息長氏とは何者か?彼等の氏神は滋賀県米原市にある山津照神社。祭神は<国常立神>という日本の神話に現れる原初の神である。そしてご神体として祀るのが山津照神社境内から発見され、首長墓と思われる古墳の石棺に納められていた<五鈴鏡>である。山津照神社の祭神・国常立神とご神体・五鈴鏡の組み合わせを持っ神社を探すと尾張一宮である<真清田神社>であった。古縁起によると崇神天皇の時<国常立尊>を勧請したとする。 . . . 本文を読む
記紀の中で10代・崇神天皇は「御肇国天皇・はつくにしらすすめらみこと」と記述されているにもかかわらず前代の天皇の開化天皇を父親と記している事に大きな矛盾を感じますが、この問題は<崇神天皇入り婿説>で一応は納得しているようで、深く追求されていないのが現状です。2024・9・1の当ブログ「息長氏とは何者か?」中の息長氏関係の系図から開化天皇の妃・伊迦賀色許売(元孝元天皇妃)と子の崇神天皇を外し、また . . . 本文を読む
前回掲載した開化天皇を始祖として分かれる二流の一方は、崇神天皇を始祖とする三輪王朝の系譜と、日子坐王と息長水依比売の婚姻によって生じ、息長帯日売に至る息長氏族の系図が存在し、皇室と深く関わりのある息長氏ですが21世紀の現代では彼等のルーツも終末も謎に包まれています。その兆候を記紀から読み取りたい!今日のテーマです。①仕掛けられた息長氏衰退への第一歩は『古事記』仲哀天皇・気比大神条による。 応神天皇 . . . 本文を読む
開化天皇の皇子・日子坐王を始祖とした息長氏の系図には他ではあまり見かけない特徴がありました。例えば日子坐王と息長水依比売の子が丹波比古多多須美知能宇斯王、袁祁都比売との間に生まれた子供が山代之大筒木真若王、その妃が丹波之阿遅佐波毘売。このように系図には名前の前に丹波・山代・近江・但馬などの本拠とする地名が付されており、現在の滋賀県から京都府、兵庫県の北部に至る丹波国に勢力を持っていたと思われます . . . 本文を読む
日本書紀の允恭天皇二年条には、皇后となった忍坂大中姫(おしさかおおなかつひめ)の娘時代の説話が記されている。 忍坂大中姫が闘鶏(つげ)の国造から姫の庭に咲く<蘭・あららぎ>を求められる話で、特にドラマチックな内容ではないが、私の謎解きの原点である万葉集中の<山上憶良詠・秋の七草の藤袴>を解く鍵として設定されていたのが<蘭・あららぎ>であり、ヒントの<新羅・あららぎ>から答えは<新羅・しらぎ>と解い . . . 本文を読む