【登場人物】
ズングリ … 外見はボーイッシュで、活動的に見られがちだが、内面はロマンチストで夢見がち。将来の夢は、黒魔女になることだが、誰にも話していない秘密のことである。
ムックリ … ズングリとは保育園時代からの友だち。読書家で、多くの知識を持っている。現実的で冷静。しかし、ズングリが自分の夢に向かってひたすら付き進んでいる姿に憧れを持っている。
明りがつくと、舞台下手側にピアノが一台。舞台上手側には、本棚が2~3本並んであり、難しそうな本がぎっしりと詰め込まれている。(本棚に並んでいる本は段ボール箱に背表紙を付けたものや、外箱だけで構わないので、全体的に軽くして、キャスターを付けるか、キャスター付きの台に乗せたもので構わない。棚は多いほど図書館らしさが出てくる。)
ここは、公立図書館の一角。本棚に並んでいる本は難しそうなものばかりである。本棚の前に、閲覧用テーブルが一つと、椅子が2つ、客席側に向かって並べて置いてある。
そこへ、一人の女の子(ズングリ)が黒いローブに身を包み、小さな鞄(かばん)を持ってやって来る。きょろきょろと周囲を見回し、人気の無いことを確認してから、本棚を物色して、棚の上の隅の方から何やら難しそうな皮の表紙の本を1冊取り出し、数ページめくると2~3回頷き、目的の本であることを確認する。その後、またしても周囲を確認し、静かにテーブルの方向に進み始める。明らかに挙動不審である。
もう一度辺りを確かめ、本を持って椅子の一つに座ると、鞄から、辞書・ノート・筆記用具を取り出す。準備が整うと、分厚い本をめくり真剣にページをめくり始めるが、すぐに難しい顔をして頭を傾げる。鞄を無造作にひざの上に置くと、鞄から辞書を取り出して調べ始める。分厚い本に目を通し、頭をかしげて辞書を調べ、何やらノートに書き記す。その作業をし続けているが、次第にその流れもスムーズになり、集中して作業ができるようになってくる。
明りが、ズングリの場所に絞って落とされると、ピアノにも明りが落とされ、ピアノ演奏が始まる。
そこへ、背筋をシャンと伸ばした、利発そうな女の子(ムックリ)が本を抱えて現れる。彼女は、最初からズングリを探しに来たという雰囲気を醸(かも)し出している。
ズングリは、集中して調べ物をしているので、ムックリが現れたことに気がつかない。ズングリは、集中して本のページをめくりながら、辞書で何やら言葉を調べたり、ノートに書き写したりしている。
ムックリは友だちのズングリが調べ物をしているのを見つけ、音がしないように静かに近づき、後ろから本を覗き込む。
ムックリ ズングリ、何読んでるの。
ムックリが、後ろから突然現れ声をかけられたので、ズングリは椅子から腰が浮かび上がるように跳びあがって驚き、あわてて本を閉じる。
ズングリ な、何でもない…。
ムックリ 何でもない割には、ずいぶんと慌ててるね。
ズングリ、冷や汗を拭い去る。
ズングリ 本当に、な、何でもないって…。びっくりするなぁもう。驚かさないでよ。
ムックリ ごめん、ごめん。
ムックリ もしかして、その本。中世ヨーロッパの…。
ズングリ 違う、違う。
ムックリ 『黒魔術』について書かれている本だよね…。
ズングリ、ムックリの口をふさぐ。
ズングリ しっ。声が大きい。…何で知ってるの?
ムックリ、ズングリの手を振り払い、話し始める。
ムックリ そりゃぁ、保育園からの付き合いだもの、ズングリの考えていることくらいわかるよ。
ズングリ 考えていること?
ムックリ そう、考えていること。
ズングリ 私が今、何を考えてるっていうの。
ムックリ 将来の夢
ズングリ 将来の夢?
ムックリ 黒魔術を使う、魔法使いになろうとしている!
ズングリ、ムックリの口を又してもふさぐ。
ズングリ 油断も隙もありゃしない。どうして分かったの?
ムックリ ムゴホホホホヲ…。(だから、あんたのことは全部分かるって…。)
ムックリは口を押さえられているので、言葉が聞き取れない。
ズングリ 命が惜しかったら、それ以上話さないで。
ムックリ、ズングリの手を優しく振りほどいて。
ムックリ はい、はい。
ズングリ どうして分かったの?
ムックリ 昨日、イオンに行って、箒(ほうき)を買おうとしていたでしょう。
ズングリ 買わなかったけどね。
ムックリ 空を飛ぶ理想の形の箒が無かったからでしょう。
ズングリ プラスチックの平べったいものしか無かったのよ。家に有るのは、座敷箒だし。
ムックリ それで。
ズングリ プラスチックの箒とか座敷箒じゃ、絵にならないじゃない。
ムックリ 魔女の宅急便のキキは、デッキブラシで飛んでたじゃない。形じゃないよ。
ズングリ そうか。…って、何でそんなことまで知ってるのよ!
ムックリ それから、隣の家の黒ネコを欲しそうに見ていたでしょう。
ズングリ やっぱり、魔女は黒ネコだよね。
ムックリ 菅野さんちのおばちゃん、思い切り警戒してたよ。
ズングリ そう?
ムックリ 隣の猫が子猫を産んだら、それをもらって飼うところから始めるつもりじゃ無いと。
ズングリ そうか、そこから始めないと猫と話ができるようにはならないか…。
ムックリ …話ができるようになるかどうかは分からないけどね…。
ムックリ 箒に黒ネコ。分かりやす過ぎでしょう。
ズングリ …そうか。
ムックリ 隣の菅野さんのとこのおばちゃんも、イオンにサンダルを買いに行っていた熊谷さんのところのおじいちゃんにも、ピアノ教室の田村先生にもバレバレだよ。
ズングリ、自分に言い聞かせるようにつぶやきだす。
ズングリ ちょっと、用心が足りなかったかな。…甘かったな。
ムックリ 甘すぎ。メイプルシロップでコーティングしたドーナツに砂糖を直接かけるくらい甘すぎ。
ズングリ そりゃぁ、甘すぎだ。
ムックリ はい、これ。
ムックリ、ズングリに本を渡す。
ズングリ 何、この本。『黒魔術入門』…!これって!
ムックリ これは、あんたが読もうとしているその本。中世にヨーロッパで書かれた英語で書かれているその本を日本語に訳した本。
ズングリ どこで見つけたの?あんたって凄い!
ズングリ、疑心(ぎしん)暗鬼(あんき)の表情でムックリを覗(のぞ)き込む。
ズングリ あんた、この本全部読んだの。
ムックリ 読んだよ。
ズングリ …理解できた?
ムックリ 理解できた。
ズングリ、泣きそうな顔でムックリに訴(うった)えかける。
ズングリ じゃぁ、あたしに魔法の使い方を教えてよ。
ムックリ それは出来ないね。
ズングリ どうして?
ムックリ その本の中には、魔法の使い方は書いていないから…。
ムックリ えっ?
ムックリ、愕然(がくぜん)とする。
ムックリ タイトルは『黒魔術入門』だけど、あんたの想像しているような魔法の使い方なんて、これっぽっちも書いていないよ。
ズングリ 本当?ちょっと、その本見せてよ。
ムックリ 良いよ。
ムックリ、ズングリに持っていた本を渡す。
ズングリ 『トリカブト…心臓を止まらせて死に至らせるには、この植物を用いるべし。』何これ。
ムックリ 黒魔術。
ズングリ 毒草の使い方の本じゃないの?
ムックリ そう。それが『黒魔術』。
ズングリ 何それ。
ズングリ、またページをめくる。
ズングリ 『ナタマメには腫れた炎症を抑える効果が有る。また、鼻のつまり、歯の病にも効果が有る…。』これなんて、毒じゃないし、黒く無いじゃない。
ムックリ 自分の身を守るためのことも学ぶことも魔女には大切なことなの。
ズングリ かなり残念…。ん~、でも、あたしのアレルギー性鼻炎にはナタマメが効くのかもね…。参考にはなるね。
ムックリ 普通の人が知らない知識があって、色々なことに対応できることが中世では魔法。
ズングリ 魔法じゃ無いよ。
ムックリ お腹が痛く痛くて仕方ないときに、不思議な粉を持って来て飲ませれば、すっと痛みが無くなる…。魔法じゃない。
ズングリ じゃぁ、お医者さんは魔法使いってこと?
ムックリ そう。
ズングリ えぇっ。夢が無さ過ぎ…。
ズングリ じゃぁさ、何にもない真っ白な紙に、見たことのない出来事を描いたり、会ったことが無い人を本物の様に映し出せれば、それも魔法?
ムックリ そう。
ズングリ だったら、絵描きさんだって魔法使いじゃない。
ムックリ そうだよ。レオナルドダビンチは、魔法使いだったとも言われているし…。
ズングリ がっかり。
ズングリ この世には、魔法は無いってこと?
ムックリ そんなこと無いよ。世界は魔法で満ち溢れている。
ズングリ どういうことよ。
ムックリ 試してみる。
ズングリ うん。
ムックリ、ピアノのところへ行き、呼吸を整えるとメロディーを奏で始める。
ムックリ ね。
ズングリ 音楽も、魔法。
ムックリ 魔法。
ムックリ あんたにもできるよ。
ズングリ どういうことよ。
ムックリ やって見てよ。ほら。
ムックリ、ズングリをピアノのところまで連れて行き、一つ頷く。ズングリもそれに応えるようにピアノを弾きはじめる。
ムックリ どう?
ズングリ ピアノが今まで魔法だなんて考えたことが無かったけど…。
ムックリ けど?
ズングリ 魔法かなって考えると、
ムックリ そう考えると、
ズングリ 家族のみんなを幸せな気持ちにできる方法だって思えてきた。
ムックリ そう。
ズングリ そう考えると、ピアノを弾くことも魔法かなって思えてきた。
ムックリ そうでしょう。
ムックリ ズングリは、ピアノだけじゃなく、いろいろな力を持っているよ。
ズングリ いろいろな力?
ムックリ 私には無い凄い能力だよ。
ズングリ 能力?
ムックリ 魔法について調べることもそう。本気になって調べているから、バカになんてできない。何でも一所懸命やることって大事なんだって、気付かせてくれる。
ズングリ 何にも考えていないよ。
ムックリ 何も考えて居なくても、人に大きな影響を与えられる。
ズングリ そんな力が有るのかな?
ムックリ ズングリは、他の人が『私ももう少しがんばってみようか』と、思える力をくれる…。
ズングリ そう?
ムックリ そうだよ。
ズングリ そんなに凄い?
ムックリ 凄いよ。これって魔法じゃない。
ムックリ 私は、 あんたと一緒に居るだけで、幸せな気持ちになれるんだ。
ズングリ えっ。
ムックリ これって、誰にでも出来ることじゃ無いじゃよ。
ズングリ そう?
ムックリ 魔法だよ。
ズングリ えっ?
ムックリ 君は、現代の大魔法使いだ!
ズングリ そう、かな。
ムックリ 人々に幸福をもたらす大魔法使いが、この町に降臨しました。
ズングリ そんな、大げさな。
ムックリ おおげさじゃないよ。自分に自信を持って…。
ズングリ そうかな。
ムックリ そうだよ。
ズングリ、立ち上がり…。
ズングリ じゃあさ、明日から、マントを着て杖を持って歩いて良いかな。
ムックリ それはやめた方が良いかな…。
ズングリ 何で?
ムックリ 本物の大魔法使いは、偉ぶらないでいつも静かに笑っているものではないかな。
ズングリ そうね。
ズングリ あのさ、
ムックリ 何?
ズングリ 私が大魔法使いだっていうことに気付かせてくれてありがとう。
ムックリ べ、別に。本当のことを言っただけだから。
ズングリ それでさ、
ズングリ 私さ、大魔法使いだったんだけど、友だちで居てくれる。
ムックリ、笑顔で応える。
ムックリ あたりまえでしょう。ずっと、ずっと、友だちだよ。
二人、堅く握手をする。
ズングリ そうとわかれば…。
ズングリ、そそくさと魔法の本を棚に返し、ムックリから借りた本も返す。
ズングリ この本、返すね。ありがとう。
ムックリ 魔法の勉強をしなくていいの?
ズングリ 何もしなくても大魔法使いだって教えてくれたのはあなたじゃない!
ムックリ それで、もう勉強しないの?
ズングリ そう。そんな暇は無いの。
ムックリ 暇は無い?
ズングリ 魔法使いは達成したから、次はアイドルにならなきゃ!
ズングリ、黒のローブを脱ぎ去ると、その下にはメイド服を着ている。
ムックリ 切り替えが早いというか…。
ズングリ 歌の練習つきあって!。
ムックリ はい、はい。
ズングリ、ムックリの手を引っ張って去ってゆく。
凸凹コンビの友だち関係は、この後も続いてゆく。
終 幕
平成27年8月15日
ズングリ … 外見はボーイッシュで、活動的に見られがちだが、内面はロマンチストで夢見がち。将来の夢は、黒魔女になることだが、誰にも話していない秘密のことである。
ムックリ … ズングリとは保育園時代からの友だち。読書家で、多くの知識を持っている。現実的で冷静。しかし、ズングリが自分の夢に向かってひたすら付き進んでいる姿に憧れを持っている。
明りがつくと、舞台下手側にピアノが一台。舞台上手側には、本棚が2~3本並んであり、難しそうな本がぎっしりと詰め込まれている。(本棚に並んでいる本は段ボール箱に背表紙を付けたものや、外箱だけで構わないので、全体的に軽くして、キャスターを付けるか、キャスター付きの台に乗せたもので構わない。棚は多いほど図書館らしさが出てくる。)
ここは、公立図書館の一角。本棚に並んでいる本は難しそうなものばかりである。本棚の前に、閲覧用テーブルが一つと、椅子が2つ、客席側に向かって並べて置いてある。
そこへ、一人の女の子(ズングリ)が黒いローブに身を包み、小さな鞄(かばん)を持ってやって来る。きょろきょろと周囲を見回し、人気の無いことを確認してから、本棚を物色して、棚の上の隅の方から何やら難しそうな皮の表紙の本を1冊取り出し、数ページめくると2~3回頷き、目的の本であることを確認する。その後、またしても周囲を確認し、静かにテーブルの方向に進み始める。明らかに挙動不審である。
もう一度辺りを確かめ、本を持って椅子の一つに座ると、鞄から、辞書・ノート・筆記用具を取り出す。準備が整うと、分厚い本をめくり真剣にページをめくり始めるが、すぐに難しい顔をして頭を傾げる。鞄を無造作にひざの上に置くと、鞄から辞書を取り出して調べ始める。分厚い本に目を通し、頭をかしげて辞書を調べ、何やらノートに書き記す。その作業をし続けているが、次第にその流れもスムーズになり、集中して作業ができるようになってくる。
明りが、ズングリの場所に絞って落とされると、ピアノにも明りが落とされ、ピアノ演奏が始まる。
そこへ、背筋をシャンと伸ばした、利発そうな女の子(ムックリ)が本を抱えて現れる。彼女は、最初からズングリを探しに来たという雰囲気を醸(かも)し出している。
ズングリは、集中して調べ物をしているので、ムックリが現れたことに気がつかない。ズングリは、集中して本のページをめくりながら、辞書で何やら言葉を調べたり、ノートに書き写したりしている。
ムックリは友だちのズングリが調べ物をしているのを見つけ、音がしないように静かに近づき、後ろから本を覗き込む。
ムックリ ズングリ、何読んでるの。
ムックリが、後ろから突然現れ声をかけられたので、ズングリは椅子から腰が浮かび上がるように跳びあがって驚き、あわてて本を閉じる。
ズングリ な、何でもない…。
ムックリ 何でもない割には、ずいぶんと慌ててるね。
ズングリ、冷や汗を拭い去る。
ズングリ 本当に、な、何でもないって…。びっくりするなぁもう。驚かさないでよ。
ムックリ ごめん、ごめん。
ムックリ もしかして、その本。中世ヨーロッパの…。
ズングリ 違う、違う。
ムックリ 『黒魔術』について書かれている本だよね…。
ズングリ、ムックリの口をふさぐ。
ズングリ しっ。声が大きい。…何で知ってるの?
ムックリ、ズングリの手を振り払い、話し始める。
ムックリ そりゃぁ、保育園からの付き合いだもの、ズングリの考えていることくらいわかるよ。
ズングリ 考えていること?
ムックリ そう、考えていること。
ズングリ 私が今、何を考えてるっていうの。
ムックリ 将来の夢
ズングリ 将来の夢?
ムックリ 黒魔術を使う、魔法使いになろうとしている!
ズングリ、ムックリの口を又してもふさぐ。
ズングリ 油断も隙もありゃしない。どうして分かったの?
ムックリ ムゴホホホホヲ…。(だから、あんたのことは全部分かるって…。)
ムックリは口を押さえられているので、言葉が聞き取れない。
ズングリ 命が惜しかったら、それ以上話さないで。
ムックリ、ズングリの手を優しく振りほどいて。
ムックリ はい、はい。
ズングリ どうして分かったの?
ムックリ 昨日、イオンに行って、箒(ほうき)を買おうとしていたでしょう。
ズングリ 買わなかったけどね。
ムックリ 空を飛ぶ理想の形の箒が無かったからでしょう。
ズングリ プラスチックの平べったいものしか無かったのよ。家に有るのは、座敷箒だし。
ムックリ それで。
ズングリ プラスチックの箒とか座敷箒じゃ、絵にならないじゃない。
ムックリ 魔女の宅急便のキキは、デッキブラシで飛んでたじゃない。形じゃないよ。
ズングリ そうか。…って、何でそんなことまで知ってるのよ!
ムックリ それから、隣の家の黒ネコを欲しそうに見ていたでしょう。
ズングリ やっぱり、魔女は黒ネコだよね。
ムックリ 菅野さんちのおばちゃん、思い切り警戒してたよ。
ズングリ そう?
ムックリ 隣の猫が子猫を産んだら、それをもらって飼うところから始めるつもりじゃ無いと。
ズングリ そうか、そこから始めないと猫と話ができるようにはならないか…。
ムックリ …話ができるようになるかどうかは分からないけどね…。
ムックリ 箒に黒ネコ。分かりやす過ぎでしょう。
ズングリ …そうか。
ムックリ 隣の菅野さんのとこのおばちゃんも、イオンにサンダルを買いに行っていた熊谷さんのところのおじいちゃんにも、ピアノ教室の田村先生にもバレバレだよ。
ズングリ、自分に言い聞かせるようにつぶやきだす。
ズングリ ちょっと、用心が足りなかったかな。…甘かったな。
ムックリ 甘すぎ。メイプルシロップでコーティングしたドーナツに砂糖を直接かけるくらい甘すぎ。
ズングリ そりゃぁ、甘すぎだ。
ムックリ はい、これ。
ムックリ、ズングリに本を渡す。
ズングリ 何、この本。『黒魔術入門』…!これって!
ムックリ これは、あんたが読もうとしているその本。中世にヨーロッパで書かれた英語で書かれているその本を日本語に訳した本。
ズングリ どこで見つけたの?あんたって凄い!
ズングリ、疑心(ぎしん)暗鬼(あんき)の表情でムックリを覗(のぞ)き込む。
ズングリ あんた、この本全部読んだの。
ムックリ 読んだよ。
ズングリ …理解できた?
ムックリ 理解できた。
ズングリ、泣きそうな顔でムックリに訴(うった)えかける。
ズングリ じゃぁ、あたしに魔法の使い方を教えてよ。
ムックリ それは出来ないね。
ズングリ どうして?
ムックリ その本の中には、魔法の使い方は書いていないから…。
ムックリ えっ?
ムックリ、愕然(がくぜん)とする。
ムックリ タイトルは『黒魔術入門』だけど、あんたの想像しているような魔法の使い方なんて、これっぽっちも書いていないよ。
ズングリ 本当?ちょっと、その本見せてよ。
ムックリ 良いよ。
ムックリ、ズングリに持っていた本を渡す。
ズングリ 『トリカブト…心臓を止まらせて死に至らせるには、この植物を用いるべし。』何これ。
ムックリ 黒魔術。
ズングリ 毒草の使い方の本じゃないの?
ムックリ そう。それが『黒魔術』。
ズングリ 何それ。
ズングリ、またページをめくる。
ズングリ 『ナタマメには腫れた炎症を抑える効果が有る。また、鼻のつまり、歯の病にも効果が有る…。』これなんて、毒じゃないし、黒く無いじゃない。
ムックリ 自分の身を守るためのことも学ぶことも魔女には大切なことなの。
ズングリ かなり残念…。ん~、でも、あたしのアレルギー性鼻炎にはナタマメが効くのかもね…。参考にはなるね。
ムックリ 普通の人が知らない知識があって、色々なことに対応できることが中世では魔法。
ズングリ 魔法じゃ無いよ。
ムックリ お腹が痛く痛くて仕方ないときに、不思議な粉を持って来て飲ませれば、すっと痛みが無くなる…。魔法じゃない。
ズングリ じゃぁ、お医者さんは魔法使いってこと?
ムックリ そう。
ズングリ えぇっ。夢が無さ過ぎ…。
ズングリ じゃぁさ、何にもない真っ白な紙に、見たことのない出来事を描いたり、会ったことが無い人を本物の様に映し出せれば、それも魔法?
ムックリ そう。
ズングリ だったら、絵描きさんだって魔法使いじゃない。
ムックリ そうだよ。レオナルドダビンチは、魔法使いだったとも言われているし…。
ズングリ がっかり。
ズングリ この世には、魔法は無いってこと?
ムックリ そんなこと無いよ。世界は魔法で満ち溢れている。
ズングリ どういうことよ。
ムックリ 試してみる。
ズングリ うん。
ムックリ、ピアノのところへ行き、呼吸を整えるとメロディーを奏で始める。
ムックリ ね。
ズングリ 音楽も、魔法。
ムックリ 魔法。
ムックリ あんたにもできるよ。
ズングリ どういうことよ。
ムックリ やって見てよ。ほら。
ムックリ、ズングリをピアノのところまで連れて行き、一つ頷く。ズングリもそれに応えるようにピアノを弾きはじめる。
ムックリ どう?
ズングリ ピアノが今まで魔法だなんて考えたことが無かったけど…。
ムックリ けど?
ズングリ 魔法かなって考えると、
ムックリ そう考えると、
ズングリ 家族のみんなを幸せな気持ちにできる方法だって思えてきた。
ムックリ そう。
ズングリ そう考えると、ピアノを弾くことも魔法かなって思えてきた。
ムックリ そうでしょう。
ムックリ ズングリは、ピアノだけじゃなく、いろいろな力を持っているよ。
ズングリ いろいろな力?
ムックリ 私には無い凄い能力だよ。
ズングリ 能力?
ムックリ 魔法について調べることもそう。本気になって調べているから、バカになんてできない。何でも一所懸命やることって大事なんだって、気付かせてくれる。
ズングリ 何にも考えていないよ。
ムックリ 何も考えて居なくても、人に大きな影響を与えられる。
ズングリ そんな力が有るのかな?
ムックリ ズングリは、他の人が『私ももう少しがんばってみようか』と、思える力をくれる…。
ズングリ そう?
ムックリ そうだよ。
ズングリ そんなに凄い?
ムックリ 凄いよ。これって魔法じゃない。
ムックリ 私は、 あんたと一緒に居るだけで、幸せな気持ちになれるんだ。
ズングリ えっ。
ムックリ これって、誰にでも出来ることじゃ無いじゃよ。
ズングリ そう?
ムックリ 魔法だよ。
ズングリ えっ?
ムックリ 君は、現代の大魔法使いだ!
ズングリ そう、かな。
ムックリ 人々に幸福をもたらす大魔法使いが、この町に降臨しました。
ズングリ そんな、大げさな。
ムックリ おおげさじゃないよ。自分に自信を持って…。
ズングリ そうかな。
ムックリ そうだよ。
ズングリ、立ち上がり…。
ズングリ じゃあさ、明日から、マントを着て杖を持って歩いて良いかな。
ムックリ それはやめた方が良いかな…。
ズングリ 何で?
ムックリ 本物の大魔法使いは、偉ぶらないでいつも静かに笑っているものではないかな。
ズングリ そうね。
ズングリ あのさ、
ムックリ 何?
ズングリ 私が大魔法使いだっていうことに気付かせてくれてありがとう。
ムックリ べ、別に。本当のことを言っただけだから。
ズングリ それでさ、
ズングリ 私さ、大魔法使いだったんだけど、友だちで居てくれる。
ムックリ、笑顔で応える。
ムックリ あたりまえでしょう。ずっと、ずっと、友だちだよ。
二人、堅く握手をする。
ズングリ そうとわかれば…。
ズングリ、そそくさと魔法の本を棚に返し、ムックリから借りた本も返す。
ズングリ この本、返すね。ありがとう。
ムックリ 魔法の勉強をしなくていいの?
ズングリ 何もしなくても大魔法使いだって教えてくれたのはあなたじゃない!
ムックリ それで、もう勉強しないの?
ズングリ そう。そんな暇は無いの。
ムックリ 暇は無い?
ズングリ 魔法使いは達成したから、次はアイドルにならなきゃ!
ズングリ、黒のローブを脱ぎ去ると、その下にはメイド服を着ている。
ムックリ 切り替えが早いというか…。
ズングリ 歌の練習つきあって!。
ムックリ はい、はい。
ズングリ、ムックリの手を引っ張って去ってゆく。
凸凹コンビの友だち関係は、この後も続いてゆく。
終 幕
平成27年8月15日