――裸の大将が食べる“おにぎり”。
放浪画家“山下清”を描く「裸の大将」が10年ぶりの復活とのことです。
主人公山下清に“塚地武雄”、
米山ヨメ子役には“水川あさみ”が抜擢され、
その復活のタイトルは「裸の大将~放浪の虫が動き出したので~」。
白いランニングに短パン姿の山下清は、1度見たら忘れられないインパクトがあります。
それはまさに個性そのもの。
塚地武雄の扮する彼はさらにキャラが濃くなったかもしれません。
そしてそのインパクトをさらに後押ししているのは“おにぎり”。
「ボ、ボクは、おにぎりがほしいんだな」
「お、おにぎり、下さい」
そう言っておにぎりを頬張る彼は、
もはやそれなくしては語れません。
ところで、このおにぎり。
“おむすび”“おにぎり”といくつかの名称があり、
かつ形も三角だったり丸かったりと種類があります。
山下清の頬張るおにぎりはやや丸みを帯びていますが、
コンビニで売られているものは鋭角的な三角形が一般的です。
実は、おにぎりの形には深い意味があります。
これは以前書いた記事と重複しますが、もう1度ここに載せたいと思います。
いまやポピュラーな食べ物となっているおむすび。
博覧強記で知られる“明石散人”氏はこのおむすびについて、
「実は日本古代史を語る上で重要な憑拠の一つとなる可能性を秘めている」
と、述べています。
かつて我々の祖先は、三角の形を神秘的なものとして捉えていました。
綺麗な三角形をした山には神がいるとして“神奈備”(かんなび)と言ったように、
神の領域として考えていたのです。
おむすびが三角の形をしているのも決して偶然ではなく、
実はここからきていると明石氏は説いています。
おむすびの材料は言うまでもなく“米”。
『古事記』によると、スサノオが殺したオオゲツヒメの目から“稲種”が生まれ、
それをカミムスビノカミ(神産巣日神)が手にとって種としたことが、
米の起源だと書き記されています。
“カミムスビノカミ”は天地開闢で3番目に高天原に出現した生成力の神です。
いわば米はカミムスビノカミの象徴。
出雲で盛んになった稲作はやがて五穀第一位となり、
人々の生活を一変させました。
古代出雲人はその米を神奈備(神のいる場所)の形、つまり三角形に握ります。
そしてカミムスビノカミの“ムスビ”をとって、
“オムスビ”と名付けたのです。
換言すれば、おむすびとは神の名を起源としていると言えます。
したがって、握り飯を「おむすび」と呼ぶ場合は三角にしなければなりません。
明石散人氏は次のように述べています。
古来、我が国の食品中神奈備の形状を有するのは米に限られ、
他の穀物は神産巣日神に対する配慮から三角形には決してせず丸い形にし、
一段低い団子と名付けた。
従って丸い形に握られたものはオムスビとは言わないのである。
(『謎のジパング 誰も知らない日本史』より)
神祭や年中行事の際、握り飯をお供えすることがあります。
地方によってその形を変え、箸をさす風習が見られます。
東京付近では普段は三角でも、葬式や野辺送りの際には丸く握るそうです。
根源的なものを認識した上での風習かは定かではありませんが、
形を変えて握ることは潜在的にそこに意味を求めていたのでしょう。
いまや、コンビニへ入れば何気なく並んでいる三角形のおむすび。
それには実は古代日本に繋がる深い意味があり、
鋭角な三角形をしているものは“おにぎり”とは呼ばないのです。
さて話は戻って、山下清が頬張っていた握り飯はやや丸みをおびたものでした。
それを“おにぎり”と言ってもいいでしょう。
上の説にならえば、山下清に「お、おにぎり、下さい」と言われたら、
丸みのある握り飯を作らなければなりません。
逆に「おむすび下さい」の注文の場合は三角です。
ただし、おむすびとおにぎりの違いは諸説あり、
必ずしも明確に分かれてはいないようです。
(おにぎりが三角、おむすびが丸という逆パターンも有り)
いずれにせよ、山下清が食べるおにぎりはおいしそうなのでした。
※神奈備(かんなび)――「かん」は神、「な」は「の」の意、「び」は辺と同じく「あたり」の意か)神のいらっしゃる場所。(『日本国語大辞典』より)
引用文献
明石散人著 『謎のジパング 誰も知らない日本史』 講談社文庫
放浪画家“山下清”を描く「裸の大将」が10年ぶりの復活とのことです。
主人公山下清に“塚地武雄”、
米山ヨメ子役には“水川あさみ”が抜擢され、
その復活のタイトルは「裸の大将~放浪の虫が動き出したので~」。
白いランニングに短パン姿の山下清は、1度見たら忘れられないインパクトがあります。
それはまさに個性そのもの。
塚地武雄の扮する彼はさらにキャラが濃くなったかもしれません。
そしてそのインパクトをさらに後押ししているのは“おにぎり”。
「ボ、ボクは、おにぎりがほしいんだな」
「お、おにぎり、下さい」
そう言っておにぎりを頬張る彼は、
もはやそれなくしては語れません。
ところで、このおにぎり。
“おむすび”“おにぎり”といくつかの名称があり、
かつ形も三角だったり丸かったりと種類があります。
山下清の頬張るおにぎりはやや丸みを帯びていますが、
コンビニで売られているものは鋭角的な三角形が一般的です。
実は、おにぎりの形には深い意味があります。
これは以前書いた記事と重複しますが、もう1度ここに載せたいと思います。
いまやポピュラーな食べ物となっているおむすび。
博覧強記で知られる“明石散人”氏はこのおむすびについて、
「実は日本古代史を語る上で重要な憑拠の一つとなる可能性を秘めている」
と、述べています。
かつて我々の祖先は、三角の形を神秘的なものとして捉えていました。
綺麗な三角形をした山には神がいるとして“神奈備”(かんなび)と言ったように、
神の領域として考えていたのです。
おむすびが三角の形をしているのも決して偶然ではなく、
実はここからきていると明石氏は説いています。
おむすびの材料は言うまでもなく“米”。
『古事記』によると、スサノオが殺したオオゲツヒメの目から“稲種”が生まれ、
それをカミムスビノカミ(神産巣日神)が手にとって種としたことが、
米の起源だと書き記されています。
“カミムスビノカミ”は天地開闢で3番目に高天原に出現した生成力の神です。
いわば米はカミムスビノカミの象徴。
出雲で盛んになった稲作はやがて五穀第一位となり、
人々の生活を一変させました。
古代出雲人はその米を神奈備(神のいる場所)の形、つまり三角形に握ります。
そしてカミムスビノカミの“ムスビ”をとって、
“オムスビ”と名付けたのです。
換言すれば、おむすびとは神の名を起源としていると言えます。
したがって、握り飯を「おむすび」と呼ぶ場合は三角にしなければなりません。
明石散人氏は次のように述べています。
古来、我が国の食品中神奈備の形状を有するのは米に限られ、
他の穀物は神産巣日神に対する配慮から三角形には決してせず丸い形にし、
一段低い団子と名付けた。
従って丸い形に握られたものはオムスビとは言わないのである。
(『謎のジパング 誰も知らない日本史』より)
神祭や年中行事の際、握り飯をお供えすることがあります。
地方によってその形を変え、箸をさす風習が見られます。
東京付近では普段は三角でも、葬式や野辺送りの際には丸く握るそうです。
根源的なものを認識した上での風習かは定かではありませんが、
形を変えて握ることは潜在的にそこに意味を求めていたのでしょう。
いまや、コンビニへ入れば何気なく並んでいる三角形のおむすび。
それには実は古代日本に繋がる深い意味があり、
鋭角な三角形をしているものは“おにぎり”とは呼ばないのです。
さて話は戻って、山下清が頬張っていた握り飯はやや丸みをおびたものでした。
それを“おにぎり”と言ってもいいでしょう。
上の説にならえば、山下清に「お、おにぎり、下さい」と言われたら、
丸みのある握り飯を作らなければなりません。
逆に「おむすび下さい」の注文の場合は三角です。
ただし、おむすびとおにぎりの違いは諸説あり、
必ずしも明確に分かれてはいないようです。
(おにぎりが三角、おむすびが丸という逆パターンも有り)
いずれにせよ、山下清が食べるおにぎりはおいしそうなのでした。
※神奈備(かんなび)――「かん」は神、「な」は「の」の意、「び」は辺と同じく「あたり」の意か)神のいらっしゃる場所。(『日本国語大辞典』より)
引用文献
明石散人著 『謎のジパング 誰も知らない日本史』 講談社文庫