大往生したけりゃ医療とかかわるな 自然死のすすめ
中村 仁一
作者は医師であり 長年医療現場で診療に従事してきた後、老人ホームの専属医師として現在にいたっている。多くの医師は、病院での過剰?といえる延命処置の末に亡くなっていく人の姿しか知らない。けれども この作者もそうであったが、老人ホームに勤める事により、そうではない死に行く人の姿を多く見て、過剰な延命処置により却って苦痛を憎悪させてきた事を振り返っている。不必要な治療をせずに、自然に従い任せての死を迎える事が、実はその人にとって一番苦痛も無い楽な死を迎える道であると説いている。
成る程と思えた内容を次に挙げる
自然死の実体は、飢餓と脱水である。砂漠をさまよったり、海を漂流したりするときの状況と、死に際のそれとは違う。命が消えかかっているから、腹も減らない、のども渇かないのである。 飢餓では、脳内にモルヒネ様物質が分泌され、いい気持ちになって幸せムードに満たされるといわれます。また脱水は、血液が濃く煮詰まる事で、意識レベルが下がり、ぼんやりとした状態になります。 死に際になると、呼吸状態も悪くなりますが、酸欠状態では、これも脳内にモルヒネ様物質が分泌されるといわれてます。
天寿癌とは、さしたる苦痛も無く、あたかも天寿を全うしたような、人を死に導く超高齢者の癌。
人間、生きるためには水分が必要である、だから、身体にある水は全部使い果たすのである。 亡くなる前に溜まっていた腹水も 亡くなる時にはすっかり無くなっている。
食べないから死ぬのではなく、死に時が来たから食べないのだ。
生き物としての賞味期限の切れた後の重要な役割は、老いる姿、死にゆく姿を あるがまま後継者に見せる 残す 伝える ことにある。 看取らせることが年寄りの最後の務め。
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