クニの部屋 -北武蔵の風土記-

郷土作家の歴史ハックツ部屋。

除夜の詩人“正津勉” ―本棚にかくれた本(10)―

2008年12月30日 | クニ部屋の本棚
高田馬場駅前の“芳林堂”で、
1冊の詩集を手に取った。
『正津勉詩集』。
1990年代の終わり、
詩集コーナーは店の1番西の角にあって、
その横には文芸評論、後ろには翻訳本が並んでいた。

『正津勉詩集』を何気なく開くと、
「除夜」という詩が目に入る。

  紅白が終る。四方の便所のざわめきが急にとだえる。氷塊の巨瘤は宙にある。
  この木造モルタールアパート密集地域のテレビアンテナ管状群はるかまっすぐ
  長円錐になり落下しつづけてある。

「除夜」はこう書き出される。
これが初めて読んだ正津先生の詩だった。
第一印象の影響というのは、
融通のきかない強さを持つものである。

正津先生の代表作というと、「おやすみスプーン」や「青空」などが挙げられるが、
ぼくはどうしても「除夜」が思い浮かぶ。
いわば、“除夜の詩人”かもしれない。
数年前から言われる“山岳詩人”ではなく……

その数年後、忘年会と称して正津先生たちと高尾山で過ごしたことがあった。
山に登る前日、民宿の夕食に出されたのは大量の“おでん”だった。
いくら食べても減らない。
ひーひー言っておでんに箸をつける可笑しさを感じながら、
やはり正津先生と年末はよく似合う、と
なぜかそんなことを思ったのを覚えている。

ところで、『正津勉詩集』を買ったその年の冬、
ぼくはひどい風邪をひいた。
暮れも差し迫っていた頃で、
世間は年末年始ムードで浮き立っているというのに、
ずっと布団の中で過ごした。

風邪をひくと、ぼくは読書と落語を聴く。
そのとき読んだのは『つげ義春全集』だった。
布団の横に『つげ義春全集』を積み上げ、
朦朧とした頭でページを捲っていくのは、
いま思うと幸せな時間だったと思う。

やがて薬が効いてきて、ウトウト眠気に導かれるのは、
何とも言えない心地よさである。
高熱とひどい喉の痛みに襲われていたのだが、
『つげ義春全集』を読んでいる時間はその苦しみを忘れた。

そんな『つげ義春全集』を読みながら、
ぼくのふるさとの埼玉県羽生市が出てきたことはびっくりしたけれど、
妙に印象深かったのは「池袋百点会」という作品だった。
作品の中に出てくる「伊守さん」という男が、
太宰治に心酔してからだろう。
いち太宰ファンとして、一種の共感とライバル意識を持ったものである。
「巷に雨の降るごとく、わが心にも雨が降る」
そんな伊守さんの言葉(ヴェルレーヌ)も胸に残った。

実は、この伊守という男のモデルこそ、
正津先生だと知るのはそれからしばらくあとのことだ。
雑誌の編集長をしていた頃、つげ義春さんと秘湯探訪するという企画で、
共に群馬や秋田などを旅したらしい。
『正津勉詩集』と『つげ義春全集』は同じ波長を発していたのかもしれない。
ぼくは何も知らずに両者の作品を楽しんだけれど、
妙なところで繋がっていた。

病院で点滴を打ち、読書と落語で安静にしていたおかげか、
大晦日にはようやく布団から出られるまでに回復していた。
でも、冬の冷たさは体に応えるし、頭はぼぉっとしている。

  酒! と一声。酒それを買えるだけ抱えて帰れるだけ買って、
  猛烈な速度で落下してくるシャッターに頸なかば、
  「いいお年を!」とポンと尻ひとつ声かけられ、かけ返す声もすわ潜りぬけたら。

  何んと! まっ暗らな空のたかくから白いものがちらほら。雪? おお雪!
  でもう、おおおおと家路をななめに帰るや、
  肩もはたく間なくまめまめしくこまめにバタバタと、くだんの貼紙一枚(※)
  (※筆者註:「私事しばし旅行中につき留守つかまつります」)
  (「除夜」より)

ぼくは布団の中に潜り込んでいた『つげ義春全集』を本棚に置く。
年越しの準備はこれでオーケー。
しかし、宵時になると、また熱が上がってきたらしい。
ぼぉっとした頭の中で、
「ゴーン、ゴーン」と除夜の鐘みたいな音が鳴っていた。


「除夜」が収録されている『正津勉詩集』思潮社


『正津勉詩集』の裏


『つげ義春全集5』筑摩書房


正津先生の最新刊『河童芋銭』河出書房新社
河童の画家“小川芋銭”の生涯を描く評伝小説。
この本をぼくは羽生市の書店限定で買わなければならないのだが……

※参照URL「B-semi」
http://homepage1.nifty.com/B-semi/index.htm

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