が轟き地面を叩きつけるように大粒の雨が落ちて来た。晴れていればまだお日様が照っている時間帯なのに薄暮のように薄暗くなり、ヒグラシが間違えて鳴きだした。

1時間に42.5mmも降り、水浸しになるところも出たと言う。たまたま外出していた人の中にはずぶ濡れになった方もいただろう。久しぶりに経験した夕立らしい夕立だった。夏の高校野球に出場する宮城県代表を決める決勝戦がこの豪雨のために2時間以上も中断せざるを得なかった。

熱帯地方にはスコールと言う雷雨を伴う強風が吹く現象がある。小生は経験したことがないけれども、それこそ篠突く雨と表現するのに相応しい雨風らしい。束ねた篠を突き下ろすような雨というのだから視界も利かなくなることだろう。

コンピュータの電源には雷遮断装置をつけているので安心して使っていたら、突然バシッと音がして電源が切れた。アッやられたと思ったら独りでに再起動したのでやれやれと胸を撫で下ろしたが、近くで雷が鳴るときはコンピュータは使わない方がいいようである。

昨日の夕立は恵みの雨だった。空気を一挙に冷やして涼しくなったばかりか、カラカラに乾いていた菜園の作物が元気を取り戻した。同時に雑草も勢いを盛り返すのは困るけれども、天は平等に恵みを与えるのだから仕方がない。乾燥して地面が割れ、出そびれていたハナミョウガがこの雨で出てくるのを期待している。

ハナミョウガが出たら酢漬けにして保存するつもりでいる。新鮮なものを刻んでソーメンやソバの薬味にするのもいいな。市販の大ぶりなものとは一味違った野生の味がする。


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7月28日(水)夏の花

街のあちらこちらで橙色の花がたくさん咲いているのを見かける。道路にもたくさん落ちているのはノウゼンカズラである。中国原産の蔓性木本で、9世紀には既に日本に渡ってきた古い歴史を持つ植物である。賑やかな花であるが1日しかもたないようでぼたぼた地面に落ちる。花盛りの今ごろは掃除が大変らしい。

サルスベリも咲いている。花色は濃いピンクか紫紅色が多いようだ。これから9月にかけて咲き続ける花期の長い樹木である。百日紅(ひゃくじつこう)という別名はそれに基づくものだろうか。

長女が生まれた年は申年だった。それを記念して庭に植えた百日紅が大きくなって濃い紫紅色の花を楽しませてくれていたのに、数年前突然枯れてしまってがっかりした。しかし根は生きていたようで、翌春やや離れたところに跡継ぎが生えてきた。まだ花は咲かないけれども大事に育てている。

以上二つは夏を代表する花であるが、もう一つ戦後各地に増えた夏の花にキョウチクトウがある。公害に強い性質が買われたものらしい。この木がハイウエイの中央分離帯に飢えられて延々と続いているのを観たのはスペインだった。日本のものと同じようだったがあれはセイヨウキョウチクトウだろう。強烈な太陽が照りつけるスペインに似つかわしい花だと思った。

樹木ではないがヒマワリも夏の花だ。日本でも休耕田などに植えられて観光客を集めているところもあるようだが、地平線まで見渡す限りのヒマワリ畑に出会ったのもスペイン南部だった。タネから油を絞る目的で栽培されているようだ。

夏を代表する花々は派手な装いのものが多い。強い光線に負けじと咲き誇っているけれども、炎暑が続くといっそう暑苦しさを掻き立てられるような気もする。


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7月29日(木)ツクツクホウシ

何日かぶりの曇り空である。少しは気温が下がるだろうと期待したが、天気予報では今日も30℃に達するそうだ。セミはこの暑さを喜んでいるようで、裏山や庭木からいろいろなセミの声が聞こえてくる。今朝はこの夏初めてツクツクホウシが鳴いているのを耳にした。

このセミが鳴き出すと例年夏も終わりに近いなと思うが、今年は様子が違うようだ。今のところ中休みはあっても暑い日がまだ続きそうである。

ツクツクホウシ属のセミは日本に5種類いるという。小生は本州で一般的なツクツクホウシしか知らないけれども、九州南部から沖縄本島にかけて棲んでいるクロイワツクツクはゲーッゲーッジュルルル…とゆったり鳴くそうだ。本州のツツツクホウシの鳴き声はせっかちである。

奄美大島や徳之島、久米島には大型のオオシマゼミと言うのがいて、カンカンカン……とセミとは思えないような声を出すそうだし、石垣島と西表島に棲むイワサキゼミはゲーイカンカラカラ、ゲーイカンカラカラ……とやかましく騒ぎ立てると言う。一度聞いてみたいものだが、セミの声を聞くためだけに出かけるには遠すぎる。

今年不思議に思っているのは、ごく一般的なミンミンゼミとアブラゼミの声をまだ聞かないことである。まさかあまりの暑さに辟易して黙っているわけでもあるまいに、変なこともあるものだ。


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7月30日(金)野菜の見分け方

雨に濡れるのが嫌で今朝は菜園に行かなかった。ところが二階の書斎の窓から見下ろすとキュウリが何本か食べごろの大きさになっている。昨日見たときはまだ小さいと思ってそのままにしていたのだが、1日で見違えるほど大きくなるものである。

もう1日ならせておいたらタネが大きくなって歯触りが悪くなるような気がしたので、雨の中傘をさして収穫に行った。新鮮なキュウリには棘がいっぱいついている。摘んで指に刺さることはないけれども、あれは虫を寄せ付けないためにあるのだろうか。ナスのヘタにも棘がある。種類にもよるだろうがこの棘は鋭くて痛い。

棘は店頭に並んでいるキュウリやナスが新鮮かどうかを見定める目安になる。新鮮なものは棘も元気である。断面が五角形をしているオクラの実の基部についているガク片の名残のようなものも新鮮さのバロメーターである。これが脱落したものは買わない方が良い。こうしたことはその植物を実際に栽培してみないと分からないことが多い。

家庭菜園で容易に作れる野菜ならば、経験を積むことで新鮮さの見分けがつくようになるけれども、キャベツやハクサイ、ブロッコリーなど大型野菜になると見分けが難しくなる。根から切り取った断面が新しいもの、外側の葉が萎れていないものなど、一応の目安はあるけれども、このごろはいくつかに切り分けてラップで包んだものもあるから見当がつかない。加工食品と違って賞味期限の表示もないので迷ってしまう。

夏場は高温で野菜が傷み易いから、無駄にしないためには2、3日で使いきれるだけ買うのが賢いやり方かも知れない。運動をかねて家内の買い物代行をしているが、なかなか難しいものである。


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7月31日(土)A君の死

昨日同じ職場で長いこと一緒に働いたことがある後輩の1人・A君にお別れした。ガンを患っていたとは聞いていたが、こんなに早くあの世へ旅立つとは思わなかった。誰しもいずれ死を迎えるけれども、自分より年下の人に先立たれるのはことのほか悲しく辛い。

酒好きで仙台駅前の居酒屋でよく一緒に飲んだ。学生時代、酒に強い特技を生かしてあるビール会社の市場調査のアルバイトをした話を聞いたことがある。当然飲み代は会社持ち、そのうえ短時間で割の良い日当ももらえて、いい小遣い稼ぎになったと言っていた。

その酒好きのA君がある時期からぱったり酒を飲まなくなった。小生が転勤で関西に住んだ5年間のうちに体調に異変があったらしい。多くを語ろうとしないので詮索はしなかったが、肝機能に問題があったのではないか。それでも駅前の飲み屋が店仕舞いするまで定期的に顔を出していた。

会社のOB会で同席してもウーロン茶などを飲んでいた。健康管理に気をつけていたのだろうが、かつて痛飲した仲間だけにとても寂しい思いをした。それだけ健康に留意していてもガンはA君に取り付いた。春には飲み仲間のO君もガンで亡くなった。

日本は国民病といわれた肺結核と脳卒中をようやく克服し長寿国の仲間入りを果たしたが、ガン征圧への道はまだ遠い。手ごわいガンといえども早期発見さえすれば治療の手立てはあると聞く。定期的ガン検診の重要性を痛感させられたA君の死であった。

7月11日(日)参議院選挙

2010-11-08 20:13:38 | ★③(は)お父さんの閑話365日(転載)
7月11日(日)参議院選挙

9時過ぎ参院選の投票に行ってきた。記入所に置いてある鉛筆の芯がとがっているところから察するに、まだ投票に来た人は少なかったようである。投票率がどのくらいになるか、審判の結果はどうなるか、すべては明日未明には判明する。

今度の選挙は民主党政権に対する中間評価の意味を持つ点で注目されてきた。消費税論争が際立って他の争点が霞んでしまった感があったのは残念であるが、とにかく有権者がどのような判断を示すのか興味深い。

おそらく民主党が参議院で過半数を確保することは出来ず、結果として政権運営がこれまでより難しくなるだろう。小生はその方が返って良いと思っている。なぜならば与党が衆参両院で支配的勢力を持つことは必ずしも良い結果を生まないからである。

かつての自民党がそうだったように、数にものを言わせた強引な国会運営がまかり通り、少数意見も尊重すると言う民主主義のいろはを忘れがちになるからだ。その意味で民主党が参議院で多数党でなくなることは、これまで以上に他党の協力を必要とすることであり、政権を奪取したと言う一種の奢りに反省の機会を与えることにもなると思うからである。

多分マスコミは民主党が参議院で議席を減らしたことを大々的に取り上げるだろう。そしておそらく消費税問題が民主党の足を引っ張ったと論ずるに違いない。でもマスコミの本当の使命は誰でも反対に回りたい増税論議がなぜ今の時点で必要なのかを広く知らせることではないのか。新聞もテレビも結果の評論ではなくてこれからの日本をどうしたら良いのかを論じてもらいたい。


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7月12日(月)説明不足の民主党

民主党の中間評価は落第と出た。菅首相自らが分析したとおり、消費税問題が足を引っ張った。財政再建のためには消費税増税は避けて通れない。増税は誰でも嫌がる。参院選に当たってそれをあえて言い出した勇気は買うけれども、首相が言うとおり唐突で説明が足りなかった。野党とくに自民党から攻撃されると、言い訳がましいことを言い、腰が定まらない感じを与えたこともマイナスに作用したと思われる。

結果は出た。今後の国会運営が厳しさを増し、民主党が目指す施策のための法案成立に黄信号が灯った。この難局を乗り越えられなければ政権交代で描いた民主党構想は頓挫するかもしれない。この際マニフェストを洗い直し、1から出直す覚悟で再出発するしかないだろう。

しかし、昨日のこの欄で触れたように参院選での敗北は民主党にとって良い薬になる。数を頼むのではなく、丁寧な説明と説得で野党の協力を取り付ける地道な努力が民主党を大人にさせると思うからだ。

これまでの民主党は消費税問題のみならず説明努力が足りなかったように思う。実施に踏み切った子ども手当ての財源をどう確保するのかの説明が不十分だった。その結果、始めてはみたものの満額実施の目途が立たず中途半端なばら撒き施策に終わろうとしている。

比較的評判が良かった事業仕分けや公共事業の一時ストップも十分な説明が行われているとは言いがたい。菅首相は続投の意思表示をしている.。それはいいとして参院選で大敗したにも拘らずなぜ続投するのか説明がない。それでは党内に不満が溜まるのも当然だ。出直すならそこから始めなければならないと思うのだが。


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7月13日(火)タコ占い

ドイツ西部オーバーハウゼンの水族館で飼育されているタコのパウルが一躍有名になった。サッカーW杯でのドイツチームの勝敗結果を次々的中させ注目されていたが、10日の3位決定戦、11日の決勝戦の結果も的中させたと言うからすごい。ドイツは3位に終わったがパウルは8戦全勝である。

タコは利口な動物といわれる。だから予知能力もあるのかもしれない。でも今回の快挙を科学的に説明することはできないだろう。対戦する国の国旗を貼った箱を二つ用意し、その中にパウルが好む貝を入れてどちらを選ぶかで勝敗を占ったそうだ。

もしもサッカーに詳しい飼育係がいて、餌の貝に何らかの細工をしたとすれば、タコの占いが当たったのではなく、人間の予測が的中したことになる。それでは面白くないからタコという小道具を使って人間の目を欺いたのではないか。真実はどうあれ自国チームの負けまで当てたと言うからタコの占いであれ、人間の予測であれすばらしいことだと思う。

ドイツチームの敗北を当てたときには「食べてやる」と八つ当たりされたらしいが、初優勝をものにしたスペインの首都・マドリードでは「パウルよ、永遠に」の横断幕まで現れたという。

キリスト教社会ではタコはあまり良いイメージの生き物ではない。タコは知らずに近づく魚を引き寄せて捕食するので、誘惑者、裏切り者、あるいは悪魔とも見做されている。それをサッカー占いに起用したのは当たっても当たらなくても、悪名高きタコがすることだからと言い訳できると考えたとすれば、人間はタコを上回るワルである。


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7月14日(水)スズメの雨宿り

西日本ほどの豪雨こそ降らないが、仙台も天気予報は雨マークばかりである。長雨にうんざりするのは人間ばかりではないようだ。軒下の雨が当たらないところにある物干し竿はスズメにとって打ってつけの休憩所になっている。今朝は20羽あまりが集っていた。

薄いカーテンが引いてあるのでガラス戸越しに屋内は見えないから、スズメは安心して羽繕に励んでいる。雨に濡れた羽をブルブルッと震わせて水を弾き飛ばしてから、丹念に脂を塗りなおしているようだ。どの鳥にも共通しているのだろうが尻尾の付け根に脂を分泌する腺があるらしい。

人間はとても真似できないことだが、スズメは尻尾のつけ根まで嘴を持っていくことが出来る。そして嘴につけた脂分を乾かした羽に丹念にこすり付けている。そうして羽毛を防水加工しないと皮膚まで濡れてしまって体温を奪われるから、命を守るために必要な作業なのだろう。巣立ったばかりの幼鳥も見よう見まねで羽繕いに専念している。

人間の生活に密着して暮らしているスズメと違って、ヤマガラ、シジュウカラ、コゲラ、キジバトなどの野鳥は軒下で雨宿りすることはない。彼らはどこで雨露を凌いでいるのだろう。彼らにも羽毛の防水加工は必要なはずであるから、どこか雨が当たらない場所を確保しているのだろう。

小鳥に限らずモンスーン地帯に住む野生の生き物はすべて長い雨季を乗り切らなければならない。知能が発達しているオランウータンが、葉がたくさんついた木の枝を傘代わり頭上にかざしている映像を観たことがあるけれども、大概の動物はなす術もなく間断なく雨を降らせる灰色の空を見上げているのだろう。


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7月15日(木)梅とハモ

梅雨とは良く言ったものだ。庭のウメが完熟して毎日落ちる。ろくに手入れもしないから、たわわに実ることはないけれども、梅酒、蜂蜜漬け、ジャムなどに加工して楽しんでいる。作ってから長い年月を経た梅酒は熟成してマイルドな味になった。

夏ばて気味の盛夏、薄めて冷やした梅酒を飲むと元気を取り戻せるような気がする。事実梅にはいろいろな薬効があるようだ。漢方の梅肉エキスはもちろんのこと、日本料理で使う梅肉酢もその薬効を利用しているのだろう。

ハモは梅雨の季節が旬である。それと梅干を裏ごしした梅肉酢は出会いものだ。東北地方では骨切りが難しいハモを梅肉酢で食べることは少ないけれども、関西に居る間にすっかり病み付きになり、仙台の戻ってからも梅雨時になると食べたくなる。

ホテル勤めをしていたころ京都で修行した和食調理長に頼んでハモおとしを作ってもらったときいらい、もう何年も食べていない。関西料理が仙台にも進出しているから探せば食べられないことはないだろうが、べらぼうな値段をふんだくられるに違いないと思うからあきらめている。

加齢とともに何ごとも努力することが億劫になってきたが、食いっ気だけは衰えない。生存のために必要なことは死ぬ間際まで引きずっていくのだろう。


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7月16日(金)皺だらけ

去年病気する前に比べると体重が約10㎏減った。往年のズボンが悠々履けるようになり、身が軽くなって動き回るのが楽になった。それは良いのだが、皮膚にたるみが出来て皺だらけになったのはみすぼらしくていけない。

どうやら体重が減ったのは大部分皮下脂肪の減少によるものらしい。お腹周りに分厚くついていた脂身がなくなったお陰で、胴回りが引き締まったのは良いけれども、一度引き伸ばされた皮膚は簡単に元通りにはならないようだ。

若いころなら、太っても痩せても、それにしたがって皮膚も伸びたり縮んだりしたのだろうが、老人の皮膚は伸びたら伸びたままである。したがってお腹周りに余った皮膚は幾重にも折りたたんだ襞になって臍周りの装飾になっている。

まあ、ここは人目に曝すところでないから良いようなものの、腕はそうは行かない。特に暑い季節は半袖になるから腕がむき出しになる。すると嫌でも皺だらけの腕を人前に曝すことになる。腕の皮膚もたるんだところを見ると、ここにもかなり皮下脂肪を蓄えていたのだろう。

父方の祖母、母方の祖母とも80数歳で他界したが、晩年の彼女たちは皺だらけだった。子供のころその皺を摘んで遊んだのを覚えている。腕から手の甲にかけてのしわを摘むと、しばらくの間山脈のように盛り上がったままになっている。それを手の平で撫でると元通りになる。摘んで山脈を作り平地に戻す、この単純作業のどこが面白かったのか。

現在の小生はまだそれほどではないが、長生きすればやがてそうなるのかも知れぬ。果たして孫はじじいの皺で遊んでくれるだろうか。


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7月17日(土)「おごっそう」

今朝のNHKテレビ「小さな旅」は山梨県の山村を取り上げていた。傾斜地の畑で蒟蒻芋、蕎麦、小豆などを細々と耕作している山里である。決して豊な生活とはいえないが、「おごっそう」と言って見知らぬ旅人や近隣の人をもてなす風習が残っている。

畑で取れた蕎麦で作った手打ちそば、コンニャクと煮干の煮しめ、漬物などありふれた家庭料理だが、温かいもてなしの心が伝わってくる。かつてはどこにでもあった日本の原風景のようなそのテレビ放映を観ていて、都会生活で失われたものの大きさを改めて思った。

田舎ほど濃密な人間関係はないが、かつての都会には今では想像もつかないような「向こう三軒両隣」的な付き合いが色濃く残っていた。米・味噌・醤油の貸し借り、冠婚葬祭の手伝いなどは当たり前のことだった。亡くなった母は行商の八百屋や魚屋、廃品集めまで縁側に招じ入れてお茶を振舞うのだった。

あのような生活習慣が都会から消えてしまったのは住居のあり方と深く関わっていると思われる。現在の住宅はドアを閉めてしまえば他人を寄せ付けない城のようなものである。家の中と外をやんわりと繋ぐ縁側という緩衝地帯がなくなって他人を気軽に呼び寄せることも出来なくなった。

集合住宅ならいっそうこの傾向に拍車がかかる。そうなると孤独死した人が何ヶ月も発見されないと言うような悲劇が起こる。濃密過ぎる人間関係はときに煩わしくもあるが、孤立しがちな都会の高齢者を見守る仕組みは必要だと思う。

みんなでわいわいがやがや言いながら食事をするのは楽しい。都会でも「おごっそう」を企画して孤独な老人を招いたら喜ばれそうな気がする。


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7月18日(日)古いドイツワイン

昨日冷蔵庫から古いドイツワインを発見した。発見したと言うと大げさであるが、冷やして飲もうと思ったが冷蔵庫のドアポケットに空きがなかったので、深さと奥行きがある野菜室に入れて、そのまま忘れてしまったらしい。それが何年ぶりかで野菜室の底から出てきたのである。

ラベルを見るとドイツ西部モーゼル川沿いの「モーゼル・ザール・ルーバー地域」産の白ワインである。生産されたのは1996年だからもう14年も経っている。横になっていたのでコルク栓が簡単に開くと思ったら、冷蔵庫の中は乾燥するので栓が堅くなって開けるのに苦労した。

恐る恐る味を見ると変質していない。それどころか冷えた濃い琥珀色の液体は豊潤な果実香を放つではないか。同じ銘柄のワインを飲んだ記憶があるので、ラベルとともに飲んだ感想を記録したものを取り出してみた。

すると前回飲んだのは2003年4月30日であることが分かった。トマト・バジル・チーズにバルサミコとオリーブ油を絡めたサラダとタラの芽のてんぷらを肴に飲んでいる。感想は白ワインと言うよりは黄ワインであること、薬草のような臭いがすることなどが記してあるだけで、さほど感心した様子もない。

しかし、今回改めてラベルを見直すとTroken Beerenauslese(トロッケン ベーレンアウスレーゼ)の表示が目についた。これは只者ではない。この表示は蔓についたまま干しブドウのように乾燥した果粒だけを摘み取り、濃縮された果汁を絞って作られた最高級品質のワインを意味する。知らぬこととは言いながらとんだ失礼をしたものである。

小さめのグラスで2杯ほど飲んだ家内が「あら酔っちゃった」という。アルコール分が16%と普通より2%ほど高い。つまみはゴーヤチャンプルー、キノコ煮しめのだいこんおろし添えと純日本風であったが、そんなことは気にならない旨さであった。


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7月19日(月)梅雨明け

東北地方の梅雨が明けた。急に夏の太陽が照りつけ何とも唐突な感じの梅雨明けである。南部が平年より5日、北部は9日も早いそうだ。去年は8月になってもぐずついた天気が続き、梅雨明けがはっきりしないまま夏になった記憶がある。去年の日記を見ると7月下旬から8月上旬にかけて曇りや小雨の日が続いている。仙台七夕期間中も曇り空だった。

今年の梅雨は雨が多く、かつ高温だったと言う。確かに暑い日が多かった。これからも気温は高めに推移するそうなので稲は豊作が予想される。稲作の比重が大きい東北の景気刺激になってくれれば喜ばしい。

東北地方は難を免れたが、今年の梅雨は各地に豪雨被害を齎した。梅雨末期に雷を伴った強い雨が降るのは珍しいことではないけれども、今年の梅雨末期は河川の氾濫、土砂崩れが多発した。そして何よりも多くの死者・行方不明者が出たことは痛ましい。

どうも近年雨の降り方が変ってきたような気がする。予想を超えるような豪雨が長時間集中して降るとか、局地的なゲリラ豪雨で都市の一部が水浸しになるなど、従来の経験では対処しきれないような雨が多くなったように思える。

統計的にどうなのかは分からないけれども、地球規模の気候変動が雨の降り方にも影響しているのではなかろうか。もしそうだとすれば、治山治水のあり方も変えていかなければ人間の安全性は確保できなくなるかもしれない。


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7月20日(火)ヒグラシ

梅雨明けを待っていたかのように蜩(ひぐらし)が鳴きだした。数あるセミの中で、自分専用の漢字を持つのは彼らだけであろう。それだけ人間の注目を集めて来たと言うことか。

ヒグラシの鳴き声は涼しげである。夜が明けやらぬ薄暗い時刻と、夜の帳が下りる寸前の限られた時間帯にしか鳴かない変った習性を持つセミである。オスが体長4cm弱、メスが3cmほどの中型のセミで、翅は透き通っている。

セミは日本ではありふれた昆虫であるが緯度が高いヨーロッパ北部には棲んでいない。だからギリシャで活躍したイソップの「アリとセミ」の動物寓話はそのままでは理解されがたいので、北欧向けには「アリとキリギリス」に変えられて広まった。日本に紹介されたのは後者である。

今でも南フランスの観光地ではセミを象った壁掛けや、色とりどりのセミの形をした石鹸などが土産として売られている。バカンス期間中に太陽を求めて地中海沿岸へ繰り出す北欧の人々には、セミは珍しい生き物なのだろう。わが家の玄関の柱に南仏のどこかで買ってきた陶器製のセミがとまっている。

今年はまだアブラゼミやミンミンゼミの声を聞かない。彼らの鳴き声は聞いただけで暑苦しさを感じる。そしてせわしないツクツクホウシの声が聞かれるようになると東北の短い夏はもう終わりである。七夕、お盆と今年の夏も慌しく過ぎ去ろうとしている。

7月1日(木)梅雨の晴れ間

2010-11-08 20:12:33 | ★③(は)お父さんの閑話365日(転載)

今日は梅雨の晴れ間で日が差すらしい。たった1日だけであるがありがたい。除湿にセットしてあるエアコンを止めて書斎の窓を開け放った。網戸を通して風が吹きぬける。自然の空気の流れが心地よい。

この晴れ間にすべきことは山ほどある。庭中伸び放題の雑草を草刈鎌で刈ること、長くなった芝も刈り込まなければならない。雨の雫が乾いたら野生のフキを収穫したい。そろそろ花ミョウガが出るころだ。蚊に刺されないように長袖シャツを着て確かめてみよう。あれもこれも一度には出来ないから優先順位を決めなければならない。それより先に閑話を片付けねば。

今朝久しぶりに庭を一巡した。ドクダミの花盛りである。珍しいので知人から分けてもらって植えた八重咲きのドクダミである。数年のうちに勢力範囲を拡大して半日陰の場所を埋め尽くすほどになった。良く観ると一重のものも交じっている。先祖がえりしたものか最初から交じっていたものか分からないが、これ以上はびこられても困るから一重のものは処分しよう。

ヤマユリの蕾が大きくなってきた。居間近くに毎年出てくるヤマユリの茎が今年は例年より太く逞しいと思っていたら、蕾の数も多そうである。ざっと数えたところ20数個ある。1本の茎にこれだけ花がつくのは初めてである。

ユキノシタが白い小さな花の集りを見せている。一つ一つの花は「大」の字の形をしている。ダイモンジソウの仲間なのだ。ウグイスかしきりに鳴いている。ホーホケキョと何度か鳴いた後に谷渡りと言われるキキキキキキキッキョキッキョキッキョという鳴き声を繰り返している。ホトトギスはどこかへ飛び去ったのだろう。声が聞かれなくなった。今日から7月である。今年も半分が終わってしまった。


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7月2日(金)半夏生

今日は夏至から11日目、雑節の一つ「半夏生(はんげしょう)」である。この頃に「半夏」と呼ばれる毒草が生えるのでこの名がついたと言われる。「半夏」はカラスビシャクのことだ。庭を探すと確かにカラスビシャクがあちらこちらに出ている。

15cm~30cmの葉柄の先端にサトイモに似た形の葉を持った草である。毒草といわれているが漢方では地下にある球茎の皮を剥き乾燥させたものを嘔吐や咳止めの薬に使うそうだ。

雑節としての「半夏生」は苗作り田植えと続いた農繁期の一つの区切りの意味を持つ。「半夏半作」などの言い習わしがあり、この日までに田植えが終わらないと稲の実りが遅れて半作になるという。1日や2日田植えが遅れても大したことはあるまいが、この頃に数日間農作業を休む習慣が全国的にあった。餅をついたり、団子、散らし寿司、饅頭などを作って骨休めするところもある。

農作業が機械化で様変わりし、この習慣は廃れてきたようであるが、今でも温泉に家族で湯治に出かける農家の人が多い。

ところで「半夏」とは別に「ハンゲショウ」という別の植物がある。こちらはドクダミ科の多年草で茎上部の葉が下半分白、上が緑に染め分けられているので「半化粧」の名がついたと言われている。東北地方では見かけない草だ。分布地域は関東以南と言うから暖地を好む植物なのだろう。


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7月3日(土)白いホタルブクロ

庭のロウバイの木の下に白い花が咲いている。この辺りに白い花が咲く植物を植えた覚えがないので近寄って見ると白いホタルブクロだった。ホタルブクロは淡い紅紫や濃い紫の花が普通で白は少ないようだ。この花がどうして庭に生えてきたのかは分からない。近所に植えているところがあって、そのタネを小鳥が運んで来たのだろう。

庭の東端の雑草の中からひときは長い茎を伸ばして白い花を開き始めたのはオカトラノオである。茎が1mにも達する大型の野草で、茎の先端に白い多数の花を密生させた総状花序の長い穂をつける。日当たりの良い丘のような場所を好む草で、曲がった穂を虎の尾に見立てての命名だという。

家の前の道路に面したところに夕方になると咲く黄色い花はマツヨイグサである。この花は南米チリ原産で日本には幕末に入ってきた。竹下夢路作の「待てど暮らせど来ぬ人を宵待草のやるせなさ…」で有名になったが、本当は宵を待って咲く「待宵草」が正しい。夕方咲いた花は一夜明かして翌朝には凋んでしまうはかない花であるが、次々新しい花が咲くので結構長い期間楽しめる。

鬱陶しい梅雨の季節であるが、この時期を好んで咲く花もある。先日バスの中から非常に目立つ白い花の集まりを見た。ちょうど信号でバスが止まったので注意してみるとリュウゼツランの仲間・ユッカの花だった。ユッカの花を見たのは初めてである。

アメリカ南部からメキシコ辺りが原産地の植物であるが、天保年間に日本に渡来し各地に広まった。古代のアメリカインディアンは花を好んで食べたらしく、人糞の化石である糞石から多量のユッカの花粉が発見されると言う。


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7月4日(日)ノンアルコールビール

アルコール中毒になるほどではないが酒好きである。清酒、焼酎、泡盛、ビール、ワイン、ウイスキーとアルコール飲料なら何でも好きである。ただし週に一度街に出て飲む以外には量はさほど飲まない。晩酌はやるけれども、清酒なら1合、ビールは350ml2缶どまりである。

その晩酌も週に2日は休むことにしている。休肝日ならぬ「休肝日」を設けるのがからだに良いと聞いたからである。でも夕食のとき何も飲み物がないのは寂しい。ご飯は食べず、ただ黙々と酒の肴みたいなおかずを口に運ぶのは惨めである。

そこでノンアルコールビールを愛飲するようになった。文字通りアルコール分はないけれども、ビールと同じ製造手法で造られているので、しっかりしたビールの味がする。これなら酔うことはないが酒の肴に合う。

だが、これが決して安くはないのだ。酒税がかからないはずだからもっと安く売れるはずだと思うのだが、値段は350ml缶で130~150円ほどする。アルコール分がある第3のビールと同じくらいの値段である。どうしてそうなるのかは分からない。

キリンビールに続いてアサヒとサントリーも近く参入すると言うから収益率が高い商品なのだろう。酒造メーカーにぼろ儲けさせるのは癪だから、もっと割安の製品がないものかと探してみた。その結果、100円を切る値段の商品があったのである。

オーストラリア産のWEST ENDという銘柄である。海の彼方から運んできて小売価格が95円とは嬉しいではないか。ただしこれは正確にはノンアルコールビールではない。0.9%のアルコールを含んでいるのだ。

しかしそれぐらいのアルコールでは酔うことがないし、例え呼気からアルコールが検知されても車を運転しないから問題はない。味だって捨てたものではない。どう見ても国産ノンアルコールビールは高すぎるのではないか。


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7月5日(月)相撲界は再生できるか

野球賭博で大揺れの日本相撲協会は昨日の臨時理事会で、先に謹慎処分が決まっていた武蔵川理事長の代行に、外部理事の村山弘義氏(元東京高検検事長)を当てることを決めた。これもすんなり決まったわけではない。理事長の席を外部理事に明け渡すことに抵抗する動きもあった。

また村山氏の理事長代行期間は武蔵川理事長の謹慎が解けるまで、つまり名古屋場所期間中に限られ、その後はまた武蔵川理事長に戻すのだそうだ。相撲協会内部では部外者から理事長を出すことに強い抵抗感を持っているようだ。

昨日の理事会では協会運営の改革に取り組む独立委員会を設置することも決めたけれども、伝統に囚われた閉鎖的体質がそう簡単に変るとは思えない。いっそのことこの際だから村山氏に理事長代行を続けてもらって、その間に協会の根本改革の方向を固めてもらった方が良いのではなかろうか。

力士出身の理事に任せておいたのでは改革は進まない。野球賭博に関わった力士を処分しただけでは、ほとぼりが冷めたら元の木阿弥になる恐れがある。お叱りを受けるかもしれないが、相撲界という隔離された社会で大人になった力士は、図体は大きいがバランスのとれた社会人とは言いがたいところがあるようだ。だから処分を受けた力士の大部分は賭け事に手を出すことに罪の意識はなかったのだろう。

そのような社会では「二度とこのようなことがないように指導する」と言ったところで信用できるものではない。不祥事を生み出す体質を根っこから変えることこそ相撲界を再生し、格闘技としての人気を盛り返す手立てなのだと思う。


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7月6日(火)税金で草刈

昨日の午前中、近所で話し声が聞こえ、やがてエンジン音と草刈機のチャリンチャリンという軽快な響きが聞こえてきた。雑草が旺盛に伸びる季節なので、ご近所で草刈を頼んだのかと思っていた。

するとしばらくしてわが家の玄関のチャイムが鳴った。応対に出た家内が庭の東に回って訪れた人と何か話しこんでいる。書斎に居た小生に声がかかり、ちょっと来てくれと言う。

何ごとかと行ってみると、訪れたのは区役所公園緑地課の職員で、市有地の草を刈っているところだという。地図を示しながら、わが家の敷地に隣接する部分も除草したい、ついては刈り取られて困るものはないかと聞きに来たのだという。市の所有地だから何を刈られても文句は言えないのだが、地続きで庭の延長みたいに使っているところだから親切に声をかけてくれたのだろう。

延命をお願いしたいのはこれから咲くヤマユリぐらいなものだと答えると、それでは図面のここからここまで刈らせていただきますと言って立ち去った。その間も近所で草刈機が唸り声を発していたが、やがてその音がピタリと止んだ。

がやがやと人声がわが家の方へ池の畔を回って近づいてきた。間もなく高いエンジン音、回転する刃が草を薙ぎ倒す音がものの10分も鳴り響いたかと思うと、草ぼうぼうだった庭の外れが、まるで長髪を丸坊主にしたようにきれいになっていた。税金はこんなことにも使われるんだと改めて思った。税金で蚊の隠れ家を取り除いてもらったようなものである。

長年同じところに住んでいるけれども、市が除草に来たのは初めてである。どうやら去年までは小生が草刈をしていたのでその必要がなかったのだろう。今年はその作業をサボって草ぼうぼうにしていたので市のお世話になったらしい。ありがたいことである。


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7月7日(水)サンショウと格闘

昨日、一昨日と2日がかりでサンショウの実を摘んだ。鋭い棘があるものが3本、棘がないアサクラザンショウ2本に毎年たくさんの実がつく。サンショウは雌雄異株だからメスの木の傍にオスの木も植えてある。

場所塞ぎなサンショウの木に庭が占領されては困るから、なるべくわが家の敷地を避けて誰も使わない市有地を利用させてもらっている。だから厳密に言えばサンショウの実の所有権は仙台市にあるのだが、わが家の庭を通らないことにはサンショウに近づけないので、後ろめたさを感じないで実を収穫している。

収穫は手間がかかる。とくに棘がある木の場合は棘で手を傷つけないように注意しながら片方の手で枝を押さえ、もう一方の手で房状の実を摘まなければならない。実がついている房はちょっと引っ張ったぐらいでは取れないので力を入れたとたんに棘に触れ痛い思いをすることもある。

そうして摘んだ房から実を一粒ずつ外す作業が待っている。これは根気が要る仕事だ。でも年中使えるように保存するには欠かせない作業である。小さな実をばらばらにしたら小分けして冷凍する。そうしておけば実は新鮮なまま保存できて、何時でも使いたいときに香り高いサンショウを利用できるわけだ。

このいちばん厄介な仕事がまだ半分も済んでいない。根を詰めてやっても今日中に終わるかどうか。同じ姿勢でいると腰が痛くなり目が疲れる。小さな瓶詰めのサンショウの佃煮が高価なのは、この作業を考えたら当たり前なのかも知れない。


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7月8日(木)戻ってきたホトトギス

しばらく声が聞かれなかったホトトギスが裏山にまた戻ってきた。あちらこちら移動しながら「テッペンカケタカ」と鳴いている。鳴いているのはおそらくオスであろう。ウグイスの巣に托卵するメスは黙って機会を狙っているのかもしれない。ウグイスも鳴いている。ウグイスがホーホケキョと鳴くのは8月半ばまでで、その後は来年の春まで沈黙してしまう。

ホトトギスに托卵されたウグイスは哀れである。ウグイスの卵より一足早く孵化したホトトギスの雛がウグイスの卵を一つずつ背中に乗せて巣の外に放り出し育ての親を独占する。そんな悲劇が起こっているとも知らずにウグイスはせっせと餌を運び続ける。やがてホトトギスの雛はウグイスの何倍も大きくなる。それでもウグイスは自分の子供と思い込んで育て続ける。

ホトトギスの雛は十分最長して自分で餌がとれるようになると、育ての親に何の挨拶もなく飛び去ってしまう。自分の子孫を残すことが出来ず、一方的に他人の子どもを育てる羽目になったウグイスは何とも惨めではないか。

ホトトギスに纏わる言い伝えはいろいろあるが、「冥土の鳥」、「魂迎え鳥」とか不吉な連想が多い。また飢饉のときに食べ物を巡る邪推から兄弟が争い、弟(または兄)を殺害してしまう。後で真実を知った兄(または弟)がホトトギスと化し、前非を悔いて鳴くのだと言う。このことからホトトギスの鳴き声を真似することはタブー視され、それを犯すと吐血して死ぬと言う言い伝えもある。


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7月9日(金)埋蔵金

今朝のNHKテレビ「あさイチ」で家庭に眠る埋蔵金の話をしていた。わが家には縁のない話だから終わりまで観なかったけれども、切れた金の鎖など使えなくなった金製品を死蔵している家庭が案外多いのかもしれない。金価格が高騰しているので、死蔵しているよりは換金して有効利用するのも良いかもしれない。

顧みてわが家には本当に埋蔵金はないようだ。大概の女性は多い少ないは別として、幾許かの金のアクセサリーを持っているようだが、わが女房殿は結婚指輪以外にはおそらく一つも持っていないのではないか。「お前さんが買ってやらないからさ」と言われたらグーの音も出ないけれども、買ってやらなくても宝飾品好きな女なら、へそくりで買うことぐらいは出来たはずである。

金はないけれども、いざとなったら換金できるものがわが家にあるだろうかと考えた。引越し業者を呆れさせたほどたくさんの本がある。けれどもこれは重いばかりで売るとなったら二束三文である。他に何かあるか。趣味で集めているスワロフスキー・クリスタルの置物。これもたかが知れている。

居間などに飾っている若干の絵画。購入したときはかなりの値段だったものもあるが、売るとなれば足元を見透かされて買い叩かれる。こう考えるとわが家には金目のものはほとんどないことに改めて気づかされる。寂しい話だがこれが現実だ。

鍵をかけずに外出しても泥棒の被害に遭ったことがない。塀を回していないので見通しが良く泥棒が入り難いこともあるだろうが、なれた泥棒ならひと目見ただけで稼ぎになる家かどうか見当がつくのかもしれない。


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7月10日(土)納豆と空襲

今日は月日の語呂合わせで「納豆の日」だそうだ。食品売り場には実に多様な納豆が置かれている。使用した豆の大小、国産か輸入品か、1パック当たりの分量、曳き割りか否かなどの違いのほかに最近は臭いが少ないものや糸があまり出ないものなど消費者の多様な好みに対応した納豆も出ている。

納豆は旨いばかりか栄養の点でも優れた発酵食品である。それに値段が手ごろなところもいい。毎日食べても大して懐に響かない。宮城県は岩手県に次いで納豆消費量が多いところだという。

源義家が欧州出兵した折に兵糧の煮豆を俵に入れて運んでいたところ、偶然納豆になったと言う言い伝えがある。藁には天然の納豆菌が住みついているから、いかにもありそうな話である。東北地方の人はそのころから納豆に親しんでいたのだろうか。

さて話は変って7月10日は65年前仙台が米機B-29によって空爆され、市中心部が灰燼に帰した日である。当時旧制中学校4年生だった小生は夜空を焦がす紅蓮の炎を怖ろしいと言うより美しいと思ったことを今でも鮮明に覚えている。

幸いわが家は焼失を免れたが敷地内に油脂焼夷弾が落ちて肝を冷やした。この夜の空襲での死者は2,755人、被災人口は5万7千余に達した。被害状況はずっと後になって分かったことで、当時はまだ「神国日本」がアメリカに勝つと思っていた。無知とは怖ろしいものである。