こんにちわ、「くまドン」です。
今回は、東京都の武蔵野市(むさしのし)と三鷹市(みたかし)の境にある井の頭恩賜公園(いのかしらおんしこうえん)の話です。名所江戸百景の中でも、「井の頭の池」は一番西側で、離れた場所にあります。
「くまドン」の住んでいる場所からも一番離れているので、初めての訪問になります。さて、どんな場所でしょうか?
(絵画調)
井の頭の池は、武蔵野台地のY字型の谷状の窪地にあり、古くは地下水の湧き出す場所でした。この付近は、標高50mの等高線に沿って、湧水源が点在していました。善福寺池(杉並区)や三宝寺池(練馬区)もこの等高線にある水源池です。
JR線の駅を降りて、井の頭の池に向って歩くと、池に向かって下りて行く事になります。池には白鳥型のボートが一杯でした。
昭和の初めごろは、池の周囲にスギの大木が茂り、池の中には所々にヨシが群生して、ヒシも多く水鳥が集っていたらしいです。
池の近くに野外コンサート場もあり、イベントをやっていました。なぜか、11月下旬にサンタクロースの格好をしたイベント関係者もいます。
(絵画調)
井の頭の池は豊富な湧水があるので、古くから人の住居地となっていて、公園内の御殿山遺跡では、縄文時代の竪穴式住居遺跡も出土しています。池の中に七つの湧水口があったことから「七井の池」と呼ばれていた時もあったそうです。
江戸時代には、江戸を流れる神田川(かんだがわ)の水源池として、江戸の人達にとって欠かせない神田上水(かんだじょうすい)の水源として、利用される事になります。明治時代までは、東京(江戸)の水道水として利用されてきました。
下の写真は、井の頭の池から流れ始める神田川の流れ始めの所です。
(絵画調)
下の絵は、広重の名所江戸百景「第87景 井の頭の池弁天の社」(秋景)です。
絵の左下の島にある神社は、井の頭弁財天です。
絵の構図は、高所から井の頭を見渡す俯瞰(ふかん、上から下への見下ろし)で描かれています。S字型に配置された池の両岸にある松の木や弁天、水上を飛ぶシラサギが画面に変化と奥行きを与えています。
後方にたたずむ山並みは、弁天と池の位置関係からすると、北向きになります。日光連山をはじめとする北関東の山並みでしょうか?もし、日光連山とすると、一番高い山は日光男体山(にっこうなんたいさん)でしょうか?
井の頭弁財天の社伝によれば、平安時代中期に源経基(みなもとのつねもと、平将門(たいらのまさかど)の時代の人です。)が弁財天女像をこの地に安置したのが始まりと言われているようです。
(絵画調)
その後、源頼朝(みなもとのよりとも)が東国平定を祈願し、鎌倉幕府を開いた跡にお堂を建てたと伝わっています。そういうわけで、武家にとっては、由緒ある場所になります。
ただし、鎌倉幕府が滅亡する元弘の乱(げんこうのらん)の際に、天皇方の新田義貞(にったよしさだ)と北条泰家(ほうじょうやすいえ、14代執権)との戦(いくさ)による兵火で弁財天が焼失してしまいました。
下の写真は、現在の井の頭弁財天(後方)に渡る橋です。石橋ですが、広重の絵に描かれた太鼓橋(たいこばし)の形で架けられています。
その後、室町時代の数百年間は放置された後、江戸時代の寛永年間に三代将軍徳川家光(いえみつ)により弁財天が再建されることになります。
この付近の武蔵野一帯は、歴代の徳川将軍が鷹狩り(たかがり)を行った場所の一つで、三鷹(みたか)という地名が、その名残り(なごり)となっています。井の頭の地名も、家光が鷹狩りに訪れ、井の頭の池の湧水を見て名付けたとされています。
江戸時代には、神田川や神田上水の水源池として、江戸の人達の行楽地として賑わいました。
井の頭の池は谷状の地形にできた湧き水池ですから、撮影したすぐ後ろは崖になっています。
広重の絵のような視点で表現できないかと階段の上から見下ろしてみましたが、残念ながら、池は見えませんでした。
(絵画調)
結局、色々構図を考えた結果、井の頭の池と弁財天に黄葉をくわえた構図でまとめることにしました。
この写真を、広重の名所江戸百景「第87景 井の頭の池弁天の社」の景(確定・秋景)とさせていただきます。
(このプログは、名所江戸百景の現代版である「くまドン版」を作ることを第一目標としています。)
紅葉も入れたかったのですが、この年の秋は冷え込みが緩く、暖かった為、紅葉は最低の年でした。
昭和の戦後になると、底まで透き通って見えた湧き水の豊かな井の頭の池が大きく変貌していきます。
①戦後の経済成長の中、大規模な地下水くみ上げや、街の地面がコンクリートやアスファルトに覆われるに従い、地下水への浸透がなくなり、ついには、池の湧き水が減少、ついには枯渇(こかつ)してしまいます。
②そこで、地下水をくみ上げて供給しますが、昔ほどの水量の供給は不可能です。
池の水の滞留時間が長くなり、水中の植物プランクトンが増殖が進み、緑褐色に濁った池になってしまいました。
水の透明度が悪くなると、底に光が届かなくなり、水中植物も育たなくなりますので、水中の酸素が低下して行きます。さらに、水中に生息する魚や水生昆虫の種類も減少して行きます。
③ブルーギルやブラックバスの外来魚により、在来魚のモツゴ(クチボソ)やテナガエビが捕食して繁殖してしまい、池の魚の大半が外来魚という状況になってしまった。
現在、井の頭の池は、新たな転機を迎えようとしています。
井の頭恩賜公園は、大正6 年(西暦1917年)5月に日本初の郊外型公園として開園しましたが、平成29年5月に開園100周年を迎えます。これに向けて、「水と緑の再生」と「公園を核とする街の賑わいの創造」をテーマに周辺地域の行政・団体が色々な事をしているようです。
今回は井の頭の池の再生の話を入れておきます。
今年・平成26年2月頃に井の頭の池の水を「かいぼり」をして、池が干上がっていた映像がニュースで流れていたのを見た事がある方もいると思います。
この「かいぼり」も、井の頭恩賜公園100周年に向けての水質改善事業の一環です。
井の頭の池で「かいぼり」が行われていた頃の「くまドン」は、名所江戸百景の残りの景の撮影で大忙しでしたので、「かいぼり」風景を撮影に言っている時間もありませんでしたが、内容は以下の通りです。
【かいぼり(水抜き)の内容(平成25年度分)】
①時期
平成25年10月~12月に準備・調整
平成26年 1/18~2/23:水抜き、1/29~2/23:天日干し、2/24~3/8:池に水を入れる
②天日干しの時にボランティアの方々の努力により、外来魚の駆除と在来魚の保護・池への放流が行われました。
他の方のブログなどを見ると、寒い時期に泥の中で魚を捕獲するのは大変そうでした。
なんと、かいぼりによって捕獲された魚の内で、駆除対象の外来魚が77.2%も占めています・・・・!!!
その内訳がブルーギルが12,650匹(69.5%)、ブラックバスが1,173匹(6.9%)というあり様です。
この2種は、小魚でもザリガニでも何でも食べてしまう大食で、ルアー釣りの弊害(へいがい)とも言える現象です。
その他にもビワコオオナマズ、ソウギョ(草魚)、アオウオ(鯉の一種)、カムルチー(雷魚の一種)も捕獲されていて、飼育魚の無責任な放流が、生態系破壊の原因となっています。
③かいぼりにより、池の底の泥を空気にさらすと、酸化・脱窒作業により底泥の状況が改善し、水質が良くなるそうです。(かいぼり後の水中の全窒素分が減少しています。)
この水質改善のかいぼりは、他の県でも行われていて、けっこう実績があるようです。実行委員の人達が井の頭の池の大きさでも十分な効果があると確認して、実行されたそうです。勉強熱心ですね!
ただし、今回のかいぼりでは、20数年ぶりの大雪が2回もあり、十分な天日干しができなかったらしいです。
④ザリガニは、かいぼりをすると泥の中に入るので捕獲不可能の為、別の方法で対応する。
⑤弁天社のある弁天池の水域は、仕切りで水を残し、かいぼりは行われませんでした。
【かいぼりを行った結果】
①かいぼり前は、夏場は水が濁っていたのに、かいぼり後の平成26年の夏は、水の透明度が上がり、底が見える程になった。かいぼりの行われていなかった弁天池が濁ったままであることから改善の効果が分かります。
②水の透明度が良くなり、底に光が届くようになり、コイ(鯉)やソウギョ(草魚)などの外来魚を大量に駆除した結果、絶滅危惧種を含む数種類の水草が復活。
③ブルーギルやブラックバスなどの外来魚を大量に駆除した結果、モツゴなどの在来魚や水生昆虫が増加した。
ただし、今回のかいぼりで捕獲できなかったブルーギルが再度、繁殖し始めているとのこと。
④かいぼりでは駆除できなかったアメリカザリガニを捕食していた外来魚がいなくなった結果、
アメリカザリガニが増加して、せっかく成長してきた水草を切り取る被害も発生。
ただし、この事態はすでに事前予測済みで、今年の夏は、ボランティアの方々により、アメリカザリガニの駆除が行われたとの事でした。
(絵画調)
【今後の予定】
①平成27年度・29年度も「かいぼり」が行われる予定だそうです。
今回のかいぼりは、2回も大雪が降ったので、日干しが思うようにできなかったことや、水が残ったことにより捕獲できなかった外来魚のブルーギル生き残りが、また繁殖しつつあるので、再かいぼりは必要なようです。
(今回のブルーギルの捕獲数を大きかったので、外来魚が少数で、在来魚が多数となると、逆に批判されるかもしれませんが・・・・)
②かいぼりで駆除できないザリガニなどの捕獲も、毎年定期的に行われる予定だそうです。
また、井の頭の池が昔のような澄んだ水の池に生まれ変わると良いですね。
紅葉は最低の年でしたが、それでも、一本ぐらい、きれいに紅葉している木がありましたので、
最後に紅葉の写真で終わります。(ちょっと欲張りすぎて、煩雑(はんざつ)な写真になりましたが・・・)
今回は、これで終了とさせていただきます。
「くまドン旅日記」のブログを見ていただきありがとうございました。
ブログ作成が思うように進まず、色々とやらなければならない事がたまっていましたが、
やっと、名所江戸百景の残分の1景が作り終わりました。残りは5景です。
街路樹の木も少し色づき始めましたので、紅葉の残2景を早めに作りたいと思っているのですが、
次回もスローペースになりそうです・・・・(汗)
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今回は、東京都の武蔵野市(むさしのし)と三鷹市(みたかし)の境にある井の頭恩賜公園(いのかしらおんしこうえん)の話です。名所江戸百景の中でも、「井の頭の池」は一番西側で、離れた場所にあります。
「くまドン」の住んでいる場所からも一番離れているので、初めての訪問になります。さて、どんな場所でしょうか?
(絵画調)
井の頭の池は、武蔵野台地のY字型の谷状の窪地にあり、古くは地下水の湧き出す場所でした。この付近は、標高50mの等高線に沿って、湧水源が点在していました。善福寺池(杉並区)や三宝寺池(練馬区)もこの等高線にある水源池です。
JR線の駅を降りて、井の頭の池に向って歩くと、池に向かって下りて行く事になります。池には白鳥型のボートが一杯でした。
昭和の初めごろは、池の周囲にスギの大木が茂り、池の中には所々にヨシが群生して、ヒシも多く水鳥が集っていたらしいです。
池の近くに野外コンサート場もあり、イベントをやっていました。なぜか、11月下旬にサンタクロースの格好をしたイベント関係者もいます。
(絵画調)
井の頭の池は豊富な湧水があるので、古くから人の住居地となっていて、公園内の御殿山遺跡では、縄文時代の竪穴式住居遺跡も出土しています。池の中に七つの湧水口があったことから「七井の池」と呼ばれていた時もあったそうです。
江戸時代には、江戸を流れる神田川(かんだがわ)の水源池として、江戸の人達にとって欠かせない神田上水(かんだじょうすい)の水源として、利用される事になります。明治時代までは、東京(江戸)の水道水として利用されてきました。
下の写真は、井の頭の池から流れ始める神田川の流れ始めの所です。
(絵画調)
下の絵は、広重の名所江戸百景「第87景 井の頭の池弁天の社」(秋景)です。
絵の左下の島にある神社は、井の頭弁財天です。
絵の構図は、高所から井の頭を見渡す俯瞰(ふかん、上から下への見下ろし)で描かれています。S字型に配置された池の両岸にある松の木や弁天、水上を飛ぶシラサギが画面に変化と奥行きを与えています。
後方にたたずむ山並みは、弁天と池の位置関係からすると、北向きになります。日光連山をはじめとする北関東の山並みでしょうか?もし、日光連山とすると、一番高い山は日光男体山(にっこうなんたいさん)でしょうか?
井の頭弁財天の社伝によれば、平安時代中期に源経基(みなもとのつねもと、平将門(たいらのまさかど)の時代の人です。)が弁財天女像をこの地に安置したのが始まりと言われているようです。
(絵画調)
その後、源頼朝(みなもとのよりとも)が東国平定を祈願し、鎌倉幕府を開いた跡にお堂を建てたと伝わっています。そういうわけで、武家にとっては、由緒ある場所になります。
ただし、鎌倉幕府が滅亡する元弘の乱(げんこうのらん)の際に、天皇方の新田義貞(にったよしさだ)と北条泰家(ほうじょうやすいえ、14代執権)との戦(いくさ)による兵火で弁財天が焼失してしまいました。
下の写真は、現在の井の頭弁財天(後方)に渡る橋です。石橋ですが、広重の絵に描かれた太鼓橋(たいこばし)の形で架けられています。
その後、室町時代の数百年間は放置された後、江戸時代の寛永年間に三代将軍徳川家光(いえみつ)により弁財天が再建されることになります。
この付近の武蔵野一帯は、歴代の徳川将軍が鷹狩り(たかがり)を行った場所の一つで、三鷹(みたか)という地名が、その名残り(なごり)となっています。井の頭の地名も、家光が鷹狩りに訪れ、井の頭の池の湧水を見て名付けたとされています。
江戸時代には、神田川や神田上水の水源池として、江戸の人達の行楽地として賑わいました。
井の頭の池は谷状の地形にできた湧き水池ですから、撮影したすぐ後ろは崖になっています。
広重の絵のような視点で表現できないかと階段の上から見下ろしてみましたが、残念ながら、池は見えませんでした。
(絵画調)
結局、色々構図を考えた結果、井の頭の池と弁財天に黄葉をくわえた構図でまとめることにしました。
この写真を、広重の名所江戸百景「第87景 井の頭の池弁天の社」の景(確定・秋景)とさせていただきます。
(このプログは、名所江戸百景の現代版である「くまドン版」を作ることを第一目標としています。)
紅葉も入れたかったのですが、この年の秋は冷え込みが緩く、暖かった為、紅葉は最低の年でした。
昭和の戦後になると、底まで透き通って見えた湧き水の豊かな井の頭の池が大きく変貌していきます。
①戦後の経済成長の中、大規模な地下水くみ上げや、街の地面がコンクリートやアスファルトに覆われるに従い、地下水への浸透がなくなり、ついには、池の湧き水が減少、ついには枯渇(こかつ)してしまいます。
②そこで、地下水をくみ上げて供給しますが、昔ほどの水量の供給は不可能です。
池の水の滞留時間が長くなり、水中の植物プランクトンが増殖が進み、緑褐色に濁った池になってしまいました。
水の透明度が悪くなると、底に光が届かなくなり、水中植物も育たなくなりますので、水中の酸素が低下して行きます。さらに、水中に生息する魚や水生昆虫の種類も減少して行きます。
③ブルーギルやブラックバスの外来魚により、在来魚のモツゴ(クチボソ)やテナガエビが捕食して繁殖してしまい、池の魚の大半が外来魚という状況になってしまった。
現在、井の頭の池は、新たな転機を迎えようとしています。
井の頭恩賜公園は、大正6 年(西暦1917年)5月に日本初の郊外型公園として開園しましたが、平成29年5月に開園100周年を迎えます。これに向けて、「水と緑の再生」と「公園を核とする街の賑わいの創造」をテーマに周辺地域の行政・団体が色々な事をしているようです。
今回は井の頭の池の再生の話を入れておきます。
今年・平成26年2月頃に井の頭の池の水を「かいぼり」をして、池が干上がっていた映像がニュースで流れていたのを見た事がある方もいると思います。
この「かいぼり」も、井の頭恩賜公園100周年に向けての水質改善事業の一環です。
井の頭の池で「かいぼり」が行われていた頃の「くまドン」は、名所江戸百景の残りの景の撮影で大忙しでしたので、「かいぼり」風景を撮影に言っている時間もありませんでしたが、内容は以下の通りです。
【かいぼり(水抜き)の内容(平成25年度分)】
①時期
平成25年10月~12月に準備・調整
平成26年 1/18~2/23:水抜き、1/29~2/23:天日干し、2/24~3/8:池に水を入れる
②天日干しの時にボランティアの方々の努力により、外来魚の駆除と在来魚の保護・池への放流が行われました。
他の方のブログなどを見ると、寒い時期に泥の中で魚を捕獲するのは大変そうでした。
なんと、かいぼりによって捕獲された魚の内で、駆除対象の外来魚が77.2%も占めています・・・・!!!
その内訳がブルーギルが12,650匹(69.5%)、ブラックバスが1,173匹(6.9%)というあり様です。
この2種は、小魚でもザリガニでも何でも食べてしまう大食で、ルアー釣りの弊害(へいがい)とも言える現象です。
その他にもビワコオオナマズ、ソウギョ(草魚)、アオウオ(鯉の一種)、カムルチー(雷魚の一種)も捕獲されていて、飼育魚の無責任な放流が、生態系破壊の原因となっています。
③かいぼりにより、池の底の泥を空気にさらすと、酸化・脱窒作業により底泥の状況が改善し、水質が良くなるそうです。(かいぼり後の水中の全窒素分が減少しています。)
この水質改善のかいぼりは、他の県でも行われていて、けっこう実績があるようです。実行委員の人達が井の頭の池の大きさでも十分な効果があると確認して、実行されたそうです。勉強熱心ですね!
ただし、今回のかいぼりでは、20数年ぶりの大雪が2回もあり、十分な天日干しができなかったらしいです。
④ザリガニは、かいぼりをすると泥の中に入るので捕獲不可能の為、別の方法で対応する。
⑤弁天社のある弁天池の水域は、仕切りで水を残し、かいぼりは行われませんでした。
【かいぼりを行った結果】
①かいぼり前は、夏場は水が濁っていたのに、かいぼり後の平成26年の夏は、水の透明度が上がり、底が見える程になった。かいぼりの行われていなかった弁天池が濁ったままであることから改善の効果が分かります。
②水の透明度が良くなり、底に光が届くようになり、コイ(鯉)やソウギョ(草魚)などの外来魚を大量に駆除した結果、絶滅危惧種を含む数種類の水草が復活。
③ブルーギルやブラックバスなどの外来魚を大量に駆除した結果、モツゴなどの在来魚や水生昆虫が増加した。
ただし、今回のかいぼりで捕獲できなかったブルーギルが再度、繁殖し始めているとのこと。
④かいぼりでは駆除できなかったアメリカザリガニを捕食していた外来魚がいなくなった結果、
アメリカザリガニが増加して、せっかく成長してきた水草を切り取る被害も発生。
ただし、この事態はすでに事前予測済みで、今年の夏は、ボランティアの方々により、アメリカザリガニの駆除が行われたとの事でした。
(絵画調)
【今後の予定】
①平成27年度・29年度も「かいぼり」が行われる予定だそうです。
今回のかいぼりは、2回も大雪が降ったので、日干しが思うようにできなかったことや、水が残ったことにより捕獲できなかった外来魚のブルーギル生き残りが、また繁殖しつつあるので、再かいぼりは必要なようです。
(今回のブルーギルの捕獲数を大きかったので、外来魚が少数で、在来魚が多数となると、逆に批判されるかもしれませんが・・・・)
②かいぼりで駆除できないザリガニなどの捕獲も、毎年定期的に行われる予定だそうです。
また、井の頭の池が昔のような澄んだ水の池に生まれ変わると良いですね。
紅葉は最低の年でしたが、それでも、一本ぐらい、きれいに紅葉している木がありましたので、
最後に紅葉の写真で終わります。(ちょっと欲張りすぎて、煩雑(はんざつ)な写真になりましたが・・・)
今回は、これで終了とさせていただきます。
「くまドン旅日記」のブログを見ていただきありがとうございました。
ブログ作成が思うように進まず、色々とやらなければならない事がたまっていましたが、
やっと、名所江戸百景の残分の1景が作り終わりました。残りは5景です。
街路樹の木も少し色づき始めましたので、紅葉の残2景を早めに作りたいと思っているのですが、
次回もスローペースになりそうです・・・・(汗)
日本プログ村に参加しています。良ければ、「ポチッ」応援お願いします。(携帯からは無効ですので、不要です。)