第五話 内間木王(12歳)<o:p></o:p>
栗木家の牛舎。4本の柱だけが立っている。前方に、餌箱らしき横長の木製の箱が置かれている。柱の中央に茶色の牛(内間木王)が、観客席に背を向けて仁王立ちしている。<o:p></o:p>
ブラシを持った一人の老人が現れ、その背中に一生懸命ブラシをかけはじめる。<o:p></o:p>
そこに、大きな桶を抱えて一人の女性が現れる。<o:p></o:p>
栗木妻 持って来たよ。<o:p></o:p>
栗木 あぁ。<o:p></o:p>
栗木妻 これでいいのかい。<o:p></o:p>
栗木、桶の中を覗き込む。栗木、手を休め、桶の中の物をすくい取り口に含む。<o:p></o:p>
栗木 あぁ、よし。<o:p></o:p>
栗木妻、その言葉を聞き、横長の木箱の脇に桶を置く。<o:p></o:p>
栗木妻 本当に、この子は過保護だね。こんな良いもの、毎晩飲まされてさ。<o:p></o:p>
栗木 俺ぁ下戸だすけ、その分だと思ってがまんしてけで。<o:p></o:p>
栗木妻 そりゃぁ、わがってる。でも、毎晩一升は、大酒飲みだ。<o:p></o:p>
栗木 この体でば、俺らのコップ一つと同じだ。昼間は、勢子の大上と体を絞って、十分食って、夜は酒を飲ませてぐっすりと眠らせる。この、体格と筋肉はこうしてつけてきたものだ。見ろ、この毛並み。ほれぼれするじゃ。<o:p></o:p>
栗木、内間木王の毛並みに見惚(みと)れる。<o:p></o:p>
栗木妻 …観光協会の小林さんの話聞いたよ。<o:p></o:p>
栗木 あぁ。<o:p></o:p>
栗木妻 いいの。<o:p></o:p>
栗木 あぁ。いろいろ、変えていかねぇと、闘牛もやっていけねぇ。とりあえず、次だけやってみて、様子見すべって、観光振興協議会の小林さんに話をもって来られた。<o:p></o:p>
栗木妻 そうすか。<o:p></o:p>
栗木 悪い話ではねぇべ。<o:p></o:p>
栗木妻 …勢子ちゃんのためだね。<o:p></o:p>
栗木 えっ。<o:p></o:p>
栗木妻 闘牛で勝負つけさせる他に、おなごも勢子になれるようにしたって言ってだよ。<o:p></o:p>
栗木 いろいろ変えていかねえと。<o:p></o:p>
栗木妻 良いと思いますよ。<o:p></o:p>
栗木 ……。<o:p></o:p>
栗木妻 私ももうちょっと若かったら、勢子もしてみてぇな、なんてね。<o:p></o:p>
栗木 ……。<o:p></o:p>
栗木妻 良いと思いますよ。<o:p></o:p>
栗木 ありがとう。<o:p></o:p>
栗木妻 …この子は勝てますかね。<o:p></o:p>
栗木 『内間木』は、負けねぇ。<o:p></o:p>
栗木妻 『グレート』も7歳になったし、力つけで来たすけ。<o:p></o:p>
栗木 負けねぇ。<o:p></o:p>
栗木妻 この子も、今年で12歳だすけ。そろそろ(引退かと)…。<o:p></o:p>
栗木 負けねぇ。<o:p></o:p>
栗木妻 あんたが、そう言うんなら…。<o:p></o:p>
栗木 ……。<o:p></o:p>
栗木妻 今日は、早く飲ませて、寝せましょう。ちゃんと体つくって行かないと、勝てる試合も勝てねぇすけ。<o:p></o:p>
栗木 あぁ。<o:p></o:p>
栗木妻、静かに去る。<o:p></o:p>
栗木、内間木王に向かって語りかけるように話し出す。<o:p></o:p>
栗木 おめぇ。まだ、行けるよな。おれぁ、お前のおかげで、初めて横綱の牛主になったすけ、感謝してる。<o:p></o:p>
内間木王、かすかに肩を震わせる。<o:p></o:p>
栗木 力をつけてきたグレートだが、勢子が居ない今の状態であれば潰すのは簡単だ。でもな、最高の勢子もつけさせて、最高の状態のグレートと闘って勝つ。そうしなければ、本当の横綱じゃねぇ。…そうだよな。内間木。<o:p></o:p>
ブラシを置いて、内間木王に柔らかなまなざしを残して去る。<o:p></o:p>
内間木王、栗木が去ると、振り返り会場の方を見る。<o:p></o:p>
内間木王 親父さんのその『がんばれよ』の一言が、いつでも俺の心に大きくのしかかっている。もちろん俺はがんばる。俺にここまで期待を寄せて、俺を育ててくれている、親父さんと奥さんに酬(むく)いるためには、精一杯がんばった上に、更に『がんばる』を重ねなければならない。<o:p></o:p>
俺は、本当は誰とも闘いたくは無い。しかし、親父さんの望みは俺が闘う
ことだ。闘って勝つことだ。闘うことが、勝つことが、親父さんの願いであ
って、俺がここで生きている意味だ。<o:p></o:p>
俺は闘いたくない思いを持ちながら、親父さんのために歯を食いしばっ
て、目を充血させて、必死で闘う。<o:p></o:p>
内間木王、天を仰ぎみる。<o:p></o:p>
内間木王 闘って、闘って、闘って…。闘った後に残るものは…。(死…。)<o:p></o:p>
最後の言葉は、言葉にならないが、全ての想いを表情に込めて胸の奥から天に向かって放つ。<o:p></o:p>
暗 転<o:p></o:p>
第六話 グレートガタゴン(4歳)<o:p></o:p>
夕闇せまる時間。西の空にはうっすらと赤みが差しているが、空には満月に近い月が現れ始めている。<o:p></o:p>
そんな中、勢子が、笑顔でガタゴンに餌を与えている。<o:p></o:p>
勢子 私ね、とうとう、勢子になれるよ。勢子で土俵に上がれるよ。私の願いを、栗木さんが叶えてくれたんだ。<o:p></o:p>
ガタゴン、肩を振るわせる。<o:p></o:p>
勢子 お前は、私の…。ううん、上舘家の宝だから、大切に、大切に育てて、本気で鍛えて、きっと、 横綱にしてみせるからね。私のしごきについてきてね。<o:p></o:p>
勢子笑顔で、ガタゴンの口に餌を詰め込み続ける。<o:p></o:p>
ガタゴン うおひょうはん。(御嬢さん…。)<o:p></o:p>
ガタゴン、口の中がいっぱいで、話せない。<o:p></o:p>
勢子、しかし、まだ笑顔でガタゴン口に餌を突っ込み続ける。 <o:p></o:p>
ガタゴン、耐えられなくなり、餌を吐き出す。<o:p></o:p>
勢子 ガタゴン。どうしたの。今まで、こんなこと無かったのに、大丈夫?<o:p></o:p>
勢子、ガタゴンの肩に抱きつき、ガタゴンの肩をさする。<o:p></o:p>
勢子 ちょっと待ってね。父さんに聞いてくるから。ちょっと待っててね。<o:p></o:p>
勢子、その場を去る。<o:p></o:p>
ガタゴン …御嬢さん。あっしは、御嬢さんの期待に添えるような、男になります。横綱になって、今以上に、御嬢さんに惚れてもらえるような、そんな闘牛になってみせます。<o:p></o:p>
うぉぉぉぉぉぉぉ。<o:p></o:p>
ガタゴン、月に向かって吠える。<o:p></o:p>
暗 転<o:p></o:p>
第七話 サイクロン霜畑(17歳)<o:p></o:p>
翌朝、舞台下手側の一角に、サイクロン霜畑の牛舎がある。<o:p></o:p>
サイクロンは静かに佇んでいる。大欅(おおけやき)が、世話をしている。<o:p></o:p>
そこへ、児童会の会長佐倉がやってくる。<o:p></o:p>
佐倉 大欅さん。<o:p></o:p>
大欅 おぉ、かなちゃんか。<o:p></o:p>
佐倉 今度の試合にサイクロン、出すの。<o:p></o:p>
白鳥、入ってくる。牛舎の匂いに耐えられず、一瞬ムッとするが、体にファブリーズを振りかけて、納得する。<o:p></o:p>
大欅 あたりまえだべ。勝ち行くぞ。<o:p></o:p>
佐倉 無理させなくても良いのに…。<o:p></o:p>
大欅 サイクロンは出るつもりだ。<o:p></o:p>
白鳥 闘牛は勝たなきゃ、意味がありませんからね。<o:p></o:p>
佐倉 あやめ、そんな言い方しなくたって…。<o:p></o:p>
大欅 あやちゃんの言うとおりだ。優しいだけで良いってことは無い。やる時はやる。そんな時も無ければ、強くはなれない。<o:p></o:p>
そこへ、小松と一本松が息を切らせてやってくる。<o:p></o:p>
小松 もう、置いていかないでよ。<o:p></o:p>
白鳥 あなたたちが遅いんでしょう。<o:p></o:p>
一本松 本日、私たちの学年で栽培しているヘチマがかじられているという事件がりまして、その解決に時間がかかったという次第で…。<o:p></o:p>
佐倉 どうせ、『まさ』がかじったとかいう落ちなんでしょう。<o:p></o:p>
小松 何でわかるの。<o:p></o:p>
一本松 素晴らしい推理力です。<o:p></o:p>
白鳥 あんたの食いしんぼうぶりは、10年前から知ってるわ。<o:p></o:p>
一本松 10年前と言えば、我々はまだ、この世に存在しない時代になりまして、話のつじつまがあわなくなりますが…。<o:p></o:p>
白鳥 あぁぁぁ。面倒くさい。<o:p></o:p>
佐倉 キュウリとヘチマの区別がつかなくて、食べちゃったんだね。<o:p></o:p>
小松 さすが、児童会長。何でもお見通しでやんすね。<o:p></o:p>
佐倉 おいしかった?<o:p></o:p>
小松 まずかった…。<o:p></o:p>
佐倉 でしょう。今度から気をつけなさいね。<o:p></o:p>
小松 へい。<o:p></o:p>
大欅 お前たちが、今日のサイクロン当番なんだ。<o:p></o:p>
佐倉 はい。<o:p></o:p>
大欅 じゃぁ、掃除を手伝ってくれ。<o:p></o:p>
子どもたち はぁい。<o:p></o:p>
佐倉、ほうきで周りをはき始める。小松と一本松は、水を汲んだり運んだりするが、白鳥は、わらを指先でつまんで、ぽいと捨てるなど、仕事に参加している様子が見られない。<o:p></o:p>
小松 何にしてるの。<o:p></o:p>
白鳥 何って、掃除でしょう。<o:p></o:p>
小松 それが掃除?。<o:p></o:p>
佐倉 家の掃除もしたことが無い、『あやめ』がここに来ているだけでも偉いんだから。<o:p></o:p>
小松 そうなの。<o:p></o:p>
佐倉 それぞれのがんばりは認めてあげなきゃ。<o:p></o:p>
大欅 流石会長。いいこと言うね。<o:p></o:p>
小松、サイクロンの様子を覗き込む。<o:p></o:p>
小松 サイクロ生きてる?<o:p></o:p>
一本松 生きていますよ。よくみてください。肩のあたりが上がったりさがったりしてるよ。<o:p></o:p>
小松 …本当だ。<o:p></o:p>
白鳥 サイクロンって何歳になったの。<o:p></o:p>
大欅 17歳だ。<o:p></o:p>
小松 高校生くらいなのか。<o:p></o:p>
一本松 いえ、牛の年は人間の5倍くらいで考えると教えてもらいましたから、17×5で、……85歳!<o:p></o:p>
大欅 計算早いね。<o:p></o:p>
白鳥 じぇじぇじぇ。すげぇ、85歳で、闘牛出てんの。<o:p></o:p>
小松 もし、うちのジイちゃんが、プロレスやったら死んじまうよ。<o:p></o:p>
大欅 サイクロンのすごいところがわかってくれて嬉しいな。<o:p></o:p>
佐倉 サイクロンがすごいのはよくわかってます。<o:p></o:p>
一本松 こないだの取り組みでも、一回吠えただけで、相手が逃げて行った。カッコいいです。<o:p></o:p>
小松 そうそう、相手はうんちもらしてた。<o:p></o:p>
大欅 サイクロンはね、大欅さんが、役場に入った年に、小学校の牛として飼うことになったんだ。その頃は、学校で闘牛を飼うなんて何事だって反対されて、それをまとめるのに苦労したんだ。<o:p></o:p>
佐倉 大欅さんとサイクロンにも歴史ありですね。<o:p></o:p>
大欅 まぁね。<o:p></o:p>
白鳥 …サイクロン、勝つかな?<o:p></o:p>
一本松 勝つに決まってるべ!<o:p></o:p>
小松 負けるわけがねぇ。<o:p></o:p>
白鳥 でも、どっちかが勝てば、どっちかが負けるんだよね。<o:p></o:p>
大欅 勝負の世界とはそういったもんだ。<o:p></o:p>
佐倉 今までと同じにして、勝負つけさせる必要は無かったのに…。<o:p></o:p>
大欅 そういった考えもある。<o:p></o:p>
佐倉 ずっと同じでいいことと、ずっと同じでだめなことがあるんじゃない。<o:p></o:p>
一本松 新しいことは面倒だから、去年と同じで良いっていう大人は多いです。経験をしているから失敗は少ないですが、大きな成功を収めることは、ほとんどありません。<o:p></o:p>
大欅 刺さる言葉だなぁ。<o:p></o:p>
佐倉 わたしたちだってそうじゃない。<o:p></o:p>
一本松 えっ。<o:p></o:p>
佐倉 失敗すいるのが怖くて、去年と同じ児童会行事をしてる。<o:p></o:p>
小松 あっしは、ヘチマでも食う、チャレンジャーでやんす。<o:p></o:p>
佐倉 だから、『まさ』は大きくなったら、ここを変えてくれる人になりそうだと思うの。<o:p></o:p>
小松 そんなに褒められると、照れるでやんす。<o:p></o:p>
佐倉 新しいことに挑戦しようとしてるんだから、南部の大人たちもすごいじゃないですか。<o:p></o:p>
大欅 そうかもな。<o:p></o:p>
白鳥 そうかも。<o:p></o:p>
大欅 何でもかんでも、新しくすれば良いって言うものでもない。<o:p></o:p>
一本松 そうですね。伝統と言うものもとても大切なものです。<o:p></o:p>
大欅 それに縛られ過ぎても先は無い。。今回の闘牛は、これからの南部闘牛をどうしたらいいのかを考える場所になる。お前たちも、ちゃんと見て、十年後に自分たちはどんな闘牛を見たいか、考えてくれ。<o:p></o:p>
小松 わかったでやんす。<o:p></o:p>
白鳥 サイクロン、精いっぱい闘ってちょうだいね。<o:p></o:p>
一本松 そう、勝っても負けても、サイクロンは俺たちのヒーローだ。<o:p></o:p>
サイクロンだけに明りが当たる。サイクロン以外の人物の時間は止まり、サイクロンの独白となる。<o:p></o:p>
サイクロン 今まで、沢山、良い戦いをしてきた。今までの闘いに、悔いはない。この子たちの想いを受けて、今回も精一杯闘いましょう。勝ち負けは、この際問題ではない。精一杯、今を生きるだけです。子どもたちの笑顔で今まで、私は生かされてきた。それは、命尽きるまで変わらないこと。それこそが、私の生きがいです。子どもたち、そして、大欅さん。ありがとう。<o:p></o:p>
独白のシーンから、全体に明りが広がる。再び、周囲の時間が動き出す。<o:p></o:p>
転 換<o:p></o:p>