内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

辞書をめぐる随想

2020-02-01 16:45:31 | 講義の余白から

 今週の月曜日の授業で、三浦しをんの大ベストセラー小説『舟を編む』を原作とした同名映画を少しだけ学生たちに観させた。一冊の辞書づくりは、膨大な時間と労力を必要とし、多数の人たちの協力なしには実現不可能な企画であり、長年に渡って地道な作業を継続する情熱とそもそも言葉へ愛がなければとても続けられる仕事ではない。そのことを学生たちにも知ってほしいと思ったのがこの映画を彼らに観させた主な理由である。
 日本語を学んでいる彼らであるから、日頃から辞書に親しんでいるには違いないが、日本語の辞書にかぎらず、彼らが辞書についてどんな思いを懐いているか知りたくて、辞書について書けという宿題を出した。例えば、辞書についての思い出、いま辞書について思っていること、自分の好きな辞書、ほしいと思っている辞書、あるといいなと思っている辞書、辞書で見つけた面白い語釈など、辞書に関することならなんでもいいから書いてくださいという課題であった。
 昨日の夜が締め切りだったのだが、それまでにほぼ全員、メールの添付書類として宿題を提出してくれた。それぞれになかなか興味深い話題を取りあげていて、添削するのが楽しくもあった。いくつか紹介しよう。
 「家庭内でしか話す機会がないアルザス語に三年前から興味を持ちはじめ、もっと上達したいとアルザス語の辞書を読み漁っている」(男子学生)。「小学校の時、教室で百科事典の「性」の項目を読み上げ、クラスメートを仰天させた」(女子学生)。「修士論文の一環として日本の擬音語と擬態語について勉強しようと思っているから擬音語・擬態語辞典がほしい」(女子学生)。「小学校のときに使っていた愛着のある漢字辞典が最近の自宅浸水で水浸しになり使いものにならなくなり、悲しい思いをしている、またいつか買い直したい」(女子学生)。「scrumdiddlyumptious という作家による新造語が現実生活の中で子どもたちに使われるようになり、つい最近『オックスフォード英語辞典』に載るようになったという話は、想像力が日常の現実にどのように影響するかの面白い例だと思う」(女子学生)。「紙の辞書はあまり使わない。この宿題のために紙の辞書を使うふりをすることもできるが、それは不正直ではないでしょうか」(と言って、自分が普段使っている電子辞書、オンライン辞書、辞書アプリの長短を説明してくれた女子学生)。色を表わす言葉の歴史に特に興味があり、和色大辞典がほしいという男子学生。
 他の作文でも、それぞれに学生の個性をよく示している話題が取り上げられていた。概して、成績優秀な学生は辞書によく親しんでいることを文面から察することができたが、これは当然といえば当然の話だ。中には、辞書を必要に応じて引くだけではなく、自由に読むのが好きだという学生も二三人いたが、これにはいたく共感したし、そういう学生がいることを嬉しくも思った。