昨年二月に103歳で亡くなった私の祖母が、
生前、大事にしていた一枚の写真を見せてくれたことがあります。
それは、祖母が若い頃に写真館で撮影した、
自分自身のポートレート写真でした。
祖母は明治40年(1907年)生れでしたから、
おそらくは大正の終わりか昭和の始め頃に撮られたものでしょう。
そこには、しわくちゃになった祖母からは想像もできないほど、
若くて美しい日本髪姿の女性が写っていました。
亡くなったいまとなっては、撮影した目的はわかりません。
田舎の一般庶民が、気軽に写真を撮れるような時代ではありませんから、
たぶん、お見合い用か何かの写真として撮ったものだろうと推察するのみです。
この本を読んで(というか観て)、ふとそんなことを思い出しました。
古写真を観るのが好きです。
古写真からは、その時代の空気を感じることができます。
また、写真には写りこんでいないフレームの外の風景を想像したり、
写っている人物の表情などから、その人の「人となり」を思い浮かべ、
どのような生涯を送ったのだろうと、あれこれと無責任な空想をめぐらすのが楽しいのです。
時には、現代のアイドルやモデルなどでも通用するような、
かわいらしい少女や美しい女性が写っていて、目が釘付けになることもあります。
この本は、幕末から明治にかけて生きた女性たちを紹介した、
女性のポートレートだけを集めた写真です。
出版は歴史好きなら誰もが知っている、教科書でおなじみの山川出版社。
この幕末・明治の「女性だけ」に絞った古写真の「切り口」は、
これまでにもありそうでなかったのではないでしょうか。
「さすが歴史の山川出版社」と思いました。
誰でも気軽に写真を撮る時代ではありませんから、
掲載されている写真の多くは、皇族や華族を始め、
当時話題になった人物や花柳界の女性が中心となっています。
驚いたのは、すでに明治40年には、
全国美人写真コンクールが開催されていたことです。
新聞社によって開催されたこのコンクールには、
全国から7000枚もの応募写真が集まったとあり、
その多くは、経済的にゆとりのある良家の令嬢だったといいます。
一等は当時16歳だった小倉市長の四女。
写真に造詣の深かった義兄が本人に無断で応募し、
学習院の女学生だった彼女は一等に選ばれると、
「公然と容姿の優劣を競うのは、良妻賢母の教育方針に添わないはしたない行為」
として、退学になってしまったといいます。
本書には一等から十二等までと、
主な都道府県の代表に選ばれた女性の写真が掲載されており、
現在、それらの写真は国立国会図書館に収蔵されているそうです。
本人たちも、まさか自分の写真が100年後に国の図書館に収められ、
書籍として出版されるなど夢にも思わなかったことでしょう。
また、本書には二点だけ「笑う女性」の写真が収められています。
幕末から明治にかけての「笑顔」の人物写真はとても貴重なものです。
当時は露光に時間がかかったことや
「人前で歯を見せる」ことが品のないこととされていたこともあり、
男も女も、誰もみな「すまし顔」でしか写っていません。
私が記憶している限りでは、笑顔の写真を残しているのは、
中岡慎太郎と本書の女性くらいではないかと思います。
「笑顔」には、人をひきつける力があります。
名も残っておらず、決して美人というわけではありませんが、
屈託なく笑うその女性も、やはりとても魅力的に見えるのです。