ヘレンカーチス第2液
これでも詩かよ 第341回
修飾転向してとりあえず入った会社の寮は、京王線の千歳烏山にあった。
千歳烏山にはすぐ近所に、先輩のタダさんチがあったので、毎晩のように徹マンをしに行く。
タダさんとタダさんの気違い兄さんと俺は、常連の3莫迦面子だが、残る一人は風来坊の誰かさん。この家は昔の言葉でいう梁山泊なので、極左から極右、乞食、頭のおかしい連中が連日連夜たむろしていた。
それを鴎外、鉄幹、晶子などが創刊した「スバル」の発行編集人をしているお袋さんが、いつもニコニコ黙って眺めていて、ときおりおいしい炒飯などを作ってくれた。
タダさんは蝶とシュイクスピアをこよなく愛するスピード狂だが、そのお兄さんのどこが気違いかというと、マージャンでは常に役満を目指していて、あと1ぱいのリーチを掛けたところで、弟のタダさんがパタッと牌を倒しながら「はいピンフみの、1000点」というたりすると、直ちに怒り狂って、ちゃぶ台をひっくり返すからなのだ。
その日はいつものように夜遅くまでタダさんチでマージャンをしていたので、俺が目覚めた頃には日が高く昇って、寮には誰も居なかった。
それで元セヴィリアの理髪師の管理人のおじさんに「口髭がはえてきたところなので、これに合わせてパーマをかけてくれないか」と頼むと、2つ返事で引き受けてくれた。
おじさんは、おれの体全体にふんわり白布を掛けながら、♪ふぃがろお、フィガロオ、ふぃがろお、と歌いはじめた。
俺の伸び放題の髪の毛に、まずはぬるいお湯を掛けて柔らかくしてから、ヘレンカーチス第1液を掛けながらチョキチョキ鋏で毛を切って、要所要所にヘレンカーチス第2液を掛けてクリップしていく。鏡に映った俺は、まるでサザエさんみたいだ。
パーマが仕上がるまでにはしばらく時間が掛かるので、サザエさんの俺はセヴィリアの理髪師と一緒に寮の集会所にいって、テレビをつけるとケン・ラッセル監督の初期の代表作「夏の歌」をやっていた。
「夏の歌」(原題は「ソング・オブ・サマー」)は、英国の独創的な作曲家フレデリック・ディーリアスの代表曲で、映画は頑なな生き方を貫く頑固爺さんのディーリアスと、その唯一無二の弟子エリク・フェンビーの無私の忠誠を描くドキュメンタリー風の音楽人世ドラマだ。
「夏の歌」の最後は、そのフェンビーが、ディーリアスの妻イェルカを訪ねるシーンであるが、ちょうどその時、BBC放送がオンエアされており、アナウンサーが「それでは亡くなった作曲家を悼んで、彼の「夏の歌」を聴きましょう」といい、その懐かしい序奏がはじまると同時にイェルカがヨヨと泣き崩れる姿をみて、サザエさんも、セヴィリアの理髪師も、思い切りもらい泣きをしたことだった。
大統領は内乱罪か冬の月 蝶人