くまドン旅日記

写真が趣味です。自然の風景、旅行、歴史に興味を持って撮影を続けています。

名所江戸百景123 第9景 筋違内八ツ小路 秋葉原電気街

2013年12月11日 12時25分28秒 | 名所江戸百景
こんにちわ、「くまドン」です。

 今回は、千代田区(ちよだく)の秋葉原(あきはばら)電気街の夜景です。

 下の写真は、JR秋葉原駅前にある秋葉原UDXのクリスマスイルミネーションです。
 秋葉原の再開発で建設されたビルの前にあるクリスマスツリーです。

 今回の写真は、昨年・平成24年の飾りですが、今年・平成25年は、さらにカラフルな飾りとなっています。
 平成25年の秋葉原イルミネーションの日程は、
   日時: 2013年11月7日(木)~12月25日(水) 17:00~23:00
        17:15~21:45の間、30分間隔で、2分間メロディーが奏でられます。
   クリスマスツリーだけでなく、西側街路樹も約13万個のイルミネーションが点灯します。

 最初に秋葉原電気街と書きましたが、現在では、色々な意味(アニメ、ゲーム、アイドル、メイド喫茶)で有名になりました秋葉原です。
 「くまドン」は、現在の秋葉原のイメージになってから、余り秋葉原に行く機会が無くなりましたので、
 昔の電気街のイメージが残っている場所で撮影することにしました・・・・・・・・

 万世橋(まんせいばし)から、秋葉原のメインストリートを見た写真です。
 撮影時期は12月の中頃ですので、街は年末商戦の真っただ中です。まだ、イチョウが黄葉しています。

 光の町のイメージで、露出は明るめにして撮影してみました。いかがでしょうか?

 しかし、何故か撮影していて、違和感(いわかん)がありました・・・・・・・・・・?

 下の写真は、8か月前の昨年・平成24年4月に撮影した写真です。
 左手前の赤い石丸電気(いしまるでんき)本店のビルが、青いEDION(エディオン)のビルに変わっています。

 「石丸電気」と言えば、秋葉原電気街の創成期からある老舗(昭和20年創業)の家電量販店です。
 最盛期は秋葉原電気街に15店舗も構える有名な店でしたが、家電量販店の郊外店進出の流れで、中部地方を中心に展開する家電量販店「エディオン」(業界3位)に平成22年10月に吸収される形で合併し、平成24年10月に店舗名称が、「エディオン」に統一されました。そして、平成25年3月には、エディオン秋葉原本店(旧石丸電気本店)が閉店となり、70年近い歴史の幕を下ろしました。考えてみると、「エディオン秋葉原本店」は半年間しかなかったのですね。
 (ある意味貴重な写真かもしれません・・・・・)
 なお、秋葉原には「エディオンAKIBA(旧石丸1号店)」が平成25年12月現在も営業しているようです。
 原因は色々あるのですが、時代の流れを感じます・・・・・・・・・・・・・・

 万世橋の方を振り返ると、微笑む赤い牛の顔がトレードマークの「肉の万世(にくのまんせい)」のビルがあります。
(絵画調)

【肉の万世(にくのまんせい)】
 関東各地に「万世洋食」、「万世焼肉」、「万世拉麺(らーめん)」を展開するチェーン店です。
 なんと、戦後開業した電機部品商・鹿野無線と言う店が元で、昭和24年のドッジ・ライン不況で、精肉・コロッケ商「万世」へ業種転換して成功したという秋葉原でも珍しい店です。
 名物は、整形加工肉ではない為、ハンドカットされる「名物万かつサンド」です。
 1Fで、お土産として販売しています。美味しいですよ!
 このビルは、秋葉原の街を眺めるのに向いています。景色の良い上階ほど高級志向になる。
 1階及び地下は予算1,000円以下でも食事可能、最上階は10,000円クラスの単価設定となっています。

 久しぶりに「万世」に寄ったので何か食べる事にしましたが、予算的には無理しないで、低い階から撮影してみることにしました。残念ながら、右の方の席しか空いていなかったので、秋葉原の通りの右側を入れることができませんでしたが、それでも、俯瞰(ふかん、上から下を見下ろす)気味なので、万世橋や神田川を手前に入れて撮影できました。

 万世橋は、神田川(かんだがわ)に架かる橋です。
(絵画調)


 結局、色々考えたあげく、地上から神田川越しに手前に万世橋の欄干(らんかん)を入れ、後方に秋葉原の明るい街を入れた構図にしました。

この写真を、広重の名所江戸百景「第9景 筋違内八ツ小路」に対応する「くまドン板」の景(確定・冬景)とさせていただきます。
 (このプログは、名所江戸百景の現代版である「くまドン版」を作ることを第一目標としています。)

 下の絵は、広重の名所江戸百景「第9景 筋違内八ツ小路」(春景)です。

 この絵は筋違門(すじかいもん)から昌平橋の方向を望んだ風景です。
 筋違門(すじかいもん)は、現在の万世橋の(まんせいばし)の少し西側にあった江戸城の見附(みつけ、L字型に曲がり、前後2つの門で守られた堅牢な門)の一つです。
 広重の生きていた江戸時代には、現在の昌平橋から東にある万世橋までの神田川南側には、大きな広場がありました。左奥の家は武家屋敷らしく、手前右には茶屋が描かれています。

 絵の真ん中にあるのが昌平橋の番所(ばんしょ)で、番所の両側には土塁(どるい)が続いています。この土塁の向こう側に江戸城の外堀である神田川あるのですが、何故か、神田川のある所は、源氏雲(げんじぐも)により隠されています。その奥にある建物が神田明神(かんだみょうじん)です。
 源氏雲は、源氏絵などで画面の区切りや装飾で使用されていました。
 広場の左下の行列は、先頭に女性が並び、女乗物を中心としたかなりの人数であることから、大名家の奥方一行と考えられています。
 また、真ん中の通行人には、色々な身分・職業の人が描かれていて、当時の賑わいを感じる事ができます。

 下の写真は、昌平橋からJRお茶の水駅方面(西)を眺めた写真です。左は、JRお茶の水駅からJR神田・東京駅に向かう中央線で、線路の下は、レンガ壁の店が並んでいます。神田川の上に架かるのは、JR秋葉原駅に向かう総武線(そうぶせん)です。(広重の絵の真ん中にある番所付近から絵の方向を見た写真です。)

 奥に見えるアーチ橋は、聖橋(ひじりばし)で、その右側が湯島聖堂(ゆしませいどう、昌平坂学問所(しょうへいざかがくもんじょ))です。さらに右(北)側に神田明神があります。

 神田川は、江戸城の外濠(そとぼり)の北東側の役割を果たしていました。
 神田川は、現在のJR飯田橋駅(いいだばしえき)で外濠(そとぼり)と合流して、東に流れを変えて、隅田川に流れ込んでいます。この区間に江戸時代は、3つの門(小石川門、筋違門(すじかいもん)、浅草門(浅草橋門))があり、水道橋(すいどうばし)、昌平橋(しょうへいばし)、柳橋(やなぎばし)を含め、いくつかの橋も架けられていました。
 神田川に並行して、JR中央線・総武線が南側に走っていて、JRの水道橋駅(すいどうばしえき)、お茶の水駅(おやのみずえき)、秋葉原駅、浅草橋駅(あさくさばしえき)が並んでいます。

 振り返って、昌平橋から秋葉原の万世橋方向(東)を眺めた写真です。真ん中奥に、「肉の万世」のビルがあります。

 川の右手には、JR中央線の線路とレンガ壁が続いています。
 写真の左側は、秋葉原・電気街の一番西端になります。
 帰り際に、パソコンのマウスが壊れたので、安売りしていないか、路地を歩いた所、昔、よく買いに行った店がまだありました。懐かしく思いながら、店の前のダンボールに入ったマウスを買う事にしました。

(1)神田明神やJRお茶の水駅付近の話は、以下の話となります。
 「名所江戸百景006 第10景 神田明神曙之景 桜」
 「<速報>名所江戸百景032 神田明神の神田祭(1)」
(2)秋葉原の東側にあるJR浅草橋方面の話は、以下の話です。
 「名所江戸百景056 第60景 浅草川大川端宮戸川 柳橋と屋形船」
 「名所江戸百景057 第59景 両国橋大川ばた 両国橋・柳橋の夜景」

 今回は、これで終了とさせていただきます。

 12月分は、ブログ作成の時間が無い為、江戸時代の話が少なく、現代史みたくなっていますが、このまま12月分の夜景は、進めさせていただきます。

 次回は、スカイツリーのクリスマス向けライトアップの予定です。

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