第 壱拾弐 景 浜の決戦
鬨の声にかぶせるように、闘いの予感を感じさせる不安な音楽が流れてくる。
人々の鬨の声は次第に音楽にかき消され、舞台にたどり着く時には、恐ろしさに声も出ない浜の住人に戻っている。
客席に広がっていた人々が、舞台に集結する時には、舞台は浜の風景へと変貌している。
浜の山側には山のもので装飾され、オジョウコの母親が張りつけられた十字架がゆっくりと、立ち上がってくる。
また、海側にも海のもので装飾された十字架がゆっくりと立ちあげられてゆく。そこには、磯治の母が張りつけられている。
山側の十字架の周りには獣神たちが陣取る。周りには赤い旗が立ちあがる。
海側の十字架の周りには海神たちが陣取る。周りには白い旗が立ち上がる。
怯えた浜の住民は舞台前方中央に固まるように身を寄せる。
舞台下手中央にはオジョウコが立つ。
舞台上手中央には磯治が立つ。
オジョウコ お母さん?
磯治 母さん。
ソコツ、オジョウコのところに海族風の刀剣を持ってゆく。
イノシシ、磯治のところに日本刀を持ってゆく。
アジカミ ジョウコ、それでウワツの母を切れ。
オオカミ サカナ、それでオジョウコの母を切れ。
ソコツ ウワツ兄よ、母さんを殺されたくなければ、こっちへ来なよ。
イノシシ ジョウコよ、母さんは大事だろう。こっちへ来なよ。
オジョウコ、磯治、それぞれ笑みを浮かべながら、刀を受け取り、オジョウコは海の神の傍に、磯治は山の神の傍にゆっくりと歩み寄る。
不安げな浜の人々。
漁夫 磯治、お前まさか本気じゃ無いだろうな。
凪沙 オジョウコ、あなたはそんなことをする子じゃないよね。
オジョウコ、磯治は、それぞれの母に向かって、刀を大上段に振りかざす。
オジョウコ・磯治 今こそ、憎しみと悲しみの輪廻を解き放つ時、いざ!
浜の人たち、顔を覆う。
しかし、オジョウコと磯治が断ち切ったのは、それぞれの母が十字架に繋がれていた鎖だけである。
オジョウコ、磯治は刀を振り回し、海・山の者たちを遠ざけると、それぞれの母を解放し、浜の人たちのもとへと、連れてゆく。
海女神 どこへ?
オジョウコ 浜の人たちのもとへ逃げます。
狐神 浜の人たちのところへ行ってはいけない。
磯治 どうして。
海女神・狐神 そこには、お前の母はいるか?
オジョウコ・磯治 えっ?
オオカミ、アジガミ体制を立て直して浜の風景を見やる。
オオカミ くそぉ図ったな!(にやりとした表情)…と、言いたいところだが、
アジガミ・オオカミ 『海の母と山の母が交わりし時、緑青の渦が巻き起こり、全て
を飲み込むであろう。』
アジガミ 交わってはいけない者たちを近づければ、災いが生じるのだ!
地鳴りがする。
浜の人たちが、何かに取りつかれたように列をなして上手と下手に去ってゆく。
舞台中央には、オジョウコと磯治、そして狐神、海女神だけが取り残される。
時を置かず、四人を取り囲むように、青の渦と緑の渦に変貌した浜の人たちが、少しずつ現れる。
アジガミ 世界は相反する二つの側面を持ち合わせる。守るべきものを包み込む側面
と!
オオカミ 守るべきもののために修羅に変貌する側面!
アジガミ・オオカミ 味方だと思っていた人間の想いの波に飲まれて息絶えるがよ
い。
『緑青の渦』に飲み込まれながら、狐神はオジョウコのところへ、海女神は磯治のところへ近づく。
狐神 大きくなったね。その姿を見ることができただけで、思い残すことは無いよ。
オジョウコ お母さん。
海女神 さぁ、私たちの時代は終わる。ここから、新しい時代はあなたたちが切り開
いてゆくのよ。
磯治 母さん。
狐神・海女神、それぞれの子にほほ笑みを残しながら、オジョウコと磯治が持っている刀を奪う。
狐神 一族の再興には私たちの存在は必要不可欠。
海女神 だからこそ、私たちは殺されず捕えられていた。
狐神 私たちが相まみえ、緑青の場をつくり出すために、
海女神 そして
狐神 そして
海女神 あなたに(オジョウコに向かって)
狐神 あなたに(磯治に向かって)
狐神・海女神 真実を語り、解き放つために、私たちはこの状況が起きるよう、二人
を導き出した。
狐神・海女神、刀を振りかざす。
狐神・海女神 私たちがここで滅びれば、獣神・海神の野望も潰(つい)える。
狐神 ここでまた、人を殺(あや)めれば、憎しみと悲しみの輪廻は繰り返される。
海女神 誰かが犠牲になって、この輪廻を断ち切らなければなりません。
狐神・海女神 私たちが、その輪廻を断ち切ることができれば、この世に生を受けた
意味が有ると思います。
オジョウコ お母さん何を!
磯治 母さん!
満面の笑みを湛えながら、二人は磯治とオジョウコに語りかける。
狐神・海女神 憎しみと悲しみの輪廻は痛みや悲しみ無しに解き放たれることは有りません。強く、強く生きるのですよ。
オジョウコ お母さん!
磯治 母さん!
狐神と海女神の二人は、交錯するように舞台中央で刺し違える。
オジョウコ 私が望んでいた結末は。
磯治 俺が望んでいた結末は、
オジョウコ・磯治 こんな結末じゃ無かった!
緑青の渦はその激しさを一段と強くし、狐神と海女神を飲み込んでしまう。
二人を飲み込んだ後は、潮が引くように、少しずつ舞台から消えてゆく。
後には骨のかけらも残っていない。
崩れ落ちる獣神と海神たち。
渦が消え去った中心には、オジョウコと磯治だけが取り残されてうずくまっている。
二人はただただ、悲しみに打ちひしがれている。
暗 転