小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

ヨーロッパの深刻な危機に学べ

2017年02月18日 19時19分47秒 | 政治
      


'Refugees' battle in Paris after jungle camp is closed


【助けてください!】ドイツ人少女が語る移民問題の陰惨な現実



 EUはいま、グローバリズムの構造的欠陥と移民・難民問題のために、まさに風前の灯火です。ヨーロッパの主要都市では、至る所で難民、偽装難民、移民によるデモ、暴動が起きています。
 2015年の9月にドイツのメルケル首相は、難民受け入れに上限はないと宣言しましたが、これは空想的なヒューマニズムであると同時に、異常なPC圧力でもあり、また廉価な労働力獲得という財界の意向を反映した政策でもありました。ところがドイツに流入した難民のうち、じっさいに職を得たのは、わずか一割に過ぎないそうです。九割はドイツ国民の税金で賄われているわけですね。
 またパリでは何と警察官のデモまで起きています。連日取り締まりに駆り出されるものの、少しでも手荒なことをすればスマホで撮影されてしまうし、すでに死に体のオランド政権が大統領選での社会党政権の敗退を恐れて、真剣な規制に乗り出さないので、現場の警察官としては、「やってらんねえ!」という感じなのでしょう。
 さらにみなさんご存じのとおり、欧州の主要国では、イギリスのブレグジットをきっかけとして、EU離脱の国民的機運が盛り上がっています。言うまでもなくデモは、移民・難民側、新たに流入したムスリム側だけでなく、これに対してNOを突き付ける団体によっても盛んにおこなわれています。
 ここに経済評論家の三橋貴明氏の2月17日付ブログ記事がありますので、その一部を引きましょう。

さて、英王立国際問題研究所、通称「チャタムハウス」が、2月7日に発表した「What Do Europeans Think About Muslim Immigration?」の調査によると、「イスラム圏からの、これ以上の移民流入を停止するべきか」 という問いに対し、欧州十カ国の調査対象者(約1万人)の実に55%が停止すべきと回答し、衝撃が広がっています。特に「停止すべき」が多かったのが、ポーランドです。ポーランドでは、調査対象者の七割以上が「停止すべき」と回答しました。

 3月のオランダ総選挙、4、5月のフランス大統領選挙、10月のドイツ総選挙では、国民主義政党の躍進が予想されています。もしフランス国民戦線のルペン党首が大統領になれば、EU残留か離脱かの国民投票が行われます。そうなるとほぼ間違いなく離脱派が勝利するでしょう。フランスががEUから離脱すれば、その時点で、EUは終わりです。
 このように、ヨーロッパはいま、過熱した国論四分五裂の状態で、いつ何が起きるかわからない大混乱の状況に置かれています。
 こういう状況に対し、この事態を自ら招いたEU当局は、各国にその解決を丸投げし、なすすべもなく指をくわえています。「ヨーロッパは一つ」がEUの理念ではなかったのでしょうか。無責任極まりない態度だと言えましょう。経済を低迷させている張本人であるどこかの国の財務官僚にそっくりです。
 当ブログでは、3年前に「EU崩壊の足音聞こゆ」と題してEUモデルが初めから破綻している事情について書きました。その中から一部を抜粋してここに掲げます。
http://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo/e/3249423496d0112f3d568fc9b6fda158

 EUモデルがもともと破綻しているというのは、金融政策と財政政策の担い手を、EU中央銀行(ECB)と各国政府に分裂させているからです。これはユーロという統一通貨を用いながら、その使い方は各国の方針に任せられるということを意味します。しかしより厳密に言うと、この財政政策でさえ、各国の自由に任せられているわけではありません。

 現にギリシャは財政破綻し、イタリア、スペイン、ポルトガルなどは破綻しかけていますが、危機を自国の金融政策で乗り切ろうとしても、それができない構造になっています。そこで、EU(実質的にはドイツ)に何とかしてくれと縋るわけですが、EUとしてはその要請をただで聞いてやるわけにはいかない。結果、要請国に厳しい緊縮財政を強いることになります。これがまた、その国の国民の不満を買います。

 この厳しい緊縮財政の縛りについては、次のようなからくりがあります。
 1993年に発効したマーストリヒト条約には、EU加盟の条件として「年間財政赤字額の名目GDP比が3%を超えず、かつ政府債務残高の名目GDP比が60%以内であること」と謳われています。同条約成立後に多少緩和されたようですが、文言としては生きています。この文言が生きている限り、EU諸国がデフレ傾向を脱却するために積極財政に打って出るのは極めて困難になります。

 ちなみに、けっして財政赤字や債務残高の割合だけがその国の経済状態の健全・不健全を測る指標ではないのですが、この種の数字だけの尺度を金科玉条のように用いるところに、EUエリート集団の浅はかさが象徴されていると言えるでしょう(この点は、そのまま日本の「財政健全化」路線にも当てはまります)。

 こうして、EUの未来は暗いのです。
 この構想は、集団心理学的には、二度の世界大戦で勝者も敗者もひどい目に遭ってこりごりしたそのトラウマに発していると言えるでしょう。「民族」の汚点をなるべく消したい。そのためには統一ヨーロッパという消しゴムが必要だ――しかしこの消しゴムは、それぞれの国の伝統を消し去ることはできませんでした。いまその矛盾が噴出しつつあるわけです。

 ところで、「対岸の火事」ではないと述べた最大の理由は、次の点です。
 域内グローバリズムを理想と考えたEUモデルは、そのまま世界のグローバリズムの縮小版なのです。新自由主義者たちが理想と考えるように、域内でヒト、モノ、カネが極端に自由に行き来するようになると、結局はどういうことになるか。各地域や国の特殊性、伝統、慣習、そして文化までもが蹂躙され、そのことによって多極化したエスニックな情熱がかえって奮然と盛り上がるのです。
 それが人性というもので、人性をきちんと織り込まない理想は必ず失敗するというのが歴史の教訓です。共産主義の理想が一番わかりやすいですね。EUの黄昏は、世界資本主義の未来を不気味に暗示していると言えるでしょう。

 最後に、経済政策においてどこまでもおバカな日本政府に一言警告。
 新自由主義の申し子であるアベノミクス第三の矢・成長戦略などにうつつを抜かしていると、第一と第二の矢の連携の重要性を忘れ、一国内でも、EUと同じような金融政策と財政政策の深刻な分裂をきたしますよ(もうきたしているか)。
 EUモデルの破綻は、単に世界のグローバリズムの縮小版であるだけではなく、一国内の経済政策運営に対する強い警鐘の意味も持つのです。


 以上が抜粋ですが、ここで予告したことはますます真実味を帯びています。これを書いた時点では、あれほどの難民が押し寄せる事態はまだ想定外でしたが、こういう事態になるのも、域内グローバリズムとしてのEUが自ら招きよせたものであることは疑いありません。
 EUの崩壊はもう間近です。トランプ米大統領が「アメリカ・ファースト」を謳って行き過ぎたグローバリゼーションに歯止めをかけつつあるのと同じように、EU諸国も、遅かれ早かれ、とりあえず元の国民国家に戻っていくでしょう。そのために、EU統合本部は、まっさきに自らの失敗を認めるべきなのです。それをしないと、事態はますます混乱し、ヨーロッパ国民に多数の犠牲者が出るでしょう。

 いま世界は、大きく変わろうとしています。新自由主義がもたらしたグローバリズムのひどい弊害が草の根レベルから見直されつつあるのです。ところが日本の政府・マスコミは、いまだに「グローバリズムは善」なる幻想に浸っています。マスコミは、ヨーロッパの深刻な危機をきちんと報道しませんし、政府は。周回遅れでグローバリズム路線を突っ走っている体たらくです。緊縮財政、自由貿易礼讃、移民政策、農協解体――こんなことを続けていると、日本はやがて、アメリカによる通商交渉での厳しい攻勢と、中国による政治的・経済的侵略の挟み撃ちに会って間違いなく亡国の道を歩むでしょう。