序 章 月 影
会場内に数人の人物が現れ、物語のプロローグの群唱をはじめる。
人はなぜ、生まれそして死んでゆくのか。
ここに生れ落ちたということには果たして意味が在るのだろうか。
存在の意味、そんなものは宇宙の営みから見ればちいさな埃が観た世迷いごと
そんな小さな埃であっても
一人一人の中では、
限りなく世界は広がっている
これは、一人の少年が、自分の運命を見た夢かもしれない
これは、一人の女が神がかり的に見つけた世界かもしれない
これは、一人の男が自分の欲望のため広げた世界かもしれない
これは、鬼たちがあまりの退屈さに創り上げた世界かもしれない
全てが夢幻の世界かもしれない
ただ、ひとつの真実は
自分がここで呼吸をし続けてることのみ…。
本当の真実は、
それぞれが自分の手で!
小暗転とともに、会場の幕が上がる。
月影に天まで届きそうな欅の巨木が三本、堂々と立っている。その木の周りに三つの塊が存在している。その塊は、月の光でそのものが陰になり漆黒の姿のままであり、石のようにも見え、また、森の一部のようにも獣のようにも見える。シンとして、何一つ動く気配が無い。ただ、時折そよぐ風に、『ざわわっ。』と、巨木の上部だけが、ざわめきたつ。
木の周囲の塊が人型になり、もさもさと育ち始めた。
塊がそれぞれ自我を持ち、形あるものとしての存在を示すと、語り始める。
鬼1 あぁぁぁ。退屈だ。
鬼2 退屈って、いいじゃないの。平和な証拠だ。
鬼1 俺は、その退屈って言うのが最高に嫌いなんだ。
鬼3 気が短いと長生きしないよ。
鬼1 うるせぇ。
鬼2 おっと、今血管切れたぞ。
鬼1 どいつもこいつも…。
鬼2 もっとのんびり考えなよ。
鬼1 人間たちは、俺たち鬼の存在を忘れちゃいねぇか。
鬼2 俺たちの存在ねぇ。
鬼3 忘れただろうね。最近じゃ、私らがするより残虐非道な行いをする人間が増えて、お株を奪われたって感じだもんね。
鬼1、きびすを返して、立ち上がる。
鬼1 一人、殺してくらぁ。
鬼3 なんだよ唐突に。
鬼1 俺が、鬼の存在感ってやつをもう一度見せてくるよ。
鬼3 誰を殺すんだい。
鬼1 その辺にちょうどいた奴でいいよ。
鬼2 何も悪さしてねぇ人を殺さなくったっていいじゃねぇか。
鬼1 悪いやつなら、殺してもいいってわけだね。
鬼2 …悪いやつならね。
鬼1 ちょっと、勝負をしてみねぇか。
鬼2 勝負?
鬼1 人間は、善か、悪か、人任せの悪か。
鬼3 なんだい、人任せの悪って。
鬼1 自分の中にある悪を人のせいにして逃げる卑怯者さ。
鬼3 それ、それ、人間はそれに決まってる。
鬼1 俺は、人間は本物の悪だって思うな。お前は…。
鬼2 俺は
鬼1 善だろう。そうじゃなきゃ、勝負にならねぇ。
鬼2 そんな人間、なかなかいねぇかも知れねえけどな。
鬼1 止めるか。
鬼2 …いや、待て。いる、いる。そんな人間。勝負しようじゃねぇか。
鬼1 ようし成立。それぞれが、人間と契約して、人間の本来あるものをさらけ出させれば勝ちだな。たとえば、俺は、人間に殺しを依頼されるとか。
鬼2 俺は、身を投げ出して仲間を助けようとする人間が見つかれば、
鬼3 わたしは、全てを嘘で固めた人間が見つかれば、
鬼1 それぞれが、目的の人間を見つけたら勝負だ。
鬼3 面白いね。
鬼1 とりあえず、一人殺してくらぁ。
鬼2 どうしてだ、やめろって。無益な殺生は!
鬼3 いいじゃない、別に。人間の一人や二人。
鬼1 お前、今まで何人の人を殺した。今更、何だよ。
鬼2 だから、だからこそ、俺はもう殺したくねぇんだ。
鬼3 偽善者だねぇ。
鬼2 何とでも言え。俺は、もう殺しはしねぇ。
鬼1 わかったよ。お前にやれっていってるわけじゃぁねぇんだ。俺がやるんだから…。
鬼2 そうじゃなくて、俺は鬼と人間の共存を…。
鬼3 偽善者!
鬼1 悪行の雫を一滴人間界の中に垂らしてやるんだ。その一滴から、人間の本当の姿が見えてくる。
鬼1、大鎌を構えて、仁王立ちになる。
鬼2 やめろよ。
鬼1 さぁ、暇つぶしの戯れの始まりだ。
鬼1、思い切り大鎌を振り下ろす。
鬼3 やめろぉぉぉぉ。