SCENE 4 公園にて
女の子が一人、夕暮れの公園を歩いている。どうやらクラブ活動の帰りのようだ。小脇にテニスラケットを抱え、携帯をいじりながら鼻歌を歌っている。そると、物陰から男1の声がしてくる。
男1 そこを行くお嬢さん。
女2 えっ。お嬢さんて、もしかして私。
男1 いえ、怪しいものです。
女2 私は怪しいものですと名乗る変な人は、見たことも聞いたこともあり
ません。あなたはもしかして、曲がったことの嫌いな変態さんです
か。
男1 客観的に見ると、どうも怪しいなぁと思ったのですから、そう言った
までですが、決して変態ではありません。
女2 まぁ、怪しいくせに、変態じゃない。…まぁ!何て得体の知れない
人。ということは、日本中どこにでも出没する、コートの陰からゾウ
サンちらりの変態さんの類ではないのですね。
この平和にどっぷりとつかってしまった日本に、まだこんな類稀な
る人が現れる余地が残されていたのね。何て素敵な出来事が待ち受け
ているのでしょう。平凡な高校2年生の敬子は、こうして、大きな事
件の渦に巻き込まれていくのでありました。敬子は、あんなことをさ
れて、(あ~)こんなこともされてしまうのでしょうか。敬子の運命
やいかに。つづく。
女2、静かにその場に横になり、胸の前で手を組み、目を閉じる。
男1 あの。
女2 さ、どうぞ。
男1 どうぞといわれても。
女2 遠慮なさらないで下さい。これがさだめとあきらめます。事の後、泣
きながらテレビに出て、私はこうして犯されてしまいましたって、
『ミヤネ屋』に出るかもしれませんが、今は今。欲情の赴くまま、
さあ、どうぞ!
男1 すいませんが…。
女2 何でしょう。
男1 私は、私なりの登場のスチュエーションを、今、この茂みの中で、一
時間ほど考えたわけです。ですから、ひとつだけわがままを言わせて
もらえませんか。
女2 いいでしょう、ひとつだけなら望みをかなえてあげましょう。
男1 何で、こんなに卑屈にならなきゃいけないんだ。
女2 何か?
男1 い、いいえ。…あのですね、目を開けて下さい。そして、私を良く見
て下さい。そして、『きゃー』と驚いてもらえますか。
女2 願いはひとつといいました。『目を開ける』のですか?『あなたを見
る』のですか?『きゃー』ですか。
男1 細かいですね。
女2 願いはひとつです。
男1 じゃぁ、『目を開けて私を見るなり、きゃーと驚いて下さい。』
女2 わかりました。
男1 意外と単純、…い、いえ、素直ですね。
女2 両親からも良くそう言われます。
男1 それじゃ、準備して下さい。いきますよ。
女2 はい。
女2、体を起こして、舞台後方、草むらに見立てた地点を見ている。
そこから、おもむろに、男1が立ち上がる。おどろおどろしい音楽と共に、男1は、バックからのスポットに、そのおぞましい毛むくじゃらの姿をさらけ出す。
男1 う~。みゅぅ。
しかし、地明かりで照らされてみると、そこに立ち上がったのは、狼男でもなんでもなく、遊園地の縫いぐるみショーから抜け出してきたような、愛敬のある『パンダ』だ。女2は、あっけにとられて男1を見つめ続ける。
女2の携帯電話から、着信音が鳴る。(氷川きよしの曲)
女2 もしもし、ごめん。今いいとこだから。また後で電話するね。バイバ
イ。
再び、あってにとられて男1を見つめつづける。
男1 おい、どうした。『きゃー』がないぞ。
女2 きゃあ。(無表情な言い方。)
男1 なんだそれ、俺が怖くないのか。
女2 …変態。
男1 なにぃ?
女2 やっぱり変態だわ。
男1 俺は、満月を見て変身してしまった狼男だぞ。本当に怖くないのか?
女2 どこが狼男だって言うの。
男1 この毛むくじゃらの手足。我こそは、おおか…
女2 パンダだよ。
男1 へっ?
女2 どっからみてもパンダだよ。
男1 パンダ?
女2 変態じゃないって言ったけど、昼間っから、そんな格好して公園に潜
んでるなんて、変態以外の何者でもないじゃない。
男1 そういえば、薄暗がりにいてよく見ていなかったから気がつかなかっ
たけど…手足の毛は黒いぞ。腹の回りは、白いぞ。月を見て変身した
から、てっきり狼だと思いこんでいたんだ。