第三話 勢子(せこ)の勢子(せいこ)<o:p></o:p>
背中を向けて哀しそうに立ちつくすグレートガタゴン。その背中をさするようにブラシをかける、勢子(せいこ)。そこに、栗木がやってくる。<o:p></o:p>
俯いて仕事をしていた勢子だが、栗木の存在に気がつく。<o:p></o:p>
勢子 あっ。栗木さん。<o:p></o:p>
勢子、立ちあがって、栗木に一礼をする。<o:p></o:p>
勢子 先日は、病院にまで来ていただいてありがとうございました。<o:p></o:p>
栗木 いや。<o:p></o:p>
勢子 来月には、退院できそうです。今、リハビリで車椅子の使い方を訓練しているところで。<o:p></o:p>
栗木 そうですか。<o:p></o:p>
栗木、ガタゴンの様子を眺める。<o:p></o:p>
栗木 ガタゴンは、元気そうだな。<o:p></o:p>
勢子 えぇ。まぁ、この子は、あの日のことをよく覚えていないようで、食欲もあるし…元気です。<o:p></o:p>
栗木 …良かった。<o:p></o:p>
勢子 …栗木さん。<o:p></o:p>
栗木 何だい。<o:p></o:p>
勢子 次の場所のことなんですが…。<o:p></o:p>
栗木 ガタゴンか…。<o:p></o:p>
勢子 というか、勢子(せこ)のことなんです。<o:p></o:p>
栗木 そうか。いさお君は出られないからな。<o:p></o:p>
勢子 兄は、もう土俵には上がれないでしょう。でも、ガタゴンはこれからなので…。<o:p></o:p>
栗木 良い勢子が紹介できるよう、あたってみよう。<o:p></o:p>
勢子 いえ、それは…。<o:p></o:p>
栗木 じゃぁどうする。<o:p></o:p>
勢子 私が…。<o:p></o:p>
栗木 私が?<o:p></o:p>
勢子 私が勢子になることはできないでしょうか。<o:p></o:p>
栗木 せいこちゃんが…。<o:p></o:p>
勢子 わかっています。女は土俵には入れないんですよね。<o:p></o:p>
栗木 …そうだ。<o:p></o:p>
勢子 だから、この子の勢子として、土俵に入ることを許して欲しいんです。<o:p></o:p>
栗木 せいこちゃん…。<o:p></o:p>
勢子 栗木さん!<o:p></o:p>
栗木 せいこちゃんの父さんも、良い勢子だった。<o:p></o:p>
勢子 父さんのことは言わないで!<o:p></o:p>
栗木 せいこちゃん。<o:p></o:p>
勢子 あんな、あんな、私たちとガタゴンを捨てて、地下アイドルの追っかけをするために、東京に出て秋葉原のネットカフェで暮らしているような人、私の父さんなんかじゃない。<o:p></o:p>
栗木 …あっ。…そうだったんだ。<o:p></o:p>
勢子 えっ。<o:p></o:p>
栗木 てっきり、新しい女でもできて、蒸発したのかと…。<o:p></o:p>
勢子 あれ、知らなかったんでしたっけか…。<o:p></o:p>
栗木 あっ。…なんか、ごめん。<o:p></o:p>
勢子 いえ、<o:p></o:p>
栗木 ……ガタゴンは、良い牛だ。<o:p></o:p>
勢子 そうです。この子は、家で初めて育てている闘牛なんです。家から横綱の牛を出すことが、兄ちゃんの、そして徳之島に行ってしまった母ちゃんの夢だったんです。<o:p></o:p>
栗木 …お母さん、亡くなったんじゃなかったんだ。<o:p></o:p>
勢子 闘牛好きが高じて、南に…。<o:p></o:p>
栗木 あっ。ごめん、それも知らなかった…。<o:p></o:p>
勢子 この子が横綱になれば、母ちゃんも帰ってくるかと思って…。だから、この子のトレーニングに毎日つきあっているんです。<o:p></o:p>
栗木 わかってる。<o:p></o:p>
勢子 この子のことを良く知っているのは、兄の他には私しかいないんです。<o:p></o:p>
栗木 …そうだな。<o:p></o:p>
勢子 だから、だから…。取り組みの日に、私が勢子として、この子の側にいることを許して欲しいんです。<o:p></o:p>
栗木 ……。<o:p></o:p>
勢子 栗木さん。<o:p></o:p>
栗木、去りかける。<o:p></o:p>
栗木 …考えさせてくれ。南部の闘牛を残すためにも、考えなければならねぇことがいっぺぇある。それも含めて、考えさせてくれ。<o:p></o:p>
勢子、明るい顔をして栗木に一礼をする。<o:p></o:p>
勢子 よろしくお願いします。<o:p></o:p>
栗木、去る。<o:p></o:p>
勢子、笑顔で、ガタゴンの背中にブラシをガシガシかけ始める。<o:p></o:p>
勢子 ガタゴン。ついに夢も叶うかもしれないわよ!。<o:p></o:p>
更に力を込めてブラシをかける勢子。<o:p></o:p>
勢子 父さんが帰って来ても、母さんが帰って来ても、絶対あんたは、誰にも渡さないんだからね。<o:p></o:p>
勢子の笑顔に狂気が宿る<o:p></o:p>
ガタゴン いてて。御嬢さんちょっと…。<o:p></o:p>
痛さに身をよじるガタゴン。<o:p></o:p>
なおも、満面の笑みでブラシをかける勢子。<o:p></o:p>
暗 転 <o:p></o:p>