気儘に書きたい

受験勉強よりもイラストを書くのが好きだった高校生の頃---、無心に絵を描く喜びをもう一度味わえたらいいのだが。

油谷町、中ノ森の棚田を描く

2012-06-16 20:58:03 | 風景画
 川尻漁港に向かう山道をバイクで走っていると、見覚えのある風景が目の前に開けた。
 「山口の棚田20選 中ノ森地区」と書かれた看板が建つ小さな見晴らし台を通り過ぎてUターンした。看板の前の路側帯にバイクを停めて暫し景色を眺めた。そこにベンチがあったのでスケッチを描くことにした。
 空は曇っていても紫外線は強そうなので、タオルを頭に巻いて、コンパクトな水彩画セットをリュックから取り出した。

 下絵が出来て着彩にとりかかると、後ろから声を掛けられた。
 「何してるの。」
 振り返ると70代のご婦人が軽乗用車をバイクの後ろに停めて近づいてきた。
 「風景を描いてるんです。」
 「いい趣味やね。わたしゃ俳句と手紙を書くのが好きなんよ。隣に座ってもええかね。」
 「どうぞ。」
 私の絵を覗き込んだ。
 「ほう、そうやって描くのやね。勉強させてもらお。あんた絵描きさん?」
 「素人ですよ。」
 「あれはうちとこの田なんよ。五枚あるけど7年前に主人が死んでから、うち一人になって今は一枚作るのがやっとこさ。牛は10頭飼っとるよ。あんたは独身?」
 「孫が二人います。今58です。」
 派手なメッシュのバイクウエアを着て、頭はタオルで隠れているので若く見られたようだ。
 一人暮らしのおばあさんは話好きなようで、息子は二人とも村を出て行った、娘は遠くに嫁いだ、等々身の上話は取り止めがなかった。 絵の完成が危ぶまれた時、おばあさんの知り合いが車で通りかかったようで、突然大声で「○○さーん。」と呼びかけ、車が止まらなかったので後を追うことにしたらしい。
 「じゃ、がんばってね。」
 おばあさんが去って内心ほっとし、絵に集中した。

 絵が完成しかかった頃、私の後ろで自動車事故が起きた。
 カーブを下っていた車と上ってきた車の双方のバックミラーが接触したようで、急ブレーキの音とともにバックミラーが路上に散乱した。
 下りの車が脇見運転をしていたようで、助手席からおばあさんが降りてきて、相手の車の女性ドライバーに安否を尋ねていた。
 「そこにバイクがあったもんやから…。」(どうして私のバイクが絡むのか)
 「いや、脇見をした自分が悪いんや。」
 おばあさんの身内と思われる若い男が潔く謝った。事故の当事者はそれぞれ保険会社や知人に携帯で連絡を取り始めた。
 バイクの傍の車が2台から4台と増えて騒々しくなったので、警察が来る前に絵をさっさと完成させて、その場を後にした。