R45演劇海道

文化の力で岩手沿岸の復興を願う。
演劇で国道45号線沿いの各街をつないでいきたいという願いを込めたブログ。

並行螺旋④

2015-01-27 16:24:41 | 脚本
 ~シイ~ 二〇一五年三月 過去の母からのメッセージ

 炬燵の上にノートパソコンが一台開きっぱなしのままになってる。
 妹、炬燵に潜りこむようにして眠っている。
 そこへ、姉の声が聞こえる。

姉 居る?
妹 ……。
姉 居るよね。雑誌買ってきたよ。…あいたっ。

 ずぼっという、変にこもった音が聞こえる。
 炬燵の中の妹が、むっくりと体を起こし、台所の方に向かって話す。

妹 どうしたの。

 姉、台所の方から声をかける。

姉 とうとうやってしまいました。腐った床板を踏み抜いてしまいました。
  はははは。
妹 姉ちゃん。良いの壊したのに…。
姉 良いの、良いの。壊そうと思って壊したんじゃないから。

 姉、コンビニの袋と小さなかばんと重そうな大きなバックを抱えて現れる。
 姉、コンビニの袋から雑誌を取り出す。

姉 そりゃぁ、二年のつもりで建てている仮設に、四年も住んでれば、床も腐
るわ。住民生活課に言って、直してもらうよ。でも、良いのこれくらい。
あれれっ。血が出てるわ。でも、まっ、良いか。はははは。
妹 テンション高いよ。
姉 いいの。これでテンションあげないで、いつテンションあげろって言うの。 
妹 大丈夫?
姉 これで、掲載五本目だよ。作家先生、凄いよ。よくやった。よしよし。

 姉、妹の頭をぐしゃぐしゃにして撫でる。

妹 凄くないよ。
姉 凄いよ。全国紙だよ。それも賞金は今までの最高!
妹 五万でしょう。
姉 五万だよ!
妹 今までのところ、二千円、五千円、五千円、一万円。
姉 そして、今回遂に五万円!やったじゃない。もう、作家じゃない!
妹 年収七万二千円。これで作家なんて恥ずかしくて言えないでしょう。
姉 でも、被災地の誇りよ。何もない町で全国誌に掲載される作家がいるなん
て。
妹 でも佳作だし。
姉 着々と印税生活が近づいているねぇ。
妹 姉ちゃんは前向きだねぇ。
姉 ゼロじゃないんだから。自信もってよ!
妹 姉ちゃんが一番うれしそう。
姉 そりゃぁそうよ。あなたの才能を見出したプロデューサーは私なんだから。

 姉、ふと気がついて、持ってきたバックを開く。

姉 それから…ちょっと待ってて。良いものが届いたんだよ。次回作のネタに
なりそうだから…。

 姉、得意気な笑顔で、ブリキの缶を取り出す。

姉 じゃぁぁぁん。
妹 何それ。
姉 タイムカプセル。家が有った場所から掘り出された。
妹 タイムカプセル?
姉 父さんが、洋海が生まれたのを記念して庭に埋めたもの。かさ上げ工事を
  するときに、出てきたんだって。文化財室に届いたし、名前も書いてあっ
たから、もらって来た。
妹 本当に家のなの。
姉 間違いないよ。名前も書いてるし、ほら。

 姉、缶の表を見せる。

妹 本当だ。名前も書いてるし、姉ちゃんの好きだったセーラームーンのシー
ルが貼ってある。それも、マーキュリー!

 姉、缶を開ける。

姉 この缶ね、ビニルでしっかり包まれていたから、中にも水が入らなかった
  らしいよ。

 姉、パカッと缶のふたを開ける。
 姉、缶の中を覗き込み、一つ頷く。

姉 やっぱりね。
妹 何が入ってるの。
姉 ビデオテープだよ。
妹 ビデオテープ?
姉 たぶん、お母さんが映ってる。
妹 姉ちゃん知ってたの。
姉 埋めた後に、内緒だって言いながら父さんが何度も教えてくれたから。
ビデオテープ、それもVHSだと言うことまで見越して…。

 姉、もうひとつの大きなバックから、ビデオデッキを取り出す。

妹 用意周到。
姉 任せて。

 姉、コードでビデオデッキとテレビをつなぎながら話す。

妹 良く、ビデオデッキが有ったね。
姉 ふふぅん。
妹 ビデオデッキってもう既に骨董品なのに…。
姉 だからこそ、文化財室にあったって言うこと…。
妹 流石ね。
姉 つながった、かけるよ。
妹 うん。

 姉、ビデオテープをデッキの中に入れると、デッキが動き始める。
 テレビの映像が流れ始める。
 テレビの中の映像には姉と同じ人部とが映し出されている。
 
妹 あっ。母さんだ。
姉 そうだね。
妹 姉ちゃんとそっくり。
姉 今の私と同じくらいの年だもん。

 テレビの中の人物は、小さい子と一緒だ。テレビの中の人物のおなかは、こんもりと膨れている。

妹 あっ姉ちゃんだ。
姉 おなかには、あんたもいるね。

 テレビの中の女性は、カメラに向かって話し始める。

女性 どうして、こんなことをするのよ。はずかしいわよ。…仕方ないわね。
 
 咳払いをする。

女性 大きくなった、碧(ちゃん)それから、洋海(ひろみ)ちゃん。洋海く
んかもね。お父さんが、碧ちゃんがお嫁に行くときに披露宴で流すんだと
言って、このビデオを撮っています。

妹  男でもひろみだったんだ。

 映像の女性は話し続ける。

女性 碧の結婚式の設定だったよね。とりあえずおめでとう。今日は私の思う
幸せの形について話をするね。結婚は、幸せの形の一つだけど、結婚が幸
せの全てでは無いと思うの。きちんと仕事を持って生活ができることも幸
せの一つの形、夢に向かって走り続けることも幸せの形の一つ。 
   でもね、一番大事なことは、自分の傍にいる人を全力で幸せにしてあげ
ようと毎日一生懸命に暮らせば、自然と自分も幸せになれるってこと。それこそが、ずっと幸せでいられる秘訣かな?
   
妹 お母さん、隣の部屋であたしたちのことを見てるんじゃない。
姉 このコメントを聞いてると、そう思えるよね。

女性 そして、今の幸せのために、過去を忘れることも大事なことかもしれな
い。隣にいる誰かのために、お母さんお父さんを忘れることも、次の幸せ
をつかむために大切なことかもしれない。あなたたちの幸せのためなら、
私たちは忘れられても構わない。今の幸せを大切にしてください。
   …ちょっと、カッコつけすぎかな…。

 テレビの画像が消える。

妹 お母さん、そんなこと言わないでよ。
姉 なんだか、未来が見えているような話しぶりだったね。
妹 あたしは、あたしは、母さんと父さんのこと、絶対忘れないよ。
姉 忘れるってすごく悲しいことだけど、忘れるから生きていけるっていうこ
ともあるんだね。お母さんのことば、心に刻もうね。

 妹、泣きじゃくりながら、小さく一つ頷く。
姉は妹を抱きかかえるように、ゆっくりと立ち上がると、語りかけるように話し始める。

二人 私たちのこの生活は
二〇二〇年の東京オリンピックが来るまで
何ら変わりはありません。

いえ、東京オリンピックがあったとしても
何ら変わりません。

ただ、ずるずると
ずるずると
床板が腐り
自分が立っている場所が不安定になるのを受け入れて

だた、ずるずると
ずるずると
年月が過ぎ
私たちに残された未来の時間が
短くなって行くだけ

私たちがたどり着いた結末
生まれるということは、ここに生をうけただけのこと
生きるというころは、怠惰な二十四時間というロットの繰り返し

人が生まれ
人が生きるということには
何の理由も無いということ
その価値は…後からつけたされたもの

そのつけたされたものは
何かのつながりから
父さんから
母さんから
関わった多くの人たちと
つながってるということ

怠惰な毎日でも
つながりがあるからこそ
明日が見えてくる

そんな毎日でも
とりあえず
明日を信じてみよう

明日こそはという思いさえあれば
明日を生き抜くことができるから

  そのために、忘れよう
  忘れてはいけないこともあるけれど
  自分たちが生きて行くために
  大切なものを忘れよう
 
  忘却は
  繰り返す平行線の輪廻を断ち切って
  前に進める新しい螺旋を
  つくることになるから

 二人の姉妹は笑顔で明日を見据える。
 二人はシルエットで包まれた後、青い暗闇の中に溶けて行く。
  
 終 幕


並行螺旋①

2015-01-23 22:33:29 | 脚本
~イチ~ 二〇一二年三月 一周忌

 引き続き、仮設住宅の一室。
 舞台下手側の窓からオレンジの明りが差し込んでいる。
 舞台には全て実生活の中から持ち込んだものがちりばめられている。
 8か月を暮らした生活感が有る。
 部屋と台所を区切る空間には『がんばろう岩手』と書いてある暖簾が掛けてある。
 壁が屹立している角にはカラーボックスが置いてあり、その上に小さなテレビが一台。テレビの上には、丁度三角を作るように洗濯紐が張られていて、洋服がかけられている。
 物干しがそのままクローゼット状態になっている。
 4畳半の部屋の中央に炬燵がひとつ。座布団が二つ。
 炬燵の上には、片付け切れていない新聞や雑誌、スナック菓子、お茶を飲んだらしいコップが雑然と置かれている。
 玄関チャイムの音が一つ鳴る。
ピンポ~ン。
暫しの時間を置いてもう一つチャイムの音が鳴る。
 ピンポ~ン。
 チャイムを押した人物が帰ったかと思われるほどの間の後、狂ったようにチャイムが連打される。
 ピポピポピポピンポ~ン、ピポピポピピピピピンポ~~~ン。
 ガチャガチャと回して開けるタイプの鍵を開ける音がする。
 無機質にサッシ戸とレールの間につまった砂が擦れる音がする。
 誰かが一人、靴を脱いで部屋の中に入ってくる音がする。
 『がんばろう岩手』の暖簾をくぐって、コンビニの袋を手にぶら提げた妹が、部屋の中に入ってくる。

妹 ピンポンしたのに…。

 妹は、部屋の中をずんずん進むと、客席に背を向け、入口の暖簾を凝視する。

妹 がんばってるってばあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 妹、コンビニの袋を投げ捨てると、暖簾を剥がし取る。次にテーブル上のものを全部床に落とし、洗濯紐にぶら下がっている衣類をむしり取る。その暴挙を働いた後、立ちすくむ。
 妹、その場にしゃがみ込み顔を伏せる。
 
 「ただいまぁ。」という、声が聞こえる。
 「洋海(ひろみ)いるの?」と続けられる。
 姉が部屋に入ってくると、部屋の中が荒らされて散らかっているのを見て、一瞬驚くが、目を閉じあきらめの表情になる。
 部屋を見まわし、妹がひざを抱えるようにして、下手側の壁にうずくまっているのを見つける。

姉 どうしたの。
妹 ……。

姉、部屋を見回した後、部屋を片付け始める。 
姉は無言で粛々と部屋を片付ける。姉が暖簾を拾い上げ、広げた時に、突然、妹が話し出す。

妹 こんなにがんばってるのに…『がんばろう』って言うから。

 姉、暖簾を広げて見て、あぁ、これねという表情を浮かべる。

姉 ごめんね。ボランティアの人がくれたんだ。捨てるわけにもいかないし…。
今度新しいのを買ってくるから…。

 姉、暖簾を、丸めてレジ袋に詰めると、また粛々と部屋を片付け始める。

妹 だったら、我慢する。…捨てないで。
姉 我慢する必要無いよ。
妹 だって、私たちのために色々やってくれた人でしょう。
姉 我慢すること無いよ。
妹 だって、自分には関係ないのに、一生懸命にやってくれた人がくれたもの
  でしょう。
姉 我慢すること無いよ。
妹 もっと私たちにがんばって欲しいんだよ!
姉 我慢すること無いって!
妹 ……。
姉 …ごめん。
妹 なんで、姉ちゃんが謝るの。
姉 ごめん。
妹 だからなんで。
姉 良かれと思ってしてることなんだから。
妹 だから、なんで姉ちゃんが謝るの…。
姉 お世話になったからだよ。
妹 そう。
姉 良いことだと思ってしてるんだよ。ゆるしてあげてよ。

 妹、立ち上がる。

妹 …偽善なんだ。
姉 えっ。
妹 被災地支援に来てる人たちはみんな偽善者なんだ。
姉 そんなことは言わないで。
妹 でも、そうでしょう。偽物の善意をあたしたちに押しつけてる。
姉 ……。
妹 もう、こわれそう。
姉 偽物なんかじゃないよ。本気で、ここの人たちのためにやってくれている
  人たちがほとんどなんだよ。
妹 でも、それで、私たちの心を傷つけている。
姉 傷つけたくてやってるわけじゃないよ。
妹 じゃぁなんで。
姉 えっ。
妹 なんで、こんなことになっちゃうわけ。
姉 私たちの心の中までは見えないから…。
妹 心の中が見えない?
姉 一生懸命に考えても、実際に体験したんじゃないから、完全にわかっては
  もらえないんだよ。
妹 そんなこと…。
姉 でも、それでも、精一杯考えてくれて、それで行動してくれているんだか
ら。
妹 ……。
姉 何もしない私より、よっぽど偉いわ。
妹 あぁぁぁぁぁぁ。

 妹、錯乱して叫び声をあげて机をたたきだす。

姉 ごめん。

 姉、暴れる妹を押さえる。

妹 誰が悪いの。
姉 誰も悪くない。
妹 じゃぁ、どうしてこんなに辛いの?
姉 津波が悪いの!海が悪いの!
妹 海…。
姉 そう、海。
妹 …海は悪くない。
姉 えっ。
妹 海は悪くない!
姉 ……。
妹 海を悪く言わないでよ。そりゃぁ、あたしたちの、みんなの大切なものを
  皆持って行ったよ。憎いさ、腹が立つさ。でも、海はそうしようと思って
津波が起きたわけじゃない。海は悪くない。海は悪くない。海は…。
姉 海は?
妹 海は私だもん…。

 妹、ペタンと座る。

姉 …そうだね。海を悪く言ったら、洋海(ひろみ)の名前に海を入れた父さ
  んと母さんも悪者になっちゃうものね。
妹 そうだよ。海も悪くない。
姉 ……。
妹 父さんも悪くない。
姉 ……。
妹 母さんも悪くない。
姉 そうだね。
妹 母さんも悪くない…。母さん、母さぁ~ん…。

 妹、泣き出す。
 姉、妹の頭を抱きかかえる。

姉 洋海(ひろみ)…。大丈夫だから…。大丈夫。

 泣きじゃくる妹を姉が抱きかかえながら…場面は青に包まれる。

並行螺旋③

2015-01-23 22:31:34 | 脚本
~サン~ 二〇一四年三月 進めず戻れないスパイラル

 明りがつくと、また冬の装いの部屋になっている。年月の経過は、壁に掛けてあるカレンダーを見ることによって感じられる。
 炬燵の上にはミカン。妹、部屋の中で炬燵に入って寝転がっている。
 姉が厚手のジャンバーをはおって、現れる。

姉 あぁぁ。寒い。

 姉、ジャンバーを脱ぎながら…。

姉 仕事しないの?
妹 来なくていいって。
姉 えっ。
妹 先週から、高校を卒業したばかりの子が来た。
姉 へぇ。でも、あんたの方が、仕事できるでしょう。
妹 私より、愛想笑いが上手。
姉 そう。
妹 簿記検定も持ってるし、ソロバンもできる。
姉 へぇ。
妹 震災で停電になった時、何もできなかった私とは違うの。電卓使って会計
  もできる。
姉 あんただって計算機使って計算くらいはできるでしょう。
妹 計算の仕方は知っているけど、計算はできない。
姉 どういうこと。
妹 計算の仕組みは知っているけど、計算の使い方は教えてもらわなかった。
姉 誰も、そんなこと教えてもらわないわよ。
妹 教えないことまでするのは、良くないって教わって来た。はみ出すなって
…。
姉 そう。
妹 若い子たちははみ出しても誉められる。
姉 あの時から、人を計る価値観も変わったのかもね。
妹 そう、それから、新しい子はパソコンもできるし、運転免許も持っている。
英語検定もジュン2キュウだって。
姉 そんなにできる子がコンビニでバイト?
妹 姉ちゃんみたいに、役場に受かるか、介護関係の資格が無ければ、ここじ
  ゃぁ、仕事は無いよ。
姉 えっ。
妹 この町が好きでここで暮らしたくても、仮設店舗で営業している店じゃ、
  新しく人を雇う余裕はないし、おっきな会社も無いし…。
姉 建設業の求人はあるでしょう。
妹 でも、女の子の求人は少ないし、ここの復興道路ができれば、別のところ
  へ行かなきゃならなくなるでしょう。ここで仕事をして暮らして行くこと
  はできないの。
姉 ごめん。仕事がある私はあなたのような人たちのことをわかってあげるこ
  とができて無かったね。
妹 また、ごめんだ。
姉 だって。
妹 姉ちゃんは悪くない。
姉 ……。
妹 悪いのは私。
姉 ……。
妹 私がもう少しがんばれば良いんだ。
姉 仕事、探してくるから。
妹 ……。
姉 あんただって、賢いんだから。仕事はあるって。
妹 …だるい。
姉 えっ。
妹 考えるのも面倒くさい。
姉 ……。
妹 生きるのも面倒くさい。
姉 あきらめちゃ、だめよ。…そうだ、小説書いてみない?
妹 小説?
姉 あんたなら、書けるんじゃない。昔からたくさん本も読んでいたし…。
妹 ……。
姉 小学校での将来の夢に『小説家』って書いてたじゃない。
妹 何で知ってるの!
姉 あんたのことなら何でも知ってるよ。
妹 もう…。
姉 書いてみない?
妹 …う~ん…。
姉 小説なら、ここでパソコン一台あれば、書けるじゃない。
妹 小説か…。
姉 印税が入れば、ぐでぐでしていても生活できるよ。
妹 小説ねぇ。

 姉、妹の顔を覗き込む。まんざらでもなさそうな表情を見て、目を輝かせて語りかける。

姉 とりあえず、ネットで調べてみるね。小さいのからコツコツと。
妹 まだ、やるって言って無いでしょう。
姉 やらないの。
妹 …ダメでも誰にも迷惑かからないよね。
姉 そう。
妹 姉ちゃんは、良いの?
姉 良いに決まってるよ。応援する。
妹 じゃぁ、…やってみるか…。
姉 そうこなくっちゃ。

 姉、笑顔でパソコンを開く。

姉 何か、本当に久しぶりに目の前が明るくなったって感じ。
妹 えっ。
姉 人間って、先へ進めるかもって思えることが生きることの糧になるんだね。

 姉、カチカチとキーボードをたたく。

姉 あっ。これんなんてどう。

 妹、パソコンを覗き込む。

妹 良いかも…。
姉 楽しみ!先生、がんばってくださいね。
妹 姉ちゃん…。

 二人、笑顔で見つめ合う。二人を青い光が包み込む。青い光の中は相変わらず時間の進みは早い。しかし、時間は進んでも、部屋の装いは変化することが無くなってきてる。これが惰性に包まれた生活だ。一年前と一年後では違いが感じられないが、確実に時間は経過している。
 

並行螺旋②

2015-01-16 22:17:21 | 脚本
~ニイ~ 二〇一三年八月  当初の入居可能期限日

 部屋は、次第に、その場所で二年以上暮らした生活感が漂っているように、二人によって変えられてゆく。一年半前は炬燵だったものは、布団が取り除かれ、テーブルになっている。
妹、壁に設置してあるエアコンの前に立って、顔に涼しい空気をあてながら突っ立っている。
 そこへ、姉が帰ってくる。

妹 あ~~~。
姉 ただいまぁ。…何やってんの?
妹 エアコンだと、扇風機みたいに声が震えたりしないんだね。
姉 あたりまえでしょう。
妹 …外、凄く熱の?エアコンの室外機が沢山あるからかな。
姉 全国的に暑いみたい。ここの仮設だけじゃないよ。
妹 そう。
姉 気楽なもんね。あんた、ここから出てないんだから、暑くないでしょう。
妹 暑い。この部屋から出たらとけちゃう。
姉 あんたはアイスか。
妹 こんなに冷やしているのに、玄関の方からむんむんの空気が来るもんね。
姉 あたりまえじゃない。でも、ここは私の職場から比べれば楽園よ。
妹 職場って、発掘現場。
姉 そう。
妹 こんなに暑いのに今日も外にいたの?
姉 そう。早く発掘を終わらせないと、フッコウジュウタク建てられないでし
  ょう。
妹 大変ですねぇ。
姉 ホント、他人ごと何だから…。
妹 倒れる人とか居ないの?
姉 現場まわって、水分補給を促すとか、そんなことも私がしてるの。
妹 ご苦労さんです。
 
 妹、立ったままで、エアコンの風を受けながら目を閉じている。

姉 仕事に行かなくて良いの?
妹 行きたくない。
姉 そりゃぁ、そうでしょう。あたしだって行きたくない。
妹 行かなきゃいいのに。
姉 そういうわけにもいかないでしょう。二人とも働かなくてどうやってご飯
  を食べるの?
妹 どうにかなるんじゃない。
姉 どうにもなりません。これだけ発達した現代社会で、飢え死にする人もい
る。それが、今の日本なのよ。
妹 ふうん。
姉 どうせ、一日そうやってフラフラしてるんなら、仮設の中のおじいちゃん、
おばあちゃんの家を回って、ご機嫌伺いのボランティアでもしたら。
妹 大学生が来てるじゃない。
姉 去年までね。
妹 去年まで?
姉 もう、ここにはほとんど来ないよ。自治会長さんとか、『去年までは流しそ
うめんそうめん』とかやってくれたんだけど、リーダーになっていた子が、
就職したとかで、今年は来られないって、はがきをもらったそうよ。
妹 そりゃそうだ。他人のことより自分のことが大事だもん。
姉 代わりに、あんたが何かしてみたら…。
妹 人に会いたくない。
姉 仲間でもいれば何かできるんだけどね。
妹 みんな、仙台とか盛岡に出て行っちゃった。
姉 そうね。
妹 みんな知らない土地で無理に笑って暮らしてるのかな。
姉 営業スマイルも、慣れればどうってことないよ。
妹 無理な笑顔を作りたくない。
姉 そりゃぁ、そうだ。
妹 笑いたくもない。
姉 笑う相手がいなきゃね。
妹 だるい。
姉 …私も。…あんたといると、気が滅入るわ。
妹 ごめん。…消えるか…。
姉 そういうこと言ってるんじゃないの。言いすぎた。ごめん。
妹 こっちがごめんだよ。
姉 ごめん。
妹 …お互い気を遣いすぎだね。
姉 そうだね。姉妹なんだから、無理せずいこうよ。
妹 そうだね。

 妹、相変わらず、エアコンの前に立ちっぱなしでいる。

妹 …今月中なんでしょう。
姉 何が。
妹 仮設にいられるの。
姉 そうでもないみたいよ、
妹 そうでもないってどういうこと?
姉 延長になったみたい。
妹 延長?
姉 そう、延長。
妹 何それ。
姉 コウエイジュウタクの建設が思うように行かないから、延ばしてくれるん
だって。
妹 何それ。
姉 ありがたいことでしょう。行く先が決まっていないにの、出ていけって言
うことは言わないでいてくれてるんだから。
妹 ただ先延ばしにしないで、早くコウエイジュウタクを作れっちゅうの。
姉 そんなこと言わない。
妹 だって。
姉 用地買収とか、予算のこととか、色々あるんだから。それと、私の仕事の
  関係のことも…。
妹 また、何か出たの。
姉 まぁね。
妹 何が出たのよ。
姉 貝塚。
妹 なぁんだ、ゴミ捨て場か。
姉 貝塚は、その当時を知る貴重なタイムカプセルなのよ。
妹 不法投棄の現場も、後5000年後くらいには、貴重なタイムカプセルだ
  なんて、言われるのかもね。
姉 不法投棄の現場と、貝塚を一緒にしないでよ。
妹 一緒です。ゴミ捨て場じゃないの。
姉 合法的に住民が指定して捨てた場所なんだから、不法投棄とは違うでしょ
う。縄文の人たちは、今の人たちのように、自分だけの利益のために、環
境を破壊する行為はしていません。
妹 そうですね。縄文人は素敵な人たちです。
姉 そうよ、現代人は縄文をちっとも理解していない。地球環境に優しい、究
極のエコな生活を何世代も実践したいたのよ。素晴らしいことじゃないの。
妹 姉ちゃんは、仕事の話になると暑くなる。
姉 だって、縄文人はすごいんだから…。
妹 姉ちゃんは、縄文人と結婚すればいいんだ。
姉 縄文人がここにいれば、迷わず結婚させていただきます。
妹 そうしたら、私を置いて出て行くの?
姉 あんたにも、縄文人のイケメンを紹介してあげる。
妹 あたしは、縄文というより弥生がいいなぁ。
姉 贅沢言わない。夏の盛りにエアコンの前から動かないような人をもらって
  くれるんなら、縄文でも弥生でも文句は言わないの。
妹 へいへい。しかし、不毛な妄想だね。
姉 全く…。
妹 姉ちゃん…。
姉 何?
妹 アイス食べたい。
姉 は?
妹 ハーゲンダッツっては言わないから、ガリガリ君で良いから…。買ってき
  て…。
姉 よし、アイス買いに行こう。
妹 え~っ。姉ちゃん買って来てよ。
姉 働かざる者食うべからず。一緒に行ってあげるから、あんたが買いなよ。
妹 え~っ。今日、せっかくの休みなのに…。
姉 コンビニじゃ無くて、でっかいスーパーができたから、そっちに行ってみ
  よう。
妹 仕方ないなぁ。行くか。

 姉はその気になった妹を押し出すように、二人で部屋から出て行く。
 部屋は青い陰に包まれる。戻って来た二人はまた、炬燵掛け布団を設置したり、ミカンを持ってきたり、冬の装いに部屋を変えてゆく。

並行螺旋

2015-01-07 21:59:29 | 脚本
 ~ゼロ~ 二〇一一年八月十日 基準日

 舞台は、何もない菱形に区切られた4畳半の空間。
奥の2面だけに壁がある。上手側の壁には玄関に繋がるらしき口が一つ開いている。殺風景な部屋である。
 明りがつくとその殺風景な部屋に、妹が、レジ袋を左手に下げたまま、蛍光灯のスイッチの紐を引く仕草で止まって立っている。
 妹は、そのまま、部屋をぐるりと見回す。
 そこへ、姉も大量のレジ袋を抱えて現れる。

姉 大体はそろっているでしょう。
妹 だいたいね。
姉 だいたいそろってるって言っても、やっぱり食料は無いからね。持ってる
  袋…そこ、置いといて。冷蔵庫にしまうから。

 妹は虚ろな目をしたまま、姉を視野の中に置きながらも見つめるでもなく、ただぼうっとして、部屋の全体像を眺め続けている。
姉はあくせくと荷物を片付け、新たな荷物を部屋に運びこむ作業をし続ける。部屋の隅には、レジ袋に入っている衣類とおぼしきものなどを置く。
 姉は、荷物を運び終えると、妹の斜めに向かいの場所に座る。

姉 何か飲む。
妹 何があるの。
姉 避難所で、スティックコーヒーもらって来た…。

 姉、部屋の隅のレジ袋をかき分けて、スティックコーヒーを見つけだす。

姉 あった。
妹 残っている人たちの分じゃないの。
姉 大丈夫。私たちがほとんど最後だったじゃない。
妹 そうなの。…まだ居たじゃない。
姉 齊藤さんとこも、明日には仮設に入るって。ここの仮設じゃ無くて、小学
  校の校庭の方…。小学生が居るから、学校に近い方がいいって…。
妹 そう。でも…。
姉 コーヒーは、避難所で生活していた私たちが持って行ってくれた方が助か
  るって…。
妹 誰かそう言ったの。
姉 避難所を運営していた、福祉協議会の小野さん。
妹 そう。
姉 断るだけが美徳じゃないよ。
妹 そう。
姉 空気読んであげなきゃ。
妹 あたしには読めない。
姉 無理して、気を使って、空気読む必要もないけどね。…お湯沸かすね。

 姉、立ちあがって玄関口の台所へ行く。
 タラァァァッ。水圧の低い水道から水が流れる音。
 チチチチ。ボッ。ガスレンジの点火の音。
 妹、台所の方へ向って…。

妹 ガス、もう出るんだね。
姉 えぇ。昨日のうちに、手続きしといた。

 妹、つぶやくように。

妹 そうだよね、電気もついてるしね。
姉 えぇ。
妹 姉ちゃん、凄いなぁ。
姉 何が。
妹 何でもできて。
姉 やらなきゃ無ければ、仕方いないでしょう。

 姉、戻ってきて、座る。

姉 避難所の隣の場所にいた、菅原さんたちは、夫婦で息子さんのところへ行
  くって。
妹 息子さん、銀行に勤めてるんだっけ…。
姉 えぇ。
妹 仙台…?
姉 泉だって、仙台駅から地下鉄で北の方に行ったところよ。
妹 そこは、大丈夫だったの。
姉 山手だから。店も普通にやってるってよ。
妹 ふぅん。
姉 断水とか、停電とかはあったみたいだけど、今はもう普通みたい。
妹 ふぅん。
姉 菅原さんの旦那さんってあんまりしゃべらないけど、奥さんがおしゃべり
  だから、色々聞いたなぁ。旦那さん、切手集めが趣味なんだって。
妹 切手?
姉 旦那さんが、毎日切手の事を言うって、奥さんが愚痴ってた。
妹 ふぅん。
姉 大事にしていた切手のコレクションが流されたんだって。
妹 ふうん。
姉 『見返り美人』はもう手に入らないだろうなって。
妹 『見返り美人』?
姉 切手のコレクターの中では有名な一枚何なんだって。5円の切手が1万円
  もするらしいよ。
妹 ふうん。
姉 そしたら、『見返り美人なら、ここにいるのにねぇ。』って、菅原さんの奥
  さんがポーズ作ってたんだよね。おかしくてさ。
妹 菅原さんの奥さん、ぽっちゃり系だよね。
姉 そう。でも、それが妙に色っぽくてさ…。

 お湯が沸いたことを知らせる、ケトルの笛の音が聞こえてくる。

姉 あっ。(沸いた)

 姉、立ちあがって台所に消える。
妹、天井の蛍光灯をぼうっと見ている。
 
妹 姉ちゃん。
姉 なぁに。
妹 私たち、どうなるんだろう。
姉 …さぁ。
妹 姉ちゃんにもわからないの。
姉 わかる訳ないでしょう。
妹 ちっちゃいときから、いっつも、姉ちゃんは明日どうなるか話してくれて
  いたでしょう…。
姉 心配性なだけよ。
妹 姉ちゃんは、全部わかってると思ってた。
姉 私はわからないことだらけ、何もわかっちゃいない。
妹 私よりはわかっているでしょ。
姉 そうでもないわよ。

 姉、カップにコーヒーをいれて現れる。
 妹、中空を見つめながら。

妹 …姉さん。
姉 何?
妹 ここにいつまでいるの。
姉 いつまでって…期限が2年だから、それくらいじゃない。
妹 その後、どこへ行くの。
姉 どこでもいい。
妹 どこでもいい?
姉 そう住むところが有れば…。

 姉、カップに口をつけた状態でほほ笑む。明りが変わる。
 そして、妹、すっと立ち上がる。
 二人は、誰にともなく語りだす。

妹 私たちはいつまでも
姉 繰り返す
妹 繰り返す
くりかえし続けるこの
  平行螺旋の空間の中で
姉 いつまでも
妹 いつまでも
  もがき続ける。
  私たちは
  先へは進めない
姉 後へも戻れない
妹 いつまでも
姉 いつまでも
妹 いつまでも
姉 …いつまでも
妹 この場所に
姉 この空間に
妹 しがみついて、生き続けている。
姉 生き続けなければならない。
二人 命、続く限り。

 二人、お互いの顔を見合わせ、不惑に笑う。
 舞台は青い薄闇に包まれる。
 青い薄闇と音楽の中、日一日一日が繰り返され、8カ月が経過する。
 その間に、部屋の装いは夏から冬に変わるが、それは日々の繰り返す日常の中で、テーブルが炬燵になるなどの変化によって、転換される。