倉野立人のブログです。

日々の活動を みなさんにお伝えしています。

〈思いやること〉

2009-10-23 | インポート

10/22 Thu.  [ クラちゃんの起床時刻 3:55 AM ]

 

◇ 南田洋子さん旅立つ。悲哀に満ちたパートナーの表情に、愛情の深さを感じました。

 

「おしどり夫婦」として知られた、俳優の長門裕之夫妻の伴侶、南田洋子さんが逝去し、報道を通じて悲しみが伝えられました。

長門・南田ご夫婦の「なれそめ」と、その後のさまざまな経過や、最近は認知症を患(わず)らった夫人を献身的に介護されていたことは、私たちも報道で知るところです。

 

芸能人などの著名人の「生涯の幕引き」はさまざまで、渥美 清さんのように完全に衆目から離れた方、山城新吾さんのように施設でその場を迎えた方、また加藤和彦さんのように自ら命を絶ってしまう方、そして、大原麗子さんや飯島 愛さんのように孤独死してしまう方・・・生前のステージが華やかな分、まさに「幕を引く」と言われる人生というステージのエンディングシーンにおいても、ご本人が望む望まざるに拘わらず、何かと話題を呼ぶものです。

 

そんな境遇にあって、長門・南田夫妻は、私生活の〝ありのまま〟を衆目にさらし、長門裕之さんにあっては、まるで悲しみを紛(まぎ)らすかのように、マスコミのインタビューに応え、その心境を吐露(とろ)していたのが印象的でした。

 

若かりし頃は、長門さんは南田さんにとっての〝お釈迦さまの掌(てのひら)の上の孫悟空〟自由奔放に闊歩(かっぽ)するも、いざ自分が介護する立場になってみて、パートナーの存在の大きさを再認識し、おそらく最後は「恩返し」の心境となり、自分でも気づかぬうち、献身的に介護するようになったのでしょう。

 

ところで、私も2年前、頸椎損傷で約7年間患った父を看取ったのですが、家族っていうものはフシギなもので、身内がどんな病状に陥ろうとも「もうダメだ」という感覚がないんですネ。

今思えば、誰がどう見ても余命いくばくもないのに「春になったら家へ帰ろうネ。」と〝真面目に〟思っちゃっているのです。

 

そのうえで、臨終してから初めてその事実と向き合わざるを得なくなり、それまでの〝存命するという錯覚〟との落差で、悲しみが二倍にも三倍にもなって押し寄せてくるのです。

 

おそらく長門さんも、あれだけ元気で天真爛漫(てんしんらんまん)だったパートナーが、よもやの認知症に陥り、歩けなくなったり目に見えて衰えていく様(さま)を目(ま)のあたりにしつつも、ちょっとした経過の改善に光明(こうめい)を見い出し、良くなることを信じていたことと思います。

 

それだけに「ホントに」亡くなってしまったという事実を突きつけられ、それと向き合わなければならなくなった今後の生活を思うと、同情の念を禁じ得ません。

 

何か、逝去後のインタビューに応える姿は、質問に答えているのではなく、自分に言い聞かせているように見えたのは、私だけではないと思います。

 

ただ、同じく親族を看取った者としては、逝去という〝現象〟により、物体として手の届くところにいた存在は消えてしまっても、その後は、何というか、イメージというかオーラというか、とにかく空気のような〝目に見えない形〟として確実に存在し続ける、ということを伝えたいと思います。

 

但し、それには、生前「海よりも深く、山よりも高い」愛情という〝絆〟が結ばれていることが前提となります。

さらに言えば、その〝愛情という絆〟は、24時間一緒にいるとかの〝物理的な量〟で決められるのではなく、いかに相手のことを思いやっているかの〝心の量(かさ)〟で、強くもなるし、弱くもなるのです。

 

よく言われる「この世での命は絶えてしまっても、彼(彼女)は、私の心の中で生き続けています。」・・・これは詭弁(きべん)でもきれい事でも何でもなく、ホントのことなんです。

 

生前、相手を思いやることで、その波動は必ず伝わり、それは「物質的生命」の〝枠〟を超えて、永遠のものとなる・・・その〝事実〟は私の実体験なのです。

 

いずれにしても、長門裕之さんには〝絆〟を信じて、南田洋子さんの分も、元気で余生を送っていただきたいものです。

生前、仲がイイほど、オンナショ(女衆)に先に逝かれると、オトコなんざ脆(もろ)いもんですが、ご本人は、未だ舞台もこなされているとのこと、これからは、加えて介護の経験の語り部として社会貢献されるなど〝生涯現役〟で張り合いをもってご活躍いただくことを祈念するばかりです。

 

 

 

Photo

益子焼窯元「よこやま」HPより