Jun日記(さと さとみの世界)

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ダリアの花、167

2017-05-08 15:30:02 | 日記

 「お前親なのに、どうしてそれだけ自分の子供の事が分からないんだい。」

この子の声も聞こえないなんて呆れるね。そう祖父は父を詰ると、内心の怒りを抑えるようにきつい顔をして黙りこむのでした。

「兎に角間に合ってよかった、早速家に電話して来るよ。祖母さん達が心配しているだろう。」

そう言うと、祖父は孫の顔を覗き込み、ややほほえみを浮かべ、満足気に足取り軽く診察室から出て行きました。

 残った父は、目の前の寝台で横たわる娘を見やりながら、診療室の椅子に座ってカルテに何やら書き込んでいる、

この医院のお医者様に向かって話しかけました。

「如何なんでしょうか?後遺症でも残りそうですか。」

先程のタクシーの中での、どっしりとして確りした口調は何処へいったのでしょう。彼は蚊の鳴くようなか細い震え声でお医者様に尋ねるのでした。

 「多分大丈夫でしょう。酸欠状態は確かにあったようですが、その前に気絶されていたようです。」

それが功を奏したというか、気絶していたおかげで、そう酸素が無くても助かったようです。脳の損傷もまず無いと思います。

そうお医者様は笑顔で言うと、

「でも、念の為、大きな病院で見てもらった方がよいでしょう。紹介状を書いておきますから。休み明けに行ってください。」

と、また机に向かい、書類に書き込みを始めるのでした。

 「運が良いですよ、処置するのも早かったですから、酸素吸入器があるのはこの辺りではここぐらいでしたしね、

タクシーの運転手さんや、お祖父様の判断にも感謝されるとよいですよ。」

そうお医者様がちらりと父の顔を見て言うと、流石に父もバツが悪くなったのでしょう。

「いや、皆いつも私の事を悪く言うんです。」

「私はまだ新米パパなんですよ、その点を考慮してもらわなくては。」

そう父は言って、反発するようにムッとした表情を浮かべるのでした。そんな父の言葉や態度に、

お医者様は何も返事を返してこないのでした。すると彼は張りつめていた気持ちが緩み、返って気落ちしたのでしょう、

「やはり私は駄目な父親なんですね。」

そう言ってしょんぼりして肩を落とすのでした。目には涙が溜まっています。

 お医者様は顔を上げて彼を見詰め、少し微笑むと、椅子をくるりと回して立ち上がり、彼の傍らにやって来てそのしょ気た肩をポンと叩きました。

「まあ、何でも経験ですよ、今すぐは無理でも、段々とよい父親になればいいじゃないですか。」

習うより慣れろですよ、と、まだ年浅い父親を慰め励ますのでした。

 


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