私は案外早くに彼と顔を合わせた。外から帰って手を洗おうと台所へ向かった私は、廊下の入り口で反対側から来た父と鉢合わせしたのだ。
ああ、父だ!と思い、私は悪びれる事なくいいやと思うと、お体裁の笑顔を作る事をしなかった。現在心の内にある彼への感情、思った儘のうんざりした顔付きで、彼の顔をふん、と見た。
『本当に変な人、この人にはうんざりだな。』
私は内心思っていた。
すると父は、そんな私の表情から彼への蔑みの感情を読み取った。実際、私は自分の心情を隠す等敢えてしなかった。私は内面の感情を露わに面に出して父を見下げたのだ。
父とすれ違って、そのまま台所に向かおうとした私は、一寸待てと彼から呼び止められた。
「お前、」
父は言い淀んだが、「父の事をどう思っているのだ。」と聞いて来た。
「今のお前の顔は何だ。」
彼は言った。
「まるで今のお前の顔は、この私を馬鹿にした様な顔だったじゃないか。」
「私はお前の父だぞ。」
と彼は続けた。
それは確かだ、私は内心思った。自分の子の事さえきちんと正しくみる事が出来ない親だ、大馬鹿者の父親じゃないか。もう私にはよくそれが分かっているのだ。私は内心呟いた。
私が何時嘘を吐いたというのだ。物心ついてからこの方、私には自身が嘘をついたという記憶がまるで無かった。一体何時嘘を吐いたと彼は言うのだろうか。常々、私には父の、この私を嘘吐きだと評価する根拠が、一体何処から来ているのかまるで見当も付かず、何故彼がそんな事ばかりしつこく私に言うのかと訝かられた。私は何時しか彼のその私への評価の大本の根源を知りたいと感じはじめていた。この問題で、丁度両者の感情が噴出し、父の方から呼び止められたこの機会に、私は機を逃さず聞いてみようと閃いた。
『丁度良い機会じゃないか!。』
私は好機を感じて目を輝かせた。『父の方から言って来たのだから。』と。