報道写真家から

我々が信じてきた世界の姿は、本当の世界の実像なのか

取材準備:フィルム

2005年03月10日 18時12分31秒 | 報道写真家から
 取材には、ほぼすべてポジ(リバーサル)フィルムを持っていく。一般的には、スライドフィルムと呼ばれている。ポジで撮るのは、印刷を念頭においているからだ。ネガはプリント用で印刷には向かない。フィルム自体の性能としても、ポジの方が優れている。直接見る場合は透過光を使うので、透明感があり、とても美しい。

 ポジフィルムは種類が多岐にわたっている。「自然な色合いを出すタイプ」、「原色を鮮やかに出すタイプ」、「温かみのある色を出すタイプ」、「やや地味な色合いになるタイプ」。ざっと、こんな感じだ。しかし、取材の現場ではフィルムを使い分けることはなく、持って行くのは一種類だけだ。僕が、使っているのはコダックのエクタクローム100(日本名Dyna)。アマチュア用に分類されている。世界でもっとも普及しているポジフィルムだと思う。プロ用のポジフィルムは繊細で、温度や湿度に敏感すぎる(らしい)。

 昔、バッグパッカー時代、プロ用ポジフィルムの耐久テストをしたことがある。長旅に出る前に各種プロ用フィルムを一本ずつ買い揃え、ジプロックに入れ、ザックの底に放り込んでおいた。詳しくは覚えていないが、たぶん一年くらいはザックに放り込んだままになっていたと思う。ポジフィルムは「13℃で保存せよ」となっている。旅の最後に、トルコでこのフィルムを取り出してカッパドキアなどで撮影した。その後タイで現像。暑い地方、寒い地方を回った後だったので、どのくらい損傷しているものかと期待したが、予想に反して、きれいに写っていた。色の褪色などを丹念に調べてみたが、発見できなかった。カメラ雑誌に書いてあるほどには、プロ用ポジは軟弱ではなかった。

 それでも、取材にはアマチュア用エクタクロームを使っている。プロ用よりは耐久性があるとされている。世界中たいていの国で手に入る。一回の取材に、40~50本持っていく。余れば冷蔵庫の野菜室に放り込んで、次の取材に使う。

 速報性を要求される通信社や新聞社は、2000年ごろまでは、ネガフィルムを使っていた。簡単に現像できるからだ。
 コンゴの取材では、APのカメラマンは、ジャングルの真っ只中の無人の町に、現像キットとミネラル・ウォーター一箱、ドライヤー、そして小型発電機まで持ってきていた。昼間ヘトヘトになるまで撮影したあと、夜にネガフィルムを現像し、乾燥し、カットし、選別し、スキャンし、PCで画像処理し、そしてやっとインマルサットで本社へ送信していた。”いや~大変だなあ、こんなジャングルの中で”と思いながら彼の作業を眺めていた。こちらは暇なので、のんきに話しかけたりして、さんざん邪魔をしたのだが、彼は飄々と作業していた。神経質なカメラマンだったら、怒鳴っているだろう。たいへん陽気なタフガイだった。

 しかし、いまでは通信社、新聞社は銀塩フィルムから、完全にデジタルに移行した。2000年あたり以降、ほんの数年の出来事だ。プロ用のデジタルカメラの性能が上がり、価格は下がったからだろう。いまや現像キットもミネラル・ウォーターもドライヤーも要らなくなった。カメラをパソコンにつなぐだけで終了する。通信社のカメラマンにとっては、百年に一度の大変革だ。僕も、サブのサブとして、コンパクトデジカメを持っている。友人からのもらい物だが。

 今後、デジタルカメラの画質がさらに向上し、価格も低下すると、音楽記録がレコードからCDに取って代わったように、写真も銀塩フィルムから記録メディアに完全に移行してしまうのだろうか。ポジフィルムの透明感はちょっと捨てがたい。