『親戚の床屋さんで修行したんよ。
修行とはいっても丁稚奉公みたいなもんで、いわゆる徒弟制度の時代の名残だね。
5年間修行して、1年間はお礼奉公だ。
住み込みで働いて、盆と暮れだけ家に戻れるのさ。
小遣いは月に300円だけ。
辛くて辛くて初めての盆帰りのときには、もう床屋には戻らないと心に決めた。
母親も兄弟も戻らなくていいと賛成してくれたが、親父の反対で奉公先に戻ったんだ。
その時は悔しくて、家の柱に“二度と家には戻らない”っていう字を彫り込んだよ。』
清水の床屋“いこい”さんは、昔から通い詰めたお店です。
もう70を超えた親父ですが、腕はまだまだ錆ついてはいません。
勤めていた会社のそばにある床屋さんで、今いる場所とは離れているために、それこそ盆と暮れくらいしか行けません。
それでも30年近い付き合いですから、私のこともよく承知してくれています。
今日は珍しく客がいなかったので、親父さんがこの場所で店を開くまでの昔語りをしてくれました。
「親父さんそれじゃ良いお年を!」