東十条探偵団2

明日は何を撮りに行こうかな?

「ぬばたま」と「さねかずら」

2016-10-26 | 季節の花
  秋の日に光るいろいろな実、きれいに耀いています、
  その中に「ぬばたま」や「さねかずら」の姿も。
  いずれも万葉集に詠われている歌の枕詞として有名、
  万葉の時代からの美しさを見てみましょう。


  

     「ぬばたま」、ヒオウギ(檜扇)の実です、
     真っ黒なことから、万葉集の中では
     「黒」「夜」「夕」「 宵」「髪」などにかかる言葉として使われています。




  

     「ぬばたまの 黒髪とはいえぬ我が頭 苦労なくとも白くなりぬる」
     拙の戯れ歌ですが、、、。^^;

     万葉集ではぬばたまを詠んだ歌はたくさんあるけど二首を。

     居明かして 君をば待たむぬばたまの 我が黒髪に霜は降るとも  磐姫皇后(いわのひめのおおきさき)

     ぬばたまの黒髪変り白けても痛き恋には逢ふ時ありけり   沙弥満誓(さみのまんせい)




  

     サネカズラ(実葛)

     きれいな実ですね、これも万葉集に詠われていますが
     前座としてまた拙の詠んだ歌など。

     さねかずら 柔らかき秋の陽に輝いて 万葉びとに想い馳せつつ




  

     拙の歌とは較べないでね、万葉集から三首。
     万葉集なので愛の歌、恋の歌が多いですね。


     核葛(さねかずら) のちも逢ふやと夢のみに
           祈誓(うけひ)わたりて年は経(へ)につつ」 
                             柿本人麻呂(かきのもとひとまろ)


     さねかずらを詠った歌で、男女の贈答歌

     玉櫛筍を 覆ふを安み明けて去なば 君が名はあれど我が名惜しも   鏡王女
        (この歌は鎌足が鏡王女を夜這し時に鏡王女が贈った歌とある)

     この歌の返歌として鎌足が鏡王女に贈った歌

     玉櫛筍みもろの山のさねかずら さ寝ずはつひにありかつましじ   藤原鎌足

     ちなみに鏡王女は天智天皇の寵愛をうけた人で額田王の姉に当たる。


     ま、当時は男性が女性の家に行く「通い婚」が習い、
     夜這いも堂々と行われていた。
     光源氏がそうであったようにね。
                                                                   10月19日 向島百花園
              

 
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

桐一葉 落ちて天下の秋を知る

2016-10-25 | 風景
  今日の東京は最高気温が17℃、しっかりと秋の気配に。
  秋と聞くとなんとなくロマンチックになったりする、
  ”友がみなわれよりえらく見ゆる日よ、われ泣きぬれて蟹とたはむる”?
  どこがロマンチックじゃい !!。


  

     大きな葉っぱですねぇ。

     今日のタイトル、「桐一葉 落ちて天下の秋を知る」 は、
     豊臣政権の五奉行の一人、 片桐勝元が淀君に疎まれて解任されたときに、
     自らの運命を自嘲して、また、豊臣政権の行く末を案じての句といわれています。

     大きな桐が落ちた、これから豊臣の世も秋に向かうのか。




  

     昔、まだ世の中が静かだったころ
     庭の桐の葉が落ちるとドサっと大きな音がして飛び上がったと
     どなたかが述べておられたけど、さもありなんですわ。




  

     手前の大きいのは実だけど後ろの小さいのは?
     調べてみたら春に向けた花のツボミのようです。
     実が出来ると同時に翌年の準備をしてる、用意周到ですね。
     すべからくこうありたいものです。
                                                             10月23日 都市農業公園
         


     今日は冷え込んで気温は今季最低を記録した、
     今朝も4時過ぎからテレビを見ていたがリアルタイムで10,0℃。

     これはヤバいわ、急いで冬物など取りだす、
     もう秋物では間に合わない、ちょっとしか着なかったなあ。

     でも明日は夏日のところもあるかも、、、と、
     何を着ればいいんだべか?。

  

     昨日の百花園、一日中真っ青な秋の空だった。
     こんな空を自分で操縦して飛んだら気持ちいいだろうなぁ。♪

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

お日さまをお出迎え

2016-10-24 | 風景
  天気予報は「朝から晴れるよ~♪」、
  お日さまの予定を見てみたら5時55分お出ましらしい。
  ギリギリの時間だ、これ以上遅くなると仕事に支障をきたす、
  そんな朝のひと時、久しぶりにお日さまのお出迎えをしてくた。


  

     久しぶりだね、こんなに晴れたのは、
     やっぱり秋が来たということかなぁ。
     こんな時間に先客がいた、何が釣れるのだろう。




  

     日の出の時間は5時55分だけど実際に見えるのは5,6分後、
     ちょっとだけ早起きしたけど、しただけのことはある。
     ほどよく寒くて気持ちいい、なんとなく厳かな気分。




  

     毎日お世話になっているからたまにはお出迎えしなくちゃ、
     毎シーズン一回くらいは撮りたいけど時間の制約もあるしなぁ。

     今朝は幸いと言っていいのか西の方には雲がどっかり、
     富士山は見えなかった。
     見えたとしても雪の無い富士山ではね、
     あれ、まだ冠雪してないよね?。

     これで富士山が白くなったらまた忙しくなるなぁ。
                                                                    10月24日 荒川河川敷
              


         島根県鳥取市ってアリか !?

       
     
         先日の鳥取地震、テレビのフリップでこんな画像が。

         ”犯人”はミヤネ屋らしいけど宮根サンは島根県の高校を卒業している、
         こんなフリップを出して気がつかなかったのかね、反射的に分かるだろうに。
         そして、この局には”校閲ガール”はいなかったのか。

         島根、鳥取はこのほど左様に認知度が低い、影が薄い
         島根が郷里の者としては実に嘆かわしのだ。


         鳥取県 「こ、これってもしかして...」

         島根県 「俺たちはTVの中で...」

         鳥取&島根 「入れ替わってる~ !?」

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

秋の風物詩、日本橋べったら市

2016-10-23 | 散歩
  去年もそうだったけど、今年もべったら市の日に会社の召集が、
  会社丸抱えでべったら市を見に行ける。
  江戸通りから一本日本橋よりの小さな通り、
  あたり一面甘いべったら漬けの香りが漂っていた。


  

     “べったら漬け”は、麹と砂糖、アメなどの甘味料で大根を漬け込んだもの、
     衣服にべったりとついてしまうことから名づけたとされる。
     私は大好き、これからの季節はこれに限る。




  

     江戸幕府十五代将軍徳川慶喜公もべったら漬けを好んで食べたと言われていることから、
     江戸時代から続く伝統ある漬物であることがわかる。




  

     「べったら市」の起源は、江戸中期の中ごろまで遡る。
     宝田恵比寿神社の門前で10月20日のえびす講にお供えするため、
     前日の19日に市が立ったことが始まりと伝わっている。




  

     約500軒もの 露店が軒を連ね19日にはお神輿も登場、
     日本橋が誇る多くの人でにぎわう伝統あるお祭りとなっている。




  

     元々は神像や打出の小槌、懸鯛、切山椒などを 売るための市だったが、
     いつの頃からかここで売られるべったら漬が評判になり、「べっ たら市」という名が定着したようだ。




  

     昭和通りと江戸通りが交差する一角はべったら漬けで埋まっているが、、、。




  

     一歩横道に入るといろいろなお店も。




  

     1653年創業、「小津和紙」。紙の老舗の横には
     ティッシュ、トイレットペーパーなど紙が山積み。




  

     もはや何でもあり、この際押しかけちゃお。




  

     この日は気温が28℃にもなった暑い一日、生ビールはイイネ。

     メイン会場となる通りは大伝馬町通り、日本橋から日光街道が始まる通り。
     そして江戸時代は商業の中心地に近く、
     今ではビルが密集してるけどその谷間にはいろいろな神社もたくさん残っている。

     そしていろいろな行事やお祭りもたくさん残っており、
     江戸時代の商人の心意気が今に引き継がれている。


     3日間、たくさんの写真を見ていただきましてありがとうございました。
     自分でも多いなとは思うけどいずれも捨てがたく、
     毎回のことながらついたくさん載せてしまいます、ご容赦ください。m(_ _)m
                                                                10月20日 日本橋べったら市
              


     今日は「霜降」、露が冷気によって霜となって降り始めるころとされます。
     そうこうするうちに霜は雪となって冬がやって来るんですね。

     清水寺で発表する「今年の漢字」、11月1日から募集が始まります、
     センセイが走る季節が一歩づつ近づいているような、、、。

     東京は20℃を超え風もなく静かな小春日和でした、
     一年で一番いい季節かも、こんな日が続けばいいね。


  
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

50年前にタイムワープ

2016-10-22 | 散歩
  日本橋散歩、今日は懐かしの秋葉原電気街、
  その昔、ここは自分ちの庭みたいなものだった。
  雑誌を片手に部品を買いに行く、ジャンク品なんかもよく買ってきた。
  半世紀の時間は止まっていたかのように私を迎えてくれた。


  

     通りに面したお店は一応店らしい店だけど
     この裏側に秋葉原らしいお店がひしめいている。
     扱っている商品は今風になっていたけど
     店自体は半世紀前と変わってはいなかった。




  

     この建物を称して「ラジオ会館」と言っていたけど今もかな?、
     その建物の中のメインストリートみたいな通路。
     この通路からさらに左右にに通路が網の目のように伸びている。




  

     その狭い通路に入るとそこは昔のまま極小の店が並ぶ、
     この大きさが一般的な店の大きさで
     売ってるのがこんな部品だからこれで間に合うのだろうね。




  

     店は細かく専門化されている、ここは「変成器」専門。
     電源トランスとかインピーダンスマッチングトランスとか
     およそトランスと名がつけばたいていの物はある。




  

     回路図を片手にこんな店から部品を一個づつ買い集める、
     至福のひとときだったなぁ・・・。




 

     店と店の間にある階段を上って上の階へ、3階まであるのかな。
     人ひとりがやっとの階段、こんな階段がいっぱいある。




  

     かつては垂涎の的だったスピーカーが置かれていた、
     青いお尻のスピーカー、欲しかったけど高くて手が出なかった。




  

     懐かしの真空管アンプ、
     何か月分かの小遣いをつぎ込んだのを思い出す。
     一度足を突っ込むともう抜け出せなくなる怖い魔物だ。




  

     こんなものもあった、他に腕時計なども。

     ここはこのボックスを借りて個人が出品しているレンタルボックス、
     売れたら店に手数料を払い、また品物は入れ替えもできる。




  

     長い時間いるとまた魔物に魅せられそう、後ろ髪を引かれながら外に出る。
     万世橋の赤レンガの遺構、陰になっていたけど日が当たったらきれいだろうね。

     さて会社へ向かおうかな、
     右が上野、左の日本橋を目指してテクテク。

     その後は「べったら市」が開かれているので覗いてみよう、
     帰り道なので素通りするわけにはいかない。
     去年は早すぎてお客さんの姿が少なかったけど
     今日はお昼を過ぎているのでそろそろ混むころだろうなぁ。
                                                         10月20日 懐かしのラジオ会館
         

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする