東十条探偵団2

明日は何を撮りに行こうかな?

優雅・マキエハギ

2015-09-30 | 季節の花
  連休に走り回ったおかげでUPの予定が大幅に狂ってしまった、
  大急ぎで追いかけたいけどそう云う訳にもいかず
  ボチボチと追いかけたいと思います。
  萩の花などとりあえず3,4回を予定していますが、、、。


  

     マキエハギ(蒔絵萩)。
     小さい、小さい、花は5ミリから1センチくらい。
     草丈も30センチくらい、知らないと雑草?で通り過ぎちゃう。



  

     小さいけどしっかり萩の花です、
     色は純白、花弁には赤紫の絞りがきれいです。



  

     茎は細くて硬く、小さい枝がいっぱい分かれる。
     この細長い花柄が “蒔絵”を思わせるので 『蒔絵萩』と。

     マメ科ハギ属の落葉小低木、本州から沖縄にかけて分布しています。
                                         9月12日 向島百花園
      


  

     気圧配置が冬型になりました、こんな日は富士山がきれいに見えます。
     夕べは北風が一晩中窓を鳴らし目を覚ますこともしばしば、
     もうこんな季節になったのかと想いながらまどろんでいました。

     朝はちょっと寒かったけど日中は暖かくなって冷たい北風が
     頬に心地よく平日とて走る人も少ない河川敷を吹き抜けていきました。
     明日から10月ですね、最高の季節を楽しんで過ごしましょう。

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スーパームーン

2015-09-29 | 天体
  日曜日夕方テレビを見ていたら十五夜の月が、
  えっ、今夜だったの、明日じゃなかったの?。
  よく考えたら日曜日は十五夜、中秋の名月
  月曜日は満月&スーパームーンでした。
  あなたは十五夜派?、それとも満月が好き?。


  

     真っ赤な月が昇ってきました、それにしても赤いね、
     地表のモヤのせいです。
     地球の裏側では日本時間の昼間に皆既月食だったそうで
     これもかなり赤い月が見られたそうです。



          

          地表のモヤを抜けたと思ったら今度は薄い雲、
          ま、何もないところに月がポツンと、、、よりいいかも。



          

          かなり高くなりました。
          外はちょっとムシムシしています、東京の最高気温は28℃近く
          半袖でちょうどいいくらい。
          もうちょっと寒くなると星空がきれいになるんだけどね。



  

     スーパームーンと言われてもね、
     テレビとかでは”小さい満月”と較べて見せていてくれるけどヘェ~で終わり、
     二つ並んで昇ってくれると大きさが分かるんだけど・・・。♪
                                          9月28日 荒川河川敷
       


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江戸深川資料館

2015-09-28 | 風景
  日本橋が商人の町なら深川は職人の町、
  日本橋ほどお金持ちはいないけど人情でカバー。
  「二本差しが怖くて、田楽が食えるか!」などと武士を問題ともせず
  物づくりの職人の世へ道を拓きました。
  今のニッポンの基礎を作り出した職人の生活の場を見てきました。


  

     深川にある江戸深川資料館へ行ってみました、
     いろいろな展示物を飛ばして地下のジオラマに直行。
     江戸の下町を再現したここは写真OK、触ってOK、なんでもOKの
     魅力ある資料館です。



  

     ここはもう完全に江戸の下町、
     家並みから看板まで完璧に再現されています。



          

          長屋の家並み、中央に下水の溝が走っている
          貧乏長屋では傷んでいるから下手に踏むと踏み抜いてしまうので注意すること。



          

          映画やテレビでお馴染みの天水桶だけど本来は
          表通りの商家などに置いてあり路地ではあまり見かけないハズ。



  

     長屋の奥には、左手前ゴミ箱、左奥の雪隠は半身が隠れるだけの扉、
     右に井戸があるけど雪隠との距離がねえ、、、。(笑)



  

     町々には木戸があり不審者の侵入に備えていました、朝6時から夜10時まで開いています。
     夜中の緊急時などは木戸番に頼んで開けてもらっていたとか。



  

     八百屋の店先、訪れた町人(見物客)は商品を手に取って見られるし
     座敷にも上がり込める。



  

     稲荷ずしの屋台、
     当時の江戸では代表的なファストフードだった。



  

     本所・深川は網の目のように水路が張り巡らされています、
     移動には船が最適で猪牙船(ちょきぶね)は水上タクシーでした。



  

     川端には舟宿があり舟と船頭を準備していました、
     駕籠には”流し”があったみたいだけどさすがに舟には”流し”はなかったようです。



  

     街角の自身番の隣には火の見やぐらが、
     江戸の町は自治が進んでいました大抵のことは町内でやります
     防火・消火も大切な仕事でした。

     一番上に半鐘が見えますが、火事のときには木製のトンカチみたいなので
     遠くの場合はジャーンジャーンジャーン、近くなってくるとジャンジャンジャン
     すぐそこのときはトンカチを半鐘の中でかき回すジャジャジャジャジャーン!
     「擦り半」というヤツ。

          美空ひばりの「お祭りマンボ」
        
       ♪おじさんおじさん 大変だ
        どこかで半鐘が なっている
        火事は近いよ すりばんだ
        何をいっても ワッショイワッショイ
        何をきいても ワッショイワッショイ
        ワッショイワッショイ ワッショイワッショイ
        ソーレ ソレソレ お祭りだ

     それでは火の用心をして、お休みなさ~い。zzz
                                               9月22日
      

 
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男性美・永代橋

2015-09-27 | 風景
  巷間言われることは「男性美の永代橋、女性美の清洲橋」、
  河口に近い方が永代橋、すぐ上流に清洲橋が並んでいます。
  ウォーターフロントにどっしりと腰を据える永代橋、
  重厚長大、質実剛健、そんな言葉がぴったりの橋です。


  

     「帝都東京の門」と言われたこの橋は、ドイツ ライン川に架かっていたルーデンドルフ鉄道橋をモデルにし、
     現存最古のタイドアーチ橋かつ日本で最初に径間長100mを超えた橋です。



  

     永代橋は、その筋骨隆々とした「男性美」を思わせる鋼橋 として親しまれています。



  

     隅田川はどこを見てもいいけど私はここが好き、
     見えるものが全部デカイ!、細かいことがみんなどこかへ飛んで行く。



  

     中央大橋から隅田川上流を見る。
     承和2年(835)の太政官符には武蔵国と下総国の境界として「住田河」の名があるそうですが
     そうしてみると1000年以上も脈々と流れ続けていたんですね。



  

     下の船はこれから日本橋川へ入ります、
     上の舟はこれから河口東京湾に向かうようですね。



  

     今年のように休日が並ぶシルバーウィーク次回は11年後とか、
     頑張って生きていましょうね。(笑)



  

     さて、長々と私のシルバーウィークにお付き合いいただきましてありがとうございました、
     久しぶりに充実した休日を過ごしたような感があります。
     あ、お天道さまもありがとうございました。 (^_^)/~
                                               9月23日
      

                締めくくりに走り回った場所の地図など載せてみました。

  

     オレンジの▽が私の棲家、☆は職場になります。
     東京の東半分を走ったわけで自分ながらようやる!。
     みなさまの応援、もしくは呆れ顔が原動力です、
     これからもよろしくということで・・・。 (*^_^*)

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ウォーターフロント

2015-09-26 | 風景
  近年隅田川最下流は様相を一変させました、
  もはやかつての隅田川の印象はありません。
  日本のこれからを象徴する街が作られつつあります、
  そんな街の「これまで」から「これから」への1ページ。


  

     かつて江戸の頃はこの辺りが隅田川の河口でした、
     いまこの景色を見るととても信じられませんね。



  

     右がかつて「霊岸島(霊厳島)」と言われた当時の江戸の突端
     左は「佃島」、繋ぐのは「中央大橋」。
     各地”島”とついているけど現在は全て地続きです。



         

         隅田川が海にそそぐ辺り霊厳島の先に東京湾験潮所があり、
         日本の水準点、海抜〇〇メートルを決める基準の観測をしていました。
         ここで測った基準をAPといいます、A.P.はArakawa Peilの略、荒川基準水面ですね、
         APは治水など荒川水系全般で使われ川岸のいたるところで見られます。



         

         今はもう周りがこんな状態で観測できないので三浦半島で潮位の観測をやっています。
         面白い形なんだけど見る方向でいろいろな形に見えるらしい。



         

         松本 零士デザイン”ヒミコ”と同型船”ホタルナ”。
         連休の真っ最中遊覧船はみんな超満員でした。



  

     隅田川はフランスのセーヌ川と1989年(平成元年)に友好河川を提携しました、
     で、中央大橋を架橋する際にフランスのデザイン会社に設計を依頼したそうです。

     主塔および欄干部分に日本の「兜」を意識した特徴的な意匠が施されています、
     「大魔神」!って感じだけど知ってる人いる?。(笑)



         

         中央大橋の上流部には当時のパリ市長であったジャック・シラクから東京都に友好の印として贈られた
         彫刻家オシップ・ザッキン作の「メッセンジャー」と名づけられた彫像が鎮座しているけど、、、
         残念ながら彫像は川側を向いており、橋をくぐる遊覧船・水上バスからしか見えない。

         背景のビルは佃島、佃島といえば江戸の頃は魚がたくさんいました。
         ”江戸前”というのはこの辺りで獲れた海産物ですね、今でも漁業やってる人もいます。
         家康は大阪から漁師を呼んでこの辺りでの漁業に力を入れました、
         シラウオは絶品で漁師たちは代々の将軍に献上したという話が残っています。

         そして小魚を甘辛く煮て保存食としたのが”佃煮”です。
         その漁師たちは大阪から住吉神社も持ってきた !?
         佃島には今も住吉神社の夏祭りが盛大に行われています。
                                                9月23日
       

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