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原発問題

原発事故によるさまざまな問題、ニュース

『除染が続く福島での悲劇』<リンゴが腐るまで> ※55回目の紹介

2016-09-22 22:15:27 | 【除染が続く福島での悲劇】

*『リンゴが腐るまで著者 笹子美奈子 を複数回に分け紹介します。55回目の紹介

『リンゴが腐るまで』原発30km圏からの報告-記者ノートから-

著者 笹子美奈子

----------------

**『リンゴが腐るまで』著書の紹介

 あとがき

(前回からの続き)

 どこまで本当に近いところまで話してくれたのだろうか。取材して、常にそう思いました。もちろん、通常の取材でもそれはあります。しかし、今回の取材は、通常の取材とは比較にならないぐらい、その問題が深かったです。だから、取材を終えた今なお、わからないことの方が多いです。

 ただ、自分なりに思うところもあります。

 本書では、賠償金にまつわる問題を取り上げました。それは、賠償金が被災者間の不公平を生み出し、地域の分断につながり、復興の大きな足かせになっているからですが、東京で暮らす人々の関心事でもあるように思われました。

 今回の原発事故では、とりわけお金の問題がよくクローズアップされました。東電の被災者への賠償金、中間貯蔵施設建設にあたっての交付金、環境大臣による金目発言など、お金に関する話題への世の関心は高かったように感じました。

「結局、お金の問題なんでしょ」。そう思っている人も多いでしょう。霞が関の官僚の中にも、そんな風に考えている人が多いように思いました。

でも、「お金であり、お金でない」。それが私の思うところです。

 お金が被災者の生活再建にとって最も重要な問題であることは本書で指摘しました。お金がなければ復興はできません。移住もできません。放射線リスクを減らすこともできません。お金の問題抜きに、この原発事故の被災地について語ることはできません。

 しかし、お金だけではない側面もあります。

 南相馬市で営農再開の問題を取材した時のことです。

 ※「あとがき」は次回に続く

2016/9/26(月)22:00に投稿予定です。 

リンゴが腐るまで 原発30km圏からの報告‐記者ノートから‐ (角川新書)


【フクシマ見聞録】福島の汚染地図に男は愕然「もう終わりじゃん」「おれらッ」 ※4回目の紹介

2016-09-22 22:00:00 | 【フクシマ見聞録】

1876to1945さんのツイート(2013年10月01日~)を順に紹介します。4回目の紹介

【フクシマ見聞録】福島の汚染地図に男は愕然「もう終わりじゃん」「おれらッ」

Akira Tsuboi@1876to1945さん 2013年10月04日のツイートから

- 男性は続けて言った。

「-今、テレビでは
東京オリンピック招致やっていますね-。

ところが、この原発事故に関して、
国が500億円の予算を計上しました。

でも考えてみてください。

オリンピック招致で国は
いったいのぐらいの予算を
だしました?5000億円ですよ。」-

 

-「なんでオリンピックの招致に
5000億円出して、福島の災害対策に10分の1ですか、

いったい、なにが大事なんだということですか。

われわれは、”オリンピックを招致するよりも、
価値がない”んですか?

たんに我々は、放射能被害のための
実験台にされているということが、
まだ、わかりませんか-

 

-彼は肩からハンドマイクをかけ、
左手でマイクを口元に寄せている。

傘を左腕でかかえるようにしてさしている。

右手で『放射能はいらない こどもを守れ』
と書いてある(たしか)旗の端をつまんでいる。

20分をすぎて疲労した彼の手元から
旗がずり落ちそうになる。「もちましょう-」自分は

 

-言って、彼がその日もってきたという
地図の貼り付けられた棒を代わりに持った。

「ありがとうございます」そう言い、
彼は自分が掲げる地図を見上げながら続けた。

「ここに挙げた地図を見てください。

これは福島県が実際に計測した値です。

それをもとに起こされた地図なんです。-

 

-「これが、実際、公式に発表されています。
そして、いつも掲げている部分が-」

ここのところでひとりの若い男がやってきて、

「$$$$ッ」力の限りに罵声を浴びせた。

誇張したくない。

なにを言っているのかはわからなかった。
ただ、雨の中やってきて、
全霊で罵りのことばをあびせた。再度。-

 

-「$$$$ッ。」そして怒気をまといながら
背をむけて去っていった。

マイクをもつ彼は気にせずに話を進めた。

「これが、実際、公式に発表されています。

そして、いつも掲げている部分-」
今度はまた別にひとりの坊主頭の比較的若い
(20代の終わりくらいだった)男が来る。-

 

-自分が掲げている2012年6月福島県災害対策本部発表の
プルトニウム汚染地図、チェルノ’の汚染地図
(汚染程度に応じたソ連政府による移住措置も書いてあった)
に見入り始めた。

彼はその彼の存在は認めて、
「ちょっと、逆にまわしてもらっていいですか、この裏側。」
自分に言う。-

 

-寄ってきた男に見せようというのだった。
自分がくるりと福島の汚染地図のほうを向けると男は言った。

「うわあ、やっべえ。そうなの、、、。」

男は愕然として、からだをクの字に
曲げ半回転し背を向けた。

「そうなんです-」男性が言うと、むきなおり言った。

「もう終わりじゃん」

「おれらッ」-


 ※次回に続く

 2016/9/26(月)22:00に投稿予定です。 


9月21日(水)のつぶやき

2016-09-22 02:27:29 | つぶやき

『除染が続く福島での悲劇』<リンゴが腐るまで> ※54回目の紹介

2016-09-21 22:19:29 | 【除染が続く福島での悲劇】

*『リンゴが腐るまで著者 笹子美奈子 を複数回に分け紹介します。54回目の紹介

『リンゴが腐るまで』原発30km圏からの報告-記者ノートから-

著者 笹子美奈子

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**『リンゴが腐るまで』著書の紹介

 あとがき

(前回からの続き)

 もしあの時、自分が記事を書いていれば、今回の原発事故が防げたとは思っていません。しかし、各紙の報道が積み重なることによって、もっと多岐にわたる設備が拡充され、事故対応に当たった人々の被曝線量をほんのわずかでも下げることはできたかもしれません。あの時、記事を書かなかったことを後悔するとともに今回の原発事故で影響を受けた人達に対して申し訳なく思っています。

 偶然なのか、必然なのか、その福島県に赴任することになりました。福島第一原発の事故収束、汚染水問題、除染、中間貯蔵施設、避難指示の解除、復興公営住宅の建設、放射線の問題、甲状腺癌、営農再開、賠償金の問題と、様々なことと向き合いました。

 しかし、取材は想像以上に難しかったです。約2年間の福島県での取材を通じて、私自身、こうだと確信を持てる真実にたどり着くことはできませんでした。

 被災者はメルトダウンの事実を知らされず、放射線の中をさ迷いました。自分たちにとって、一番大事な情報が伝えられませんでした。原発事故後に出された情報も、訂正に次ぐ訂正で、正しい情報はいったい何なのか、知る術がありませんでした。

 情報は信じられない。『取材した人達の胸のうちに、それがあるように感じました。

「自分が何を言ったって、どうせウソ伝えるんでしょ」。そんな風に思われているように感じたこともありました。

 ※「あとがき」は次回に続く

2016/9/22(木)22:00に投稿予定です。 

リンゴが腐るまで 原発30km圏からの報告‐記者ノートから‐ (角川新書)


【フクシマ見聞録】あなたがた、『実験台』にされているんですよ ※3回目の紹介

2016-09-21 22:00:00 | 【フクシマ見聞録】

1876to1945さんのツイート(2013年10月01日~)を順に紹介します。3回目の紹介

【フクシマ見聞録】あなたがた、『実験台』にされているんですよ

Akira Tsuboi@1876to1945さん 2013年10月03日のツイートから

福島行-

痩せた関西弁の男性がひとしきり語り終えると、
肩からさげたハンドマイクを隣の男に渡す。

彼らはふたりで郡山駅前のこの行動で
いつも広げる旗を掲げている。

自分はその中間にいて、彼らの持参した
のぼり旗をもっていた。

みな、傘をさしている。-

 

-肩からハンドマイクを下げると、
「みなさん、おつかれさまです。

ええと、
毎週のようにこうやって
フリートーク集会ということで

ここに参加させてもらってます、

毎週のようにこれ、掲げてますが、
いい加減、みなさん見飽きたと思いますんで、
もう一枚もってきました。」

次の男性が話し始めた。-

 

-「(間。袋から濡れぬようにしてある地図をつけた棒をだす)

2012年6月、ですね、福島県災害対策本部が
発表したプルトニウム飛散の土壌データを、
地図に起こしたものをもってきました。

これを見ていただくと、郡山の西半分が
高度に汚染されています、

あと、会津地方。
郡山より線量高いですね。-

 

-「みなさん、あの、
よく会津にゆくと線量が低いんで”
あっちの方は大丈夫だろう”ということで、

旅行に行かれたりすると思いますが、
とんでもない話なんですね、

これは。なぜかと言いますと、
プルトニウム239、半減期は2万四千百年。

その間、ずっと放射線を出し続けます。-

 

-「これを吸い込めば、確実に肺癌を起こします。
こういう場所なんですね。

福島西半分は汚染されてないと
思われてる方多いと思います。”とんでもない話”です。

この全域が汚染されているんです。
危険な状態なんです。

みなさん、それ、ご存知ですか。、、、

知らないですよね、知りたくありませんよね-

 

-この男性とは顔見知りだった。

2012年12月に国際原子力機関が
郡山で閣僚級会合を行った。

その際に市民が抗議行動をおこない、
彼も参加していた。

たまたま隣合わせて声をかけると、
車の話をした。

そのときは福島県が他県への移住者の
住宅支援金を打ち切る間際で、彼は彼の車に-

 

-沖縄からの移住受け入れの情報、
住宅支援打ち切りの期限を書いた紙をカードにして
車に貼って、郡山の街を流していると言った。

翌日の郡山でも遇会し、震災直後に現れた
鼻腔内のかさぶたのこと、

乳酸菌を常用していることなどは
前のつぶやきに書いた。

きさくな男だった。彼は続ける。-

 

-「でも、よく考えてみてください。
福島県のこどもの甲状腺癌。

17人ですか、疑いを含めて43人。

福島県県立医科大学、なんて言いました?

『これは検査制度がよくなったから発見できたんだ』
と言ってます。

でも、ちょっと考えてみてください。-

 

-””は彼が強調する箇所。

「甲状腺癌ということは、見つからなければ
甲状腺の部分が肥大します、大きくなります、
太くなります。、、、

”福島県民はそんなにみんな首が太いですか?”

”甲状腺癌でどのくらい死んでますか、過去に。”
考えてみてください。-


-「いま、こどもたちに甲状腺癌が
多く出ているということがどういうことなのか、

震災前にはたして福島県民は
そんなに首が太かったでしょうか、
甲状腺癌が多発していたでしょうか。

癌ですからほっておけば、
どんどんどんどん、増えます。

全身に転移します。-

 

-「そうなった場合に、福島の癌の死亡率、
もともとそんなに高いですか?

そんなことありませんよね。

”震災後につくられた『嘘』だからです”。

-みなさん、このまま黙っていますか。

”黙っていていいんですか”。

あなたがた、『実験台』にされているんですよ。」

包み隠しのない対峙がそこにあった。-


 ※次回に続く

 2016/9/22(木)22:00に投稿予定です。 


9月20日(火)のつぶやき

2016-09-21 02:29:30 | つぶやき

『除染が続く福島での悲劇』<リンゴが腐るまで> ※53回目の紹介

2016-09-20 22:31:32 | 【除染が続く福島での悲劇】

*『リンゴが腐るまで著者 笹子美奈子 を複数回に分け紹介します。53回目の紹介

『リンゴが腐るまで』原発30km圏からの報告-記者ノートから-

著者 笹子美奈子

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**『リンゴが腐るまで』著書の紹介

 あとがき

(前回からの続き)

 「日本中が大パニックになる。いったい、これからどうなってしまうのだろうか?」

 しかし、ビルの外を見下ろせば、人々が普通に歩いています。何時間か後には、東京にも放射性物質が飛んでくるというのに。「のんきに外を歩いている場合じゃないですよ。急いで会社なり家に戻って対策を初めて下さい!」。

 心の中でそう叫びました。

 しかし、知らないのです。みんな、そのとき福島で起きていることの意味も、原発がメルトダウンしたらどうなるのかも、知らないのです。私は原発取材を通じて、ある程度の原発の知識を持っていました。中部電力浜岡原発がメルトダウンした場合、約6時間後に放射性物質が東京に到達するシミュレーションも知っていました。思えば、そうしたことを私は記事に書いてきませんでした。日々の記事執筆に追われる中で、そうした記事を書く機会がありませんでした。

 東京電力福島第一原発事故は防げなかったのか。事故検証で引き合いによく出されるのが2007年7月の新潟県中越沖地震です。中越沖地震は東京電力柏崎刈羽原発の近くが震源となり、震源が原発に与える影響について再考する契機となりました。それまでの安全基準では足りず、見直すべき点が少なからずあるという警鐘を鳴らしました。

 中越沖地震が発生した当時、私は新潟支局で新潟県政を担当していました。柏崎羽原発の担当でもありました。でも、地震の取材で手一杯で、原発についての記事を1行も書きませんでした。

 ※「あとがき」は次回に続く

2016/9/21(水)22:00に投稿予定です。 

リンゴが腐るまで 原発30km圏からの報告‐記者ノートから‐ (角川新書)


【フクシマ見聞録】黙っていれば、孫たちの命と健康が脅かされる ※2回目の紹介

2016-09-20 22:13:30 | 【フクシマ見聞録】

1876to1945さんのツイート(2013年10月01日~)を順に紹介します。2回目の紹介

【フクシマ見聞録】黙っていれば、孫たちの命と健康が脅かされる

Akira Tsuboi@1876to1945さん 2013年10月02日のツイートから

福島行-

関西訛りの男性は言った。

「またそういう事態でなくても、

この2年半の間、私たちは法律で認められていない
放射能を浴び続けています。

100ミリシ-ベルト以下の被曝であれば
健康に影響はないと御用学者たちはいいますが、-

 

-「すでに福島県では、福島健康管理調査に見られる
こどもたちの甲状腺癌がすでに、18人みつかっています、

ほぼ甲状腺癌とされる疑い例が25人でています。

すでに、福島県のこどもたちが、
43名甲状腺癌にかかっているわけです。

ところが、福島県の健康管理調査検討委員会では、-

 

-「これは原発事故とは関係ない、放射能とは関係ない、
このように説明しています。

だが、甲状腺癌、こどもの甲状腺癌は事故が起こるまで
100万人に一人だと言われていました。

そうすると、福島県には18歳以下のこどもたちが、、、

4300万人いるんでしょうか。

こんなばかなことありません。-

 

-「ふつうの例でみるよりも、
何百倍も多い確率でこどもたちが甲状腺癌になっているわけです。

すでに、わたしたち自身もそうですが、わたしたちのこども、
孫たちはとても危惧される量の放射線に被爆し、

あるいは、からだの内部にさまざまな核種の放射能を
とりこんでいるはずです。-

 

-「今、ウクライナやベラルーシでは、
こどもたちで健康なのは2割いるかどうか、

そのほかの8割、あるいは9割はからだの
どこかに不調をかかえている、病気をかかえている。

これが、こういう事態が、まもなく来年か再来年では、
この福島県内でもみられることになりましょう。-

 

-「このこどもたち、まごたちを救うためには、
わたしたち、福島県民が政府にむかって、

あるいは福島県に向かって、
健康を管理している県立医大に向かって、

『なにを言ってるんだ、真実を語れ』
と要求しなければなりません。

私たちのこどもたち、
まごたちの健康が脅かされているのです。-

 

-「今、ブエノスアイレスでは、日本の海の汚染が
たいへん問題になっていますが、

これは私たち自身の問題です。

世界のジャーナリストが日本政府、
あるいは東京オリンピック招致委員会に対して

辛辣な質問をなげかけている時に、
私たちが黙っていていいのでしょうか。-

 

-「黙っていれば、わたしたちのこどもたち、
孫たちの命と健康が脅かされ、

こどもたち、孫たちの未来はありません。

どうか、声を上げてくださるように、
こころからお願いいたします。
ありがとうございました。」

男性は郡山駅前そのものに言うように言った。

「私たちが黙っていていいんでしょうか-」-

 

-そう言った彼はひどく痩せていた。
この言葉とほぼ同じことをつぎにマイクを持つ男性も言う。
それももっとはげしい調子で。-


 ※次回に続く

 2016/9/21(水)22:00に投稿予定です。 


9月19日(月)のつぶやき

2016-09-20 02:27:50 | つぶやき

9月18日(日)のつぶやき

2016-09-19 02:28:57 | つぶやき

【フクシマ見聞録】原発いらない、こどもたちをまもれ ※1回目の紹介

2016-09-19 02:10:15 | 【フクシマ見聞録】

1876to1945さんのツイート(2013年10月01日~)を順に紹介します。1回目の紹介

【フクシマ見聞録】原発いらない、こどもたちをまもれ

Akira Tsuboi@1876to1945さん 2013年10月01日のツイートから

福島行

目の前の敷石は雨に濡れて、

奥にある郡山構内の光が届いて乱反射していた。

雨が本式に降り出して、
いつもはそこらに屯している人間も
駅の軒下へ移動している。

家路をめざす学生が目の前を通ってゆく。

「郡山市民のみなさん、
ご通行中のみなさん、こんばんは-」

18時をむかえ-

 

-9月6日の郡山駅前での反原発行動は
三人ではじまった。

関西弁の男性が肩から下げた
拡声機を通してひときわ大きな声で話し始めた。

「-私たちは毎週金曜日、このような雨の日も、
風の日も、この西口広場をお借りして

『原発いらない、こどもたちをまもれ』
そう訴えている、-

 

-「原発いらない金曜日フリートーク
集会の市民グループです。

よろしくおねがいします。

まもなく、9月11日がめぐってきます。

忘れもしない、2011年3月、11日から
すでに二年半が過ぎようとしています。

だが、その年の2011年、12月に、
当時の野田首相は、原発事故そのものは収束した、-

 

-「と宣言しましたが、連日のように、
福島第一から放射能が海にダダ漏れになっている

、想像を絶する量の放射性物質を含んだ水が、
地下水が、原子炉を洗いながら海に、
流れ込んでいる、

そのようなことが伝えられています。

ブエノスアイレスで
オリンピック委員会が開かれていますが、-

 

-「東京オリンピック招致委員会は
記者会見をやるごとに、

日本の放射能汚染は今どうなってんだ、
海に放射能が垂れ流しっぱなしではないか、

そのように糾弾されて、苦戦しております。

そして、大気中には、東京電力の発表で、
毎時、1000万ベクレルの放射能が放出されています。-

 

-「とても、原発事故は収束したとはいえず、
現在も、とても不安定な状態にあります。

また、地震ひとつで、たいへん多くの
放射能汚染水貯蔵タンクが崩壊するおそれもあり、

また核燃料プールが
崩れてしまう恐れもあります。

核燃料プールが崩れてしまえば
大量の放射能がふたたび放出され、-

 

-「それは2011年3月11日の事故よりも
ずっと多い放射能が待機中に
漏れだすことになります。

そうなれば、ここに住んでいることも
もはや、できません-」

これからこの男性、
そしてもう一人の郡山駅前行動に
参加し続けてきた男性は、

現状というものを話してゆく。

郡山には県庁もない。-

 

-霞ヶ関のように国政を動かす
組織があるわけでもない。

問題をもたらしている
行政施設はほぼない、と言っていい。

彼らがその話す対象にしているのは、
もっぱら一般人だった。

通りすがりの人間達だった。

攻撃する対象がある、
というのは一面まだやりやすいのかもしれない。

個々の事情を抱え、-

 

-分別あるように言えば、
「個人個人の問題。」
としてある意味関わりようがない部分に、
彼らは働きかけてゆく。

今回の見聞記のはじめの方で書いたように、

今年に入って郡山市の人口は33万人台から
ここ十年ではじめて32万人台へと落ち込んでいる。

3%ほどがいなくなり、97%が残っている-

 

-ことになる。その3%がどれくらい
放射線被害を恐れていなくなったのかはわからない。

多数の方にも複雑な決断に
迷っている者もいるのだろう。

だがこの圧倒的な97%に、この日自分をぬけば、
たった二人で彼らは対峙することになる。

映像を収める女性が
カメラを据えていたが、彼らの言った内容-

-おそらく、カメラの録音から
もれたはずの周囲の反応を含めて、
書いておきたい。-

 

 ※次回に続く

 2016/9/20(火)22:00に投稿予定です。 


9月17日(土)のつぶやき

2016-09-18 02:28:32 | つぶやき

9月16日(金)のつぶやき

2016-09-17 02:27:27 | つぶやき

9月15日(木)のつぶやき

2016-09-16 02:28:24 | つぶやき

『除染が続く福島での悲劇』<リンゴが腐るまで> ※52回目の紹介

2016-09-15 22:19:23 | 【除染が続く福島での悲劇】

*『リンゴが腐るまで著者 笹子美奈子 を複数回に分け紹介します。52回目の紹介

『リンゴが腐るまで』原発30km圏からの報告-記者ノートから-

著者 笹子美奈子

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**『リンゴが腐るまで』著書の紹介

 あとがき

(前回からの続き)

 東京オリンピックに向けて進められる道路や地下鉄の拡充工事、ビルの改築工事。夜遅くまでにぎわう飲食店街。原発事故後、続いていた「節電」のスローガンもいつのまにかなくなり、ショッピングセンターのエスカレーターやトイレの温水洗浄便座など、街のあらゆるところで電気がふんだんに使われています。クリスマスのイルミネーションも、きれいに灯されています。

 かつてその電気の源の大半を作り、送り出していた地、東京から新幹線でわずか1時間半の地が、5年がたとうとする今もまさかこんなことになっているなんて、きっと東京で暮らす多くの人が知らないのでしょう。

 知らないこと自体に罪はありません。しかし、私には負い目がありました。

「そうか、電源車が向かっているんだな。なら大丈夫だな」

 2011年3月夜、私は東京本社で東日本大震災発生の対応に追われていました。津波による被害の情報が次々と入り、刻一刻と被害の大きさが明らかになっていく最中、東京電力本店で取材している記者から福島第一原発が全電源喪失との知らせが入りました。

「とんでもないことが起こった」

 聞いた瞬間、声を失いました。しかし、しばらく後、電源は数時間のうちに確保される見通しとの情報が入り、連絡を受けたデスク共々、ほっと胸をなでおろしました。まさかその時向かっている電源車が接続不能なケーブルしか積んでいないことなどつゆも知らず、これからこんな大参事が起こることになろうとは、まったく想像していませんでした。

 福島第一原発1号機の爆発後の映像を、私はテレビで見ました。頭の中が真っ白になりました。

 ※「あとがき」は次回に続く

2016/9/20(火)22:00に投稿予定です。 

リンゴが腐るまで 原発30km圏からの報告‐記者ノートから‐ (角川新書)