気儘に書きたい

受験勉強よりもイラストを書くのが好きだった高校生の頃---、無心に絵を描く喜びをもう一度味わえたらいいのだが。

二人のアキちゃん

2007-11-28 20:02:24 | 油絵
亡き母が再婚した時、義父は28歳の初婚でいきなり、中3、中1、小5の3人の父親になった。義父は亡父の末弟で、叔父になるのだが、私達姉弟と年が離れていなかったこともあり、ものごころついた頃より、「アキ兄ちゃん」と呼んでなついていた。
 義父と一緒に暮らすようになってからも、照れくささや亡父への思いもあって、「お父さん」と呼べなかった。 
 新しく弟や妹が生まれてもそれは変わらなかった。
 弟が3歳になったある日、家族団欒の場で唐突に聞いてきたことに、周りがあわてた。                                 「本当のお父さんは写真の人なんやろ。」 
 姉弟で話し合って、次の日から、義父を「お父さん」と呼ぶようになった。
 義父がいなければ、今の私達は違った人生を歩んだことだろう。
 義父には感謝してもし尽くせない。

 (私が結婚した頃、妻に油絵の手ほどきを受けた。
 生まれて初めて描いた油絵は市松人形の絵で、実家の応接間に掛けた。
 次に描いた油絵は、アンティ-クドールで、姉の新居にプレゼントした。
 三番目に描いた油絵がこの絵で、未完成のまま、本棚に埋もれていた。)

TOYOTA 2000GT

2007-11-21 23:48:21 | 車の絵
 昨年、門司港駅構内の一角で、クラシックカーの展示会が開催された。
 私が見たかったのはトヨタ2000GTだ。大概の国産車は目にしてきたが、この車だけは実車を見たことがなかった。
 映画「007は二度死ぬ」で、ボンドカーになり、日本を代表するスポーツカーとして世界的に知られているが、生産台数が僅かなため、なかなかお目にかかれない幻の名車だ。
 乗ることが叶わないまでも、せめて絵にできて、少し幸せな気分になった。

アフリカツイン XRV750

2007-11-13 23:37:49 | バイクの絵
1988年、NXR750のレプリカとして、アフリカツインが発売された。 
 '93年のフルモデルチェンジ、'95年のマイナーチェンジを経て、排気ガス規制により国内販売が終わる'02年まで、年間約200台が、生産された。
 '01年10月仕事の帰りに通りかかった下関のバイク店で、アフリカツインを見つけた。1年半落ちの程度のよい中古車だ。
 大型バイクに乗るには、技能、体力ばかりか、気力も必要だ。子供が社会人になるまで、それらを持ち続けることは無理なのではと、自分に言い聞かせた。
 欲しいバイクがある、家計には負担をかけないからと妻を説得して、購入の許しを得ると、さっそく購入手続きをすませた。一週間後、納車の用意ができたとの連絡を受け、妻に車を運転してもらい、受け取りに行った。
 結婚して以来、パルホリデー、モトコンポ、蘭、ベルーガ、と可愛いバイクばかり乗っていたのが、いきなり大型のアフリカツインに代わるのを目の当たりにして、妻があきれた。「こんな派手な、大きなバイクとは思わなかった。」
  
 
 

HONDA NXR750

2007-11-07 00:43:06 | バイクの絵
19年前、西日本総合展示場で開催されたモーターショーで、ホンダNXR750を初めて見たとき、生き物のようなオーラを感じた。
 NXR750は、世界一過酷なパリ・ダカールラリーの二輪車部門で‘86年から‘89年まで、4年連続優勝したホンダのワークスマシンだ。
 こんなバイクに乗ることを夢みながら、長い間、原付バイクで通勤していた。
 子供たちが一人前になるまで、贅沢はできないという思いだった。