あまでうす日記

あなたのために毎日お届けする映画、本、音楽、短歌、俳句、狂歌、美術、ふぁっちょん、詩とエッセイの花束です。

由良川狂詩曲~連載第21回

2018-03-18 14:01:04 | Weblog



(春なので、第19、20、21回を併せて収録しました)




★第19回 第6章 悪魔たちの狂宴~正歴寺の鐘は鳴る

 やがて、朝ケンちゃんが登った寺山には、虹のような琥珀色の後光が射して、西の空が美しい朱色に染まりました。
 その朱色が、わずかに暮れ残ったセピア色と溶け合いながら、明暗定かならぬ幻覚を見ているような微妙な色調に、おぼろおぼろに変わる頃、正歴寺の高く澄んだ鐘の音が、綾部の町ぜんたいに子守唄のような晩祷を捧げはじめました。

  他人おそろし
  やみ夜はこわい
  おやと月夜はいつもよい

  ねんねしなされ
  おやすみなされ
  朝は早よから
  おきなされ おきなされ

  ねんねした子に
  赤いべべ着せて
  つれて参ろよ
  外宮さんへ

  つれて参いたら
  どうしておがむ
  この子一代
  まめなよに まめなよに

  まめで小豆で
  のうらくさんで
  えんど心で
  暮らすよに 暮らすよに

  寝た子可愛いや
  起きた子にくや
  にくてこの子が
  つれらりょか つれらりょか

  あの子見てやれ
  わし見て笑ろた
  わしも見てやろ
  笑ろうてやろ 笑ろうてやろ

  あの子見てやれ
  わし見てにらむ
  突いてやりたや
  目の玉を 目の玉を

 と、その時、
 正歴寺さんの鐘の音が、「突いてやりたや目の玉を、目の玉を」と唄い終わった時、
ケンちゃんは、由良川全域に響き渡るような大声で、

 「そうだ!」

と叫びました。

 ケンちゃんは、由良川の水際の泥と水を両足でぐちゃぐちゃにかきまぜ、砂利だらけの河原をましらのように走り抜け、さまざまな自然石を足掛かりになるようにコンクリートに埋め込んだ堤防の傾斜面をイノブタのように駆けのぼり、スズメノテッポウやチガヤが生えている堤防の上の一本道に座り込んで、土の上に棒きれでなにやら地図のような見取り図のようなものを一心に描きはじめました。

 それからケンちゃんは、なにを思ったのか、もうとっぷり日が暮れて誰一人いない由良川へ、静かに入ってゆきました。
 そして大きなストロークで河を15メートルほどさかのぼってから、空気をうんと吸い込んでどこか深い所へ潜ってしまいました。

 5分、そして10分近く経っても、ケンちゃんは浮かんできません。
 どこかでなにかが、ポチャンとがねるような音がしました。あれはきっとアユかフナが、水面すれすれに飛ぶユスリカに飛びついたのでしょう。
 それからさらに30分、1時間と、時はどんどん過ぎてゆきます。

 おや、水浸しになった濡れ鼠のケンちゃんが、星いっぱいの夜空に、片腕を元気いっぱい振り回しながら、岸に向って泳いできます。

――やったあ、これでうまくいくぞお! チェストー!

 と、ケンちゃんは北斗七星の大熊くんに向かって吠えました。
 それからケンちゃんは、由良川の堤防に置いてあった自転車に軽々と飛び乗ると、西本町の「てらこ」までお得意の両手放し乗りで帰ってゆきました。

 晩ごはんは、ケンちゃんの大好きなスキヤキでした。
 丹波の但馬のいちばんやわらかでおいしい肉を、ケンちゃんのおばあさんがサトウをどっさりかけてお鍋でグツグツ煮込んでいきます。
 そこへフとネギを加え、肉と三位一体になった大好物が奏でる香ばしいかおりと絶妙の味わい……
 ケンちゃんは、ごはんを3杯もおかわりして、もうお腹がいっぱいになってしまいました。
 ごはんの後ケンちゃんは、おじんちゃんに由良川での投げ網の漁のやり方についていろいろ教わってから、大好きないつもの「テレビ探偵団」も見ないでお風呂に入り、8時すぎには、もうぐっすりと眠りこけてしまったのでした。

                                   
★第20回 第7章 由良川漁族大戦争~僕らは若鮎攻撃隊


翌朝、ケンちゃんは、朝ごはんに山崎パンのトーストに生協のイチゴジャムをてんこ盛りに塗りつけたやつを1枚と、ネスカフェ・ゴールドブレンドの熱いのを2杯おいしくいただくと、おじいちゃん、おばあちゃんに「ごちそうさま」を言って、自転車を軽くひとまたぎ。あっという間に由良川河畔へとやってきました。

川には、一面の朝霧が立ち込めています。そこへ、寺山の反対側にそびえる三根山からまっすぐに立ちあがった5月の朝の太陽が、由良川を一望しながら、慈愛に満ちた光を放ちました。

ところどころうす雲をぽっかり浮かべた大空に、一羽のひばりが、ギザギザの螺旋状の軌道を残して舞い上がり、しばらくお神酒に酔っ払ったような歌を唄っていましたが、すぐに、青空のどこかで自分を見失ってしまったようでした。

素晴らしい朝です。
次第に温度が上がってくるようでした。

ケンちゃんは、由良川漁業協同組合の会員でもあるおじいちゃんから借りた漁網を自転車の後ろから取り出すと、それを井堰の上流15メートルの所に仕掛けました。
由良川の全幅700メートルにわたって、人の眼にも、魚の眼にも、それとほとんど識別不可能な漁網を、おじいちゃんに教わった通りに、端から端までていねいに張り巡らしました。
普通のネットだと破れる恐れがあるので、特別素材を二重にバック・コーティングしてある超ハイテク製品です。

そして、左岸に1本だけ立っている大きな柳の木の根っこのところにポッカリ口をあけている、例の千畳敷の大広間に通じる秘密の入り口の手前のところだけは、わずかながらネットを掛けない隙間をつくっておきました。
つまり、左岸の隅っこのわずか30センチを除いて、由良川は完全に封鎖された、というわけです。

それが終わると、ケンちゃんは、柳の木の下の木陰に腰をおろして、おばあちゃんが特別につくってくれた沢庵入りの特大おにぎりを、おいしそうに平らげました。
そして掌にねばつくご飯を、川の水でごしごし洗っていると、メダカが3匹寄ってきて、ご飯粒をツンツンつつきながら言いました。

「ケンちゃん、ケンちゃん、そろそろ1時だよ。戦闘開始の時間だよ。さっきから若鮎行動隊がスタンバッてるよ」

――よおーし。

気合いを入れながら、ケンちゃんは、寺山を背中にして西郷どんのような格好で、すっくと立ち上がりました。
ケンちゃんは上半身はもちろん裸ですが、半ズボンの腰のところにベルトをつけ、ベルトにはてらこ先祖伝来の少しさびた脇差をはさんでいます。

気合いもろともその短刀を腰からエイヤッと抜きはなって口にくわえ、一瞬川面ににぶい光をきらめかせると、ケンちゃんは、柳の根方から、一気に由良川に踊りこみました。
ケンちゃんは、口に短刀をくわえたまま、由良川の中央最深部めざして、ぐんぐん泳いでゆきます。

まもなく綾部大橋の下にさしかかります。
橋の下には、由良川でいちばん速い魚、すなわち50匹のアユが、全員うすいピンクのたすきを掛けてケンちゃんを待ち受けていました。

みなさま、覚えておられるでしょうか。これこそ、去る4月23日未明、全由良川防衛軍最高司令官に就任したウナギのQ太郎が編成した、海軍特別攻撃隊でした。

昨年の冬、丹後由良の海で越冬し、ふたたび由良川にさかのぼって来たばかりの頼もしいアユたちが、ケンちゃんの日焼けした顔を見ると一斉に胸ヒレを4回、背ビレを3回、尻ヒレを2回、そして尾ヒレを1回振って歓迎しました。
これが由良川の魚たちの正式の挨拶の作法なのです。

知育・体育・徳育の3つのポイントで厳重に審査された、由良川史上最強の若鮎特別攻撃隊は、ケンちゃんを三角形の頂点にして、見事なピラミッド梯団を組みながら、由良川を毎時13ノットで遡行してゆきます。

ドボン、ザボン、ガボン
僕らは若鮎攻撃隊

死地に乗り込む切り込み隊
命知らずの若者さ

ドボン、ザボン、ガボン
僕らは若鮎攻撃隊

邪魔だてする奴はぶっ殺す
ナサケ知らずの若鮎さ

みんなで唄いながら進んでいくと、やがて由良川は急に深くなり、きのうライギョたちが、ホルスタインを喰い荒していた地点にさしかかりました。

ここが「魔のバーミューダ・トライアングル」と呼ばれる怪しい一帯です。
水は濁りに濁り、前方は、ほとんど見通しがつきません。


                            
★第21回 第7章 由良川漁族大戦争~ある戦いの歌


なにやら血なまぐさいにおいがしてきました。
いました。ライギョたちの大群です。
30、50、70、100、150,およそ200匹くらいでしょうか。
巨大な肉食魚のライギョたちが、イライラ不機嫌な表情で、お互いに八つ当たりをしながら、狂ったようにあたりをぐるぐる回っています。

もう昨日のホルスタインのご馳走は、今日はひとかけらもありません。
「腹が減ったときほど、魚に理性と常識を失わせるものはない」
と、いつかもタウナギ長老も申しておりました。

みずからを呪い、他魚を呪い、由良川を呪い、丹波を呪い、この国を呪い、ついには全世界を呪って、ありとあらゆるものへの敵意と憎悪が最高潮に達したライギョたちは、新たな獲物を求めて歯噛みしながら、血走った両眼をあちらこちらへ飛ばしています。

さあそこへ、ケンちゃんと若鮎特攻隊の討ち入りです。

雷魚タイフーン
「おや、あれは何だ。上の方でスイスイスイッタララッタスラスラスイとミニスカートで踊っている軽いやつらは?
なんだあれは由良川特産のアユじゃないか。
よーし、みんな俺についてこい。皆殺しにしてやる」

雷魚ハルマゲドン
「えばら焼き肉のタレで喰った昨日のこってりした牛肉とちごうて、アユはほんま純日本風の淡白な味や。塩焼きにしえ喰うたら最高でっせ。
ああヨダレがぎょうさん出る出る。ほな出陣しよか」

てな訳で、よだれを垂らしながら急上昇しはじめたライギョ集団めがけて、ナイフかざしたケンちゃんが、上から下へのさか落し。
先頭の雷魚タイフーンの顔面を真っ二つに引き裂いたものですから、さあ大変。
怒り狂ったおよそ200匹のピラニア集団は、ケンちゃんめがけて猛スピードで殺到しました。

するとこれまた決死の若鮎たちが一団となって、ケンちゃんとライギョ集団の間に、すかさず割って入りました。
ライギョは時速60キロ、対するアユは時速75キロですから、その差は大きい。
まるで戦艦と高速駆逐艦が、至近距離で戦うようなもの。
お互いに大砲も魚雷も打てないまま、体力と気力の続く限りの壮烈な肉弾戦が、由良川狭しとおっぱじまりました。

雷魚ハルマゲドン
「くそっ、待て待て莫迦アユめ!ちえっ、なんでこんな逃げ足が早いんじゃ。よおーし、とうとう追い詰めたぞ。これでもくらえっ!」

若鮎ハナコ
「オジサンこちら、手の鳴るほうへ。いくら気ばかり若くっても、もう体がいううこときかないんでしょ。

 赤いおベベが
 大お好き
 テテシャン、
 テテシャン」

雷魚ハルマゲドン
「若いも若いも 
 25まで 
 25過ぎたら
 みなオバン
とくらあ。それっ、行くぞ。この尻軽フェロモン娘め。とっつかまえてやる!」

若鮎ヨーコ
「やれるもんなら、やってみなさいよ。
 お城のさん
 おん坂々々
 赤坂道 四ツ谷道
 四ツ谷 赤坂 麹町
 街道ずんずと なったらば
 お駕籠は覚悟 いくらでしょう
 五百でしょう
 もちいとまからんか
 ちゃからか道
 ひいや ふうや みいや
 ようや いつや むうや
 ようや やあや ここのつ
 かえして
 お城のさん 
 おん坂々々」

雷魚ハルマゲドン
「うちの裏のちしゃの木に
 雀が三羽とまって
 先な雀も物言わず
 後な雀も者言わず
 中な雀のいうことにゃ
 むしろ三枚ござ三枚
 あわせて六枚敷きつめて
 夕べもらった花嫁さん
 金華の座敷にすわらせて
 きんらんどんすを縫わせたら
 衿とおくみをようつけん
 そんな嫁さんいんどくれ
 お倉の道までおくって
 おくら道で日が暮れて
 もうしもうし子供しさん
 ここは何というところ
 ここは信濃の善光寺
 善光寺さんに願かけて
 梅と桜を供えたら
 梅はすいとてもどされて
 桜はよいとてほめられた」

若鮎ハナコ
「あやめに水仙 かきつばた
 二度目にうぐいす ホーホケキョ
 三度目にからしし 竹に虎
 虎追うて走るは 和藤内
 和藤内お方に 智慧かして
 智慧の中山 せいがん寺
 せいがん寺のおっさん ぼんさんで
 ぼんさん頭に きんかくのせて
 のるかのらぬか のせてみしょ

雷魚タイフーン
「京の大盡ゆずつやさんに
 一人娘の名はおくまとて
 伊勢へ信心 心をかけて
 親の金をば 千両ぬすみ
 ぬすみかくして 旅しょうぞくを
 紺の股引 びろうどの脚絆
 お手にかけたは りんずの手覆い
 帯とたすきは いまおり錦
 笠のしめ緒も 真紅のしめ緒
 杖についたは しちくの小竹
 もはや嬉しや こしらえ出来た
 そこでぼつぼつ 出かけたとこで
 ここは何処じゃと 馬子衆に問うたら
 ここは篠田の 大森小森
 もちと先行きや 土山のまち
 くだの辻から 二軒目の茶屋で
 縁に腰かけ お煙草あがれ
 お茶もたばこも 望みでないが
 亭主うちにと 物問いたが
 何でござると 亭主が出たら
 今宵一夜の 宿かしなされ
 一人旅なら 寝かしゃせねど
 見れば若輩 女の身なら
 宿も貸しましょ おとまりなされ
 早く急いで お風呂をたけよ
 お風呂上りに 二の膳すえて
 奥の一間に 床とりまして
 昼のお疲れ お休みなされ
 そこでおくまが 休んでおると
 夜の八ッの 八ッ半の頃に
 「おくまおくま」と 二声三声
 何でござるかと おくまは起きて
 金がほしくば 明日までまちゃれ
 明日は京都へ 飛脚を出して
 馬に十駄の 金でも進んじょ
 それもまたずに あの亭主めが
 赤い鉢巻 きりりと巻いて
 二尺六寸 するりと抜いて
 おくま胴体 三つにきりて
 縁の下をば 三間ほりて
 そこにおくまを 埋めておけば
 犬がほり出す 狐がくわえ
 亭主ひけひけ 竹のこぎりで
 それでおくまは
  のうかもうとののう一くだり」

雷魚ハルマゲドン
「ほら! 歌にご注意、恋にご注意、
 油断大敵、うしろに回って
 オジサンがつかまえた!
 そらっ、泣くも笑うも、
 この時ぞ、この時ぞ」

若鮎ハナコ、ヨーコ
「きゃあああ、やめて、やめて、
 許して、お願い!」

雷魚タイフーン、ハルマゲドン
「千載一遇、ここで会ったが百年目。
 ここは地獄の一丁目。ここで逃してなるものか。
 処女アユめ、オジサン二人で貪り喰っちまうぜ。
 おお、ウメエ、ウメエ、
 処女アユときたら、なんてウメエんだあ!」

                                つづく

  この国の未来は暗いね若者の多くが自民を支持しているらし 蝶人

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする