クニの部屋 -北武蔵の風土記-

郷土作家の歴史ハックツ部屋。

羽生の“初山”はどこをどう登る? ―6月30日・7月1日の初山祭りー

2023年06月26日 | 民俗の部屋
今年も7月1日が来て、“初山”を迎える。
周知のとおり、生まれてきた赤ん坊が初めて迎える7月1日に浅間神社を詣でる行事だ。
“初山参り”や“初山登り”などと呼ばれ、
詣でることで富士山を登ったことになるとしている。

羽生市内においては、古江宮田神社で初山祭りが開催される。
6月30日が宵祭り、7月1日が例祭。
古江宮田神社という名称だが、浅間神社及び秋葉神社が祀られているため、
初山は前者を参拝していることになる。
富士山を登り、子どもの無事の成長を祈念する。

同社は羽生駅から下って1つめの踏切に鎮座している。
小高い山は“毘沙門山古墳”と呼ばれる前方後円墳で、
これを富士山に見立てて登るわけである。
平地だから小高い丘はなく、だからといって人力で土を盛るのも労力を要するため、
既存の古墳を利用しようと思ったのだろう。
(古墳については拙著『歴史周訪ヒストリア』(まつやま書房)を参照ください)

ただ、ここの浅間神社は最初から毘沙門山古墳の墳頂に祀られていたわけではない。
元々は、羽生北小学校に観音寺という寺院があり、その境内に鎮座していたという。
しかし、万治3年(1660)の葛西用水路掘削で移転を余儀なくされ、遷座した。
記録や言い伝え等を見聞きしたことはないが、
観音寺境内においても同社は小高い場所に祀られていたのではないだろうか。

実を言うと、墳頂には2つの浅間神社が鎮座している。
社殿に祀られているのを“上浅間”と呼び、
墳頂の中ほどに建つ「参明藤開山」が“下浅間”である。
古墳を登る石段が2か所あり、
最初に下浅間を詣でたあと上浅間に祈念するのが通例だった。
前者の石段を女坂と言い、後者は男坂の呼び名がある。

現在は男坂を登って、直接上浅間を参拝するのが通常となっている。
時代が移れば、祈念の仕方も変わるということだ。
ただ、子どもの健やかな成長を願う気持ちは変わらない。
出生率は年々下がっているが、初山参りは連綿と続いていくだろう。

6月30日、7月1日の境内は多くの人で賑わう。
コロナ禍で初山参りを自粛した人もいるかもしれない。
同社のホームページを見ると、
「前年度に、初山印を押せなかった人も是非いらしてください」とあるから、
改めて詣でるのを検討してもよい。
健やかな成長を願うとともに、
ニュースで流れる子どもに係る痛ましい事件が少しでも減ることを祈念したい。

羽生の浅間神社のホームページ
https://hatuyamamaturi.jimdofree.com/
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