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好きな本とかについて、ちょこちょこっと書く場所です。蔵書整理の見通しないまま、特にきっかけもなく08年12月ブログ開始。

非ナルAの世界

2018-08-11 17:55:01 | 読んだ本
ヴァン・ヴォークト=中村保男訳 1966年 創元推理文庫版
これは、「スラン」の入った全集の一巻を買ったときに、何冊かいっしょに買った古本の文庫。
どうせ読むなら、いくつかまとめて読んでみようかと思ったもんで、まとめてっていっても、時期集中させるとはかぎらないが。
しっかし、これは、わからんなあ、時は2650年っていうんでSFなのはまちがいないが、物語はちっともわからん。
宇宙にはなにやら大統領のいる政府があるようだが、主人公は〈機械〉のゲームに参加しにきた男。
そのゲームに勝つと、栄誉のしるしである金星行きが与えられるらしいんだが、なんかフィリップ・K・ディックにそんなのなかったっけ。
タイトルにもある非(ナル)Aというのは、非アリストテレス主義ってことらしいんだが、これがまたなんのこったかよくわからない。
主人公は、ゲームに参加しようとしているうちに、なにやらトラブルに巻き込まれて、権力に追われるというか戦うというかヤバい立場になる。
自分のアイデンティティが自分の思ってるのとちがってて、どうも偽の記憶を植えつけられてるような状態、やっぱディックっぽい。
そのうち、いちどやられて死んだはずなのに、なんかまたちがう身体で生き返ってるようなことになる、
私はだれ、やつらは何者、的な冒険譚なんだろうが、ほんと私にはようわからん、最後までいっても雲もつかめないような状態で。
やれやれ、SFを読むイマジネーションが無くなっちゃったのかな、トシのせいで、とか落ち込みかけたんだが、例の世界SF全集の巻末の解説をあらためてみると、
>(略)人間相互のコミュニケーションの困難を説き、いかにすれば、言葉と事実の正しい解釈ができるかを説く哲学らしい。ヴァン・ヴォクトは憑かれたようにこの理論に取りくみ、翌四十五年、非アリストテレス的ロジックをテーマに、記憶を失ったスーパーマン、ギルバート・ゴッセンが、殺されてはまた不死鳥のように生まれ変わりながら、自分の正体を探索する冒険を描いた大作『非Aの世界』をアスタウンディング誌に発表した。
>反響はセンセーショナルだった。一方では、「十年に一度の傑作」というキャンベルの賛辞や、人気投票で彼としては二度目の完全得票を受けたが、その片方では、「さっぱりわからない」という投書が編集部に殺到し、(略)
とあった。さすがに投書はしないけど、さっぱりわからないと言っていいんだと、すこし安心した。
どうでもいいけど、SFって、いっしょけんめい未来のテクノロジーを想像して書くんだろうけど、意外と電話とかラジオとか当時の現実のままで、飛び抜けて進化したイメージは考えられないみたいね。
コメント
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