夢は第2の人世である 第145回
西暦2024年神無月蝶人酔生夢死夢百夜
「この勝負ドレスはなかなかいいね」「勝負ドレスじゃなくて決戦必勝ドレスと呼んでるんですけど」「ドレスで戦争に勝つんですか?」「勝てるかも」10/1
どんな微細な物音でも爆発する、最新型地雷が至る所に埋められている国境地帯を、俺たちは、恐る恐る匍匐前進していた。10/2
2アウト2、3塁でシングルヒットを打てば、2点取れるか取れないか、それが問題だと、おらっちは一晩中考えていたずら。10/3
そのスーパーのレジには、係員の両側に清算ラインが流れているので、客はどこが空いているのかを見定めながら、並んでいるのだった。10/4
公園の入り口の傍にある洒落た古本屋で、横文字ばかりの洋書を眺めていると、おらっちは、自分が、永井荷風の後継者になったような気が、ちょっとだけ、してくるのだった。10/5
知らない間に、鉄線で足や指がちょん切られるのを恐れるあまり、本日の「五山送り火」には出かけなかった。10/6
昨日頂戴した饅頭は、毒を恐れて捨ててしまったのですが、本日は思い切って無毒を信じて食べてみることにしました。10/7
特攻隊員の遺書の中身は、「天皇陛下万歳」とか「父上、母上、本日まで有難う御座いました」というようなものが多いのだが、たった一人だけ「君の瞳は100万ボルト」と殴り書きしたものがあった。これぞ夜明け前の戦後詩である。10/8
長兄と次兄が不和なので、3男のおらっちは、彼らの仲を取り持とうと、亡父の故里の古城で一大融和パーティを開催したのだが、2人共来てはくれなかった。10/9
長い撮影が終わって、スタジオから出てきた彼女に、「お疲れさん、送っていこうか」と何気なく声を掛けたら、驚いたことに、彼女が軽く頷いたので、また驚いたのよ。10/10
荷風散人のわたくしは、真夜中に偏奇館に忍び込んだ美貌の女を、わが両膝に乗せ、袷の下を這わせた指先で、その乳首を優しく撫ぜると、宵闇の書斎に、押し殺したような呻き声が響き渡るのだった。10/11
ようやく衣服なども、人間の本性に適合したアイテムが求められるようになったので、丹波の山奥から、山猿さながらに都に上ったおらっちは、法然上人を尋ねて、その極意を学んだのよ。10/12
超高層ビルのエレベーターが突然落下し始めたので、慌てて夜警に電話したが、なかなか出ない。きっとビルの夜回りに出ているのだろうが、その間にもエレベーターは激しく落下していくので、おらっちは困り果てた。10/13
駅前広場で、三婆が呆然と口をあけているので、何事かと視線の先を辿ると、なんちゃら大臣のズボンの下の真っ赤なパンツが、透けて見えているのだった。10/14
東海道新幹線の東京駅のさきっちょに、国会議事堂駅という秘密の駅があって、超エリート議員だけがそいつを利用している。10/15
こんなに芸術的な!と形容すべき美しさに輝く樹木を伐採するのか、と、おらっちは激しい憤りに駆られたのよ。10/16
おらっちは、学芸員たちがどのようにゴヤの銅版画を配置しているのかが心配で、夜も寝られんかった。10/17
下関映画祭に呼ばれていたことを、すっかり忘れて四谷三丁目で踊り食いしてたら、オヤジさんに呼び出されて、首になっちまったよ。10/18
夜、駅の高架下を歩いていたら、カモちゃんとハンカワちゃんが酔っぱらっているところに出くわしたので、とても驚いた。10/19
帰宅すると、昔の恋人かもしれない女性からの手紙の束が、壁にピンで刺されていたので、言いようもない突然の不安に駆られる。10/20
小6の西村先生の国語の授業でオガワトモコが「着の身着のまま」を「着の身着のまま」と発音したので、ボクとヨシオカ君が「え!?」と疑問符を発すると、オガワトモコは「何よ、文句でもあるの?」という顔で僕らを睨んだが、西村先生は「その発音でいいんだよ」と意に介しなかった。10/21
アホバカ犬を飼っている男が、「貴殿はなにを飼っておられるかな?」としつこく聞くので、「わいらあ猫又を飼うとりまっせ」と答えたら、その猫又が分からないようだったので、「お暇なら徒然草を読んでね」というてやった。10/22
「背中越しの風景」という展覧会に行ったが、それはちょっと懐かしい思いがする風景画ばかりが並べられていた。10/23
カンヌ、ヴァネチア、ベルリンで最高賞を獲得した超有名な大監督ではあったが、その助監督のおらっちに下らない掣肘を加えるので、わいらあ社長に直訴して、配転してもらってやっと一息ついたのよ。10/24
明治9年の「宮中某重大事件」とは、天皇に食われると知った3匹の子ブタが、ある夜こっそり逃げ出した挿話の謂いである。10/25
衣食住のトータルファッヨンフェアが開催され、余はそのプロデュサーに任命されたのだが、担当の腕利きデザイナーたちが、さる大手建設メーカーの私邸の仕事に駆り出されたので、頭にきて辞任したのよ。10/26
現場の雰囲気がみるみる荒々しくなって、その中からただならぬナイフのように尖った悲鳴が当たりに響き渡り、それをきっかけに、もはや誰にも収拾できない大混乱が始まった。10/27
2階に来客があると受付から電話があったので、5階からエレベーターで降りようとするとエレベーターが故障していたので、階段で降りようとしたら、途中で工事しているのでどうにも辿り着けないのだ。10/28
おらっちは当代一の人気スタアなので、次々に当代一の美人女優と共演するのだが、そのたびに情交シーンがあるので、お互いに身定めしながら最適の伴侶探しをしているといえばいえるのよ。10/29
急に昔ながらの駅弁と急須のついたお茶が欲しくなって、駅前のなんとか軒に走ったのだが、売っていなかったし、そもそも建物自体が変わっていた。10/30
「神々の深き欲望」の撮影現場にいるんだが、今村監督と三国連太郎は代わる代わる肉感的な沖山嬢とやりまくっているし、呆れ果てた大河内伝次郎は東京に帰ろうとするので、プロデューサーのおらっちは必死で止めたのよ。10/31
恒例のかぼちゃ祭りを祝うために、我も我もと遠方からやって来た連中がドンちゃん騒ぎを繰り広げたので、町内会長や警察署長も懸命に宥めすかしたのだが、誰一人言うことを聞かないので、ついに自衛隊が出動して皆殺しにしはじめた。10/31
大本教のみろく殿にて父と
聞く小林秀雄の漫談楽し 蝶人