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7月11日(日)参議院選挙

2010-11-08 20:13:38 | ★③(は)お父さんの閑話365日(転載)
7月11日(日)参議院選挙

9時過ぎ参院選の投票に行ってきた。記入所に置いてある鉛筆の芯がとがっているところから察するに、まだ投票に来た人は少なかったようである。投票率がどのくらいになるか、審判の結果はどうなるか、すべては明日未明には判明する。

今度の選挙は民主党政権に対する中間評価の意味を持つ点で注目されてきた。消費税論争が際立って他の争点が霞んでしまった感があったのは残念であるが、とにかく有権者がどのような判断を示すのか興味深い。

おそらく民主党が参議院で過半数を確保することは出来ず、結果として政権運営がこれまでより難しくなるだろう。小生はその方が返って良いと思っている。なぜならば与党が衆参両院で支配的勢力を持つことは必ずしも良い結果を生まないからである。

かつての自民党がそうだったように、数にものを言わせた強引な国会運営がまかり通り、少数意見も尊重すると言う民主主義のいろはを忘れがちになるからだ。その意味で民主党が参議院で多数党でなくなることは、これまで以上に他党の協力を必要とすることであり、政権を奪取したと言う一種の奢りに反省の機会を与えることにもなると思うからである。

多分マスコミは民主党が参議院で議席を減らしたことを大々的に取り上げるだろう。そしておそらく消費税問題が民主党の足を引っ張ったと論ずるに違いない。でもマスコミの本当の使命は誰でも反対に回りたい増税論議がなぜ今の時点で必要なのかを広く知らせることではないのか。新聞もテレビも結果の評論ではなくてこれからの日本をどうしたら良いのかを論じてもらいたい。


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7月12日(月)説明不足の民主党

民主党の中間評価は落第と出た。菅首相自らが分析したとおり、消費税問題が足を引っ張った。財政再建のためには消費税増税は避けて通れない。増税は誰でも嫌がる。参院選に当たってそれをあえて言い出した勇気は買うけれども、首相が言うとおり唐突で説明が足りなかった。野党とくに自民党から攻撃されると、言い訳がましいことを言い、腰が定まらない感じを与えたこともマイナスに作用したと思われる。

結果は出た。今後の国会運営が厳しさを増し、民主党が目指す施策のための法案成立に黄信号が灯った。この難局を乗り越えられなければ政権交代で描いた民主党構想は頓挫するかもしれない。この際マニフェストを洗い直し、1から出直す覚悟で再出発するしかないだろう。

しかし、昨日のこの欄で触れたように参院選での敗北は民主党にとって良い薬になる。数を頼むのではなく、丁寧な説明と説得で野党の協力を取り付ける地道な努力が民主党を大人にさせると思うからだ。

これまでの民主党は消費税問題のみならず説明努力が足りなかったように思う。実施に踏み切った子ども手当ての財源をどう確保するのかの説明が不十分だった。その結果、始めてはみたものの満額実施の目途が立たず中途半端なばら撒き施策に終わろうとしている。

比較的評判が良かった事業仕分けや公共事業の一時ストップも十分な説明が行われているとは言いがたい。菅首相は続投の意思表示をしている.。それはいいとして参院選で大敗したにも拘らずなぜ続投するのか説明がない。それでは党内に不満が溜まるのも当然だ。出直すならそこから始めなければならないと思うのだが。


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7月13日(火)タコ占い

ドイツ西部オーバーハウゼンの水族館で飼育されているタコのパウルが一躍有名になった。サッカーW杯でのドイツチームの勝敗結果を次々的中させ注目されていたが、10日の3位決定戦、11日の決勝戦の結果も的中させたと言うからすごい。ドイツは3位に終わったがパウルは8戦全勝である。

タコは利口な動物といわれる。だから予知能力もあるのかもしれない。でも今回の快挙を科学的に説明することはできないだろう。対戦する国の国旗を貼った箱を二つ用意し、その中にパウルが好む貝を入れてどちらを選ぶかで勝敗を占ったそうだ。

もしもサッカーに詳しい飼育係がいて、餌の貝に何らかの細工をしたとすれば、タコの占いが当たったのではなく、人間の予測が的中したことになる。それでは面白くないからタコという小道具を使って人間の目を欺いたのではないか。真実はどうあれ自国チームの負けまで当てたと言うからタコの占いであれ、人間の予測であれすばらしいことだと思う。

ドイツチームの敗北を当てたときには「食べてやる」と八つ当たりされたらしいが、初優勝をものにしたスペインの首都・マドリードでは「パウルよ、永遠に」の横断幕まで現れたという。

キリスト教社会ではタコはあまり良いイメージの生き物ではない。タコは知らずに近づく魚を引き寄せて捕食するので、誘惑者、裏切り者、あるいは悪魔とも見做されている。それをサッカー占いに起用したのは当たっても当たらなくても、悪名高きタコがすることだからと言い訳できると考えたとすれば、人間はタコを上回るワルである。


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7月14日(水)スズメの雨宿り

西日本ほどの豪雨こそ降らないが、仙台も天気予報は雨マークばかりである。長雨にうんざりするのは人間ばかりではないようだ。軒下の雨が当たらないところにある物干し竿はスズメにとって打ってつけの休憩所になっている。今朝は20羽あまりが集っていた。

薄いカーテンが引いてあるのでガラス戸越しに屋内は見えないから、スズメは安心して羽繕に励んでいる。雨に濡れた羽をブルブルッと震わせて水を弾き飛ばしてから、丹念に脂を塗りなおしているようだ。どの鳥にも共通しているのだろうが尻尾の付け根に脂を分泌する腺があるらしい。

人間はとても真似できないことだが、スズメは尻尾のつけ根まで嘴を持っていくことが出来る。そして嘴につけた脂分を乾かした羽に丹念にこすり付けている。そうして羽毛を防水加工しないと皮膚まで濡れてしまって体温を奪われるから、命を守るために必要な作業なのだろう。巣立ったばかりの幼鳥も見よう見まねで羽繕いに専念している。

人間の生活に密着して暮らしているスズメと違って、ヤマガラ、シジュウカラ、コゲラ、キジバトなどの野鳥は軒下で雨宿りすることはない。彼らはどこで雨露を凌いでいるのだろう。彼らにも羽毛の防水加工は必要なはずであるから、どこか雨が当たらない場所を確保しているのだろう。

小鳥に限らずモンスーン地帯に住む野生の生き物はすべて長い雨季を乗り切らなければならない。知能が発達しているオランウータンが、葉がたくさんついた木の枝を傘代わり頭上にかざしている映像を観たことがあるけれども、大概の動物はなす術もなく間断なく雨を降らせる灰色の空を見上げているのだろう。


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7月15日(木)梅とハモ

梅雨とは良く言ったものだ。庭のウメが完熟して毎日落ちる。ろくに手入れもしないから、たわわに実ることはないけれども、梅酒、蜂蜜漬け、ジャムなどに加工して楽しんでいる。作ってから長い年月を経た梅酒は熟成してマイルドな味になった。

夏ばて気味の盛夏、薄めて冷やした梅酒を飲むと元気を取り戻せるような気がする。事実梅にはいろいろな薬効があるようだ。漢方の梅肉エキスはもちろんのこと、日本料理で使う梅肉酢もその薬効を利用しているのだろう。

ハモは梅雨の季節が旬である。それと梅干を裏ごしした梅肉酢は出会いものだ。東北地方では骨切りが難しいハモを梅肉酢で食べることは少ないけれども、関西に居る間にすっかり病み付きになり、仙台の戻ってからも梅雨時になると食べたくなる。

ホテル勤めをしていたころ京都で修行した和食調理長に頼んでハモおとしを作ってもらったときいらい、もう何年も食べていない。関西料理が仙台にも進出しているから探せば食べられないことはないだろうが、べらぼうな値段をふんだくられるに違いないと思うからあきらめている。

加齢とともに何ごとも努力することが億劫になってきたが、食いっ気だけは衰えない。生存のために必要なことは死ぬ間際まで引きずっていくのだろう。


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7月16日(金)皺だらけ

去年病気する前に比べると体重が約10㎏減った。往年のズボンが悠々履けるようになり、身が軽くなって動き回るのが楽になった。それは良いのだが、皮膚にたるみが出来て皺だらけになったのはみすぼらしくていけない。

どうやら体重が減ったのは大部分皮下脂肪の減少によるものらしい。お腹周りに分厚くついていた脂身がなくなったお陰で、胴回りが引き締まったのは良いけれども、一度引き伸ばされた皮膚は簡単に元通りにはならないようだ。

若いころなら、太っても痩せても、それにしたがって皮膚も伸びたり縮んだりしたのだろうが、老人の皮膚は伸びたら伸びたままである。したがってお腹周りに余った皮膚は幾重にも折りたたんだ襞になって臍周りの装飾になっている。

まあ、ここは人目に曝すところでないから良いようなものの、腕はそうは行かない。特に暑い季節は半袖になるから腕がむき出しになる。すると嫌でも皺だらけの腕を人前に曝すことになる。腕の皮膚もたるんだところを見ると、ここにもかなり皮下脂肪を蓄えていたのだろう。

父方の祖母、母方の祖母とも80数歳で他界したが、晩年の彼女たちは皺だらけだった。子供のころその皺を摘んで遊んだのを覚えている。腕から手の甲にかけてのしわを摘むと、しばらくの間山脈のように盛り上がったままになっている。それを手の平で撫でると元通りになる。摘んで山脈を作り平地に戻す、この単純作業のどこが面白かったのか。

現在の小生はまだそれほどではないが、長生きすればやがてそうなるのかも知れぬ。果たして孫はじじいの皺で遊んでくれるだろうか。


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7月17日(土)「おごっそう」

今朝のNHKテレビ「小さな旅」は山梨県の山村を取り上げていた。傾斜地の畑で蒟蒻芋、蕎麦、小豆などを細々と耕作している山里である。決して豊な生活とはいえないが、「おごっそう」と言って見知らぬ旅人や近隣の人をもてなす風習が残っている。

畑で取れた蕎麦で作った手打ちそば、コンニャクと煮干の煮しめ、漬物などありふれた家庭料理だが、温かいもてなしの心が伝わってくる。かつてはどこにでもあった日本の原風景のようなそのテレビ放映を観ていて、都会生活で失われたものの大きさを改めて思った。

田舎ほど濃密な人間関係はないが、かつての都会には今では想像もつかないような「向こう三軒両隣」的な付き合いが色濃く残っていた。米・味噌・醤油の貸し借り、冠婚葬祭の手伝いなどは当たり前のことだった。亡くなった母は行商の八百屋や魚屋、廃品集めまで縁側に招じ入れてお茶を振舞うのだった。

あのような生活習慣が都会から消えてしまったのは住居のあり方と深く関わっていると思われる。現在の住宅はドアを閉めてしまえば他人を寄せ付けない城のようなものである。家の中と外をやんわりと繋ぐ縁側という緩衝地帯がなくなって他人を気軽に呼び寄せることも出来なくなった。

集合住宅ならいっそうこの傾向に拍車がかかる。そうなると孤独死した人が何ヶ月も発見されないと言うような悲劇が起こる。濃密過ぎる人間関係はときに煩わしくもあるが、孤立しがちな都会の高齢者を見守る仕組みは必要だと思う。

みんなでわいわいがやがや言いながら食事をするのは楽しい。都会でも「おごっそう」を企画して孤独な老人を招いたら喜ばれそうな気がする。


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7月18日(日)古いドイツワイン

昨日冷蔵庫から古いドイツワインを発見した。発見したと言うと大げさであるが、冷やして飲もうと思ったが冷蔵庫のドアポケットに空きがなかったので、深さと奥行きがある野菜室に入れて、そのまま忘れてしまったらしい。それが何年ぶりかで野菜室の底から出てきたのである。

ラベルを見るとドイツ西部モーゼル川沿いの「モーゼル・ザール・ルーバー地域」産の白ワインである。生産されたのは1996年だからもう14年も経っている。横になっていたのでコルク栓が簡単に開くと思ったら、冷蔵庫の中は乾燥するので栓が堅くなって開けるのに苦労した。

恐る恐る味を見ると変質していない。それどころか冷えた濃い琥珀色の液体は豊潤な果実香を放つではないか。同じ銘柄のワインを飲んだ記憶があるので、ラベルとともに飲んだ感想を記録したものを取り出してみた。

すると前回飲んだのは2003年4月30日であることが分かった。トマト・バジル・チーズにバルサミコとオリーブ油を絡めたサラダとタラの芽のてんぷらを肴に飲んでいる。感想は白ワインと言うよりは黄ワインであること、薬草のような臭いがすることなどが記してあるだけで、さほど感心した様子もない。

しかし、今回改めてラベルを見直すとTroken Beerenauslese(トロッケン ベーレンアウスレーゼ)の表示が目についた。これは只者ではない。この表示は蔓についたまま干しブドウのように乾燥した果粒だけを摘み取り、濃縮された果汁を絞って作られた最高級品質のワインを意味する。知らぬこととは言いながらとんだ失礼をしたものである。

小さめのグラスで2杯ほど飲んだ家内が「あら酔っちゃった」という。アルコール分が16%と普通より2%ほど高い。つまみはゴーヤチャンプルー、キノコ煮しめのだいこんおろし添えと純日本風であったが、そんなことは気にならない旨さであった。


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7月19日(月)梅雨明け

東北地方の梅雨が明けた。急に夏の太陽が照りつけ何とも唐突な感じの梅雨明けである。南部が平年より5日、北部は9日も早いそうだ。去年は8月になってもぐずついた天気が続き、梅雨明けがはっきりしないまま夏になった記憶がある。去年の日記を見ると7月下旬から8月上旬にかけて曇りや小雨の日が続いている。仙台七夕期間中も曇り空だった。

今年の梅雨は雨が多く、かつ高温だったと言う。確かに暑い日が多かった。これからも気温は高めに推移するそうなので稲は豊作が予想される。稲作の比重が大きい東北の景気刺激になってくれれば喜ばしい。

東北地方は難を免れたが、今年の梅雨は各地に豪雨被害を齎した。梅雨末期に雷を伴った強い雨が降るのは珍しいことではないけれども、今年の梅雨末期は河川の氾濫、土砂崩れが多発した。そして何よりも多くの死者・行方不明者が出たことは痛ましい。

どうも近年雨の降り方が変ってきたような気がする。予想を超えるような豪雨が長時間集中して降るとか、局地的なゲリラ豪雨で都市の一部が水浸しになるなど、従来の経験では対処しきれないような雨が多くなったように思える。

統計的にどうなのかは分からないけれども、地球規模の気候変動が雨の降り方にも影響しているのではなかろうか。もしそうだとすれば、治山治水のあり方も変えていかなければ人間の安全性は確保できなくなるかもしれない。


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7月20日(火)ヒグラシ

梅雨明けを待っていたかのように蜩(ひぐらし)が鳴きだした。数あるセミの中で、自分専用の漢字を持つのは彼らだけであろう。それだけ人間の注目を集めて来たと言うことか。

ヒグラシの鳴き声は涼しげである。夜が明けやらぬ薄暗い時刻と、夜の帳が下りる寸前の限られた時間帯にしか鳴かない変った習性を持つセミである。オスが体長4cm弱、メスが3cmほどの中型のセミで、翅は透き通っている。

セミは日本ではありふれた昆虫であるが緯度が高いヨーロッパ北部には棲んでいない。だからギリシャで活躍したイソップの「アリとセミ」の動物寓話はそのままでは理解されがたいので、北欧向けには「アリとキリギリス」に変えられて広まった。日本に紹介されたのは後者である。

今でも南フランスの観光地ではセミを象った壁掛けや、色とりどりのセミの形をした石鹸などが土産として売られている。バカンス期間中に太陽を求めて地中海沿岸へ繰り出す北欧の人々には、セミは珍しい生き物なのだろう。わが家の玄関の柱に南仏のどこかで買ってきた陶器製のセミがとまっている。

今年はまだアブラゼミやミンミンゼミの声を聞かない。彼らの鳴き声は聞いただけで暑苦しさを感じる。そしてせわしないツクツクホウシの声が聞かれるようになると東北の短い夏はもう終わりである。七夕、お盆と今年の夏も慌しく過ぎ去ろうとしている。


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